Ⅱ500.特殊話・三番隊騎士隊長は贈った。
二部五百話達成記念。
プライドの誕生日、16才編です。
Ⅱ400感謝話
暴虐王女と婚約者
不義理王女と小規模パーティー
Ⅱ300感謝話
より繋がっております
「!そういえば、こうしてお二人と城下に出るのは初めてですねっ」
つい最近近衛騎士になったばかりの私とアランに、ティアラ様はそう仰られた。
城に花を卸す、王都でも有名な花屋へ向かう馬車の中での話だ。到着してからはティアラ様もプライド様も心から花屋を楽しんでおられるようだった。
王族であるプライド様とティアラ様は初めて目にしたのであろうその花屋に目を輝かせておられた。
店に入る前から花屋を疑うほどの佇まいに驚かれるのも当然だろう。私も初めてこの店の前を通った時には思わず足を止めたことを覚えている。
本隊騎士として見回りを許されてからは、この辺りもよく通った。
新兵の頃はそんな時間の余裕もなかった分、あの頃は少なからず胸を膨らませていたような気もする。流石に見回り中には控えたが、後日実家へ帰る前にここで花を買った。
城にも花を卸しているという事実はそれだけで良い手土産の理由にもなった。花の手入れは勿論のこと接客も丁寧な店だったからその後も何度か利用している。
店の中に入れば、外よりも遙かに自然物に囲まれた空間が広がっていた。花屋というよりも、父の友人が自慢していた植物園を彷彿とさせられる。
花屋の店員の説明を聞く中で、プライド様もティアラ様もとても楽しそうに観覧されていた。ティアラ様が花言葉を尋ねればプライド様が答えるその往来を眺めればこちらまで微笑ましい気持ちになる。
傍に花の専門家がいるにも関わらずプライド様に尋ねたがるティアラ様も、花言葉というよりもプライド様から聞きたいのだろう。店員もそれを察してかクスクスと小さく笑い声を漏らしながらお二人を見つめている。
プライド様は花言葉に詳しいらしく、ティアラ様が尋ねるどの花にも淀みなく花言葉を答えておられた。
教養は当然のことながら、きっと花自体もお好きなのだろうとその慈しまれる紫色の眼差しを見て思う。家の関係で貴族や上級層の女性と語らったことはよくあるが、花の名ならばまだしも花言葉まで精通している女性は珍しい。いたとしても好む花を数種類のみといったところだろうか。
「お姉様っ!こちらの黄色と赤色混じりのお花は花言葉御存知ですか⁈隣の桃色のお花も可愛いくてっ」
「ええ、こっちは〝ずっと一緒にいよう〟〝幸せへの第一歩〟隣は〝初恋〟ね」
ご趣味なのかそれとも王族の教養の一つかとも考えるが、それであれば第二王女であるティアラ様がご存じないとは考えにくい。残る可能性はプライド様の王室教師の勧めといったところか。女性教師のどなたかから雑談の中で学んだ可能性もある。兄の家庭教師にも花に詳しい女性はいた。
だが、やはりああして慈しんでおられる姿を見ると個人的な趣味という方で正しいだろうと改めて見当付ける。
花に目を輝かせ、ティアラ様に顔を綻ばすプライド様のお姿は心からのものに見える。……と、そこまで思考してから思わず眉間に力を込め口の中を軽く噛む。またプライド様を必要以上凝視してしまっていた。
護衛の立場として目を離さないことは前提としても、こんなにお顔ばかり見つめていては不敬だ。アランにもまたとんでもない言いがかりを付けられかねないと、横目でチラリと隣へ注意を向ければ幸いにも今は気付いておらずプライド様の方を見つめたまま鼻を短く啜っていた。
風邪かとも思ったが、さっきまでは一度もそんな仕草はなかった。恐らくはこの香りが原因だろう。
私は早々に慣れてしまっていたが、店中が花の甘い香りが漂っている。アランは普段も香水を使わなければ、もともとパーティーや夜会にも縁がないからこの甘い香りの空間は少々きついだろう。香水を男女共に常用する貴族の集会でもここまで香る空間にはならない。
もう少し奥に行けば開けた庭園で香りもマシになるのだが、ここでは籠もっている。更にはプライド様もティアラ様も度々足を止めて丁寧に楽しんでおられた。
お二人に気付かれないようアランに「気分が悪くなったら言え」と耳打ちすれば、笑って手を振り返された。
否定しないということはやはりこの甘い香りは合わないのだろう。もともとアランは目も鼻も良いから余計きつい筈だというのに。以前など、アーサーが横切った一瞬で「珍しく香水してたな」と言っていたくらいだ。
流石に倒れるまではいかないだろうが、もし顔色まで変わるような時には私から奥の開けた場所をそれとなくお二人に勧めてみれないものかと考える。
流石に護衛の都合で王族の方々の予定を変えるなど許されない。あくまでこちらの都合はこちらの都合として処理し、提案程度で護衛に徹すべきだ。
