〈本日書籍発売‼︎・感謝話〉騎士の夢見は。
本日、書籍発売致しました…‼︎
感謝を込めて、書き下ろさせて頂きます。
時間軸は「無関心王女と知らない話」辺りです。
『……かった…‼︎……に、…りたかっ……、……!』
…………何処だ、ここ。
目の前も周りも真っ白で。
いつの間に此処にいたンだと、ぼんやり思う。
なンで、俺は……いま、何時だ……?今日は、朝から近衛のー……
『……っ、……………………騎士に‼︎……。』
……血を吐くような、声が聞こえた。
何だと思って見回せば、白い空間に埋まるみてぇに一人のガキが地を噛むみてえに蹲っていた。
土まみれの拳を握って、地面に血が滲むほど叩きつけて、……泣いていた。
獣みてぇに四つ這いになって、地面を引っ掻き殴る。見るだけで痛いぐれぇに拳をぶつけて、吼える。
泣いて、泣いて、地面に水溜りを作っては吸われて、それでも吼え続けている。
手が馬鹿になっちまうし、ンなことしても身体を痛めつけるだけだってのに止まらねぇ。おい、止めとけと声を掛けたけど返事はなかった。変わら ず血の滲んだ拳を地面に叩きつけ続けているだけだ。無理矢理にでも止めようかと手を伸ばして触れようとした途端、妙な違和感に胸がざわついた。
一度手を引っ込めて、ガキを覗き込むように俺もその場にしゃがむ。声を掛けてもやっぱり俺に返事は返さない。代わりに
『ッ騎士にっ…………たかった……‼︎……騎……に!なりっ……。』
言葉を聞き取れた途端、息が止まった。
目の前のガキが誰なのかを確信して今度こそ覗き込む。
地面に俺の方が顔をつけて、見上げれば銀色の長い髪の奥から蒼い目が濡れていた。
時々目に力を込めるみてぇに瞑り、歯を食い縛っている。
間違いない。そう思ったら、もう何を言えば良いのかもわからなくなる。
『ッ騎士に‼︎……なりたかった……‼︎クソッ……もう、俺なんざっ……なンで、もっと、早く……‼︎』
泣いて嘆いて吼える姿と、その言葉に。……あの時かな、とぼんやり思う。
騎士になりたくて、諦めたくて、諦められなくて。
父上と喧嘩して気付いちまって、一人で畑で吼えた。
父上にも母上にも、誰にも知られたくなくて声を殺した筈なのに。……こんな風に吐き出して泣ける場所なんて何処にもなかった。
父上似のこの顔を見る、全部の人の目が嫌だった。
『もォ……めだっ……。……ッンで、俺はっ……俺は……‼︎‼︎』
止めろよ。
ンな叩いたら本当に手がイカレちまう。
折角、騎士になンのに手が駄目になったら元も子もねぇじゃねぇか。
そう思ったのに、触れることはすげぇ躊躇った。
俺は、……触れて欲しくなかった。知ったような口きいて、それらしい優しい言葉なんか聞いても顔を見れば嫌と言うほど取り繕った笑いとただの慰めだとわかって。
昔、掛けられた言葉は全部が辛かった。
父上みてぇになれねぇと。それは仕方ねぇんだと。そう言われるのが死ぬほど嫌だった。
生暖かい夢ばっか投げて押し付けて。俺がどうなっても、誰も助けてくれねぇのにと。
『…………ッ遅かった……‼︎……俺っ……俺なんざが…‼︎』
すっげぇ、ボロボロだ。
父上似の顔を見せたくねぇから髪伸び散らかして、畑の土汚れに塗れて、拳に当たって爪の間からも血が滲んでる。
覗けば、父上似の顔が険しく歪んで余計似ちまってる。こうして見ると、本当に俺は父上似だったンだなと思う。涙が伝って溢れて、肩を震わして、畑っつーより下級層にでも居そうな風貌だと思う。
両拳をまた地面に叩きつけて、泣く。髪をボサボサと振り乱して顎まで震わす姿に、自分で見るのはキツいと今更思う。どうすりゃあこの嫌な夢から覚めれンのかと、改めて辺りを見回
『………ッ騎士に‼︎……俺、なんざがなれる筈がなかっ』
「絶ッ対になれる。」
……振り上げたその手を地面に打つ前に掴んだ。
簡単に掴めた手は、今の俺よりずっと細い。
腕を掴まれて、驚いた様子のガキは今やっと俺に気付いたみてぇに顔を上げた。
涙でぐちゃぐちゃの顔で、俺を見る。長い髪の隙間から蒼い瞳がちらちら見えて、反対の手で左右に搔きわける。
「……なれっから。絶対、お前なら。」
俺の言葉にガキは首を左右に振った。
