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フリージア王国備忘録<特別話>   作者: 天壱
アニメ化記念

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134/144

《アニメ化決定御礼‼︎》現代王女は菓子と悪戯する。

本編と一切関係はありません。


IFストーリー。

〝キミヒカの舞台が、現代学園物風だった場合〟


※あくまでIFです。

登場人物達は本編と同じような経過を経て同じような関係性を築いていますが、一部呼び方を含む関係性や親密性が本編と異なります。

本編で描かれる登場人物達の関係性は、あくまで本編の世界と舞台だからこそ成り立っているという作者の解釈です。

友人、師弟、主従、恋愛等においても本編と全く同じ感情の種類や強さとは限りません。


※現代をモデルにした、和洋折衷の世界観です。

特殊能力は存在せず、日本をベースに王族・騎士が存在します。年齢も違います。


※時間軸は第一作目解決後です。


※あくまでIFです。

簡単に現パロの感覚でお楽しみ下さい。


「トリックオアトリート」


その声は、学校中で悪戯に交わされた。

フリージアの学園では大きな催しまでは行わない。学内の至る所でカボチャの装飾で溢れ、一部の授業内容にもハロウィン関連が含まれ学食や購買にカボチャ系統が増える程度の影響だ。お菓子か悪戯かの問い掛けも、催しとしてよりも単純な行事の醍醐味を味わうだけの感覚しかない。


都心やショッピングモールへ行けば大きな仮装イベントも大々的に行われるが、フリージア王国では子どもが仮装し家を回るほどではない。

イベントの為に仮装は行われても、近所一帯までは巻き込まない。学園の生徒達は学年関係なく放課後の鐘を皮切りに校外のイベントへと駆けて行った。仮装参加したい生徒ほどイベントに参加するのにも着替えと化粧の時間が必要になる。

特にハロウィン当日の今日。学内敷地全体規模の清掃業者が入る為、全校生徒は部活動の休止と共に早々下校を命じられていた。


「よーし行くぞ」

バッチンッ‼︎と、ステイルの呼びかけの直後、躊躇なく痛々しい音が校門前で響いた。

様子を見守っていたプライドとティアラもその痛々しい音には思わず顔を顰め口を覆ってしまう。満足げな笑みを浮かべるステイルに反し、一撃を受けたアーサーは額を激痛で押さえながら歯を食い縛った。打撃には強い自信があったアーサーだが、今の一撃はまた違った種類の痛みだった。

いててっ……と、後から痛みを声に出しそこでステイルを睨み付ける。ッノヤロウ、と悪態を吐きながらまだ余韻の残る額を手の平で摩った。


「わざわざ校門出たとこで仕掛けてきやがって……」

「売店に走られたら追いつけないからな。菓子の一つや二つ持参してないお前が悪い」

フフンと鼻を鳴らし、してやったり顔のステイルにアーサーは手の中の高級菓子を握り潰しかけた。

菓子がないわけではない。ただ、手の中にあるステイルから今更渡された菓子も、そして鞄や紙袋の中にある菓子も全て買った物ではなく貰い物だ。


今年の学内は、菓子か悪戯かを尋ねるまでもなく菓子を配り合う空気になっていた。

アーサーの所属する騎士科は男性生徒しかいないが、だからこそ一日中使ってのコンビニ菓子パーティーのような状況になっていた。アーサーも例年その空気は知っていた為今年も分け合う用の菓子は今朝用意していた。が、……放課後になってから間もなく全て底を尽きてしまった。


ステイルに投げかけられたからといってそこで人から貰った菓子を渡すくらいならばと悪戯を正面から受けたアーサーは、相変わらず男らしいとプライドとティアラは思う。そして彼のそういう性格を知っているからこそステイルが放課後に嗾けたのだろうことも。

デコピン一発で終えた悪戯だったが、ステイルが弾く寸前まで中指に渾身の力を加えていたのをアーサーも見逃していない。しかし、それについては残念ながら自分もステイルに文句は言えなかった。


「どォりで朝練でプライド様とティアラが配ってくれた時にわざとらしく用具取りに行きやがって……」

「俺はもう姉君達には登校前に受け取っていたからな。お前の弾切れを待っていた。ようやく去年のお返しだ」

「執念深ぇんだよお前は」

ドンッと、遺憾の意を示すべくわざとステイルの肩へ自身の肩をぶつける。

今朝、騎士部の朝練で早々に顔を合わせたアーサーとステイル、プライド。そして兄姉に同行したティアラは部活が始まる前に集まった部員から順番にカボチャ菓子を配っていた。

部員数があまりに多かった為手作りはできなかったが、可愛らしいパッケージのカボチャの菓子は好評だった。

その中で当然主将でもあるアーサーも菓子は受け取ったが、ステイルから仕掛けられないのは逆に妙にも思った。まさか放課後まで狙いを定められていたとは思わなかったが、去年のことはよく覚えている。


去年面白半分で菓子か悪戯かとステイルに投げかけたアーサーだったが、部活にも所属していなかったステイルは菓子もそれほど持ち合わせてはいなかった。

アーサーもこれが好機といわんばかりに騎士科のクラスと同じ感覚でステイルにデコピンを飛ばし、……結果。騎士部の次期主将となる男のデコピンは、激痛のあまりステイルを悶絶させた。

姉妹から受ける程度の軽いデコピンを想定していた王族のステイルには、まさかアーサーが本気で打ってくるとは思いもしなかった。

菓子を持っていない友人に菓子か悪戯か呼びかけ、デコピンを仕掛ける。という男子教室ならではの当時のアーサーのクラスの一日限定の流行りだったが、ステイルの社交科までは全く広まっていなかった。

「来年みてろっ……‼︎」と涙目を堪えながら黒縁眼鏡の向こうの鋭い眼光でステイルに睨まれた日をアーサーは今も昨日のことのようによく覚えている。ここ一年であれほどステイルに恨みがましい目を向けられたことはない。


そして今日、一年越しの報復は無事完了した。


通学路を歩きながら睨み合う二人の背中に、プライドとティアラも無言のまま苦笑気味に笑い合う。

ステイルがこの日を今年だけは自分達よりも密かに心待ちにしていたのも知っている。……その為にわざとアーサーの在庫を減らすべく社交科の生徒まで上手く利用したのだから。

「高等部騎士科のアーサー先輩はとても気さくな先輩ですよ」「去年僕もトリックオアトリートと言ってお菓子を貰いました」「意外とそういうイベントも好きみたいで」「少しでもお近付きになりたいなら今日が良い機会です」「会話の糸口にはなるでしょう」と。あくまで嘘ではない、アーサーの情報を敢えて流していたのを、休み時間に会った際プライドも目撃している。

今や騎士科の一男子生徒ではなく、高等部主将を務めているアーサーは学内行事を通して社交科や普通科でも注目を集めていた。むしろ社交科では会えないという意味では、すれ違う程度はできるステイル達王族よりも希少性は高い。


そして現場は見ていないティアラも、去年は大してハロウィンに興味を抱いていなかった兄が昨日は大量の菓子を鞄に詰め込んでいたのをよく知っている。質よりも量重視で小さい菓子を大量に用意していた兄の目はハロウィンを純粋にわいわい楽しむ為の目ではなかった。

「兄様ったら」と呆れながらも、去年よりもハロウィンを楽しんだ様子の兄は少し微笑ましいと思う。得意げな兄とアーサーの高い背中を見上げていたその時、おもむろにプライドがステイルとアーサー二人の肩をそれぞれ叩いた。

ポンポンと柔らかく叩かれた感触にステイルもアーサーも同時に振り返る、その瞬間。


ぷにっ。


「あっ。……ごめんなさい、やれちゃった」

思わぬ大成功に、プライドも自分で驚いた。

二人の肩を叩いた手で人差し指だけを伸ばし待ち構えてみれば、すんなりと振り返った二人の頬を突くのに成功してしまった。てっきり動体視力も反射神経も良いアーサーは途中で止まるか、頭の良いステイルには見抜かれると思った悪戯だった。


振り返った二人も、まさかプライドから不意打ちを喰らうとは思わず目を見開いたまま表情だけでなく足も止まった。

今自分達の頬を突いているのがプライドであることと、至近距離の彼女のはにかみが情報量として多過ぎた。遅れてぶわりと血の巡りが良くなったところで、二人は慌てて体ごと振り返る。

「ッなっ……」と上擦った声まで殆ど重なった二人は湯だった顔でプライドを見返した。


「ッまた‼︎プライド‼︎何故そぉいう‼︎‼︎俺はちゃんと今朝菓子もお渡ししましたよね⁈」

「まだ何も聞かれてないンすけど⁈‼︎」

息の合ったぴったりのタイミングで別々の訴えを上げる二人に、プライドも聞き分けに苦労した。

ステイルの言葉は途中からは聞こえたが、最初はアーサーの声量に押し潰された。

ご、ごごごめんなさいと。両手のひらを見せながら二人の気迫に負けるように大きく背中を逸らす。自分でもほんの出来心だった為、不意打ちしたのは悪かったと思う。

ステイルからは今朝一番に「ハロウィンなので先に」とティアラと一緒に期間限定菓子を貰えたのに悪戯までしてしまった。そしてアーサーの訴え通り、トリックオアトリートの一言もなく問答無用での悪戯だ。