こうして近衛騎士としてご同行も許されているが、あくまで護衛だ。今も花の観覧を楽しんでおられるお二人の邪魔にならないようにと改めて徹し続ける。
「せっかくの機会ですしアラン隊長とカラム隊長に選んで頂いたらいかがでしょう?」
……王族本人からお声を掛けられるまでは。
肩が上下し、脈は急激に速まった。ティアラ様の次にきょとんとした丸い目でこちらへ振り返るプライド様に、私は思わず目を逸らした。
…………
─アラン……全くコイツは……‼︎
頭に血が上るまま、前髪をひと思いに掻き上げ耳に駆ける。
また頭が火照ったまま使い物にならない状態のアランを横目に睨み、もう一発くらい殴ってやっても良かっただろうかと未だ手の甲がヒリつくまま考える。
目の前では何事もなかったかのようにプライド様とティアラ様が更に一歩先へと内覧を楽しんで下さっているのが唯一の幸いだ。
ティアラ様のご提案による花選び。
あまりの恐れ多さに心臓が危ぶまれたが、最初こそプライド様が遠慮してくださったお陰で事なきを得た。……が、その後にアランだ。
コイツが、この男が、花を選ばれているお二人の間に入り話を蒸し返した。あまりに恐れ多い花言葉を選んだとはいえ、結果的にプライド様にもティアラ様にも喜んで頂けたからそれまでは良かった。アランらしいとも思ったし、騎士として良い選出ではあったと思う。
しかしその後にプライド様のお言葉を受けて今は完全に熱の固まりになっている。
直前まではプライド様の頭へ恐れ多くも文字通り花を添えるまでをしたというのに、プライド様のお言葉を受けたら急激に固まった。顔を燃えるように熱し、私がいくら叱責しても背中を叩いても石像のように動かなくなった。
今はなんとかプライド様とティアラ様のあとにはついていっているが、隣に立っている私まで熱くなるほどの熱気がアランから零れている。本当に何故この男はこうも極端なんだ。
プライド様おティアラ様もアランを心配し、今にも馬車へ戻ろうと提案しそうな雲行きだった。まさか護衛の体調で王族が予定を繰り上げるなどあり得ない。
ならばと、ここはもう滞在する理由を私から提供するしかなかった。
アランも選んだならば私も花を選びたいと申し出れば、滞りなくご許可も頂けた。
そう、本来恐れ多い筈の花選びの許可を結果として私自身の意思で願い出てしまったのだ。護衛中にアランが欲を出さなければこのような事態にはならなかったものを‼︎
そこまで思えば私まで頭に血が上り、熱を下げるように息を吐く。仕方ない、もう私自身が言い出したことでもある。申し出た以上は責任を持って選ばせて頂こう。
「お姉様っ、こちらのお花はなんという花言葉でしょうか?」
「〝純血〟と〝報復〟ね。ちょっと怖いけれど綺麗な花だから私は好きだわ」
私もですっ!とまた嬉しそうにティアラ様が満面の笑みを浮かべられる。
プライド様へ花を選ぶ以上、やはり花言葉も留意すべきだろう。変わらず全ての花言葉を網羅されている様子のプライド様に、間違っても失礼な意味の花を選ぶわけにはいかない。
ティアラ様とのやり取りでも、悪い意味の言葉を持っているからと花そのものを嫌われるような御方ではないが、敢えて選ぶ必要もない。プライド様に花を贈れるものならば、……と私も少しは思わなかったわけではない。
しかしよりにもよってプライド様に相応しい花など私にはまだ思いつきもしなかった。
残念ながら私もアランと同じく花言葉に詳しくない。
贈り物として適した花をいくらかは知っているが、プライド様にとってはどれも見慣れた花ばかりだ。せっかく一流の花屋に来て、部屋に飾れる花をと仰るのならば少しは目新しい花の方が良いだろう。
花自体には常に囲まれた生活をされている御方だ。……きっと、数年前の私であれば定番の花を選んで終わらせていたのであろうと自覚はあるが。
本来ならば傍にいる店員に細かく話を聞きたいところだったが、プライド様とティアラ様の護衛中に背後で永遠と私語をするわけにもいかない。
そもそもまた頭に血が空回っているアランを置いて私まで他に注意を逸らすべきではない。花言葉を把握し、その上で適した花を選ぶには結局アランと同じようにプライド様本人の解説だけが頼みの綱になる。
最終的にお二人が花屋を満足いくまで見学終えてから決めれば良いのだから時間は優にある。一つ一つティアラ様が尋ねられる花と、プライド様が答えられる花言葉を一つ一つ第一候補から第三候補程度まで記憶して取捨選択していけば良い。……その間にアランの熱が冷めてくれれば何よりだが。
「こちらの白いお花はっ?」
「〝選択〟〝後悔〟それに〝美しい世界〟ね」