変わらず涙を零しながら、歯を食い縛る。そんなわけないと、その目だけでも充分訴えている。
ガキの握った手に力を込めて、気持ちを注ぐ。細くて、脆くて、土だらけだ。使い古したボロ人形みたいな手は血も滲んでいて、……こんな手をあの人は握ってくれたんだなと思う。
「絶対になれる。……お前、本当はすっっげぇ恵まれてっから。」
自分で言って、笑っちまう。
自分で自分を褒めてるみてぇな、自慢してるみてぇな感覚に身体中がくすぐったくなった。
……それでも、やっぱ伝えたいとそう思った。
「いつか気付けっから。……気付かせてくれる人に会える。そしたら、一気に世界が変わって……幸せだってそう思える。」
『ッンなわけねぇだろっ……‼︎俺がっ……俺なんざ、こんなっ……!』
俺の言葉に、ガキが反対の手を差し出して震わせる。
歯を剥き出しにして、蒼い目が怒りに燃えた。
植物を育てるしか能のない筈だった手を見せる。俺にとって恥で、何の役にも立たねぇ、全部が折れたきっかけだ。
俺は反対の手でガキのそれを掴み、握る。力を込めたら、今の俺なら折れちまうんだろうなとぼんやり思う。
「……特殊能力なんか関係ねぇよ。騎士にもねぇ人のが多い。」
『ッ親父は‼︎親父はどォなんだよ⁈……ッ俺の、特殊能力じゃ親父にはっ……‼︎』
自分で言って、また傷付いた。
歯を食い縛って泣くガキが、俺を声を荒げた直後、声も出ねぇみたいに苦しそうに顔を歪めて鼻を啜った。
俺の言ってる言葉と、昔父上が言ってくれた言葉がそのまま重なっていたと後から気づいて恥ずかしくなる。だけど、目の前のガキからはそれでも目を反らせない。
「……特殊能力なくても、強くてすげぇ騎士は何人もいる。父上やクラークにも褒められて認められるような騎士もいる。」
アラン隊長みてぇに強くって、エリック副隊長みてぇに何でもできる騎士だっている。
「それにやっぱ、……特殊能力のある騎士も強いのはそれだけじゃねぇし。」
カラム隊長は作戦指揮もずば抜けていて、ハリソンさんだって高速だけじゃない実力ある騎士だ。
「今からでも、なれっから。それに、……一緒に強くなってくれる奴もいる。」
騎士でもねぇし、父上よりすげぇ特殊能力だけど。
そう言いながら笑っちまうと、ガキがポカンと口を開けた。そんな奴が居ンのかよと、言いたい言葉がすぐわかる。両手で互いに繋がって、指を絡めてしっかり握る。
今の俺より小さくて情けねぇ手だけど、……こんな手でも必要としてくれる奴はいる。
「俺達の相棒だ。腹黒ぇし口も悪りぃけど。……一緒のモン守ってくれる。頼れてすげぇ良い奴だから。」
居てくれて良かったと、……何度でもそう思える。
ステイルと、…第一王子とダチなんて、絶対信じて貰えねぇだろうけど。
それでも、今じゃ嘘みてぇに一番のダチで、絶対にあの人を一緒に守ってくれると思えるから。
「守りたい人にも会える。……その人も、俺達が騎士になれるって信じてくれる。その人が信じられねぇぐらい、……色々与えてくれっから。」
だから大丈夫だ。そう言い切ると、ガキの目からまた大粒の涙が溢れ出す。
ぼとり、ぼとりと溢れて身体中が震え出す。
何度が詰まらせた息を整えて、それからやっと口を動かした。
『……ンな都合良い話、あるわけねぇだろぉ…?』
俺を掴み返す手が弱い。震えて怯えて、……期待すんのが怖いって叫んでるみたいだった。
肩も丸くて一本調子な声のまま目も虚ろだった。瞼が涙でべとついて、息も荒い。背中まで丸くなって俺に掴まれた手から腕がだらりと下げられた。俺がここで手を離したらまたコイツは地面に突っ伏しちまうんだろうと思う。
俺に対して疑いも向けてるみてぇに口元が歪んだ。虚ろな目が俺を見上げて睨む。俺が少しでも取り繕ったら、きっともう話すら聞いてくれねぇだろう。だから俺は
「そぉだよなぁ……。」
笑っちまう。
……やっぱ信じれねぇよな。と、俺自身そう思うから。
腹立つとか呆れるとかは思わなくて、ただひたすら納得だけする。
ぶはっ、と息を吹き出して笑っちまう俺の返答が意外だったのか、ガキはまた驚いたように目を皿にした。俺の顔を凝視して、誤魔化してるンじゃねぇかと疑っている。それでも構わず俺は笑うとガキに向かって「信じらンねぇよな」と緩ました片手でその肩を叩く。ンでそのまま