「ふ、二人とも悪戯が楽しそうだったから、ついちょっと私もやってみたくなっちゃって……」

それでも避けられるだろう前提だった為、そこまで二人に怒られるとも思っていなかった。

プライドにとっては「なんですか」とちょっと怒られるくらいの悪戯のつもりだったのだから。……が、ステイルとアーサーにとっては心臓に悪いことこの上ない。あまりに可愛いらしい仕草は心臓にはテロ同然だった。

今も困り笑いを浮かべるプライドに、ぷるぷると唇を震わせながら引き方もわからなくなる。プライドが悪いが、同時に自分達も過剰に反応をしてしまった自覚もある。

膠着してしまう三人に、そこでティアラがクスクスと笑いながらも白い手を添え助け舟となるべく漕ぎ出した。


「お二人も悪戯成功されちゃってびっくりしましたよねっ。流石お姉様です!けどそろそろ急がないとヴァル達が帰っちゃいますよ!」

確かに、と。

今日待ち合わせしていた面々の中で最も痺れを切らせそうな相手を三人は同時に思い浮かべる。うっかり立ち話をしていたが、元々放課後に待ち合わせ先へ向かっていた最中である。

時間でいえばほんの僅かだが、それでも立ち止まっていた時間を取り戻すようにほんの少し早足で再び歩き出した。


学園全体が完全下校推進。そしてハロウィンというこの日だからこそ、放課後に全員が集まれた。

通学路を途中から大きく逸れ、予定の待ち合わせ場所である大型商業施設へと辿り着く。早足の甲斐もあり約束の15分前に到着したプライド達は早速中へ足を踏み入れ、……る前に気付く。


あっ、と。声を漏らし、プライドもティアラも揃って入り口へ首を先に伸ばした。

待ち合わせ場所は入り口ではなくその中の最上のエレベーター前。にも関わらず、彼らは揃ってプライド達へ姿勢を正し向き直った。


「来た来た。お疲れ様でーす!」

「アラン先輩、大声はご迷惑になるので……」

「お荷物お持ち致します」

アラン、エリック、カラム。並ぶ四人の内三人がそれぞれ声を掛ける。

残るハリソンも挨拶こそはせずともカラム達と同じくぺこりと頭を下げた。大学部所属の四人もまた、今回プライド達の誘いで訪れていた。

全校生徒下校の命の為、校内や校門周囲で待ち合わせるわけにもいかず現地で待ち合わせた彼らだが、なるべく早々に会えるであろう入り口付近で彼女達を待ち構えていた。

既にアーサーが持っていたプライドとティアラの分の紙袋と別に、彼女達の鞄とステイルの鞄も荷物持ちすべく手を差し出す。

プライド達も遠慮しつつ彼らの厚意に甘えた。既にアーサーにお言葉にハロウィンで貰った菓子を持って貰っているのに他の男性からの行為を断るのも逆に躊躇う。

完全に手ぶらとなったプライドは、そこで改めてティアラとステイルとともに彼らへ礼をした。


「すみません、皆様もお荷物あるのに……重かったら遠慮なさらないでくださいね」

「ああこれぐらい軽いから平気平気」

「私共こそありがとうございます。お誘い頂き光栄です」

「ハロウィンフェアも最終日ですし、とても楽しみでした」

全く重そうにせずひらひらと手を振るアランに続き、カラムとエリックが今日の感謝を伝えた。

プライド達からの誘いでの放課後。プライド達を待たせられないことと楽しみも手伝いそれぞれ30分以上前からこの場に控えていた。定時の時間割で授業が終える高等部と、カリキュラムによってその日の授業数も異なる大学部は違う。

大型商業施設内のカフェで時間を時間を潰していたエリックも、選択授業が多い為授業後すぐに走ったカラムも、授業自体を一科目サボってまで先行したアランも、全員30分前には入り口に集合していた。授業が昼終わりだったハリソンに至っては、一時間どころではない。


「ハリソン先輩っ!トリックオアトリートです!」

にこにこと笑いながらティアラがぴょんっと前に出る。

自分達の荷物を持ってくれたにも関わらず始終無言のハリソンに、話題のきっかけとばかり話しかけた。突然話しかけられたことに僅かに眉が動いたハリソンだが、トリックオアトリート自体は何かも知っている。在学中、騎士部でも校内でも何度も見聞きしたイベントだ。

ティアラからの問いかけに、当然菓子などガム一つ持ち合わせていない現状をハリソンは振り返る。


「……ただ今お持ち致します。どのような菓子がご希望でしょうか」

「⁈いっいいえ‼︎なかったら良いんですよ!ちょこっと悪戯したかっただけなので」

「ッハリソン先輩財布出さねぇで良いですから‼︎」

結論に至った瞬間自身の財布を取り出すハリソンに、ティアラに続きアーサーも声を上げた。

以前に自炊をしないハリソンへ作った料理の材料費を請求した際、財布丸ごと渡されたのを思い出す。まさかまた財布を空にするつもりだったのじゃないかと考える。

これから現地調達しようと自分の財布をポケットから取り出すハリソンに、ティアラも流石に焦燥した。自分もちょっと兄の真似をしてみようかくらいだったのに、まるでハリソンをパシリにさせようとしたことに慌てて撤回する。

ハリソンにとっては自分などに悪戯よりもティアラが要しているのは菓子という判断だったが、こんな商業施設の菓子売り場では王族の舌に合わないかと諦める。地下の食品売り場の張り紙がちょうど目に入っていたからの現地調達未遂だが、仕方なく再び財布を戻した。


「では悪戯をどうぞ」

「あっ、えっ、えっとそれではデコピンで……」

まさかのそこで話が終わらず次の一手を言われたティアラは、あわあわとしながらも当初の目的を果たす。

デコピン、という単語に流石にカラム達は肩を揺らしたが、ハリソン本人は無言のままティアラに合わせて腰を下げ首を伸ばした。

ティアラもなかなか他人にする機会のない技に、後からドキドキしながらも指を曲げる。あまり痛くないようにと配慮された指はぴこんっ!と可愛らしい音を立ててハリソンの額に当たり、見事威力ゼロで終わった。

ティアラ本人は満足げに照れ笑いを浮かべたが、終始胸を押さえたプライドは流石ティアラと心の中で叫ぶ。


「第一王女殿下も悪戯」

「⁈い!いいえ私は‼︎それより!そう!皆さんにも私達でお菓子を用意したので‼︎」

安物ですが……‼︎と言葉を繋げながらプライドは大慌てで話を逸らす。

まさかティアラの度胸試しを自分までしたいとは思わない。急足でアーサーが持つ紙袋へ手を伸ばし、渡す用の菓子を取り出す。騎士部に配布したのと同じ菓子を一つずつティアラと共に大学部4人へと配った。

ありがとうございます、と。騎士科も2人から順々に両手で受け取れば、その場で食べずそっとそれぞれが上着の中や鞄にしまった。


「あ、それではこちら自分からもご用意したので。アーサーの紙袋に入れておきますから皆さんで召し上がってください」

今日のお礼です。と、エリックもまた流れに乗ることにする。

トリックオアトリートをされるとまでは思っていなかった。だが彼女達ならば好きだろうと買っておいたカボチャ菓子詰め合わせをプライド達に示せば、姉妹揃ってきらりと目が輝いた。

地下の食品売り場とは違う、学園の近くにある小さなケーキ屋のハロウィン菓子詰め合わせだ。値段は一般向けだが、徒歩で下校する度に目にする小さく可愛らしいケーキ屋はプライドもティアラも何度も吸い込まれたことのあるお気に入りの店である。


「よく買えましたねエリック先輩。あそこの店、ハロウィン限定のは人気で連日午前で売り切れだというのに」

ありがとうございます、と。姉妹と同じく自分に宛てでもあると理解するステイルもまじまじとアーサーの持つ紙袋に入れられる包みを見てしまう。自分も姉妹の為に買おうと何度か狙ったが、登校前ではまだ店が開いておらず、そして放課後どころか昼休みには既に売り切れの為今日まで手に入れられずじまいだった。

「昨日一限が休校で」と笑うエリックも、第一王子からも関心されやはり並んで良かったと思う。〝フリージア学園生徒御用達の店〟という店の宣伝文句と何度かテレビにも紹介された店の為、朝から女性客の列で並んでいた時は少し怯んだが、目の前で喜ぶプライドとティアラを見るだけでその甲斐はあった。


