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フリージア王国備忘録<特別話>   作者: 天壱
コミカライズ書籍化記念

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129/144

そして配布する。


「…………」


通常授業開始から昼休みの鐘が鳴り、誰もが昼食の為に行動を開始する中。一人の男子生徒は、未だ机から立ち上がらない。携帯の通知を前に、眉間に皺を寄せながらだるそうに姿勢を丸める。


『セフェクとケメトの分も預けて良い?』

『返事してください!!今日中に渡したいので』

『手作りなので今日明日中に食べて貰わないと困ります!!!』

『放課後は予定ありますか?』

自分とは本来であれば縁のない筈の、社交科生徒からの通知を既読も付けず無視していた為、無駄に通知がたまっていた。

昨日は夜遅くまでジルベールからの依頼の仕事、そして今夜は酒も飯も食わすから店を手伝えとベイルに言われた分、正直一歩も机から動きたくない。授業中も殆ど寝ていた上、昼休みも持参したコンビニ食料だけ食べて寝る気であるヴァルは、通知の返事を考えるのもだるかった。

今日明日中に食べないといけないといっても、別に悪くなっても食えるもんは食えるだろと適当に思う。セフェクとケメトに自分が会うのも深夜遅くになるのだから、いっそ二人に自分の分も受け取らせる方が楽とも思う。しかしその為に二人に連絡するのも面倒くさい。グループを使えば良いとわかってはいるが、その後にまた返事をするのも煩わしい。

ひとまず食いながら考えようと既読も付けないまま鞄に手を伸ばしたその時、また通知が表示された。またプライドの苦情かと思いつつ、画面を見れば。



『今から教室に届けに行きます』

『ちゃんと待っていてくださいね⁈』



ガタッ!!!と、直後には鞄に伸ばした手も止め勢いよく席から立ち上がる。

突然の椅子が動く音に、周囲にいた生徒も驚き顔を上げる中、集まる視線も気にせずにヴァルは初めて携帯を操作し出した。普通科と社交科は棟ごと異なり、離れている。今すぐ返事をすれば問題ない。

社交科のしかも自国の第一王女が普通科に現れるなど、騒ぎになるどころの話ではない。プライドと接点を過敏に隠しているわけではないが、それ以上に生徒からの注目を浴びたくもないヴァルにこの文面だけは見逃せなかった。

面白半分の噂の的ややっかみに自分が遭う程度ならまだ良いが、何より不快なのは第一王女の繋がり目的で周囲に絡まれることである。喧嘩なら買っても良いが、馴れ馴れしく構われるのが一番面倒で気分も悪い。下手ヘコヘコされるまでは嫌ではないが、媚びてくるのは目障りだ。

ここで王女と知り合いと騒ぎになれば、一気に自分の周りが煩くなることは間違いない。画面を殆ど見ず携帯を操作しながら早足で教室を出る。

少なくとも普通科に近づけたくはない。プライド一人で来るわけがないとわかっていれば余計にだ。


『社交科と騎士科の渡り廊下にいろ』


やっとの返信に、第一王女からお怒りのスタンプが返されたがそれは無視をした。



……




「ええ、レオンとセドリックにはちゃんと渡せたわ。それより……」


そう、渡り廊下で待つプライドは一緒に待ってくれるアーサーに言葉を返した。

昼休みになり、同じ高等部として庭園で昼食の約束をしていたプライドとアーサーそしてステイルだが、今は待ち人の為に食事を手に壁際で佇んでいた。

ヴァルにセフェクとケメトの分も菓子を渡したいプライドだが、向かう途中で渡り廊下と指示をされた為仕方なく普通科に足が伸びる前に踏みとどまった。どうせなら普通科に繋がる渡り廊下を指定してくれても良かったのにと思いつつ、アーサーとの合流にも都合が良かった。

しかし、今プライドの視線は笑いながらどうしようもなく二人の両手に向いてしまう。


「アーサー、それにステイルも。今年は例年にも増してすごいわね……」

わかってはいたけれど!と思いつつ、まじまじと男子生徒の両手を凝視してしまう。

昼休み終了時には昼食のみを持っていた筈の二人の手には、今こうして渡り廊下までの距離だけで大量のチョコが紙袋ごと抱えられていた。女子生徒にも人気が高い二人には見慣れた光景でもある。


「いえ、俺は大したほどでは。レオン王子やセドリックには敵いません」

「あの二人と比べるのもどうかと思うけれど……。別に、あまり差も無いんじゃないかしら……?」

上流階級が主である社交科では、普通科ほどバレンタインも賑わいの色は強くない。女性生徒も仲の良い友人や社交目的の相手に渡す程度、噂を立てられて困る異性にはあまり表だって渡さない。