『まぁ焦ることもないでしょう。もし駄目でもご子息には華々しい世界が約束されておられるのですから』
…………。しまった、余計なことを思い出した。
大分疲れているな、と前髪を耳に掛け意識的に呼吸を整え直す。
花言葉を気にするあまり関係ないことまで連想してしまった。集中力を欠いた証拠だ。
それにしても本当にかなり昔の言葉を思い出した。まだ新兵にもなっていない頃に言われたことをまだ覚えていたとは自分でも驚く。気にしていたつもりはないが、心のどこかで根に持っていたのだろうか。
父の友人で、別に悪意もなかった言葉だ。パーティーだったか夜会だったか茶会だったか、私が騎士を目指すことを困っていた父を宥める為にだろう意図でそう返された。
騎士が駄目でも貴族として生きる道があると、今も昔もそれが贅沢で恵まれた選択肢であったことは私自身も理解していた。
しかし、……当時言われた彼らの〝華々しい世界〟を選ばず騎士の誇り高き世界を選んだ私が、まさか今こうしてこの国で最も華々しい世界の頂点に立つ王族、その第一王女相手に花を選んでいるなど妙とも皮肉とも言える。
王族に、しかも未婚の王女に花など上級貴族でも安易には叶わない。
そう考えれば、父のあの目が脳裏に浮かぶ。貴族としても私個人は参列したことがなかった王族の式典に、騎士として参列しているのを父に初めて目撃された時の目だ。
やっと満足して頂けたらしいと当時は安堵したが、今はなんともいえない気持ちになる。私は別に王族とお近づきになる為に騎士になったわけではない。
「お姉様っ、ここのお花は?どれも可愛いですねっ!」
「本当ね。右の桃色は〝平和〟〝優しい心〟真ん中は〝恋〟……左は〝貴方と一緒にいたいです〟よ。色違いで花言葉も全然違うの」
また新たな花に目を向けるティアラ様とプライド様の会話には変わらず意識を向けながら、恐らく今日のことはたとえ酒を飲んでも身内には話さないのだろうと己に思う。
そして桃色の花は候補の一つに良さそうだ。花自体も気に入っておられる。
花を愛でる女性は……愛らしいと、思う。しかしそれを浴びるほど飾り己が財力や権威として誇示する女性にあまり良い印象を持てなかったことがある。
理知的な女性も美しい。しかし「騎士はあくまで王族を護る為だけの私兵に過ぎません」「騎士を過大評価し過ぎではありませんか」と言われた時、子ども心に苛立ちを覚えたこともある。
プライド様は花を愛でられ理知的で優秀な王女であらせられるが、それだけならばティアラ様も同じだ。
しかしこうして見つめていても、プライド様だからこそ眩ゆく、そして美しく思えるのは自分でも不思議な時がある。
ティアラ様に対しても愛らしく素晴らしい女性であると思えても異なるように、恐らく今このやり取りを他の女性達が行っていてもここまで胸が温まることはない。正確には騎士団奇襲事件での一件がなければ、プライド様に対してもこうはならなかった。
騎士団長の為に身を投じられた御姿と、そしてあの会談がなければ決して。
こうして近衛騎士に選ばれていても、花一つに悩むこともなかった。過去にも経歴として現女王も含め、名高い王族がいることは知っている。それでもプライド様という王女を知れたことは幸福だったと、心底思う。
少し前までは王族に興味を持てなかった私が、今ではこの御方が女王になる治世まで騎士として生きていたいと願っている。待ち遠しくすらある。
プライド様の治世で騎士でいられる私は間違い無く幸福だろう。気高く、そして騎士を本当の意味で理解してくださっている御方だ。王族という、護られることが当然の立場でありながら、騎士の在るべき姿と意義を語られたあの日のことは一生鮮明に、そして忘れることはない。
「あっ!あちらのお花は?珍しいですね」
「〝気高い人〟と〝誇り〟あと〝記憶〟ね。私も初めて見たわ」
ティアラ様が指先で示された前方に見えるひときわ鮮やかな花に、そのままお二人が足を速められた。
私もアランと共に歩速を合わせる中、頭の中であの花が第一候補に上がる。花言葉も相応しく、そして美しい花だ。プライド様も初めてと仰るのならばちょうど良いだろう。
やっと自分でもしっくりくる花が見つかり、自然に肩が降りた。
プライド様が語られた花の名も記憶に止めつつ、音にならないように息を吐く。気付けばもう花屋の内覧も後半に差し掛かっている頃だろうか。軽く見回せば開けた場所に到達していた。花の香りも最初よりは大分薄い。
アランはどうだろうかと顔ごと向ければ、顔色も今は落ち着いている。目の焦点もまともだ。
試しに軽く背中を叩いてみれば、すぐに肩を揺らし反応が返ってきた。私へ丸い目を向け、視線が合うとすぐに「わりっ」と屈託のない笑みで返された。小言を言ってやりたい部分は当然あるが、とにかく本調子に近付いてくれて何よりだ。
