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フリージア王国備忘録<特別話>   作者: 天壱
書籍化記念

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21/144

〈明日書籍二巻発売‼︎・感謝話〉配達人の夢見は。

明日、とうとう書籍発売致します…‼︎

感謝を込めて、書き下ろさせて頂きます。

時間軸は「無関心王女と知らない話」辺りです。


『…………ッめ……‼︎…………は…っ…………』


……あー…?……

なんだ、ここは。

白しかねぇ、だだ広いだけの空間だ。地獄なら未だしもなんでこんな白い場所に俺が居る。

適当に見回したがあいつらもいなかった。呼んでみても返事なんざどこからも来やしねぇ。頭を掻き、記憶を手繰るが全く思い出せなかった。


『……ッけんな……‼︎………めろっ……!』


死んだかとも思ったが、それにしちゃあ覚えがねぇ。

殺される覚えはあっても死んでやった覚えなんざねぇ。配達途中でドジったか、ならあいつらだけでもいねぇのはまだマシか。

首を回せばバキボキと音が鳴る。死んだにしては、身体の実感ははっきりとしてやがる。ならどっかに閉じ込められたか。こんな気味のわりぃ場所に閉じ込めるなんざ何処の悪趣味だ。

試しに特殊能力を使ってみるが、何も起こらねぇ。ケメト無しでも使える筈の土壁すら発動しねぇ。白い地面にしかみえねぇが、どうやら違うらしい。ここが土以外の空間だということだけは確かだ。


クソが。

嫌気を吐き出し、舌を打つ。

取り敢えず適当に歩いて出口を探すことにする。見渡す限り壁どころか遮蔽物もねぇが、真っ直ぐ歩いていりゃあ何処かにぶつかるだろう。ガキ共がどうなってるかわかんねぇのに寝てもいられねぇ。

適当に歩き、歩き、歩き、歩く。何処までいっても一向に見つからねぇ。白の中を歩き過ぎてそれ以外の色がわからなくなる。自分の手に視線を落とし、そこでやっとテメェが目を閉じてるわけでもねぇことを確認する。地面でもねぇ足の感触と、何が白いのかもわからねぇ空間に吐き気がする。時間の感覚すら狂う。

今までも景色が変わらねぇ地帯なんざいくらも通ってきたが、ここまで何もねぇのは初めてだ。歩くのに飽きてとうとう足が止まったが、既に一時間か二時間か半日か一日かもわからねぇ。ここまで来ると、素直に地獄っていうのはこういうところかとさえ思えてくる。だとすりゃあ何処まで行ってもなにもねぇわけだ。

……めんどくせぇ。

その場に座り、足を組む。膝に肘を立て頰杖を突き白だけを眺めながら、ねぇ頭で考える。ここまで歩いても何もねぇなら後は


『ックソがっ…………』


…………アァ?

テメェの口を確かめるように掴み、独り言じゃねぇと確かめる。

頭がイカれて一人でぶつぶつくっちゃべる馬鹿は見たことがあるが、もうそこまでいっちまったのか。だが口に触れてる間もまた同じような台詞がぶつぶつと聞こえてきやがった。俺じゃねぇなら誰だ。

呼びかけるが、返事はこねぇ。だが今度こそ耳を澄ませばもう一人の声がする。

おい、答えやがれ、どこにいやがると叫んだが、ぶつぶつと低い声が聞こえるだけだった。幻聴かと思いながらも立ち上がり、声を頼りに目を凝らせば白の空間に一つだけ地べたに這いつくばったものがあった。行き倒れか、なら俺と同じで閉じ込められた馬鹿か。どっちにしろ聞かねぇよりはずっと良い。

足を動かし、行き倒れへと歩み寄る。逃げるそぶりどころか未だ俺にも気づいちゃいねぇようにそいつは地面に伏したままだった。せめて俺が話を聞くまでは野垂れ死ぬんじゃねぇぞと思いながらもう一度声を掛け、……る前に止まる。


『ッ…ガァッ…グぁ…』


よく知った男が、そこに居た。

顔を見なくてもわかる。服から出た褐色の肌を見れば、嫌でも。千切れ裂け、ボロになったフードを頭まで被り地を引っ掻き這いずる男に、……間違いなくここは地獄だとまた思う。

