表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<特別話>   作者: 天壱
周年記念

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/144

〈一周年記念・特殊話〉少年は騎士たり得る者と、もし。

一年間連載存続達成記念。本編と一応関係はありません。

IFストーリー。

〝もし、ステイルが子どもの頃にアーサーと出逢っていたら〟



10years ago


「…なぁ、本当にこっちか⁇」

「帰ろうよ…絶対まずいって。母さん達に怒られるよ…。」


少年達が、歩く。

殆どが十にも満たないの少年達は、ひとかたまりになりながら暗い夜道で足並みをそろえた。怖いよ、兄ちゃん帰ろう、お前だけ帰れよと声を掛け合いながら、進みたい者と帰りたい者とか言葉を交わし合い、それでも前進し続けた。

小さい少年で五歳、最年長で十歳の少年達は夜中にこっそり家を抜け出した。街の子供達の間での噂を本当か確かめる為に彼らは最年長者に連れられてきた。彼らが住む街から離れた別の街、国外方面へと向かっていた。仲間はずれが嫌だとついて行きながら、怖がる少年が六割、興味津々の少年が三割。そしてどちらでもない少年が


「なぁ⁈ステイルも怖いよな⁈」


…一名。

黒髪と黒色の瞳を宿した七歳の少年は、言葉を掛けてきた歳の近い少年に顔を向けた。誰もが怯えや好奇心に表情を変える中、ステイルだけは無表情のまま彼らに付いて歩いていた。


「怖いけど…気になるよ。ねぇ、あとどれくらいでつく⁇」

なるべくどちらも敵に回さないようにと言葉を選びながら、ステイルは投げ掛ける。

正直あまり噂に興味もないステイルだったが、人付き合いと、この場にいない友人に代理を頼まれた結果、少年探検隊に交ざっていた。噂の真偽よりも、明日の朝に母親と市場に行く約束の方が気になった。

平然としたように見えるステイルに、投げ掛けた少年が「ええー!」と嘆く。その反応を楽しそうに九歳の少年と十才の少年が笑った。


「ばっかだなぁ!ステイルが怖がるわけねぇじゃん‼︎」

「もうすぐもうすぐっ!見つけたら明日女子にも話してやろうぜ!」

そう言いながら、最年長者は改めて今夜の目的を語り聞かせるように復唱する。

まるで怪談を聞かせるようなおどろおどろしい声色で語ると、最年少の少年は怯えて今から涙を滲ませ、ステイルに近い年代の少年も怯えと興奮に目を輝かせた。

街の子ども達に広まった噂は、一言で語れば〝月夜の化物〟だった。ある少年が親と帰りが遅くなり、月夜に歩いていた時に見かけたというソレは、ステイルの街の子ども達で知らない者はいないほどだった。


……。…むしろ、何も見つからなかったらどうしよう。


見つかれば、その後はすぐに帰れる。だが、見つからなければ目的地に着いてもそこから捜索が続いてしまう。余計に時間がかかる事は必至だった。

集団での足の遅さを歯痒く思いながら黙々とステイルは考える。

もう既に出発からかなり歩いている気がする。用事を思い出したと言っても、自分一人じゃ帰れない。一人で来たことのない場所な上、真夜中で余計に道がわからない。こんなに時間をかけて、明日の朝に間に合うだろうかとそればかりが心配になる。友人でもある彼らと遊ぶことも冒険も好きだが、父親を亡くして一人で自分を育ててくれている母親に心配を掛けたくもなかった。

どうした?と友人の一人が声を掛けた。表情が変わらないステイルを友達としては気にしない彼らだが、今だけは彼が強がっているだけで本当は怖がっているのかの判断はつかなかった。心配をしてくれた友人に「なんでもない」と意識的に笑顔を作って見せる。母親が心配するから帰りたいなど、今の空気を壊すようなことは言いたくない。だからこそ、代わりにステイルはここに来るまでに考えていた別のことを声に出す。