「本当にありがとうございますエリック先輩。すっっごく食べたかったので嬉しいわ。本当に宜しいのですか?すごく並んだでしょうし、おひとり様一個限定なのに……」

「勿論です。ぜひ召し上がってください。自分は2階のカフェでカボチャモンブランを頂いたので良い時間でした」

菓子が詰められた入れ物や装飾だけでも可愛いレア商品に、本当に良いのかと心配するプライドへ無駄足ではなかったと主張する。

実際はカフェ席の方は午前という時間帯もあり並ぶまでもなくガラ空きだったが、良い時間だったのは間違いない。

弟から聞いた〝フリージア学園生徒御用達〟はまるで社交科の生徒も利用しているように見える過剰広告だったが、一般科の生徒には人気の高いそこのケーキは宣伝文句無しでも充分なほどに美味しかった。

カフェに‼︎と目を丸くするプライドはまさかエリックもあの店が気に入ったのかしらと驚く。今まで利用した中で会ったことが一度もなかったが、これは新たなケーキ屋の良さ共有仲間が増えたかしらとこっそり思う。社交科では車通学の生徒も多く、あまり学校近くのケーキ屋に立ち寄りたがらない。


「!あちらにレオン王子が」

最初に気付いたカラムが、言葉と共に頭を下げる。

プライド達の後方から手を振り歩み寄ってくる人物の存在を全員に呼び掛ける。

カラムの言葉に一斉に振り返れば、滑らかな笑みでレオンが手を振っているところだった。「レオン!」とプライドも笑いかけ手を振りかえす中、ステイルは静かに時計を確認する。立ち話に夢中になり、待ち合わせ場所前でまた時間を使ってしまった。

やあ、と柔らかな声で挨拶するレオンは待ち合わせ場所と異なるそこで集合していたことに首を傾げる。


「待たせてごめん。ヴァル達は店前で待っているようだよ」

「!そ、そうね!はやくいかなきゃ‼︎レオンも一緒に行きましょう!」

ハッ!とレオンの言葉に息を飲むプライドは、慌てて全員を中へと促す。

慌てるプライドに合わせるように騎士達も荷物を手にそれぞれ足を動かした。もともとステイルやアーサー、ティアラとプライドで通り過ぎる客が振り返ることが多かったが、レオンの参入で携帯を構え出す女性まで出てきた。社交科と騎士科の制服というだけでも気付く人間にはカメラを向けたくなる魅力がある。


レオン達をなるべくカメラから守るように騎士科生徒達が囲みながら歩き出す。

大学部の彼らは私服なのが幸いだった。騎士科の制服を着るアーサーもまた外側を歩いてもカメラを向けられる。その上、レオンは1人だけでいても女性が振り返り目を見張る。俳優かモデルかと記憶や検索機能に頼る女性は多いが、制服の意味がわからなければ王族とまで気付く者は少ない。むしろ気品溢れる制服に何かの撮影かドッキリかと考える者もいる。

カラム達から荷物を預かると手を差し出されたが、もともと必要以外は車に置いてきたレオンは断った。


「ヴァル達から連絡きてた?」

「うん。というか、僕が送って返信がきただけだけど。見る?」

レオンの隣に並びながら、ヴァルの機嫌も込みでプライドは伺う。少なくとも自分の携帯にはヴァルから通知はない。

わざわざ着いたと連絡をくれる人ではないとわかりながらも気にするプライドに、レオンは自分のメッセージ画面を彼女へ見せた。この場の全員も所属している方のグループ会話ではなく、ヴァルとの個人メッセージ画面だ。

パッと一画面だけで見れるのは今から20分ほど前からの会話だが、「あと20分くらいかな」「さっさと来い。うぜぇ」「一斉下校のせいで車が混んでて」「テメェの足で走れ坊ちゃんが」と、なかなか乱暴なメッセージに口が半分笑ってしまう。

同時に、今から20分も前から彼を待たせているという事実にせき立てられる。

ありがとう、とレオンが見せてくれた携帯画面から視線を引き、背後を歩くアーサーの紙袋を思い出す。


「そうだわレオン。お菓子用意したから良かったらあとで渡すわね」

「ありがとう。プライド達が作ったのかい?」

「いえ、普通の市販菓子よ」

数が必要過ぎて、ごめんなさい、と。言葉を重ねて苦笑するプライドにレオンも右手を軽く掲げて返した。市販菓子なのが不満というわけではない。

部活に所属していなかった去年は手製だったこともあり期待したといえばそうだが、今はそちらではない。

催促したようでごめん、と自分からも謝りながら持っていた紙袋の内二つをプライドに掲げてみせた。後で食べて、と一言添えながら紙袋を開いて中身を見せれば美味しそうなマフィンだ。

パティシエが今年も、と言われればまたあの美味しいカボチャの……!とプライドは満面の笑みになる。プライドの機嫌が上がったところで、レオンは先ほどの会話の続きへ踏み出した。


「どちらか選べるなら僕は悪戯でも良いかな?」

どきり、と。レオンの言葉に思わずプライドの肩が跳ねた。

商業施設内に入った今、アラン達が守ってくれていても人の目は四方にある。そんな中でレオンから悪戯をされてうっかり大声を出してしまえば大恥どころではない。

「ど、どんな……?」と緊張気味に尋ねれば、レオンからは滑らかな笑みがまた返された。


「人目の心配がなければ手の甲に、と言いたいところだけれど。……まぁその時に言うよ」

ねっ、と。軽くウインクまで投げられる。

具体的には何のヒントももらえないことに、プライドは少し顔が強張った。つまりはサプライズである可能性も捨てきれないと思いながら、心臓がどきどき言うのを両手で押さえた。

エスカレーターを上がり続け、やっと最上階にまで辿り着けばそこですぐプライド達は目当ての店が目に入った。既に大勢の女性や若い男女が並び列を作っている中心地は、店の看板自体よりも目についた。

そして待ち人がいる場所もまた本人達を見つけるよりもその周辺ですぐにわかった。わかりやすい人混みである。

更には自分達に気付いた瞬間、かなり珍しいことに本人の方が早足で歩み寄ってきた。共にいたもう一人の待ち人もその背に続く。


「おせぇ。いつまで待たせやがる?」

舌打ち混じりに苦情から始めるヴァルは先頭を歩くアラン達を素通りし、プライドの元へ一直線に押し迫った。

やあ、と笑いかけるレオンも無視しそれよりも誘っておきながら時間5分前まで姿を現さなかったプライドに不満の目を向ける。ヴァルの態度も慣れたカラム達も敢えて指摘はしないが、同時にあまり相手もしない。

彼の相手はプライド達に任せ、自分達はヴァルに続いた別の人物へと向き直る。


「お待たせして申し訳ありませんでしたセドリック王弟殿下。お迎えすべく正面入り口でお待ちしていたのですが、行き違いに……」

「ああいえ!お気になさらず‼︎車で寄り道し、西北入り口から入っておりました。まさかお気遣い頂いたとは知らずに私こそ申し訳ない」

カラムを始めとして深々と頭を下げるエリック達にセドリックも丁寧に受け、断った。

プライド達に誘われた1人であるセドリックだが、学校方面から一番近い正面入り口ではなく別方向からだった為待ち合わせ場所まで誰にも会うことがなかった。

当初の予定通り待ち合わせ場所へ20分以上前に到着し、それから合流したのはヴァル達だけだった。


「あんな野朗に20分以上相手させやがって。しかもぺちゃくちゃうるせぇ所為で女共かぎゃあぎゃあと百倍うぜぇ」

「……本当にごめんなさい。それで、ケメトとセフェクは?」

見ろ、と言わんばかりにヴァルが示す褐色の指先にはセドリックと、そしてその後方でこちらに注目する女性陣が今も携帯を向けていた。

運悪くセドリックと2人きりで待つことになってしまったヴァルには苦痛とも言える時間だった。自分1人ならばむしろ遠巻きにされるだけだから楽だったが、まさかのセドリックだ。

自分が無視をしようとも邪険にしようもも一方的に嬉々として話しかけてくる上に、彼の存在だけで一気に大勢の注目に自分まで巻き込まれた。黙っていようと喋っていようとセドリックは存在だけで目立つ上、軽い気持ちで笑いかければそれだけで黄色い悲鳴まで上がる。

たった二十分の間で何度も帰ろうか悩まされた。しかし、もう人質を取られている今は逃げられない。


「先に店に入ってる。あの秘書が連れて行った」

「ジルベールさんが⁈」

えっ、と。

思わず声を漏らすプライドは目が丸くなる。

今日の放課後ライフに誘った面々にジルベールは含まれていない筈なのに、と思いながらももしかして約束したかしらと自分の記憶を疑いたくなる。

ちらりとステイルとティアラへ目を向ければ、2人もまた覚えがないと言わんばかりに首を横に振った。特にステイルは一体どういうつもりだと、この場にいないジルベールへ早くも1人眉を寄せる。