いっそ見なかったことにしたかったが、これ以外はもう何もねぇ。地面と同化したそいつを見下ろせば、フードの下の顔は見えなかった。俺にも気付かず、まるで見えてもいねぇように絶え絶えの喉で息を吐き、ろくに言うことも聞かねぇ腕を震わし伸ばし、地を掴む。

もう力が残っていねぇのか、それでも前に進める距離なんざ数ミリ程度だ。このまま尽きるまでは時間の問題だろうと他人事のように眺めて思う。ボロと泥に塗れ、地を這い、満足に話もできねぇそれは、どこからどう見ても下級層の住人だ。

一歩分離れ、そいつの正面に腰を降ろす。たった数十センチの距離に、それでもこの遅さじゃ亀の方が先に辿り着けるだろう。ズッ、ズッと地の擦れる音が短く聞こえてはそれでも殆ど進まねぇ。目の前にいる俺にもまだ気付かねぇようじゃ、意識も大分持っていかれちまっている。膝に頰杖を突き直し、暇潰しのようにそれを眺める。

顔を地面に擦り付けたままフードを被ってるせいで、この角度からでも顔が見えねぇ。まぁそうなる為に被ってたんだから当然か。

服装だけみりゃあ昔のようだが、図体の方は今と大して変わらねぇ。せめて顔だけ見れば大体の年齢も値踏みできるが、わざわざフードを取ってやる気にもなれねぇ。いっそここまで来るといつになれば気付くのか試してみたくなる。

現実味のねぇ光景に、取り敢えずガキ共が捕まったとかじゃねぇようだと思えばわりと呑気に構えられる。

ぶつぶつと呟く男の言葉に耳を傾けたが、どれも大した情報にならなかった。どうにも、顔を見ねぇ限りは年齢もわからねぇらしい。

服なんざ金に困ってた頃は適当に着ては捨てるを繰り返してた。思い入れなんざ一つもねぇ。フード、っつーことは今と同じで姿を隠してた頃か。そう考えてみりゃあ国外に居た頃は一番気も楽だった。崖地帯は裏稼業連中だけの溜り場だ。どいつもこいつも一目見ただけでこっち側だとわかる風貌で、俺の肌の色程度なんざ気にも留めねぇ図太い連中ばかりだった。

なら、こいつはその前か後か。身長からみりゃあ後かもしれねぇが、……テメェの背なんざある程度伸びてからは気にしたこともねぇからどっちかわからねぇ。

ズッ、ズッといくら腕を伸ばしても進まねぇ。ぶつぶつと「やめろ」だ「ふざけんな」だ「クソ」だしか言わねぇそれに、他に言うことはねぇのかと思う。

こんなに地べた這いずり回ってきたことなんざ腐るほどある。このまま唾を吐かれたことも石投げられたことも身包み剥がれたことも嬲られたことも数え切れねぇほどだ。奪われる側だった頃はむしろそうじゃねぇ事の方が少なかった。なら、目の前にいるこいつは崖地帯で働く前かと適当に結論付ける。


『ッ……ろ……!……っ……』

まだ数センチも俺に近づかねぇそれが、力尽き始めるのはわりとすぐだった。

前に伸ばそうとする腕が痙攣するように震え、指先が地へ立てることもできずに潰れて力尽きる。このまま野垂れ死んだ場合今の俺はどうなるのかと少しだけ考え、そして思う。

テメェの地獄はこれからだと。

いっそまだ騎士団にも捕まらねぇで拷問も受けず裁判にも掛けられず契約も交わさず、……あの面倒なガキ共にも会っていないのなら、この時の方がずっと自由だった。隷属の契約にも縛られず、何処でどうやって誰を巻き込んで死のうが好きにできる。いくら地を舐めようと砂を食おうと踏みつけられようと、金とテメェの命以外何も縛るもんなんざなかった生活だ。ここでこいつに騎士団奇襲の話にだけは乗るなとさえ言えば、今の俺も変わってるのかとくだらねぇ妄想までしちまう。

指先一つ動かず、途切れ途切れに息の掠れる音だけが無音の空間で拾えた。こりゃあもう意識が飛ぶ手前だなと欠伸をしながら眺めて待つ。死なれちゃあ面倒だが、気を失ってくれるならその間に色々確認もできるから都合も