「ただ、……その化物が本当は人攫いだったらどうしようって思って。」


ひぃっ⁈と、今度は殆どの少年達が声を漏らし息を飲む。

人攫い。特殊能力者の国であるフリージア王国では、山で山賊に会うくらいに付きものの存在だった。城下町の為、他よりは治安も比較的良い場所に住む彼らだが、それでも大人達にはいつも言い聞かされた話だった。夜には人攫いが現れるから気をつけなさい、知らない大人には気をつけなさい、絶対に裏通りや下級層、国外に近付き過ぎてはいけませんと。

だが、今自分達が歩いているのは深夜の人通りのない夜道。更には方向も国外へ向かう通りの傍だ。それを十にも満たない少年が殆どで歩くなど、人攫いにどうぞお持ち帰り下さいと言っているようなものだった。

彼らを率い、唯一二桁の年齢である十歳の少年もその恐ろしさだけは理解し、手に持つ明かりが僅かに震えた。実際、その被害に遭ったと思われる人間も街には少なからず居た。

瞬間移動を使えるステイルは、中距離、近距離ずつであれば人攫いの手を潜り抜けて逃げられる。だが、他の彼らは違う。子どもが大人の裏稼業の人間に勝てるわけなどないのだから。

その十歳の少年自体、子ども達の中ではリーダー的な存在だが特殊能力は持っていない。見栄でも「やっつけてやる!」と言えるほど無謀でもなかった。

そして同時にここで「やっぱり帰ろう」と言えるほどに恥に強くもなかった。


「だ、大丈夫だって!昼に父ちゃんと馬車でとおったけど、近くに民家もあったし人もいっぱい居たし!」

ほら!もうすぐそこだぞ!と十歳の少年は目的地を指差した。確かにそこには暗がりの中で建物らしきものが月明かりに照らされて見えた。民家がある、しかも彼の言う通りなら人も住んでいる。何かあればそこに駈け込めば良いと思えば安心した。

さっさと行こうぜ!と見えてきた民家に近づくべく少年達は足を速めた。目的地や噂の化物よりも、安全の確保と一安心したい気持ちの方が強かった。

ステイルも彼らの足が速くなったことに心の底で安堵しながら駆け出した。あと少し、あとは何かあっても無くてもすぐ帰れば良い。ここが国外への道に近い場所であることは本当なのだか














「……おい。何してンだテメェら。」















突然、知らない声が放たれた。

少年達の誰もに届いたその声に、全員の肩がビクリと上下した。あまりの驚きに足が同時に止まり、息も止まり、示し合せる前に声の方に顔を向けてしまう。

ステイルもまた、彼らと同じように顔を向けた。敢えて低めたようなその声に、自分で言った人攫いの姿を想像し、そして声の主の姿に目を見開いた。


「ガキがこんな時間に夜道歩くなんざ…拐われてぇのか?」

銀色の長い髪を振り乱した青年がそこにいた。

自分達が向かっていた方向から、ゆっくりと歩み寄ってくるその青年に少年達は唇を震わせ顔を青くする。顔も見えず、月明かりに照らされた髪と肩に担がれた鍬が鋭利に光った。大人ほどの背は無いが、最年長の十歳よりも背が高い青年は彼らには充分脅威だった。

歩く度に銀色の髪が揺れ、月明かりに反射した鍬がまるで自分達に向けられているかのように錯覚する。足がガクガクと震え、最年少の子どもは涙目だった。青年から距離を開けようと一歩ずつ後退る少年達だが、それよりも青年の歩幅の方が大きかった。「聞いてンのか?」と問いながら近づいてくる青年に、最年長の少年は仲間を守るように手を広げ、押すように後退る。そして


「ッに…逃げろ‼︎‼︎」


力の限りそう叫ぶと、一気に踵を返して走り出す。

最年少の子どもを兄や最年長が手を引き、おぶり、悲鳴を上げながら逃げていく。ステイルも彼らに倣い、足並みを揃えて走り出した。「ッおい‼︎」と青年は怒鳴ったが、誰も振り向かない。恐怖に押されるようにがむしゃらに走り出し、前に前にと足を必死に回す。進行方向が変わったことで先頭と後尾が反対になり、更には足の長さも速さも違う。足の速い少年達が急ぐ中、真ん中にいたステイルは足の遅い少年と最年少を抱えた最年長に挟まれる。自然と後ろから押され、前の子どもにぶつかりそうになり足を詰まらせ、次の瞬間にはバランスを崩して転んだ。