抱き締めた。
片手だけ繋いだまま、反対の手で細い身体を引き寄せ抱き締める。
突然のことに驚いた様子のガキは身を硬くしたまま動かなかった。それでも構わず俺は抱き締めたままその背中に手を当て軽く叩く。俺の肩から顔を出したガキは顎を乗せたまま何も言わなかった。
「ンじゃあ、待ってろ。」
信じられないなら仕方ない。
俺だって、……たまに今でも信じられなくなる。あの人に出会えたこと自体が奇跡だったから。いつか目が覚めたら全部が夢だったンじゃねぇかと思うぐらいに。
「今は、……すげぇ死ぬほど辛いしキツいのは知ってっけど、それでも耐えて、耐えて待っててくれ。」
しんどかったのも、死にてぇと思った事もある。
こっから先にも、辛くて何度も泣いて
何度も自分で自分を痛めつけて、自分を殺していく。
ズタボロになって、目も当てられねぇぐらいになって…………死ぬほど後悔する。
それでも。
「あの人に会えば、全部が報われる。」
あの人が、救ってくれる。
全部掬い上げて、全部を教えてくれる。
ガキの、嗚咽が止まる。ぽっかりと空いた沈黙でガキは何も言わなかった。ただ、俺を掴む手に僅かだけど指先から力が入った。
背中を叩いて、もう一回抱き締めてからまた正面から顔を覗き込む。
また長い髪が顔に垂れて隠れてた。それをそっと搔きあげて今度は背後に流す。
「その髪も、父上似のツラも。…………きっと好きになる。」
信じられないと、まだ目が叫んでる。
歯を食い縛って、鼻を啜って、それでもさっきよりまた強く俺の手を握り返す。泣き過ぎて赤い顔で、目の蒼が映えた。
「ンで、俺達のことも好きになれる。」
ガキの目元を指で拭う。
いくら拭っても涙が止まってなくて、途中で諦めて代わりに頭を撫でた。
わしゃわしゃと左右に撫でればその度に長い髪が先まで揺れた。
「……だからよ、それまでちゃんと身体だけは大事にしてくれ。俺達の大事なモン、……お前だって本当は守りてぇンだろ?」
手を離し、両手で纏めてその手を包む。
血が滲んで泥が染み付いている手を、……どうかこれ以上傷付けねぇでくれと願う。
最後に言った言葉に、初めてガキが大きく頷いた。大きく見開いた目とまだ苦しそうに肩で息をしたガキは震える口を開き出す。
『っっ……俺なんざに……できるのかよ…⁈』
「ああ、できる。」
『騎士でっ‼︎……親父の、恥とかっ……騎士とか俺を見て』
「ンな人、一人もいねぇよ。……すっっげぇ良い人ばっかだ。」
『………ッ……………親父に』
「胸張れる。……父上も、騎士も俺達の誇りだろ?」
またボロリとガキから涙が溢れ出た。
俺の問いに頷く代わりに俯いて、……目一杯の力で握り返してくれた。
曲がっても、歪んでも、やっぱ俺なんだなとそう思う。
ガキの手を掴んだまま立ち上がる。引き上げるようにして腕ごと引っ張れば、ガキもフラフラと立ち上がった。
背もまだ低いし、軽いなと改めて思う。
ガキは手を引いた俺を見上げて、口をまた開けた。開いたは良いけど何を言えばわかんねぇみたいで暫くは話すまで俺も待ち続けた。
すると、躊躇うみてぇに一度口を閉じてから自分の腕で目を擦った。鼻を強く啜って、腫れた目と赤い顔と鼻で見上げながら俺の手を引いた。「なァ」と、さっきより大分マシになった声で俺に問い掛ける。
『……俺も、本当にお前みてぇになれンのか……?』
……思わず、息が止まった。
心臓がすげぇ音立てて、自分の目が丸くなっていくのがわかる。
髪を掻き分けた顔からはっきり見える蒼い目が、……なんか、まるで憧れるように光っていて。
照れ臭くて嬉しくて、歯を見せて笑っちまう。今、コイツにそう言われるのが飛び上がりたくなるほど嬉しくてむず痒い。
「決まってンだろォが。」
ハハッと笑いながら、誤魔化すように空いてる手で思いっきり頭を撫で回す。ボサボサになっても気にせず撫でまくったら、怒ったようにガキが手を振りほどいて頭を押さえてきた。『触ンな!』と怒鳴られて、両手がガキから離れた後も声に出して笑った。
自分の頭を手櫛で雑におろして戻したガキが、……次第に白に溶けていった。
背景に混ざるみてぇに薄く、白く。ガキも気付いたみてぇに顔をあげたけど、俺を見つめたまま何も言わなかった。