『……ッフェク…………ケメ……っ』









「ッッ……‼︎」

テメェか、と。

気が付いた瞬間、コイツがいつなのかを思い知る。十五だの前後だのそんなんじゃねぇ、間違いなくコレは〝不自由〟になった後の俺だ。

フードの下の頭を鷲掴み、焦茶の髪ごと無理やり顔を上げさせる。顔の角度が変わったせいでパラリと頭のフードが上がって外れた。

打撲だらけで顰めていた顔が、俺を相手に僅かに見開かれる。間違いねぇ、この年もこの痣もあの時以外あり得ねぇ。

もう閉じようとしていた目蓋が無理に開かれ痙攣する男に、俺は歯を剥き唸る。


「寝るんじゃねぇ……‼︎‼︎」


地を這いずっていたコイツが、さっきまで何処へ行こうとしていたのか理解する。

ならあっちの方に主が居るのか。だが今は何より呑気に気を失おうなんざしていたコイツを叩き起こす。頭を掴む指に力を込め、痛めつける。


「起きろ急げ時間がねぇ、城前まで這いずり続けろ!!」


じゃねぇと主に見つからねぇ。

唾が飛ぶほど怒鳴り、吐きつける。俺に気付いて瞬きすらしねぇクソを今度はそのまま地面に叩きつける。こんな訳の分からねぇところで寝られてたまるかよ。

地に叩きつけた後も指に力を込めて捻り続ける俺の手を男が掴み返す。なんだまだ掴む気力程度残ってるんじゃねぇかと思いながらもう一度叩きつければ、更に俺の腕を掴む手に力が籠もった。


『ッ……!!どうなってやがるッ……?!』

俺のツラを見て年も悟ったらしい。

痛めつけているのがテメェ自身の所為か、それともここが現実じゃねぇだけか、互いに互いを痛めつけながら呻り睨む。血の滲んだ口で俺に剥き、痣のできた拳を握る。うるせぇ、そんなことどうでも良いと返しながら俺は情けねぇツラのテメェを覗き込む。


「テメェの地獄はこれからだ。死ぬならガキ共取り戻してからにしろ」

死ねるもんならな。

そう思いながら睨めば唾を吐き付けてきやがった。血の混じったそれを拭うよりも先にまたその顔を叩きつける。

既にボロボロのコイツと俺じゃあ勝負は見えている。ガン、ガンと二度叩きつけてから、ズタボロの俺を嗤ってやる。ニヤニヤとわざと口端を上げて嗤ってやれば、思った通りにボロの顔が歪んだ。テメェのことだと挑発するのも簡単だ。ざまぁねぇなと嗤い、地を噛むしかねぇボロへ吐き捨てる。


「そのまま俺と同じ目に遭うんだなぁ?恥も外聞も晒されテメェの全部奪われる。今以上に〝俺達以外〟に良いように使われる。隷属の契約に縛られる数も今の比じゃねぇ」

ア゛ァ゛ッ?!とボロが吼える。

それを見てケラケラと笑ってみてやりゃあ、歯が砕けるような音まで聞こえて来やがった。既に人身売買の連中に痛めつけられ躙られた後だと思えばそれなりに鬱憤も堪っているんだろう。だが生憎殴られてやる気はねぇ。


「覚悟しておくんだなぁ?俺達の嫌う王族と騎士ばっかに使われる。もうテメェだけの為になんざ生きられねぇ。……しがらみ塗れの人生だ」

コイツがどんなツラをするか見たくなり、敢えて本当のことを話してやる。

思った通り、血走った目を見開き顎が外れるほど口を開けていた。愉快なその姿ににやにやと笑みを崩してやれば、途中からは疑いか片眉を上げやがる。信じられねぇだろう。俺であるなら尚更だ。