後続に踏まれはしなかったが、代わりに一瞬で最後尾へと置いてかれてしまう。「ステイル!」と最年長や友人達が気が付き、振り返ったがその途端彼らは再び悲鳴を上げた。見れば、佇んでた筈の銀色の青年が凄まじい速さでこちらに駆け出してきていたのだから。

やばい!ステイルが‼︎と叫んだが、最年長達は全員、最年少の子どもを抱えたままで動けない。ステイルに近い年の友人が一瞬の躊躇いの後、助けに行こうとしたが、それよりも青年の方が足が速かった。

ステイルは俯けに転んだまま、泥のついた腕をついて首だけで振り返る。鍬を放って駆け込んできた青年は、やはりどう見てもステイルの目には


ただの、人間だった。


「ッおい!大丈夫か?」

転んだ自分を心配して駆け込んできた青年は、自分の目の前にまで来ると、すぐに手を貸した。ありがとうございます…とお礼を言いながらステイルは膝を立てるが、その途端に痛みが走る。

ステイルは嫌な予感がして足を見ると膝から血が滲んでいた。地面の泥と砂が傷口に混ざり、血が黒くなっている。


「っ……。」

「ッテメェら‼︎何してやがるッ⁈面倒ぐらい見やがれ‼︎」

痛みを堪えるステイルに気が付き、青年は足の止まった最年長達を怒鳴りつけた。第一印象の恐ろしさと、何よりステイルを人質に取られたような感覚に最年長達は何も言えなくなる。するとステイルが傷口を手で隠すように包みながら彼らへ声を掛けた。


「大丈夫だよ!このお兄さん、たぶん普通の人だから。人攫いでもないと思う。」

アァ⁈と、人攫い扱いを受けていたことに気づいた青年が声を上げる。

ギロッと最年長を長い髪の下から睨むと「テメェちょっと来い!」と声を掛けた。最年少をその場で一度降ろした少年は、恐る恐る歩み寄る。ステイルに、大丈夫か⁇と声を掛けながらもまだ青年に怯えていた。すると、青年はおもむろに立ち上がり


ゴンッ!と、少年の頭に拳を叩き落とした。


「テメェか!ンな時間にガキ引き連れやがって‼︎‼︎どっから来やがった⁈」

この辺りじゃ見ねぇ顔ばっかじゃねえか‼︎と少年達を指差しながら青年が怒鳴る。

殴られた少年も、青年が自分と年の近い子どもだと相対した途端に感じ取り「いってぇな‼︎」と頭を押さえながら声を上げた。次の瞬間には少年もまた青年の胸ぐらを掴み上げ、そして青年も同じように少年の胸ぐらを掴んで応戦した。

完全に臨戦態勢となる二人に、他の少年達もざわついた。待て待て!と他の子どもも声を上げ、やっと全員がステイルの傍まで駆け寄ってきた。怪我をしたステイルを気遣う年少を置いて、最年長に年の近い少年達が二人を押さえる。その間も殴り合う二人は「どっから来た⁈」「言うかよ‼︎」「何しに来やがった⁈」「俺らの勝手だろ!」と言い合い、暫くは乱闘が続いた。


「……ッ取り敢えず。テメェらは早く帰れ。このガキは怪我の手当てだけ済ませたら俺が送ってくっから。」

ひと通り殴り合って落ち着いた青年は、舌打ちをしながらステイルに背中を貸した。

おぶされ、という意味だとすぐに理解したステイルは促されるままに青年の背中に掴まった。歩けなくはないが、傷と泥の足を労って歩くのは時間がかかる。

家がすぐそこだと語る青年に、他の少年も付いて行こうとしたが断られた。「さっさとそいつらを家に返せ」と最年少の子ども達を顎で指しながら言う青年は、ステイルをおぶって立ち上がった。