しかし、その上でも尚ステイルのチョコ所有数は多かった。第一王子、しかも学年主席で顔も整っているステイルは人気も高い。義理ではない、本命のチョコが殆どではあることもステイル自身自覚している上で、しかし大したことはないと思う。

自分はある程度は受け取りつつもこうしてプライドと行動を共にすることができる程度には身動きが取れているが、レオンとセドリックに至っては昼休みにも身動きが取れていない。社交科のみならず勇気を振り絞った普通科生徒からも大量のチョコを受け取る王子一人の為に、それぞれの教室がごった返しているほどだった。

プライドもセドリックのファンに溺れて廊下を抜けるのは苦労したからステイルの意見もよくわかる。ただチョコを渡したいだけではなく、チョコを渡すという理由を使って見目麗しい王子と一目接触したい女性も多い。

結果、いつもは昼食を共に取ることもあるレオンもセドリックも、今回は不在である。


ただ、ステイルの場合は人気が負けているというよりもただただ断るのが上手いだけではないかと思うのはプライドもアーサーも同じ考えだった。

女性からの想い自体は無碍にできないレオンとセドリックと異なり、ステイルは受け取るのもそつが無く、そして「今時間ありますか」と尋ねられてもその空気を気取った上でやんわり断るのも上手い。学校でも社交的なステイルではあるが、つけいる隙はなかなか無いことを同じ社交科であれば理解されていた。

むしろ第一王子という噂と憧れで踏み出す普通科の生徒からのチョコの割合の方が多い年もある。


「それに、増加量だけで言えばアーサーが校内トップではないでしょうか。今年は俺より多いかもしれません」

「いや、それはねぇだろ」

「靴箱と机の中と教室ロッカーの中の分も入れればお前が勝っている。大いに自信を持て」

「いつ見てンだよ!!」

さらりと言い当てるステイルに、アーサーも顔色を真っ赤に変えながらガシャンと両手の紙袋を揺らした。

靴箱も教室も違うにも関わらず見通され焦るアーサーに、ステイルも無表情を守りながら「やはりな」と心の内で思う。当然見てもいなければ、情報源があるわけでもない。それでも、今年のアーサーにそれくらいの人気があることは最初から読めていた。

自分もそういった間接的に受け取ったチョコもあるが、絶対にアーサーの方が多いという確信がある。何せ、今自分の隣に立っているのは〝高等部騎士部主将〟だ。


世界中でも注目を浴びるフリージア王国の騎士。その騎士を目指す騎士科の高等部主将は毎年注目を浴び、女性の憧れの的でもある。

この一年で、メディアに対しては学校の規則通り規定の騎士部としての取材しか受けた覚えがないアーサーだが、それでも顔が知れ渡っていた。SNSを中心に、騎士部の試合や校内の行事で他科の生徒の手で勝手に広められた部分もある。

戸惑いが多かったアーサーだが、プライドもステイルも無理もないと思う。実力も申し分なく顔も整った高身長のアーサーだ。プライドからすれば、流石乙女ゲームの主人公と思う部分もある。


「普通科とか社交科の人とかもやっぱ、俺にっていうよりも主将だからなのが多いだろうし……。ていうか、ロッカーとか机とかどうやって知ったのか怖ぇ……」

騎士科は男子校同然の男子100比率の為、余計に目立った。

女生徒の立ち入りは禁じられてはいないが、朝練後のアーサーが見た時には既に靴箱もロッカーも扉が閉まらないほど溢れ、机は中も埋まり机の上も積み上げられていた。

つまり自分より早い時間に女生徒が立ち入っておいていったということになる。

靴箱は名前が記載されているからわかるが、ロッカーや机は記名表示もないのにどうやって知ったのかと本気でやや恐怖が勝った。最初に教室に来た生徒に聞いてみたが、尋ねて聞いた女生徒もいれば既にその時には数個置かれていたものもあったと言う。普段女生徒が来ることのない騎士棟で、どうやって知られたのか今も全くわからない。

赤らんでいた顔が、やや青ざめていくアーサーにステイルは「そういうものだ」と首を縦に振りながらやや同情した。

自分やプライドには慣れたものだが、知名度が跳ね上がったアーサーには戸惑いが強いのも仕方ない。


「そもそも今年ほどではなくとも以前から貰うことは多かっただろう、お前も」

いやあれは……と、アーサーもステイルからの指摘に言葉を詰まらす。

去年もその前も、アーサーは王族であるステイルほどではなくともチョコを貰う数も告白される数も多い。ただその相手が今までは差出人不明の置きチョコではなく、電車や校門前での待ち伏せの割合が多かった。