「どういうことだ?今日の日付を話したのはお前か?」

「んなわけあるかよ。大体今回の誘いだって元はと言えばあの秘書なんだろ。なら一号か二号じゃねぇのか」

ヴァルもヴァルでてっきりプライドかティアラが呼んだのだと思っていた。


とにかく中に入らないと始まらない為、入店へと向かう。

店へと伸びる長蛇の列を素通りし、受付に佇むスタッフの前に出る。代表としてステイルが預かっていたチケットを片手に笑いかけた。

今回ジルベールから預かった店限定の優待券だ。


「団体VIP優待券利用でハロウィンスイーツブッフェを予約していたステイル・ロイヤル・アイビーです」

本来予約不可である大型商業施設のスイーツブッフェで、10名以上15名以下の団体且つ平日限定で予約利用のできる優待券。

ジルベールから譲られたそのチケットを出して見せれば、受付スタッフもすぐに理解した。お待ちしておりました、と声をかけ事前に決められていた席へと速やかに案内を始めた。他の客と異なる団体利用客用の奥の座席へと先導していく。

十人以上が列になり案内される光景に他の座席の客も目を見張る。その中で自分達へ手を振ってくる男女にプライドもすぐに気が付いた。

ブッフェ席とは別の、通常メニュー用のソファー席だ。


「!どうもジルベールさん。それにマリアにステラまで」

「セフェク、ケメト。いくぞ」

プライドの驚く声と、ヴァルの呼び掛けがバラバラと席を通り抜けると共に連続した。

ジルベールと共にいたのはジュースを飲むセフェクとケメトだけではない。優雅に掛けていたその向かい席には彼の愛妻であるマリアンヌと愛娘のステラが揃っていた。

「どうも」とにこやかに笑いかけるジルベールと共に妻と娘もそれぞれ挨拶を返した。

この場でじっくり話したい気持ちのプライドやステイル達だったが、まだ席にも案内されておらず通路を塞げない。最低限の挨拶だけ交わし、ヴァルがセフェクとケメトを回収し一度過ぎ去った。


「テメェら先に食ってたんじゃねぇのか」

「ステラ達は普通のメニューコースだから食べ放題じゃないんだって」

「ジュース美味しかったです!」

テーブルを見た限り2人ともジュースしか飲んでなかったらしいことをヴァルから尋ねれば、セフェクもケメトもすぐに言葉を返した。

ステラと話したくて一時別行動を取ったセフェクとケメトだが、時間を潰す間はジュースだけだった。もともと店のルールとしてもブッフェコースの渡り歩きは許されない。ジルベールも最初からブッフェ不利用だからこその誘いである。

セフェク達の話に、プライドもなるほどと一つ納得する。ハロウィンフェア中の店内はどこもハロウィンらしい装飾でにぎやかだが、ジルベールもマリアも、そしてまだ小さいステラも大量に食べる人間ではない。それならば通常メニューのハロウィン限定セットの方がステラには楽しめる。

ヴァルに続いたままケメトとセフェクは視線をプライドへと向ける。


「今日はお誘いありがとうございます!お店の中すっごくハロウィンらしくて見てるだけでわくわくしました!」

「ヴァルは家にハロウィン飾りどころかトリックオアトリートすらまともに付き合ってくれないんだもの」

「だからこうして食い放題に付き合ってやってんだろ」

チッ!とヴァルがケメトとセフェクに舌打ちを溢せば、それだけで周囲の女性客がびくりと震え上がった。

ただでさえ広くもない部屋に三人暮らしのヴァルにとって、無駄に魔女やカボチャの置物が増えるなど無駄でしかない。

例年通りトリックオアトリートすらも「悪戯できんならやってみろ」と挑発で返される為、セフェクもケメトも満足にハロウィンらしいことがなかなかできない。


今回プライドに誘われた際も面倒がったヴァルだったが、二人の強い希望に引き摺られる形で仕方なく同行を受け取った。

自分1人いなくても人数制限には問題ないだろとは言ったが、セフェクとケメトが三人で行きたいと言えば諦めるしかない。家の中をファンシーな飾りと食べもしないカボチャ頭で埋められるよりはマシだった。

トリックオアトリートのやりとりに対しては、以前は仕方なくお得用菓子パックを買った時もあった。……が、2人がこぞって自分の服のポケットに菓子をねじ込んできた結果、そのまま忘れて洗濯という惨事が一度起きてからはもう二度とやりたくないとヴァルは密かに決めている。菓子を与え、悪戯以上の事故だった。


「!そういえば貴方達にもあとでお菓子を。市販だけど良かったら」

「いらねぇ。ガキ共にだけやれ」

「甘いの平気よね?」

ばっさりと用意したお菓子を断られ、プライドは少し首を傾ける。

確か今までも甘いのを普通に食べている印象のヴァルだったが、もし苦手なら今日のスイーツブッフェも辛いだろうかと考える。ただでさえこういうスイーツブッフェは普通の菓子より甘さが強い傾向にある。

プライドの確認に「あー?」と生返事を返すヴァルは、軽く彼女へ顔も向けた。至近距離から自分を見上げるプライドに「普通に食える」と返しつつ、頭を掻いた。

「どうせ今日食ったら暫く甘いのは要らねぇくらいになんだろ」

「一応甘いの以外にもパスタとか唐揚げもあると思うのでマナーは気にせず好きに」




─フッッ、と。




「っっっっっ‼︎〜〜〜〜〜っっ‼︎‼︎」

不意に耳へと吹きかけられた息に、プライドは大きく体を逸らしながら耳を押さえた。

店内の為大声が上げられない分、唇を強く絞りあまりのくすぐったさも相まって血色まで良くなる。まだぞわぞわする耳を音すら塞ぐ勢いで押さえながら、釣り上がった目を更に尖らせヴァルを睨む。今にも足が止まりそうだった。


「〝悪戯〟だ。気が済んだか?」

ニヤニヤニヤと。間違いなく不快に見える笑みを浮かべて見下ろしてくるヴァルに、プライドもぷんすかと鼻の穴が膨らんだ。別に自分は菓子か悪戯が選べと言ったわけではない。

ちょっとした挨拶のつもりだったのに‼︎と心の中で叫びながら、それを言えば間違いなくヴァルに「これも挨拶だ」と言い返されると確信する。

人の中で怒鳴ることも憚れ、無言のまま隣を歩くヴァルの背中をポカリポカリと二発だけ叩いた。その間もヴァルのにやつきは止まらない。

セフェク達と共に背後で一部始終を見ていたアーサーも前蹴りを喰らわそうかと少し考えたが、我慢した。「なにしてやがるコノヤロウ」の一言でも上げれば、気付いたハリソンかステイルにより乱闘騒ぎになる。代わりにそっとプライドの前に腕を伸ばし、ヴァルと一歩分距離を空けてもらうように無言で促した。


「こちらになります」とスタッフに案内されたのは、最奥の壁にそったボックス席だった。

ひと繋がりのテーブルとそれを囲うソファーに、それぞれ荷物を先に置きながらスタッフの説明を聞く。飲み残しと食べ残しは罰金、一度に皿は一枚まで制限時間は2時間と注意事項を受ける。

荷物見張り役にアーサーを残し、全員が席に着く前にブッフェへ向かった。

当然プライドとティアラ、ステイルが最初に向かうのは決まっている。


「とーさま、あーんして」

はいありがとう、と。

いつの間にか娘が覚えたそれに、父親も当然悪い顔などしない。母親へに続き自分にもスプーンを受けられれば喜んで受けるしかない。

嬉しさに僅かながらも照れ笑いも混じりながら、向かい席の娘に首を伸ばす。やや容赦ない手並みではあるがスプーンで掬った料理の欠片を口に、無事ステラは父親にご馳走することができた。

美味しい?と確認をとってから、更には今度は自分の番だと言わんばかりに口を大きく開ける。

娘の可愛らしい甘えを理解した父親も、破顔を隠せないまま娘の使っていた子供用スプーンで料理を一口大に取り娘の口へそっと差し出した。

ぱくんっ!と口を閉じれば1人で食べるよりも美味しそうに笑う娘がまた愛おしい。


「……!おや」

その時。ちょうど自分達のテーブルからブッフェに出てきたプライド達にジルベールは気がついた。

どうも、と。にこやかにプライド達へ微笑み掛けるジルベールは、先ほどの娘とのやり取りを目撃されてないことにこっそり胸を撫で下ろしつつ、おくびにも出さない。

いつもの落ち着いた余裕の表情のジルベールに、プライド達も全く気付かずに「ジルベールさん」と改めて彼ら家族に挨拶を交わした。


「この度は優待券をお譲り頂いてありがとうございました。まさかジルベールさん一家もいらっしゃってるなんて驚きました」

「ちょうど休みを頂けたもので。こちらこそ、持て余した券を利用して頂けて助かりました。流石のご人望です」

私ではとても使えませんでしたので、と。あくまで引き取ってもらえた側として感謝を告げるジルベールが今回の放課後ライフのきっかけだった。

仕事のパーティーで知り合った店の経営者から是非娘さんにと譲られた特別優待券。社交として受け取ったジルベールだったが、その娘がまだ小学生にも満たないと経営者が気づいたのはパーティーの翌日だった。