前髪を払い、口を結んだまままた護衛対象であるお二人に目を向ける。すぐにはその場を動かずに見つけた花からその周辺の花も楽しまれていた。
ティアラ様からの「この花は」「そこの花は」という問いへ変わらず答え続けるプライド様に自然と口元が緩んだ、その時。
「手前の花は〝幸せな思い出〟ね。その奥にあるのは──」
「……」
ふと、プライド様が説明されたその花に覚えがあった。
儚げで鮮やかな美しさを持つ花だからもあるが、それ以上に当時聞いた話が印象的だったからだろう。
記憶が蘇る中、もう一度アランの状態を確認してから私は振り返る。私達と同様に控えていた店員に小声で呼びかけ、小さく手招きもする。
すぐに意図を察し駆け寄ってきてくれた店員に、当時の記憶を頼りに確認と問いをかければ「よくご存じで」とすぐに答えてくれた。
急激に思い立った所為で動悸が異常に速まり顔が熱くなる中、アランが急に花を選んだ気持ちを今正しく理解する。言ってやりたかった小言の半分は言えなくなった。私もいま同じような状態だ。
私が店員からこそこそと話を聞いている間に、プライド様とティアラ様は次の花に興味が移られていた。後で全て見回り終えた後で良いと頭では理解しながらも、店員から聞き終えた私は舌先の擽ったさを押し出すように口を動かした。
プライド様、と。
そう、呼びかけるただそれだけで。心臓が嘘のように危うげにひときわ高鳴った。
…………
「プライド様。……っ、宜しいでしょうか……?」
そうカラム隊長が声を掛けてくれたのは、花屋での内覧ツアーに終わりが見えてきそうな時だった。
振り返れば何やら話していたのか店員さんも傍にいたカラム隊長は、顔がやんわり赤い。アラン隊長と私達の内覧続行の理由の為に自分から花を選ぶと言ってくれたカラム隊長だけど、ずっと無言だったしやっぱり重荷だったのかしらと思う。
今も緊張で顔が熱っているということはそれだけ真剣に花を考えてくれていたということだ。もう聞く前から申し訳ない気分になる。
ナンデショウ、と平静を保ちながら笑いかける。状況から考えて、ここでカラム隊長が呼びかけてくれた理由はそれしかない。
熱った顔で難しそうに表情筋に力を込めるカラム隊長は、顔の横の位置に挙手をして発言を求めた形のままだ。
「先ほどの件ですが」と前置いてから、その手で一方向を示してくれた。
「私はそちらの花を選ばせて頂きたいのですが、いかがでしょうか……?」
真っ直ぐに伸ばされた指先が示したのは、ついさっきティアラと眺めた花の一つだ。
私達の手前に位置する植木鉢に咲いていた花は、我が国では珍しい花の一つだ。私もまだ片手で数えられるくらいしか目にしたことがない、とても綺麗な赤色の花だった。
細いリボンのような花弁が絡み合っていて、中心の青みがかった雌蕊雄蕊が長く天へ向いて伸びている。一つの茎に七個の花がまるで線香花火のように咲いている、賑やかな花だ。
前世の彼岸花に結構似ているけれど、この世界では墓地ともお彼岸とも関係なければ花言葉に暗い意味も含まれていない。花弁もちょっとこちらの方が太めな気がする。
「素敵だと思いますっ‼︎お姉様らしくて綺麗な花ですものっ!」
「自分も良いと思いますよ。花言葉もカラムらしいっつーか、プライド様にとてもお似合いです」
手をパチンと合わせるティアラに続き、久々にアラン隊長も一言くれる。
いつもの話し方をしてくれるアラン隊長にほっとして笑みを向けると、……途端にまたぶわりと赤くなってしまった。いやでも、いつもの調子で話してくれたということは心の距離は離れていないと思いたい。
なにはともあれ二人からも大好評の花に、私も嬉しくて「そうね」と笑んでしまう。花言葉に私が釣り合っているかは正直自信は持てないけれど、こんな賛辞を送って貰えるのは素直に嬉しい。
花を示した手を今は背中にピシリと組んでいるカラム隊長へ私から目を合わせる。未だ緊張が解けていないのか、顔に力も入っていれば火照りも色が更に濃くなっている。
「ありがとうございます。こんな綺麗な花を選んで頂けて嬉しいわ。色合いもこちらはカラム隊長の髪色に似てますし」
「いえそれは、……。……恐縮です」
ふふっと花弁にそっと手を添えれば、逆にカラム隊長の顔色を茹だらせてしまう。……アラン隊長の選んでくれた花に続いて、つい同じ発想になってしまった。
確かにカラム隊長の赤茶の髪にも混じった赤毛にも同じ赤でも色合いも系統も違うのに。いや赤毛の混じった感じにひゅるんとした花弁の雰囲気似てる気はやっぱりする。でもしまった早とちりしてはしゃいだ姿が恥ずかしかったのかもしれない!