銀色の長い髪で顔こそ殆ど見えないが、悪人ではないことは最年長の少年も殴り合って何となくわかった。何よりステイル自身も「大丈夫、また明日」と言う為、彼らは仕方なく帰路へと向かった。彼らもまた最年少に手を貸し、おぶらなければならないのだから。友人達と別れを済ませ、怪我の治療の為にステイルは青年におぶられながら彼らに背中を向けた。


「…ごめんなさい。でも、悪気があって来たわけじゃ…。」

「わかっけど。……こんな夜更けに歩いたらあぶねぇだろぉが。」

青年の肩に手を置き、声を潜めて謝るステイルは前のめりになる。

すると青年の長い髪が顔にかかり、少しだけ身体を起こし、背中を反らした。

放り捨てた鍬の元まで歩いた青年は片腕でステイルの体重を支えたまま、もう片手で鍬を掴む。そのまま手だけで鍬を引き摺りながら、手首から下の腕を再び背中のステイルを支えるのに使った。


「…畑仕事でもしてたんですか?」

「まァな。最近店が忙しいから昼間は耕せねぇし。」

青年が現れた時から、一般人だろうとはわかっていたステイルは鍬にも大して驚かなかった。土汚れのついた服や格好から見ても農作業かなと考える余裕もあった。

青年はゆっくり家路へ歩きながら、肩で溜息を吐いた。「あの野郎、思い切り殴りやがって」と最年長の少年に悪態をつきながら再びステイルへと投げ掛ける。


「ンで?お前らなんでガキばっかでこんなところまで来たンだよ。」

「………………多分、お兄さんに会いに。」

ハァ⁈と、青年が顔だけ振り返り声を上げる。なんだそれ⁈と言えば、ステイルは少し申し訳なさそうな声で話を続けた。


「僕らの街で、この辺に化物が出るって噂があって。月夜になると銀の毛むくじゃらな化物が現れて穴を掘ってるって。」

更にはその穴の下には宝物だの死体だのが埋められているという噂まで尾ひれがついていた。ステイルの話に青年はぐったりと低い息を吐きながら「けむくじゃら…」と若干ショックを受けたように呟いた。化物よりも寧ろそっちの方がダメージが大きい。


「いや…畑耕してるだけだ。っつーか、月夜じゃなくてもやってる。」

青年の言葉を聞きながら、ステイルは多分月明かりに照らされないと真夜中に姿が見えなかっただけだろうと考える。

ごめんなさい、と再び謝るステイルに青年は一言で返した。一体どこの街の奴だと改めて尋ねれば、ステイルは自分達の街の名をすぐに答えた。

その街の名に青年は「ンなとこから⁈」と声を上げた後、やっぱり最年長の少年をもっと殴るべきだったと呟いた。

ステイルは少し気になり青年の歳を聞いたが、まさかの最年長の少年と同じ歳だった。身体つきや背の高さからもう一、二歳は上かと思っていたステイルは少しだけ驚いた。


「……まァ、身体鍛えたからな。………農…作業で。」


ぼそ…と最後は付け足すように呟く青年はどこか含んでいるようにも見えた。

ステイルを背負ってから、青年の家は本当にすぐそこだった。

ちょうど自分達が向かっていた場所とも近い。家の前にステイルを一度降ろした青年は「今、薬とか取ってくっから」と一度待たせて家の中に入っていった。近くにある切り株に腰を下ろしながら、ステイルはぐるりと周囲を見回した。今は裏方にある畑の傍だが、正面は小料理屋のような佇まいの家だった。更に畑の側には大きな道があり、多分噂の元となった目撃者はあそこから見たのかなと考える。

明かりも灯さず家の中に入っていった青年は、すぐに革袋の水と包帯や薬を持って戻ってきた。自分の家である筈にも関わらず、泥棒のように物音ひとつ立てずに家から出てきた青年は切り株の上に座ったステイルに目を向ける。