結果、向こうからの謝罪と配慮で自分達家族もこうして特別に予約なしで店に入らせてもらうことはできたが、その優待券は持て余したままだった。マリアンヌも大勢でランチに行くことは滅多にない。その中で知り合い友人の多いプライドはまさに最適な相手だった。


「ジルベール。はっきり言え。こんな偶然あるものか。どうせこれも読んでいたのだろう」

「いえいえ人聞きの悪い。まぁ、ハロウィン当日で尚且つ部活に所属されるアーサー殿も憂いなく参加できる日をステイル様がお見逃しされるわけがないとは理解しておりました」

ステイルからの言及をさらりと受け流すジルベールは敢えて肩を竦めてみせる。

ハロウィン当日に有給がとれたのは幸いだったが、あとはそうなるだろうということは確かに読めていた。学校の下校時間と大学部高等部中等部初等部との兼ね合いを考えれば、待ち合わせ時間の想定も難しくない。

あまりの白白しさに唇を結ぶステイルに、ジルベールはにこやかな笑顔のまま彼らの背後へと手で示した。「どうぞごゆっくり」と、こちらは気にせずブッフェを楽しんで下さいの旨を伝えればプライド達も視線をご馳走の並ぶテーブルへと向けた。


「兄様!お姉様っ。そろそろ行きましょう!ご馳走がいっぱいですよっ」

通路で長話が迷惑なのは変わりない。

腹立たしさの示しに黒い気配をうっすらと出すステイルの裾を引っ張りつつ、姉へとも笑いかける。ティアラの配慮に、プライドもそうねと笑みを返した。

それでは、お食事中失礼しました、ステラちゃんマリアもまたねと。言葉を重ね、彼女らも引いて行く。ステラのテーブル前に置かれたハロウィンオムライスも美味しそうだと思いつつデザートへ向かう。

背中へ笑い見送った後、ジルベールは再び自分の料理へとフォークを取った。

愛する娘と妻、そしてプライド達の仲睦まじさを眺めながらの料理はまた格別だった。



「お、きたきた」

料理の取り分け皿を手に、プライド達の挨拶を遠目に見ていたアラン達は彼女達に笑いかける。

ご挨拶は済みましたか、と言いながら自分達も皿をテーブルに置き次第挨拶にと考える。いまは騎士ではない、あくまで学生だが礼儀は必要である。自分達が誘ったのはプライドでもチケットがジルベールからと知った以上、感謝は伝える必要がある。

アーサーが料理を取りに行くタイミングで纏まって一言挨拶に行こうかと、そこまでは互いに打ち合わせる必要もなくアラン、カラム、エリックで目配せし合った。


早速ケーキの列へ突入しようとするプライド達へ、皿の山の一番近くにいたアランが一枚ずつブッフェ用の大皿を手渡した。

ありがとうございますと受け取りつつ、ティアラと共に向かおうとしたプライドはそこでちらりとアランの皿に目が止まる。


「!アラン先輩そっ……ご、豪快な盛り方ですね」

おぉぉおおおぉぉぉ……?と、声が漏れそうになるのを押さえつつも口の形は「お」のまま固まった。

軽々と片手に持つ皿の上にはスイーツブッフェらしいカボチャのパイにクロワッサン、レアチーズケーキにカタラナ、クリームブリュレ……が、山盛りのパスタの上に乗っかっていた。デザートとは共存しない位置には山盛りの唐揚げまで盛られている。

甘い系統はプラスチックの器付きのみ、パスタに接触しているものは甘くない。最悪の混ざり方の心配はないが、元々大きめの皿がそれでも溢れんばかりだった。

「いや〜一枚って少ないな」と笑いながら掲げるアランに、むしろ自分の胃だったらアランのその皿一枚で食べ残ししてしまうだろうと確信する。

学科は異なるがプライドの先輩に当たる大学部の中で、唯一自分達の希望通りに王族相手にも学生として振る舞ってくれるアランはプライドにとって貴重な存在の1人でもある。


「スイーツブッフェって初めてだけど案外しょっぱいのもあるんだな」

「あっ、初めてなんですね。ちょっと意外でした」

「いや食い放題ならすげぇ行くけど」

ふはっ、と笑うアランは改めて周囲を見回す。

ブッフェやバイキングなどいくらでも食べれる系統ならば、寧ろアランは好む。しかし、スイーツブッフェは甘いものだけという印象もあり自分から行こうとは思わない。甘いものは普通に好むが、どちらかというと肉をがっつり食べたい欲の方が強い。

しかし実際はケーキ以外にパンもパスタも揚げ物もと、肉は少ないが腹に溜まるものばっかだなとアランは認識を少し改めた。


「そっちこそてっきりこういうブッフェってホテルとかの高いとこしか食わねぇイメージだったけど」

「確かに……。けど、すごく興味はありました。機会がなかっただけで、やっぱり広告とかみると行きたくなりますし」

アランからの素直な感想にプライドもよく吟味し振り返る。

前世ではこういう食べ放題も行ったなと思うが、王族である今はブッフェなどはパーティーなどで慣れている為にあまり目新しさがない。むしろ今の学生だからこそ行けるカフェなどの方が魅力的だ。しかし、期間限定のメニューやイベントも大規模チェーン店から小さな個人経営店まで興味はある。


「なので今日は皆さんもお付き合いして下さって助かりました。社交科では仰る通りあまり興味のない子が多いので」

大型商業施設内のスイーツブッフェ。華やかでイベント要素に富んだ店内とスイーツは立場関係なく心惹かれるが、……〝味は〟と倦厭する人間も少なくない。

今回ジルベールが選んだスイーツブッフェは味の評判も高い店だが、大型商業施設内の食べ放題と言った時点で社交科の生徒には気軽に声もかけにくかった。特に親しい相手であるレオンやセドリックのような友人でないと誘うのも躊躇う。

その中でアーサー繋がりで知り合った大学部のアラン達はプライドにとっても良い誘い相手だった。


「じゃあ行くか?社交科じゃいけねぇとこ。俺と」

ふぇっ?と、思わぬアランからの問いかけにプライドの目が丸くなる。

さっきまで話しながらも順調に皿へ持っていたケーキが、そこで一度止まる。大きく瞬きをして見返せば、アランがいつもの笑みでニカッと自分を指で示していた。


「いやそういうの他にもあるんなら学生の内に言っといた方が良いだろ。興味あるんならカラオケとかゲーセンとか〜、スポーツセンターとかも結構楽しいぜ」

「!是非。良いんですか?アラン先輩も騎士部や課題でもお忙しいのに」

魅力的なラインナップの数々にプライドも言葉だけで胸がときめいた。

ゲームセンターなら行ったことも何度かあるが、そういう学生だからこその遊び場はやはり憧れが強い。

きらきらと目を輝かせるプライドに代わり、列を動かすべくアランから「これも食う?」と尋ねつつ彼女の皿にケーキを盛った。意外にすんなりと乗り気になるプライドに笑いが込み上げつつ、でもカラオケとゲームセンターは大勢の方が楽しいかとも考える。

そうでなくとも彼女が天然で自分と二人きりではなくステイル達を誘うことも鑑みれば、まぁそれも面白いかと自己完結した。


「平気平気。予定なら俺の方が合わせるし、あとは古くて良いならボウリングとかバッティングセンターが学校近所でわりと融通聞くしうちの学校の生徒も全然来ないから」

「!ありがとうございます」

じゃ、また夜にでもメッセージを送ると。

そう言って満面の笑顔で手を振るアランは、ケーキ列に人口がまた増えてきたことを確認してひと足先にテーブルへ戻っていった。

まさかのスイーツブッフェにとどまらずまた新たに新規開拓で楽しむ場所が増えたと、プライドも顔を綻ばしながら次のケーキを取った。



……




「すンません戻りました」



プライド達が取り皿と共に戻り、荷物番をしていたアーサーが先輩達と共にジルベールへ挨拶後に自分の分を取りテーブルへ戻ってきた時には、全員も食べ始めていた。

アーサーが戻ってくるまで待とうと思ったプライド達だが、その方がアーサーもゆっくり選べると言われたこともありのんびりと季節のケーキを堪能していた。「おかえりなさい」と笑いかけながらアランに負けず劣らず大盛りで戻って来たアーサーに、流石騎士部とプライドは思う。むしろアランよりも皿の許容限界値に挑戦しているとすら思う。しかし。