最後に、俺から軽く手を振る。
またな、と言う前にはガキは白く消えたけど別に良いやと思う。
ちゃんと泣くのも止められたし、嬉しいことを言ってくれた。それに何よりも
これが別れじゃないことは知っている。
……
…
「アーサー。さっきから欠伸が多いな。」
寝不足か?とステイルが俺に投げかける。
休息時間になってプライド様の部屋に来たステイルは、ソファーで法律関連の本を読みながら口だけを俺に動かした。……やべぇ、欠伸が声に漏れてた。
プライド様やティアラまで俺を見て首を傾げるから、すみませんと慌てて頭を下げる。非番のカラム隊長の代わりに入ってるハリソンさんが隣で睨んでですげぇ怖ぇ。
「昨晩はあまり眠れなかったの?」
いえ、そんなことは……とプライド様の言葉に思わず口籠る。
まさかあんな夢見たなんて言えねぇし。今思うとすげぇ恥ずかしいし、自分で自分を褒めてる感じがしてそんな褒められてぇのかとか思っちまう。
口を一回閉じた後、何とか言葉を選ぶ。
「少し、……妙な夢見て。ッいやあんま全然覚えてないンすけど!」
聞かれる前に先に断る。
思わず上擦った声に、逆にステイルが興味を示したみてぇに顔を上げた。少し悪く笑って、絶対掘り下げるつもりだと確信する。何故かハリソンさんまで気になるみてぇにガン見してくるし、逃げ場がない。
「アーサー、もし疲れているなら……」
「いえ!疲れてません‼︎すっげぇ元気です‼︎早朝演習も問題なかったですし‼︎」
慌て過ぎてプライド様の言葉を途中で切っちまう。そのまま逃げるみてぇに「ですよね⁈」とよりによってハリソンさんに同意を求めちまった。カラム隊長とかだったら上手く助けてくれンのにと人頼みに思いながら、もう引き返せない。俺からいきなり振られたのに驚いたらしく、眉を僅かに上げたハリソンさんが数秒空けたあとに口を開いた。
「……問題ありませんでした。」
……良かった。
何とか味方になってくれた。ほっとしてわかりやすく俺は胸をなで下ろす。これ以上プライド様達に心配かけたくない。
そう思っていると、今度はティアラが「少しも覚えてないのですか⁇」と尋ねてくる。なんか、下らない嘘吐くのも悪い気がして悩む。
「……あー……、…………すげぇ自慢〝される〟夢。」
嘘じゃない。
今思うとどっちも俺だったし、もう記憶もあやふやで本当にどっちが俺の意識だったか自信もない。
するとプライド様がフフッ、と可笑しそうに笑って口元を隠した。ティアラも釣られるように笑ってプライド様と顔を見合わせる。ステイルに誰にだと聞かれたから、それだけはわからねぇと隠し通す。俺が俺に自慢したなんて絶対言えねぇし。そう言うとステイルが肩をすくめて、興味が薄れたみてぇにまた法律書に目を戻した。
「お前に自慢できるとはなかなかの自信家だな。」
……どういう意味だそれ。
意味がわからず首を捻ると、プライド様とティアラも同意するように頷いた。そうね、私も思いますっ、と笑って俺を見た。
「次、その人が夢に出たら自慢仕返してあげてね。アーサーだって凄く優秀な騎士だもの。」
そう言って、悪戯っぽく笑うプライド様にうっかり心臓が撃たれる。
フラッ、と足元が一瞬浮いて、何とか一言返していっぱいいっぱいになる。こんなとこで褒められるとは思わなかった。
ティアラも頷いて、何故かステイルまで自慢げに笑うから、すげぇ恥ずかしくなる。
「…………はい。」
何とか口元が緩むのを引き締めながら、言葉を返す。
次に、っつっても、……もう誰に自慢されたのか覚えてない。夢だったし、段々今朝より記憶も薄い。自慢したのか、されたのかさえ朧げだ。
俺の夢ってことは、俺の知ってる人なのか。俺の周りで自慢してくるような人ってあんまいねぇけど。もう、話してた相手の輪郭すら掴めない。……ただ。
『……俺も、本当にお前みてぇになれンのか……?』
確か、そう言われた気がする。
自慢してた相手にしては変な返しだと思う。……なら、自慢してたのは俺の方なのか。だとしたらすっげぇ恥ずかしい。
なんでそんなこと聞かれたのかも、どう返したのかももう覚えてねぇけど。……ただ、
すげぇ誇らしかったことだけは、今もこの胸に残ってる。