怪我した膝を水で洗い流した後、傷口に薬を塗り包帯を巻く青年はかなり手慣れた様子だった。包帯は大袈裟だとも思ったが、ズボンで隠せば母親にも気づかれないから良いかとステイルは思い直す。月明かりに目を凝らしながら青年の手を見ると、血豆や擦り切れた後がいくつもあった。むしろ彼の方が包帯が必要なのではないかとも考える。


「……今、ちょうど親父が帰ってるから叩き起こしてくる。ウチの親父は騎士だから、……馬もあるし、その方がお前も安全だろ。」

低く、少し鬱鬱としているようにも聞こえる声が青年から放たれる。青年の言葉に「え」と零すが、気付かず青年は再び家に戻ろうと立ち上がった。ステイルはそれを慌てた声で「待っ、待って下さい…!」と声を上げる。立ち上がり、青年の腕を掴んで引き止める。


「騎士様に知られるのは困ります…‼︎たぶん、僕だけじゃなく他の皆のことも大人達に知られます。それに、僕は母さんに心配や迷惑を掛けたくないんです…!」

お願いします!と声を上げたステイルは、必死に眉を下ろし困った表情を作り上げて見せた。青年はその顔を怪訝そうに見ると「本当かよ?」と尋ね返す。人の取り繕った顔を見分けてしまう青年には、ステイルの敢えて作った表情が必死なのは伝わってもこの上なく胡散臭く映ってしまう。


「お願いします、こんな時間に騎士様の手をわずらわせたなんて絶対に母さんが困ります…!もう、怪我も大丈夫だし、僕は一人で帰りますから。」

そう言うとステイルはパッと青年の腕から手を離す。お邪魔しました、と言いながら走って友人達を追いかけようとするステイルを、青年が今度は引き止める。いや危ねぇだろ!と言いながらステイルの腕を掴んだが、その途端に瞬間移動ですり抜けられた。二メートルほど先に瞬間移動したステイルは、振り返らずにそのまま走り出す。まだ友人達とも大して離れてない、急げば一本道の間に合流できるかもと足を急がせた。

初めて見る瞬間移動の特殊能力に目を丸くした青年だが、すぐ気が付いたように「待てっつってンだろ!」と言いながら走り出した。

近距離、中距離しか瞬間移動できないステイルは、怪我がなくても青年より足は遅い。だからこそ逃げ切るためにと短く瞬間移動で確実に距離を開けていった。長い一本道から分かれ道まで辿り着き、一度立ち止まったステイルは、………固まった。

夜道で明かりも無く、分かれ道のどちらを見ても友人の姿は確認できなかった。


「…………どうしよう。」

これ以上、道がわからない。安易に道を選ぶわけにもいかない。やはり諦めて戻ろうかとも思うが、自分で首を横に振った。もしかするとさっきの青年がもう父親を起こしてこっちに向かっているかもしれない。ステイルは絶対に夜抜け出したことを母親に知られたくはなかった。

だが、帰り道もわからない。どうすべきか放心するように考えていると、不意に背後から何かの音が近付いていた。

その音にステイルはやはり彼の父親が来たのだと確信し、どこかに隠れようと辺りを見回した。だが何処にも隠れられそうなものは無い。逃げ場がないことに少し泣きそうになりながら、とうとう背後まで近付いたその音に身体ごと振り返ればそこには


「……送ってくっつったろぉが…。」

先程の青年が馬に跨り、長い髪の下からステイルを睨んでいた。

舌打ちをしながら、目を丸くするステイルに青年は馬の上から「乗れ」と自分の背後を叩いた。


「クソ親父から勝手に借りてきたから急ぐぞ。テメェもお袋さんにバレたくねぇンだろ。」

馬の蹄の音にてっきり騎士が来たと思っていたステイルは驚く。騎士である父親に馬の乗り方を教えられていた青年は、ステイルが消えてすぐに繋いでいた父親の馬を奪い、ステイルを追い掛けていた。