やんわり「たまたまです」と言わないカラム隊長のお気遣いが胸にざっくり刺さる。
途端にアラン隊長が「じゃあプライド様か?」と尋ねれば、今度は強めに「偶然だ」と断られた。仰る通り私の深紅の髪とも色合いは違う。カラム隊長とも私とも違う、もっとずっと明るい鮮やかな赤色だもの。
いやもう色なんて関係ない‼︎どちらにせよ綺麗な花には変わらないもの。今度こそ花自体も気に入りましたの意味を込め、私は改めてカラム隊長へ正面を向けて心からの笑みを見せる。
「花言葉も素敵な言葉ばかりで、カラム隊長に頂けるのが光栄です」
さっきティアラに教えた花言葉を改めて思い返す。
カラム隊長も話を聞いていた筈だし、こちらは私の自意識過剰ではないと自分に言い聞かせた。アラン隊長にもこちらは偶然とは言っていなかったもの‼︎
同時に、……でもこれで空振りだったらどうしようと過れば私まで言いながら顔が熱くなる。
カラム隊長も貴族出身らしいし、この花の希少さと上流階級女性の人気を知って選んでくれただけと言われても納得できる。単純に綺麗だからと言われても充分選ぶ理由になるお花だもの!
見かけの華々しい美しさと鮮やかな色合いで貴族女性に愛される花は、その花言葉もまた受け取った女性皆が喜ぶ意味ばかりだ。
〝高潔〟〝忠誠〟〝清らかな心〟
「ありがとうございます。……プライド様だからこそ相応しい花言葉と思いました」
深々と見本のような礼をして肯定をくれるカラム隊長に、こっそり胸を撫で下ろす。良かったやっぱりこちらの意味は勘違いではなかった。
〝高潔〟や〝清らかな心〟なんてカラム隊長から頂くのは本当に畏れ多いし、こちらも主人公ティアラにでは⁈と本気で思うけれど貰えるものは嬉しい。誠意の塊のようなカラム隊長からだと表面上の御世辞とも思えないから余計にだろう。……というか寧ろこちらもカラム隊長にこそ相応しい花言葉じゃないだろうかとも思う。
何より〝忠誠〟という言葉を騎士であるカラム隊長から選んで頂けると、なんだか嬉しいを通り越して身体中がふわふわする。もう確認するまでもなく近衛騎士であるカラム隊長からの御言葉だろう。
アラン隊長とティアラも私とカラム隊長を見比べては笑んでくれる中、店員さんもにこにこだった。その間、カラム隊長ご本人はまだ頭を完璧な角度で下げたままだったけれども。
ありがとうございます、とお礼を重ねながら店員さんに目を合わせれば、お持ち帰り用にして欲しい意図もすぐに伝わった。ぴくりと肩を揺らした後、ちらりとカラム隊長へ確認を取るように上目で除く。それと殆ど同時にカラム隊長からも頭が上げられた。
「〜っ……プライド様。もし宜しければ私の手で纏めさせて頂いても宜しいでしょうか」
「!ええ勿論。こちらこそ宜しいのですか?」
どこかいつもより早口だったけれど、それよりもカラム隊長にしては意外な提案の方に自分でも目が丸くなるのがわかった。もしかして店員さんにも自分で取って良いかの確認をしてくれていたのだろうか。
もともと花を選ぶことにも仕方なくの印象だったのに、まさか自分から花を纏めてもらえるなんて思わなかった。
全てに真摯で丁寧なカラム隊長らしいとも思うけれど、びっくりの目のままカラム隊長の隣を見ればアラン隊長までも心底意外そうに眉を上げていた。けれどこちらはちょっとおかしそうに笑ってる。
店員さんも合わせるように「それでは私が切りますので」とエプロンから花用の鋏を取り出した。他の店員さんも包みを手に素早く駆けつけてくれて、連携をとりつつカラム隊長に包み方を簡単に教えてくれる。
花では店員さんの方が専門家とはいえ、まだ紅潮した顔で教わっているカラム隊長がちょっぴり可愛い。
花をまとめる為に前に出てくれたカラム隊長に合わせ、私とティアラは花から数歩下がった。アラン隊長が代わりにぴったり私達の背後で控えてくれるまま、一本一本切られた花をカラム隊長が纏めてくれる。アラン隊長がくれた花束と同じくらいの量だ。
「お待たせ致しました。至らぬ包装で申し訳ありません」
「いえとても綺麗です。ありがとうございます。……ちなみに」
頭を下げ両手で花束を差しだされた花束を受け取りながら、ちょっと丸まった背中でカラム隊長を上目に覗く。
至らぬ包装なんてとんでもない。先に纏められたアラン隊長の花束と同じ無駄な皺も歪の欠片もない綺麗な包み方だ。