主将になる前からアーサーも女生徒から人気が高くチョコを貰うこと自体は多かったことを知るステイルもプライドも、全てが全て〝主将〟宛てではなくアーサー宛ても多いと思う。

今年は差出人不明が多いのも、単純にアーサーの知名度が上がったことで逆に告白しにくくなった女性が増えたせいもあるだろうと考える。


今も王子であるステイルと同数に近いチョコを渡り廊下までの道のりで受け取ったアーサーに、持ち帰るのも大変そうだとプライドは思う。

総重量はアーサーにとって大したことないが、量があまりにもありすぎる。今も両手を埋めているだけでなく、さらに加えて靴箱とロッカーと机分もあるのなら一度に持ち帰るのも苦労な物量だ。


「あの、もし荷物になるのなら今朝のアレ、返してもらっても大丈夫よ……?」

「!嫌です‼︎ッじゃなくて大丈夫です!アレだけは絶ッッ対持ち帰って食うって決めてるンで!!」

一つでも嵩張る荷物は減らすべきかと、自分が渡した菓子の返品を請け負おうと提案するプライドに、アーサーが全力で拒否する。

渡すタイミングは変えて欲しかったとは思うが、貰ったからには返すなんて選択肢にない。他のチョコ全てを置いていくことになっても、あの菓子だけは今日自室に持ち帰ることは大前提。その証拠に、他のチョコは義理本命記名無記名関わらずまとめてロッカーの上に置かせて貰っているが、プライドから貰った菓子だけは大事に自分の鞄の中に保管している。


「でも、明日になったら騎士団長と副団長にはパーティーで会うし、その時お二人の分と一緒にアーサーの分も預ければ……。もしくは、放課後に大学部の方々に会う予定だからその時に預け……、……いえカラム先輩達もやっぱり荷物多いかしら?」

「俺が!!持って帰りますから!!……!そういえばプライド様、今朝のメッセージ間違って高等部じゃなくて大学部合同の方に送ってましたよね?!」

父親やクラーク、そして大学部の先輩越しに貰い直す方が恥ずかしいと。そう思いながら断固拒否するアーサーが、ハッと今朝を思い出す。

自分も大量チョコ騒ぎですぐ授業だった為気付くのが遅れたが、一限後に気付いた送信ミスはなかなかの衝撃だった。

プライドも指摘され、思わず「う゛っ」と顔が苦くなる。一限後、自分も送信ミスに気付くと同時に届いた返信と通知の阿鼻叫喚に暫くは固まった。

そして、同じくグループに入っているステイルもその内容は知っている。気付いてすぐにプライドへメッセージを送ったが、残念ながら彼女が気付くのは一限後だった。その時にはもう



『タッパーごと貰った』と、大学部アランからメッセージが残された後だった。



大学部高等部騎士部合同のグループへプライド本人が『今朝配った生チョコ、五粒だけ余ったので冷蔵庫に入れておきます。食べたい方、お好きにどうぞ』と冷蔵庫に入れるチョコの写真と共に送ってしまったのがそもそもの敗因だった。

一限が始まる前にそれだけ送って満足し、携帯を見なかったプライドと異なりグループ通知に気付いた騎士部からは「何故こっちのグループに⁈」「プライド様送信間違いですよね⁈」と危機感を覚える高等部と「おい高等部全員食ったのか」「覚えてろ」「羨ましいけど一限ある」「今行く」という大学部からの怒濤の通知で溢れていた。

そして一限が終わる頃には、もう高等部の冷蔵庫からチョコは消えていた。授業が固定である高等部と、授業の時間割構成によって空きがある大学部の差だった。大学部の中でも最も足も行動も速いアランによりまるごと回収された。

プライド本人が残り物という意識が強かった為、別段一人一個に拘らず指定しなかったせいもある。しかしまさかタッパーごと全て貰ってしまわれるのはなかなか予想外だった。

一限後のメッセージに、一限後すぐに走ろうと思っていた高等部生徒の阿鼻叫喚が溢れかえった。個人メッセージでしっかりとタッパーは後日洗って返すことをアランから連絡を受けたプライドには、ちゃっかりと一緒に食べた大学部の部員の写真も送られてきていた。

あはは……と、枯れた笑いを零すプライドは大きくアーサーから顔を逸らす。ちょうど大学部のグループに放課後の約束をした後だったせいで頭が混ざってしまったと思うが、言い訳にもならない。