「…………アーサー・ベレスフォード。そこは私の皿だ」

「知ってます。どうせ胃に収まるならちゃんと食っておいてくださいよ」

ボンボンと、誰よりも一番速く料理の列から戻って来たハリソンの皿にアーサーが強制的に自分の皿から料理を置いていく。

もともと誘われたから来ただけで全く食事に興味のないハリソンは、食事の列も皿を手にただ淡々と過ぎ去り歩くだけで終えてしまった。

結局珈琲一つと空の皿というあまりにブッフェらしからぬ戻りに、アーサーも流石に見過ごせなかった。

同じ騎士科の寮に住んでいる同士、学年は異なるがハリソンの食の細さはよく知っている。学食では用意された分は完食できることも、……逆に放っておけばバランス栄養ゼリー一つ食べれば良い方だということも。

カラムからも「選ぶのを横着しただけだろう」「野菜も頼む」と証言と承認を得た以上、アーサーも容赦なくハリソンの皿へ取り分けていく。

大盛りサラダにソーセージにカボチャのキッシュ二つにカボチャプリンとミルクゼリーのカップと。そこまでハリソンに譲れば、アーサーの皿もアランより少し少ないくらいの山に収まった。

プライドもその様子を見守りながら、溶ける心配のあるミニカボチャパフェから食べ進める。あまりのデコレーションのかわいらしさにときめいて皿と別に取ってしまったが、自分もうっかりボリューミーにしたなとぼんやり思う。


「!プライド。ちょっとこっち向いてくれるかい」

プライドの向かいに座っていたレオンがふと気づき、手を伸ばす。

呼びかけられたまま顔をアーサー達から正面へと戻したプライドもスプーンを止め、レオンからの手を注視する。僅かに腰まで浮かせ前のめりになったレオンの腕はテーブルを越え、プライドの髪へするりと触れた。彼女の長い深紅の髪についてしまったクリームを指で拭う。

皿に盛ったケーキのデコレーションクリームに、アーサーとハリソンへ余所見をする彼女の長い深紅の髪についてしまっていた。


「うん。…………悪戯。これで良いかな」


フッ、と。

指についたクリームを示しながら静かに笑うレオンの目にプライドの顔がぶわりと熱くなる。自分を真っすぐ映すレオンの目が妖艶に光る瞬間まで脳裏に焼き付いた。

髪に触れてから「悪戯」と銘打つレオンからの色香がケーキの香りよりも遥かに甘かった。

味覚ごと舌まで痺れるプライドがそのまま固まってしまう。スプーンを持った手の形のまま放してしまったプライドに、レオンは仕切られたボックス席なのを良いことに、一度ぬぐった手をまた伸ばす。

「溶けちゃうよ」と言いながらやすやすと今度は彼女のスプーンでパフェをすくい、彼女の僅かに開いたままの口へと運んだ。カボチャ味と冷たさが同時に舌を刺激し感覚を起こさせる。


「…………はい。あの、ごめん……なさい。ありがとう……?」

髪にクリームをつけてしまった上に、アイスを食べさせてもらうなんてと羞恥がじんわりと口の中まで熱を宿す。何よりレオンの色香の余韻が凄まじかった。

隣に座るティアラまでうっかりそのやり取りを直視してしまった為、ぽわりと色香の余波で顔を火照らせた。…………その様子に一人顔色を悪くするセドリックのことなど、レオンの凄まじい行動の前では気付かない。

そんな彼女達の火照る顔も可愛らしいなと思うレオンは「ううん」とにこやかな笑みで音もなくスプーンをまた彼女へと手渡した。


「僕の方こそ。ありがとう」

満足げな滑らかな笑みに、静かに彼の色香も収まった。

いつものレオンにやっとプライドもティアラも共に深く呼吸が通った。二人揃って胸を両手で押さえながら、姉妹揃った動きでドリンクに口を付ける。氷の入ったアイスティーが同時に勢いよく減っていった。

まさかレオンの悪戯がこんなところで来るなんて!と心の中で叫んだ時には、もうレオンも気を取り直して食事を再開したところだった。

「このブリュレも美味しいよ」と笑うレオンがあまりにも何事もない態度過ぎてずるいと思う。


「…………おい。セフェク、馬鹿王子と代わってやれ。うぜぇ」

「!!よろしいのですか」

良いけど。と、ヴァルからの呼びかけにセフェクもすんなり席を立ちあがる。ふぇっ!!?とティアラからは悲鳴に近い声を上げた。

ケメトとティアラの間に座っていたセフェクだが、皿とコップを手に移動は簡単だった。ヴァルの隣に座するセドリックへ、席を明け渡す。

突然のことにあわあわと唇を躍らせるティアラに構わず席を去るセフェクに、セドリックは目の焔を光らせた。「申し訳ありません」「お言葉に甘えます」とヴァルとセフェクに感謝を告げながら、迷わずティアラの隣へ移動する。その間、ヴァルは目すらもセドリックに合わせない。

親切心ではない。ただただ、赤面し出したティアラに一人おろおろと首を伸ばし前のめりになり姿勢まで僅かに触れないぎりぎりまで自分側に傾けてくるセドリックが隣でうざったくて仕方がなかった。もともと隣の席になってしまったことすら不快だったこともあり我慢の限界だった。


「席変わってあげたんだからカボチャ羊羹半分ちょうだい」

「食い放題なんだかテメェで取ってくりゃあ良いじゃねぇか」

ケッ、と吐き捨てながらも今回はセフェクの要望通りヴァルも皿を彼女へ寄せた。

それを見たケメトまでフォークを伸ばす中、今は食べるよりも感謝の視線を注いでくるセドリックを視界から消したい。

ケメトから「タルトも美味しいですよ!」とフォークに半分に割ったタルトを刺して付き出せば、バクリと一口で頬張った間もセドリックの方向は絶対見ない。

ヴァルが変わらず自分の方に顔を向けないことに、セドリックもやっと諦めてティアラへ視線を変えた。自分が接近してから顔をケーキの皿に伏すように俯いてしまった彼女もまた、自分に目を合わせてはくれない。


「…………すまない。嬉しくてつい。やはり移るか?」

「っ⁈けっ、結構です!だいっじょうぶです!おおお、お誘いしたのはこちらですし…………」

まさか食が進まないほどに嫌だったのかと眉を垂らすセドリックに、ティアラも大慌てで強がり首を横に振る。

付け足しのように誘ったのはと言うが、実際は提案したのもプライドであれば直接誘ったのもセドリックのクラスメイトであるプライドである。

ティアラとステイルの了承を得たとはいえ、呼ぶのも誘うのもプライドのお陰だと思うが今はそこまで捕捉する余裕はティアラになかった。

セフェクの隣から突然セドリックに来られたのは心臓が跳ねたが、だからといって離れて欲しいとは思わない。むしろ今は考えてしまったことを見透かされないようにと顔色を抑えるので必死だった。


食事が進み、当然ながら一巡目の皿だけで終わることはない。早食いの騎士科からバラバラと二巡目三巡目と往復が始まっていく。その間、一番食事の手が遅いのはティアラだった。

丁寧に食事をしたプライドやステイル、レオンにセドリックが二巡目に席を立ってもまだもぐもぐと丁寧に食事を勧めながら、時々考えすぎて味がわからなくなる。考えないようにしなきゃと思うのに、思えば思うほど事細かに段取りまでも考えてしまう。


「ティアラ、大丈夫か?次もアイスティーで良かっただろうか」

温かい方も用意したが、と。自分の分も合わせて皿ではなくカップを手に戻ってくるセドリックに、ティアラの背がピンとなる。

わざわざ自分の飲み終えた分を持ってきてくれたことにお礼を言わなきゃと思ったが、都合悪く口の中にプリンを頬張った後だった。


口を開く代わりにコクンコクンと大きく頷きセドリックに伝える。ほっと温まる紅茶も良いが、今はごくごく飲んで身体の内側からこの熱を冷やしたい。ただでさえセドリックが隣に来てから喉が渇いて仕方がなかった。

お礼の代わりにぺこりと頭を下げてストローに口を付ける。ごっくんごくんと行儀が悪くならない程度に勢いよく飲んだ。やっと口を空っぽにできてから、唇を布巾で拭いてセドリックに向き直る。

「ありがとうございます」と鈴の音よりも小さな声で感謝を言い直し、彼が隣に座ってくれるのを待つ。上目に見つめてくれるティアラに、セドリックも皿を一度中断して彼女の隣に座り直した。