「這え。這って俺と同じ苦痛をテメェも味わえ。同じように拾われて平伏させられて囲われて全部晒して恥を掻け。……今のテメェにはお似合いだ」

『ッテメェも覚悟はあるんだろうなァア……⁈』

俺も道連れだと言わんばかりに血を吐くような声と熱の籠もった息でボロが刺すように俺を睨む。

覚悟も何も俺はもう全部終えている。それとも知れば変えるつもりでもあると言いてぇのか。なら余計に教えてやるわけにはいかねぇと口を閉ざす。

ギリリッと奥歯を食い縛る音がここまで聞こえた。血を垂らした口と、俺の腕を掴む力の入りように、……今一番テメェが知りたいことはどれでもねぇと嫌でもわかる。敢えて気付かねぇふりをし「そんで」と結ぶ。

目の前で無様に這いずる下級層の住人に、この先の地獄を思えば笑いしか出てこねぇ。テメェの欲も知らずに追って求めて失いかけた。このまま死んでいりゃあさぞかし滑稽な人生だっただろうと思う。裏家業の連中にでも話してやれば最高の酒の肴だ。

どれもこれも嘘じゃねぇ。昔と比べりゃあ不自由な枷がいくつも俺とコイツの首には括られている。下級層を大人しくあのまま這いずって隅で生きていりゃあ隷属の契約で逐一王族なんざに頭を下げさせられることも平伏させられることもなかった。

テメェだけのことどころか、何人ものガキ共に命令だ頼みだ守れだ教えろだ護衛だ助けてだ走れだ運べだ命じられる。

視界に入れたくもなかった騎士なんざ今じゃ主の元へ帰る度に嫌でも目に入る。配達先はどこも王族だ。ここまで胸糞わりぃ相手とばかり絡む仕事もそうそうねぇだろう。不自由で面倒で気分もわりぃ最悪の仕事に関わっちまっている。崖で獲物を待ってる時の方がずっと楽だった。手下にも困らなかったし、口うるせぇガキもいねぇ。なのに今じゃあ……






「死んでも取り返せ」






言い切ればボロの目が目蓋をなくす。

〝何を〟も〝誰を〟も必要ねぇ。それだけはこの時からちゃんと知っていた。


「それだけを考えろ。後のことはどうでも良い」

気がつけば釣り上げていた口端が歪んでいたことにテメェで気付く。

理解も納得も必要ねぇ、説明もするつもりなんざ毛頭ねぇ。ただコイツにやるのはそれだけだ。わからなくても構わねぇ。どうせ行き倒れてたのを拾われた後は俺の意思なんざ無視して話が進む。いくら突っぱねようが怒鳴ろうが、あの王族連中で俺の意見を全うに聞くような連中は一人もいねぇ。それどころか命令で開けたくもねぇ腹を底までバカスカ晒される。俺自身が知りたくも認めたくもねぇことを言葉にしたくもねぇ。そういうのは全部




主から聞きゃあ良い。




「辿れ。俺と違ぇ道なんざ選ぶんじゃねぇぞ。」

一つでも違えたら殺してやる。

主に会わねぇと何もかもが終わっちまう。生き恥晒そうと一つだって捨てられねぇ。セフェクもケメトも今の稼ぎも生き方も繋がりも何ひとつテメェの所為で奪われてたまるかよ。

意識がまた朦朧としてるのか、それとも意味がわからねぇだけか、俺の言葉に何一つ返さねぇボロに言い聞かせ髪を吊り上げる。こんな意味もわからねぇ場所で寝かすぐらいなら目玉の一つは潰してやる。どうせ既にズタボロだ。

泥と埃に塗れたそれを見て、よくもまぁこんな状態の浮浪者を城なんざに持ち帰ったもんだと思う。呆れを通り越して溜息すら出てこねぇ。しかも元はと言えば縁もゆかりもどころか罪人と王族だ。四年も経ってるのに主もよく俺のことなんざ覚えていたもんだ。

頭を鷲掴んだ手のまま、反対の手で胸ぐらを掴み上げる。膝を立て、踏み締め、立ち上がったままボロも吊り上げるように無理やり立たす。テメェと同じ顔に鼻先がぶつかるほど近付け、食い縛った歯の隙間から息を吐き掛ける。寝るな、起きろ、取り戻せ、辿り着けと何度も詰り唸り、何も返してこねぇことに腹わたが煮え繰り返る。

もう一度覚まさせてやると今度はそのままぶっ倒すようにして地へと放った。でかい図体と地が擦れ合う音のまま、受け身も取れずにボロが転がった。どうやら本当に限界らしい。