青年に促されるまま馬へと歩み寄り、乗ろうとするステイルだが足が届かない。さっきみたいにパッと移れねぇのか、と青年は言ったが、まだ幼いステイルは馬の上に何の衝撃もなく瞬間移動するほどに微調整の自信もなかった。仕方なく手綱を片手で握りながら、青年がステイルへと手を伸ばす。それに掴まり、ほとんど引き上げられるような状態でやっとステイルは馬に跨った。


「…………ごめんなさい。」

パカッ、パカッ、と馬に揺られながらステイルは青年の背に再び掴まった。

逃げたことについての謝罪に青年は「いや俺もいきなりだったけどよ」と言いながら、小さく振り返る。自分の長い髪のせいで、ステイルの顔が埋まり気味になっていることに気が付き、背後の髪を握って纏め、前に垂らし直した。


「…お兄さん、前とか見えなくないですか?」

顔まで隠れた長い髪にステイルはやっと疑問をやんわりと口にする。何故そんなに伸ばしているのか、もし彼がこんな髪型さえしてなければ化物だなんて噂も流れなかったのにとステイルは思う。

ステイルの問いに、慣れてるから平気だと返す青年は前髪をかきあげようとすらしない。両手で馬の手綱を握り、馬が次第に速度を増していくと、前に垂らした長い髪が揺れ、靡いた。それに気付いた青年は再び髪を掴み、前に下ろし直す。


「結ったりとかしないんですか?」

もしかして括る紐を忘れてきたのか、そう思いながら投げ掛けると、今度はすぐに返答は返ってこなかった。馬の蹄の音と風を切る音だけが続いた後、もしかして聞こえなかったのかなとステイルが思った時にやっと小さく返答が返ってくる。


「…………………………やだ。」


ぼそっ、と消え入りそうな声にステイルは首を捻った。

さっきまでの態度と違い、年相応に見えるような子どもらしい弱いその声と言葉に、何か長い髪に思い入れでもあるのかなと思う。

それ以上、返答もなく無言で馬を走らせ続ける青年に、なんとなく引け目を感じたステイルは再び青年に投げ掛ける。


「お父さんが騎士なんてすごいですね。僕は父さんがいないから凄く羨ましいです。」

「……。……そぉだな。………親父〝は〟すげぇよ。」

褒めた筈が、また暗い色をした平坦な声しか返ってこなかった。

そこでふと、青年がさっき父親を〝クソ親父〟と呼んでいたことを思い出し、仲が悪いのかと気が付いた。また言葉を間違えた、と思いながら話題を変える。こんなに走っても友達に追いつきませんね、と言えば青年から馬ならこっちの道の方が速いからと、たぶん別の道なんだろと返された。


「…………お前のお袋さんは、…どんな人だ?」

逆に話題を投げ掛けてきた青年に、ステイルは心の中でほっとする。

会話が続く、と思いながら「とても優しいです」と言葉を返し、母親の話を続けた。自分にとって自慢でもある母親の話はいくら語っても飽きはしなかった。それに青年は相槌を打ちながら話を聞き続けた。暫く時間が経ち、ステイルが話し過ぎたかと考えた頃に、言葉を締め括った。すると青年は「ンじゃあ」と言葉を一度切り、小さくステイルの方へと振り返った。銀色の長い髪に隠れた蒼い瞳が一瞬だけステイルの目に入る。


「お前は、ちゃんとお袋さんにそれを伝えてやれよ。……できなくなる前に。」

感謝とか、尊敬とか、好きだとか。と、どこかもの悲しげに聞こえる青年の言葉にステイルは何故か胸が痛んだ。青年の母親はと訊ねてみたが、生きてはいた。仲も悪くはないと聞きながら、ならば何故そんな悲しそうに言うのかと聞きたくて仕方がない。

すると、ステイルが尋ねる前に青年は口を開いた。振り返らず、進行方向だけを見つめながら声だけがステイルへと流れていく。



「どんだけ思ってても、生きてても、………すげぇ急に二度と言えなくなっから。」



「………。」

自分には、まだわからない。

何故か自分とたった三つしか違わないその青年がステイルには酷く大人びているように感じた。日頃、周りの子ども達よりも大人びた方だと自覚はあったステイルにとって、数少ない相手だった。もしかしたら本当にこの世の人間じゃないのかなと思ったが、背中から腕を回した青年の背中からは確かに人の温度が感じられた。