「あのっ……きょ、今日は……はろうぃん…………ですけど」

「そうだな。実に賑やかな日だ。お前と過ごせて嬉しく思う」

「えっ……えっ、と。実は、今日っ。〜〜っ……わ、私はもう配るお菓子使いきっちゃって、…るかもしれなくて……」

ごにょごにょと、途中からはセドリックでも読み取れないほどに口籠り閉じられる。

皆が戻ってくるまで時間がない。それまでに言わないと、こんな意地悪な嘘がバレてしまう。ずるいし罪悪感も少なからずありながら、強張った肩で自分の発言を頭の中では何度も顧みる。お菓子ならまだ配る分も残っている。プライドと自分で合わせてたくさんお菓子を買ったのだから。

ティアラの顔の熱が上がりながらと言葉を濁す姿に、セドリックは少しだけ首を捻る。菓子か悪戯かとやり取りをする遊びは知っている。しかし自分はその問いかけもしていないのに、何故そんなにティアラが申し訳無さそうにするのかと不思議で仕方ない。

ティアラからもらえないのは少なからず残念だが、彼女が気負う必要は全くないと思う。もとより自分はティアラへ図々しく菓子か悪戯かを要求する気は毛頭ない。むしろここに来る前に寄った洋菓子店で買った手土産をいつティアラに渡すべきかばかりを考え



「な、のでっ……ちょこっとなら、悪戯しても良いですよ……?」



ちょこっと。ちょこっとだけ。と、人差し指と親指で間を作ってみせながら、隣に座るセドリックにしか聞こえない声で呟いた。

自分でもこんな風に押しているのが恥ずかしく、言いながらも顔は更に真っ赤に染まった。

遠目で2人の様子を視界にいれていた騎士科達も敢えて気づいていないふりをしながらも、空気は滲み出たものを感じた。ステイルと共に席を立った不在のアーサーと、また皿に盛られたサラダとパスタを業務的に食べていくハリソンを置き、騎士科のカラム達はなんとなくティアラとセドリックのこんごらがった片思いにも勘づいている。

ティアラ様頑張ってるなぁ、セドリックがんばれ、セドリック王弟殿下また何か言ってしまわねば良いが、と。それぞれ思考の中だけで応援しつつ案じる中、その気遣いにも全く気付かないセドリックは



ボン‼︎と小爆発のように顔が発火した。



ティアラの方を完全に向いている為、他の誰も彼の背後からは様子もわからない。

そして唯一顔色を確認できるティアラも今はまともに直視することすらできなかった。唇をぎゅ〜っと絞ったまま目も合わせられないティアラが、セドリックにはあまりに可愛く愛し過ぎた。

そんな上目で、恥ずかしそうにそんな言葉を言われたら。流石のセドリックもまた、頭に浮かぶ悪戯にうっかり欲が出る。ティアラの言うちょこっとがどれくらいの程度か深く問いたいが、そんなことを言って怒らせたらとリスクばかりを考える。


触れるのは良いだろうか、柔らかな頬を摘むのは、汚れてもいない唇を指で拭うのは、頭を撫でるのは、髪を耳にかけるのはと。いくらも考え、想像するだけで頭に熱が回る。最悪の場合怒らせたり彼女を傷つけるのだけはしたくない。

ぐるぐると神子の頭を必死に回し、「ほ、本当に……?」と身体全体が強張りながらもう一度確かめる。

こくんと可愛らしく頷かれればセドリックは思わず喉が鳴った。他の客席と離れたボックス席で良かったと思いながら、記憶の中で最初に確認した監視カメラの位置までも確かめる。


そっと右手を持ち上げ、恐る恐るまずティアラの小さな頬に添えてみた。小指の側面から三指の腹、そして手全体で包むように最後に親指を添える。

まさかのセドリックからの期待してしまった以上の触れ方に、ティアラの心臓が痛くなるくらい大きく鳴った。うっかり恥ずかしさで跳ね除けてしまわないように俯きがちの角度のまま、ぎゅぅ〜〜っと目を瞑る。

セドリックの顔がそのままゆっくりとティアラに近付くことに、流石の騎士科も僅かに顔を向け目を見張る。

セドリックとティアラの会話を知らない分、とんでもない展開にプライド達がタイミング悪く帰ってきたらどうするか、そして自分達がいる場で一体何をと思考だけで彼らが叫ぶ中ティアラは。




セドリックの口付け音を、確かに聞いた。




……手のひら越しに。


「?……⁈……⁈‼︎…〜〜っ……」

「〜っ……お、怒った、か……?」

耳のすぐそばで聞いてしまった音に、頭が真っ白になったのに感覚がない。

その事実にティアラは金色の目を白黒させながら固まった。聞こえた方の頬はセドリックの手に心地よく覆われ、その上から口付けを受けたのだと理解したのは彼の手が頬から放されてからだった。

文字通りの〝ちょこっと〟のまま、ティアラに直接触れたのは手のひらだけ。セドリックは自分の手の甲に唇を置いただけで、ティアラには届いていない。


温もりの残った頬を片手で押さえながら、ティアラは茫然としてしまう。

手のひらで触れてもらえたのが嬉しくてどきどきしたのに、何が起こったかわかった瞬間〝手のひらは要らなかったのに〟と思ってしまう自分が恥ずかしくて仕方がない。


期待は、してしまった。レオンがプライドに悪戯するのを見た瞬間に。

自分もちょこっと、それくらいのどきどきする悪戯をしてもらえたらなと羨ましくなってしまった。

だからわざと嘘をついてまで、お菓子を持ってないふりをして悪戯してみて欲しかった。

ぽっぽっと赤く熱ったままセドリックを見つめ返すが、言葉が出ない。悪戯をして良いと言ったのも、ちょこっとと言ってしまったのも自分だ。いつものように「馬鹿!」と怒ることもできない。

唇が情け無く開いたまま力の入らない顔と涙目でセドリックを見上げてしまう。

愛らしくも泣きそうな顔のティアラにセドリックも息を飲み、やり過ぎたかと謝罪をしようとしたその時。


「?セドリック。まだ食べてなかったの?」


ビクッッ‼︎と戻ってきたプライドの声に2人同時に肩が跳ねた。

ブッフェから戻ってきた面々の存在に、勢いよく二人は身体を背け離れる。きょとんとした顔のプライドにまともに目も向けられない。

皿を手に戻ってきたプライド達にはセドリックの背が壁になって小さくなっていたティアラの姿すら見えていなかった。それよりも自分達が席を立ってから一向に減っていないセドリックの皿の方がはるかに気になった。


上擦った声で一言曖昧な返事だけをしたセドリックだが、見られてないかの心配の方が上回った。あくまで頬に触れたのは手のひらだけだが、プライドとステイルにとって可愛い妹に何をしているとこの場で糾弾されては叶わない。

ステイルとプライド、レオン、アーサーも続くように戻ってきたまま席に座る。ティアラの顔色を確認できる位置に座った面々がとうとう彼女の異変にも気付く。

ティアラ?どうした⁇と俯く彼女の顔を覗き込めば、隠しきれなくなったティアラは勢いよく立ち上がった。


「わっ!わわわわわ私‼︎お化粧直しに‼︎‼︎」

化粧⁇と、いっぱいいっぱいになったティアラの言葉にプライドとステイルは揃って首を傾ける。

いつも社交界や式典などでは人前に出る為に化粧を施しているティアラだが、学校ではあくまで節度を守る中学生だ。その放課後である今も当然ながら化粧などしていない。

遠回しにお手洗いだとは全員が察したが、大声でなければ普通にお手洗いと言って良いところである。

あわあわと唇を震わせ真っ赤な顔に染まったティアラはそのままバタバタと早足で会場から一時退室していった。


去っていかれてしまったセドリック一人、自己嫌悪と羞恥のままにテーブルへ両肘をつき顔を覆う。追いかけたいが万が一にも本当に目的が本当なら引き止められないと、極めて可能性が低いと頭ではわかる1%に隔てられる。

やはり駄目だったのか、悪戯でも手越しでも不快だったのか、それでも容認すると言った以上怒るのは我慢してくれたのかと的外れな悪い方向ばかりを考える。


頭を冷やし、自分の軽はずみな挑戦を猛省したティアラが戻ってきたのは、それから三十分後のことだった。




……





「本日はありがとうございました」


制限時間までブッフェを楽しみきった彼らは、程度の差はあれど全員充分に腹が満たされた。

今回誘いをしてくれたプライド達へ深々と礼をするアランを含めた騎士科に、プライドもいえいえと丁寧に受け手を振った。

今回のチケットを提供してくれたのはジルベールである。寧ろ人数が揃えられたお陰でこうして楽しい時間が過ごせたと感謝しかない。

「こちらは今日のお礼です」と代表としてカラムから渡された封筒の中にはきっちりと騎士科全員分のブッフェ代金が入っていた。


「いえ!これは結構です‼︎今回はチケットで全員無料でしたし、私も全く払っていませんからっ……」

「でしたらこちらは高等部の騎士部員に使ってやって下さい。部員数が多いので微々たるものでしょうが、間食代程度にはなるかと」

遠慮も想定内のカラム達からの断りに、プライドもぐっと口を結ぶ。

確かに大学部騎士科からの援助となれば受け取らないわけがない。ちらりとステイルにも目を向ければ、肯定の笑みが返された。こういう礼儀と配慮には対抗しようがない。

わかりました、ありがたく使わせて頂きますとプライドがステイル共々言葉と感謝を返す間、アーサーが一人目を泳がせた。

普段からプライド達と遊びに行き慣れていたアーサーは基本的に奢られても代金を後から払うようにしていたが、今日はジルベールのコネで無料だとステイルから言われていたこともありまだ払っていない。