他に起こす方法がねぇもんかと思ったが一つも思いつかねぇ。仕方なく転がったボロにまた歩み寄り掴み直そうとすれば、……急に白に消え出した。

死んだか、これで元の場所に戻るのかと思いながら眺めれば、テメェの手が消え掛かったボロが首だけを回して振り返ってきやがった。砂塗れな髪の隙間から俺へとギラつかせるそれに、まだ元気じゃねぇかと思う。……なら。


「セフェクとケメトも、その先だ」


この言葉に分かりやすく眼の色が変わったのを最後に、髪先一つ残さず白に消え切った。

試しに近付いてみても思った通り何もねぇ。いっそ今のも全部幻か俺の頭がイカれちまっただけであってくれと思う。あの時の俺はもう引き返せねぇところまで来ちまってる。いっそ騎士団に捕まる前であってくれりゃあその先にも色々と変えようがー……、……いや。








変えねぇか。






……










「……今日は一段と眠そうですね、ヴァル」


あー?と、大欠伸の最中で投げかけてくる主に視線を投げる。

城に着いてすぐ合流できたはいいが、報酬が手元にねぇと結局客間で待たされることになった。もうひと眠りするかと壁に背中をつけて足を組めば、主と王女、それに近衛騎士共が揃って視線を向けやがる。


「疲れているのならソファーを使うのはどうですか」

「必要ねぇ」

溜息混じりの主を手で払う。向かいのソファーに掛ける主を俺からも軽く睨み返せばまた欠伸がこみ上げる。眠ぃ。

ケメトが「今日はもうずっとですね」と言えばセフェクまで「朝から欠伸ばっかり!」と文句を言ってきやがった。人の左右に腰掛けて言ってくるから右も左も甲高い声が耳を刺す。

うるせぇ、と返しながら顔を顰めてやるが、あいも変わらずぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ吠えやがる。寝れなかったのかだ何かあったのかだ、いちいちうるせぇったらありゃあしねぇ。


「夢見だけだっつってんだろ。金さえ貰えりゃあ宿で寝る」

「?なにか悪い夢でもみたのですか」

「胸糞悪りぃ夢だ」

クソが。主まで入ってきやがった。

主からの問いに隷属の契約ではぐらかすこともできず、深掘りされる前に「それ以上は言わねぇぞ」と断る。あんなふざけた夢、口にしたくもねぇ。お陰で朝から気分も悪りぃし腹の中もグラつきやがる。

今朝からいくらかは記憶が薄れてはきたが、それでも思い出せば反吐がでる。四年前のテメェなんざ思い返したくもねぇってのに、なんで顔まで突き合わさなきゃならねぇんだ。今じゃ本当はどっちが俺だったかもわかりゃあしねぇ。

目が覚めて夢だったとわかった時には頭がグラつく程度には安堵した。寝言でも言っちまっていたらとセフェクとケメトを見たが、二人とも覚えはねぇらしい。……代わりに寝起きから「疲れてます?」だ「風邪⁇」だ質問責めにされたが。


「〝うざってぇ奴に道案内させられた夢〟ぐらいでそんな疲れるの??」

言うんじゃねぇよ。

主達の前でペラリと話すセフェクに舌打ちで返す。

夢見が悪かったと言ってから何度も聞いてきやがったから答えてやれば、これだからガキは。

お陰で主や王女が小首を傾げてこっちを見てきやがった。それでも睨んで返せば、そこで突いてこなかった。まさかテメェにテメェで道案内してたなんざ言えるわけもねぇ。

夢の中のアレは間違いなく四年前の俺だった。それだけはまだ覚えている。しかも、ガキ共を拐われた直後の俺だ。よりにもよって見たくもねぇ最悪の時をみせられた。何を話してたかも殆ど今は覚えちゃいねぇが、〝道案内〟っつーことはそういうことだったんだろう。うざってぇ。