店員さんの教え方が上手なのもあるけれど、お人柄が滲み出ているなぁと思う。店員さんも小さく拍手しているのが、カラム隊長の背中越しにちらりと見える。
包装も綺麗で、花もバランスよく纏められている。……ただ少し気になったのが。
「この纏め方には、何かこだわりが……?」
「……っ。深い意味は、ございません」
あくまで文句はないことを前提に伝わるように恐る恐る尋ねてみれば、カラム隊長もぐっと唇を結んだ後にまた低頭してしまった。
せっかく素敵な花を選んでもらったのに頭を下げさせるのも胸が苦しくなる為、これ以上は私も追求できない。カラム隊長は耳までもう真っ赤だ。
「そうですか」と返しつつ、改めて素敵な花束を抱き締める。こうして抱える分は本当に他の花束とも変わらない。私の部屋の花瓶にちょうど良い大きさの束だ。
けれど中身は小さな花束の集合だ。
最初は小まめに纏めてくれているだけかなと思ったけれど、そのまま小さな花束を複数に。それを纏めて一つの大きな花束にして完成させてくれていた。
私が知らないだけで上流階級で流行っている纏め方なのかしらとも考えたけれど、それならアラン隊長の方も花屋さんがそうしてくれた筈だ。この花特有の纏め方とか儀礼とか⁇
ぽんぽんと想像は浮かぶけれど、ティアラもアラン隊長もそれぞれ首を傾けていた。そのまま抱えていた花束も店員さんが預かるべく一時的に回収してくれれば、カラム隊長も再びアラン隊長の隣に戻ってしまう。
花の確保もできた以上、いつまでもこの場に止まるわけにもいかない。残りの内覧も済ませるべく、私達は改めて足を動かした。
花屋の見学を終え、素敵な花束と共に城に戻った後も、謎は解けなかった。けれど
「こちらの花束は全て解いても宜しいでしょうか」
専属侍女のロッテにそう尋ねられても、わざわざ纏めてもらえた小さな花束を崩すのもなんだか勿体無くて、カラム隊長の許可を得て小さな花瓶に複数で飾らせてもらうことにした。
再び一つに纏めて大きな花束にするのはドライフラワーにしてからだ。……ただ、ちょっと工夫して。
……
「なので、今年も素敵な花を選んで貰えて私もうれしかったですっ!」
まるで自分のことのようにぴょんと跳ねて喜びを表現されるティアラ様は、改めるように花瓶に飾られた二つの花へ目を向けられた。
隣に並ぶプライド様もはにかみながら、ティアラ様の言葉に肯定を添えられる。
侍女の手により飾られた二種類の花は、今日アーサーとエリックが選んだ花らしい。先ほどまで花屋でのことを詳細かつ力説して下さったお二人は、本当に良い時間を過ごされたのだろう。
花言葉に配慮しようとしたアーサーも、可愛らしい花を選んだエリックもプライド様達からのお話を聞くだけで、どれだけ彼らなりに懸命になったかが目にも浮かぶようだった。
私の隣でアランも「良かったですね!」と満面の笑みが始終続いている。
アーサーとエリックの話を聞く間、前のめりに聞いていたのを見ると今夜は飲み会だろうかと予想する。
「ずっと飾っていたいけれど、枯れる前にはドライフラワーにしないとね」
「!そうですねっ!アラン隊長から頂いたお花とカラム隊長から頂いたお花と同じように‼︎」
二種類の花を眺めながら仰るプライド様に、ティアラ様がぐっと小さな拳を握られた。
やはりそうなさるおつもりかと視線をお二人から、吊るし飾られたドライフラワーへと目を向ける。二年前、私とアランで贈った花が生花の時とはまた異なる色合いで存在を保っている。
当時は小さな花瓶ごとに飾って下さっていたが、今はまた一纏めだ。ただ、近付いてよく見れば細い糸で丁寧に当時の本数ずつに纏められてもいた。
最初にそれを確認した時には顔に熱が回ったのを恥ずかしいほどよく覚えている。もともとは私からしたことだが、プライド様はご存知ないにも関わらずそれを維持してくださっている。
てっきり花瓶に飾られる際には全て解かれるだろうことも前提でお送りしたというのに「せっかくカラム隊長に纏めて頂いたんですもの」と仰られた。
こんなに手間をおかけすることになるのなら、やはり当時の第二候補の花にしておくべきだったかもしれない。しかし
『!はい。騎士様よくご存知で。仰る通り〝贈る本数によって〟意味が変わると、一部では親しまれております』
目を煌めかせ答えてくれた、あの時の店員の言葉を思い出す。
昔、私の家で飾られたことがあった時に聞き齧っただけの話だが、物珍しさと花の美しさのお陰で覚えていた。