先輩達に払わせて自分が払わないわけにはいかないと財布を出そうとすれば、エリックがやんわりと手を押さえ止めた。最初から封筒にはアーサーを含めての五人分の代金が入っている。そして、それを後輩のアーサーへ請求する気は誰にもない。


「アラン先輩達からアーサーは騎士部頑張ってるご褒美だってさ。明日からまたがんばれよ」

なっ?と、エリックがそのままアーサーの肩を叩けば続いてアランがわしゃわしゃと頭を撫でた。

自分達の跡を継いで騎士部を盛り上げてくれているアーサーは、彼らにとっては可愛い後輩のままだ。

んじゃ次行くか!とアーサーの肩へ腕を回し、アランが率先して次へと進む。どこ行くンすか⁈と、てっきり店の前で解散だと思っていたアーサーが目を皿にすれば、アランは歯を見せて笑いながら足元を指差した。


「下の階に確かゲーセンコーナーあったろ?小さいけど折角女子いるんだし皆で撮ってみようぜ!」

男しかいない騎士科だけだと断られること多いし!と思いつきのままに提案するアランに、レオンとセドリックも興味深く目を輝かせた。

ガキくせぇとうんざり息を吐くヴァルも、大賛成のセフェクとケメトに引っ張られ仕方なく足を動かしていく。

アランの思いつきに呆れながらもカラムもハリソン達に続き、彼らに続き商業施設のエスカレーターを降り



「プライド様。大丈夫ですか?」



……る、前に横へと逸れた。

続くレオン達にエスカレーターを譲り、珍しく後方を歩いていたらプライドに振り返る。

どきりとバレていたことに焦るプライドは、表情を隠し切る間もなく顔が強張った。別に体調が悪いわけではない。ただただ理由が恥ずかしい。

ええ、もちろん、と言葉を返しながらも動揺のあまり立ち止まってしまうプライドにカラムは小さく笑みながら間が空いてしまった下りのエスカレーターへ彼女を改めて促した。

プライドを先に行かせ、それから自分も続きながら声を抑える。


「お疲れのようでしたらこの後の予定はなるべく手早く済ますように私からアランに言いますが」

「!いいえ結構です‼︎〜その、ちょっとお腹いっぱいなだけなので……」

はは……と笑いを溢しながらプライドは頬を指先で掻いた。

スイーツブッフェのケーキがどれも美味しそうだったあまり、次々と取ってしまった結果後先考えず食べ過ぎた。制服の下の腹部が膨れていることを誰より自覚し羞恥を覚える。そしてそれはカラムも当然察している。

だからこそやんわりと遠回しな体調確認で留めた。


うっかり動くのもやや苦になるほどの満腹感にプライドは歩並みまで遅くなっていた。

吐き気はない、体調は悪くない、全然寄り道もできると。そう主張しながらも、高校生にもなってこんなことで足が遅くなるなんてと思うと恥ずかしい。

足を動かさずともゆっくりと下の階へと降りてくれるエスカレーターが今はこの上なくありがたかった。数秒の躊躇いの間に距離が空いてしまったティアラ達の背中を追いかける気力もない。

はぁ、とため息を吐きながら手摺りに掴まり肩を丸める。


「ところで、このような場で恐縮ですが……こちら、今日のお礼ということでお受け取り頂けますでしょうか」

「?お礼なら先ほどお店の前で頂きましたけれど……?」

プライド達の荷物と共に肩にかける自分の鞄を探り出すカラムに、プライドは首を傾ける。

先ほどの受け取った封筒を思い浮かべながら、背後に立つカラムへ振り返った。「いえそちらとは別に」と断るカラムは、取り出しやすい位置にしまっておいた小さな紙袋を取り出した。


「私個人からです。プライド様にしかご用意できず申し訳ないのですが、もともとプライド様がお探しの品でしたので」

どうぞ、と。一度手渡されたそれにプライドは両手で受け取った形のまま目を丸くする。えっ、あっ、ええ⁈と店限定の紙袋だけで既に声が出た。しかも自分が、と言われれば想像は難くない。

しかし空振りではしゃぐわけにもいかず、エスカレーターの間に急ぎ中身を取り出し確認した。紙袋の中で更に包装されていた中身をちらりと覗いて確認すれば、すぐに確信が持てた。


「先日、兄の仕事に同行した先でたまたま店に置いてあるのを見つけまして」

「だ、代金お支払いします‼︎‼︎」

目が煌めいたのも一瞬で、プライドは大慌てで自分の鞄を持つアーサーへ目を向ける。自分の財布の中身で足りるかしらと危機感まで覚える。

焦るのも当然だった。カラムから受け取ったのはハロウィン期間限定のブランドコラボ商品なのだから。

プライドのお気に入りのキャラクターとフリージア王国ブランドのコラボ。ハロウィン仕様にカボチャや蝙蝠を模したデザインとセンスを兼ね揃え、愛らしいキャラクターモチーフで発売前から話題騒然となったデザインのコンパクトミラーだ。

残念ながらプライドはその争奪戦に勝てず、どの店を回っても売り切れだった。そんな超激限定品を貰えただけでも驚きだが、その額もプライドは当然知っている。売り切れ続出したとはいえ、学生が気軽に買えるようなただのキャラクターグッズではない〝ブランド〟コラボ商品なのだから。

その証拠にプライドとお揃いが欲しいと思ったティアラもその額と照らし合わせ、争奪戦争前に買わないことを決めたほどである。


「いえ、それには及びません。あくまでたまたま見かけたから購入しただけです」

「そ、いうわけにはっ……‼︎こ、こう言うのも何ですが、こちらネットではもう倍は当然くらいの額で売られているくらい高価な品で‼︎」

「高額転売は犯罪です」

そういう意味じゃなくて‼︎と、あまりにも冷静に指摘してくるカラムに満腹も忘れてプライドは首を振る。

プライドも当然転売品を買おうとしたことはない。それほどの高額で貴重な品を無償で貰うわけにはいかないという訴えである。そしてカラムもわかった上で今は断った。

もともと、自分が手に入れられたのも偶然。プライドが売り切れを嘆いていたことを耳にしていた上で、通りすがりに店を見かけたから寄ってみたら偶然一つ残っていた。

最初から彼女の為に買った品だ。それを突き返された方が困る。


「私がお渡ししたくて買っただけです。喜んで頂ければ満足です」

自己満足で、プライドが既に手にしているかもまだ欲しているかも確認せずに買った時点で、彼女に請求する気はない。

それよりも彼女の誕生日でもクリスマスでもなければ、ホワイトデーと違いハロウィンでは贈り物をするのにも理由付けが難しい中〝何もない日での贈り物〟をする機会の方が大変だった。

そんな中で、良い機会を自分から作ってくれたプライドには感謝しかない。


財布を今にも確認しに行こうとしたプライドは、唇を結び葛藤する。

間違いなくミラーは欲しい。小物入れにもなる可愛らしいコンパクトミラーは普段使いもできる。しかしこんな高額品を無料で貰うなんてと思ってしまう。……そして、ここまで言われて贈り物の代金を突き出すことが男性に恥をかかせる行為であることもプライドはよく知っている。


「なので、今日のお礼です。充実した時間をありがとうございました」

「あ、りがとうございます。〜っ…大事に、します。……せめて、先ほど頂いた飲食代だけでもお返ししたいですが」

「そうされないように、この時を待たせて頂きました」

ふっ、と。頭を深々と下げて礼をしたままカラムは小さく笑った。

先ほどのブッフェ代を間違いなく全額受け取ってもらう為には、その後でないといけなかった。封筒の中身より遥かに高額なこの品を受け取ったプライドでは、間違いなく遠慮され突き返されてしまうことはわかりきってきた。


唇をきつく結びながらプライドが表情筋に力を込めたところで、二人も目的階へ降り切った。

「どうしました?」と先に待っていたアラン達が笑い掛けた時には、満腹など麻痺し忘れきった後だった。


……その後にセドリックからも手土産を受け取り、あまりにももらい過ぎな一日に次からは親しい人達にだけでも誠心誠意手製か高級菓子をハロウィンにも用意しようと決めたプライドだった。


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