「……今度、また来ても良いですか?」

太陽が昇ってる時に。と、尋ねるステイルに青年は一言「来ンな」と断った。あまりにあっさりと断られ、やはり迷惑をかけたことを怒っているのかと思ったステイルだが、次の青年の言葉に口を結んだ。


「来ンなら、テメェ一人で来れる歳になってから来い。またお袋さんに心配かけたくねぇだろ。」

確かに、正論だった。

だが、一人でここまで遠出となるとそれこそ今の青年と同じ二桁の歳になるまでは少なくとも許されないと思う。三年はかかります、と言えば「じゃあ三年後だな」と即答される。

まるで上手く断られたような感覚に、ステイルは少し子どもながらに不貞腐れる。表こそ無表情でありながら、こちらも正論をと青年に投げ掛けた。


「三年も後に、……本当にお兄さんはまだあの畑にいるんですか?」

「………………。」

三年後。つまり青年は十三歳だ。家によっては男子は出稼ぎに行ったりしていてもおかしくない。青年の父親が騎士ならば、その内にもっと家族で城に近い王都に移り住んでいる可能性もある。そう思って言えば、再び長い沈黙が青年から返された。

あまりに長過ぎる沈黙に、ステイルは何度も視線を泳がせた。月明かりにうっすらと照らされた景色を眺めながら、段々と見覚えのある気がする光景になってきたと思う。やった、僕の街だとまだ悠然と輝いている月と見比べながらステイルは安堵した。これで、ちゃんと母親に心配を掛けずに家へと帰れるのだから。

青年の背中から顔を出し、前方を見れば街はもうすぐそこだった。するとまた、紛れるような小さな声が青年から零された。




「………………いンだろぉな…。ずっと、………………ずっと、…あそこに。」




それは、自分に返したというよりも独り言のようだった。まるで一人絶望しているかのようにも聞こえたようなその声にステイルは無言で応えた。

馬が速度を落とし、街の入り口を潜ったところでステイルは「ここまでで良いです」と声を掛けた。今度は瞬間移動を使い、地面にポンっと着地したステイルは馬に乗ったままの青年を見上げる。


「お世話になりました。本当にありがとうございます。いつか、…三年後きっとお礼に行きます。」

にっこりと自分から笑顔を作り、感謝を示す。少し煙たさも感じたが、心からの笑みも見えたそれに青年も「そぉだな」と言葉を返した。

さようなら、と手を振ったステイルは、振り返ることなく自分の家まで走っていった。最後に遠くなる馬の蹄の音を聞いた後、家の前まで辿り着く。そして瞬間移動を使って扉を使わずに家の中へ、最後にベッドの中へと潜り込む。

明日の朝に備えてすぐに眠らないとと目を閉じながら、……青年の名前を聞き損なったことに気が付いた。


三年後、もし本当に出逢えたら。その時は彼が今より幸福そうだと良いなと思いながら、ステイルは一人眠りに落ちた。





……




3years later


「どうか緊張されないで下さい、ここには僕と貴方しかいませんから。」

第一王子、ステイル・ロイヤル・アイビー


「…その、敬語とか良い…です。俺は第一王子にンなの使って貰える人間でもねぇ…ですし、あと…アーサー殿、っていうのも…」

騎士団長子息、アーサー・ベレスフォード


「なら、僕にも敬語や敬称は不要ですよ。アーサー殿は僕よりずっと年上ですし、いっそお互い敬語は無しにしましょう。それにー……」

ステイルの稽古場で、戸惑いを隠せず固まるアーサーに彼は一度言葉を切った。焦らすような少しの沈黙の後ステイルは軽く剣を構え、そして意地悪く…笑った。




「三年前は普通に話してくれたじゃないですか。()()()()()()()()()()()()





はっ…⁈と。

これ以上なく絶句するアーサーに、ステイルが斬りかかるのは二秒後のことだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