薔薇以外の花で独自の意味があるのは私が知る限りあの花だけだ。
二年前の花を選んだその後、気になって本屋でも専門書を購入して調べたがもともと異国の花の名残だった。薔薇が滅多に手に入らない国では代用とされていたらしい。確かに似ていると言えなくもない見かけではある。
だからこそ薔薇と同じように、本数ごとの意味もそれぞれつけられたと。流石に本数とそれごとの意味全ては私も覚えていなかったから、あの店員の知識には本当に助けられた。
あの花自体でも充分プライド様に相応しい意味の花言葉が含まれてはいた。しかし、本数ごとの意味でプライド様へ選ぶに相応しくない意味しかない花であれば他の候補を選んでいた。
ただ、……本数の意味で唯一。何本かまでは覚えていなかったが、昔からとても印象に残っていた言葉があった。
当時は誰に当ててでも身に覚えがあるわけでもなく、ただただ詩的な響きが印象に残っただけだったが。
〝きっともう 貴方から目が離せない〟
たった八本の花束に込められたその言葉は、美しいと思った。
……しかしまさか私自身が使う日が来るとは思いもしなかった。
ただ、二年前当時の私にとってもプライド様はそういう存在だったから、相応しくそしてこれ以上ないと思えてどうしようもなかった。
一本で〝運命〟二本で〝真実を分かち合う〟十本で〝一秒でも寂しくてたまらない〟十四本で〝日頃の感謝〟九十九本で〝愛し続けた日々〟百本で〝愛しい人〟百十本で〝良き余生〟……と、本数の増減に意味の関連性もない。恋愛絡みの意味が多かったが、そうでないものもまばらに存在していた。
私が覚えたのは極一部だが、あの花と本数の使い分けで年中でも多種多様に使えそうだった。本数によって情熱的な意味の言葉を何種類も含ませておきながら、千本で〝求婚〟と突然簡素な意味にもなった。花の本などきちんと読んだことは初めてだったが、なかなか興味深かった。
「またお二人にも選んで頂けるの、私もお姉様と一緒に楽しみにしていますねっ!」
「!ティアラ様のお誕生日も選ばせて頂きますか?頑張って選びますよ」
いえ私は!と、ティアラ様は両手を振ってアランからの提案を断った。……さらりとまたとんでもない安請け合いをするアランに私が注意するまでもなく即答だった。
ティアラ様はあくまでご自身にではなく、プライド様にということを含めて楽しんでおられるように見える。
流れるように「来年も近衛騎士の方々にお願いしましょう‼︎」と投げかけられるプライド様も、今回は否定せずやんわりと笑んでおられた。……来年、という言葉に密やかに頭がくらつく。
前回はどうにかなったが、来年以降も同じようにいくか自信もない。
まずアランやエリックはともかく、私は同じものを選ぶかも悩ましい。アーサーも話を聞いた限り本人も気にしていそうだからまた花を選ぶ機会は望むところかもしれない。だが、私の場合は……またここまでの面倒をおかけするのは憚られる。
侍女達だけではない、ドライフラワーにする作業はプライド様とティアラ様もお二人で関わっていた部分もある。それをまた八本ずつ纏め、花瓶の配慮まで私だけしていただくわけにもいかない。
今度は違う花を選ぶかもしくはプライド様の花瓶に合うように纏まった本数で別の言葉を選ぶか、その時が来るまでに考えておくべきだろう。
「今度、花瓶もいくつか取り寄せようかしら」
ちょうど思考したところで何気なく放たれたプライド様の言葉に、思わず肩が揺れた。思考しているだけのつもりだったが、まさか表情に出てしまったのだろうかと考える。
目を向ければ「良いですねっ」と声を弾ませるティアラ様と笑みを合わせておられた。早速城に卸してる商人を、今度レオン王子に紹介してもらうのも良いのではと話される様子を見守れば、私の思い違いだったらしいと音もなく安堵する。単に花瓶を新調したいというだけの
「小さめの花瓶もいくつか欲しいわ。レオンならちょうど異国のものも取り扱っているでしょうし……」
ゴホッコホッ⁉︎‼︎
思わず、想像の段階で咳き込んだ。単に花瓶を増やしたいというだけの話の可能性も高いというのに、二度も思考を読まれたような感覚で息が変に詰まった。
口を片手で多い「失礼致しました…‼︎」と慌てて謝罪したが、それでも顔に血が回っているのが鏡を見ずともわかる。
更には「あ!いえ‼︎」と私が咽せた理由を察せられたのかプライド様からまで慌てた声を漏らされた。