ガシガシと頭を掻き、足を揺らし舌を鳴らす。眠りてぇのに思い出せば思い出すほど苛立って眠気が遠のく。


「そんなに疲れているなら、受け渡しの後もここで休んでいって構いませんが……」

見れば、主が眉を寄せながらのろのろとこっちに近付いてきやがった。

大丈夫なの?と問いかけながら、ドレスをまくり膝を曲げ、俺に視線を合わせるようにしゃがみ込む。声なんざわざわざ近づかなくてもその場で充分聞こえるだろうが。

そのまま「体調でも悪いのなら薬師を」とセフェクのような余計な気まで回しやがる。眠いだけっつってんのにどいつもこいつも聞きやしねぇ。しまいにはそのまま熱を測るように手で額に触れてきやがった。いっそ外から来たばかりの俺よりも主の手の方が熱も高い。「熱はありませんね」とほざく主に敢えて当て付けるようにせせら笑う。


「…主のベッドならよく眠れるぜぇ?主付きなら一日中でもな」

「……一日寝込むくらい疲れているのなら、配達は後回しで良いから休んで下さい」

ヘッ、と声を低めてやりゃあ主がまた呆れたように息を吐く。

そのまま俺の額から手を下ろし、立ち上がり見下ろす。細い眉を僅かに寄せて肩を落とす姿に、口端を上げて挑発してやれば「本当に大丈夫なのですね?」と念を押された。しつけぇと思いながら一言で返せばあっさりと終わる。

はぁ、とまた短い息を吐く主はそれでも俺から目を離さねぇ。

会話の間に入るようにノックの音が鳴る。報酬を手に侍女が戻ってきた。今回は主の部屋に置いたままだったらしい。主が受け取り、壁に寄り掛かったままの俺に「お待たせしました。今回はこちらから書状はないのでまた三日後に」と渡される。片手を伸ばして受け取れば、ジャランと期待通りの重さがあった。

セフェクが「今日はティアラの部屋には?」と尋ねるが、俺が答える前に王女の方が「大丈夫です!ゆっくり休んで下さいねっ」と声を跳ねさせた。片眉を上げて見返すが、両手の平を胸の前で開いてみせる王女は笑顔だけを返してきやがった。……どうせ断るつもりだったが。今のグラついた頭じゃあ手元が狂う。

宿屋を探そうと俺の手や裾を引いてくるガキ共に起こされるように立ち上がる。クソが、何処のどいつか知らねぇが夢の中に出てきた奴は許さねぇ。会話も誰かも思い出せねぇが、夢の中でまた会ったら殺してやる。


「では、宿に着いたらちゃんとベッドで休んで下さいね。体調が悪ければ薬も買って下さい」

グラグラ身体を揺らしながら客間を出る。玄関まで主が見送ろうとするからこの場で良いと追い払った。

最後の最後まで病人みたいに扱ってくる主に嫌気がさしながら顔を逸らし一音で返す。すると王女の方がガキ共に「ヴァルを宜しくお願いしますねっ!」と余計なことを吹き込みやがった。

無駄に元気に声を揃えやがるガキ共に頭まで痛くなる。もうここまでくれば、いっそ道端で寝ちまおうかとも考える。


「配達と道案内、ご苦労様でした。」

「……。」

じゃあな、と踵を返そうとする俺へ最後に主がそう言った。

溜息混じりのその声が、無駄に耳から頭へよく通った。聞こえなかった振りをして頭を掻く手にだけ力を込めて歩けば、不意に頭に知らねぇ言葉が蘇る。


『ッテメェも覚悟はあるんだろうなァア……⁈』


うざってぇ。

俺の何を知ってンことほざきやがる。先ずは何の覚悟か言いやがれ。

声すらもう頭から消えてるが、少なくとも口調から考えてセフェクやケメト、主やレオンでもねぇことは確かだった。なら騎士のガキかとも思ったが、あのガキにわざわざ俺が道案内してやるとも思えねぇ。後はベイルか、いやあの野郎が俺にンな踏み込んだこと聞いてくるわけもねぇ。…………駄目だ、全く思い出せねぇ。

なんで道案内なんざしてやったのか、何処へ行きたかったのか、何処へ行かせたかったのか、第一そんなうざってぇ奴になんで俺が構ってやったのか。

せめて夢の中でぐらいこの手で殺して終わらせられたんじゃねぇのかとも思う。……もう薄れ過ぎて、覚えているのは道案内以外じゃうざったさと胸糞の悪さと残すは




どうしてもそいつを辿り着かせたかったことぐらいだ。




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