「違います‼︎他のお花でも勿論嬉しいです‼︎ただ、そのっ、本数でというのも素敵だなとあれから思」
「ッお待ちください……‼︎‼︎」
不敬と理解しつつ、それ以上は止めるべく堪らず声を張る。
違う、催促と思ったのではない。そしてそれよりも〝本数で〟という言葉に自分でも信じられないほどに思考が乱される。脈が急激に倍にはなったと思う。汗が噴き出るほど熱が回る。てっきりプライド様は本数のことまではご存知ないと思っていたが‼︎
しかし今まで触れないでいてくださったのも理解した上で胸に収めておられただけど考えれば納得いく。いや、少なくとも花を選んだ時はご存知なかった様子だが‼︎‼︎
私の願いを受け、言葉を止めて下さったプライド様と同じく部屋にいる全員が沈黙する。あのアランまで口を閉じているが視線ははっきり感じれば、自分がどのような顔が嫌でもわかってしまう。
少しでも表情を隠すべく、頭を下げながら口を動かす。
「〜〜っ……申し訳ありません…。プライド様、もしやあの〝意味〟を全てご存知で……?」
「え、ええ……。あれから気になって、本で……」
城の図書館には取り扱っている本がなかった為、わざわざあの花に関しての専門書を取り寄せたと。そうご説明くださるプライド様に、頭を上げられなくなる。
まさか、そんなにすぐ知られていたとは。しかもわざわざお調べ頂く手間までと思えば、隠さずあの時正直に私がお答えすべきだったと猛省する。
「勿論ちゃんと意図も理解しています‼︎カラム隊長から嫌味などとは思いませんし見守ってくださるお気持ちも嬉しいです!私の行動に問題があるのはちゃんと」
そして、本意を理解されてはおられないらしい。
まさかあの意味を悪い方向に取られる恐れまでは考えていなかったが、必死に訴えられるプライド様の言葉を汲み取る。プライド様はプライド様で私がプライド様の行動に目を光らせているという意味で受け取られたらしい。
もともとあの本数で贈る相手の想定に女性へだけではなく、産まれてきた赤子へ〝これから守り続ける〟の意図で両親が贈るとも本には書かれていた。
何を起こすかわからない、目が離せない子どもに向けてと、確かに。……というか、まさかプライド様も私と同じ本を購入されたのではないだろうか。
本来の意味に受け取られていないことに安堵と落胆が均等に混ざり、頭から肺まで重くなる。いや、御守りしたいという意味では私の意志は二年前も今も変わってはいない。
私への弁護を続けられるプライド様の御言葉を受け止めながら、しかし知られたからにはもう本数での意味は込めにくいと思う。……それに。
今はもう、己の気持ちに相応しい意味の言葉が別の本数にあることも知っている。
〝きっともう貴方から目が離せない〟
あの気持ちも、変わりはしない。ただ、ハナズオの防衛戦を経て己が心が別の色に染まってしまったことも自覚している。
生涯お仕えしたい、御守りしたい、この御方の治世に騎士としてお傍にいたい。……だけではなくなった。
当然、あくまで騎士でしかない私がその隣に立つ権利を与えられるとも、叶うとも思わない。それでもただただ想いをそのまま人知れず込めるとするならば。
〝愛しい人〟
「なので!本当にただ嬉しかったことは変わりません‼︎あの花も、花言葉も本当にカラム隊長から頂けて光栄で‼︎」
八本では到底足りない。百本の花が必要になると私は知っている。
だからこそ、もう本数の意味を知られたからには贈りにくい。しかし、わざわざ花瓶を新調してまで気に入ってくださった花ならばとも考えてしまう。
今夜部屋に帰ったらまたあの本を開かねば。アランが飲み会をするならば飲み会の後にしよう。その前に読んだら間違いなく顔色に出てしまう。近衛騎士達を前にではきっと平静を保ってはいられない。
プライド様のお言葉を聞きながら、逃げるように思考の半分でそんなことを考える。
プライド様に相応しく、その上で私の意にも嘘偽りない言葉をまた探さなければならない。
十本でも五十本でも五百本でも千本でも、相応しい言葉を見つける為に。
「……次は、違う本数も考えさせて頂きます……」
「⁈いえ‼︎あの本数でも私は本当に‼︎‼︎」
……それからひと月もしない内に、まさか己が本当に千本の花束を贈ることのできる立場に指名されることになるなどこの時はまだ思いもしなかった。