「で、でもまぁ……無事食べて貰えたなら良かったかしら……?アラン先輩達にも生チョコはないし……」

「お陰で高等部の一限終わりすごかったですよ。他の学年の教室からも叫び声聞こえましたし」

「それよりも姉君、アラン先輩〝達〟とは?食べたのはアラン先輩一人なのでは?」

アーサーに続く、ステイルからの指摘にぎくっと肩を揺らしたその時



紙袋が、すられた。



「えっ……あっちょっと!こらっ‼︎勝手に持って行かないでください!!」

ヴァル!!!と直後には振り返ったプライドが追いかけ駆けだした。

プライドが両手で握っていた小さな紙袋を、横切ると同時に掴み奪う。そのまま本人には挨拶どころか目配せもせず立ち去ろうとするヴァルを、プライドも続くステイルとアーサーも追いかける。まるで熟練のスリのようにも、違法取引のようにも思える鮮やかさをここで使うなと三人揃って思う。

指定通りの場所にプライド達を発見したヴァルだったが、話し中の三人にちょうど良いと言わんばかりに物だけ受け取り、そのまま階段を降りようとする。

庭園を出て再び普通科の棟に戻ろうとしているのだろうヴァルを、いっそ窓から飛び降りて待ち受けてやろうかしらとプライドは思う。早足のヴァルに、走る三人がすぐに追いつけばアーサーが行き交う人混みから手を伸ばしその肩を捕まえた。社交科の生徒が多い中で、普通科の男性制服は幸いにもわかりやすい。


「おい!逃げンな!!待てっつってンだろ!」

「アァ?貰うもん貰ったんだから用はねぇだろ」

「待たせて貰っておいて一言くらいないのか」

「私のお昼も入っているんです!!」

掴まっても憮然とするヴァルに、プライドも思わず声を上げた。紙袋ごと渡すつもりではあったが、まとめて持っていた為自分の昼食もそのまま別の袋ごと紙袋にいれたままだった。

プライドの叫びに、二度瞬きをしたヴァルもそこでやっと紙袋の中を改める。確かに中には菓子以外にもあると気付けば、反対の手で引っ張り出しプライドに手渡した。逃げ切ればそのまま自分の昼食にできて一食分浮いたとは思うが、この三人を相手に逃げ切れるとも思わない。

大人しく返してはくれたもののどちらにせよ無言で擦り逃げられたことを根に持つプライドは、眉をつり上げて睨みつける。しかし今更睨み一つで怯むヴァルでもない。ヒラヒラと犬でも払うように手を振りながら、邪険に三人へ自分からも睨み返す。


「校内で絡むんじゃねぇっつってんだろ。次からガキ共に渡せ」

「その場合セフェクとケメトが今度は注目の的になるぞと。ちょうど一年前も同じことを言った筈だが」

チッ!!と直後には舌打ちが返される。ステイルからの指摘に、そういやぁそうだったとヴァルも今思い出す。やはり大分まだ寝ぼけていると自分で思う。

言葉で返事しないままもう一度背中を向けた。自分が注目されるのも嫌だが、それ以上にやっかみの標的にされて面倒なのが二人である。

王族と親しいなど広まれば、それこそまた誘拐の標的にされかねない。校外であればどうでも良いが、校内では自分がプライド達と接触するしかない。


背中姿でもわかるほど不機嫌この上ないヴァルに、セフェクとケメトの分もあったとはいえ菓子自体も迷惑だったかしらとプライドは小さく首を傾ける。しかし、今まで届け方に文句を言われたことはあっても渡した物に関しては文句を言われたことも拒絶されたこともないからいまいち判断が難しい。

今回も、メッセージで菓子が要るか要らないかも事前に尋ねたのに結局返事も既読も付けてもらえなかった。個人的には親しい相手の一人として渡したかったが、ありがた迷惑だったろうかとも考える。


「……次からはチョコ以外にしましょうか?何か希望があったら今度教え」

「膝」


去って行く背中に大きめな声で呼びかけてみれば、今度は意外にも一言とはいえ言葉が返された。

膝……?と、聞き間違いかもしれない単語に瞬きを繰り返すプライドは、そのままポカリと人混みに紛れる背中を見届けた。流石のステイルとアーサーも、聞き間違いかと理解もできず眉を寄せる。


頭をガシガシ掻くヴァルが、やはり大分寝ぼけていると一人顔を顰めているのに気付くことはなかった。



……




「失礼致します、アルバート王配殿下。本日もお目にかかれて光栄です。お忙しい中申し訳ありません」

「能書きは良い、ジルベール。本当に、毎年よくもこの日きっかりに用事を確保できるものだ」

「いえいえ今年は一日早いですとも」


にこにこと笑う大臣秘書のジルベールを、アルバートは溜息交じりに仕事机で迎えた。

部屋の扉が完全に閉じられたところで、提出書類を渡すジルベールだが王配に渡すには無礼と思われる片手での提出だった。アルバートも、それには全く気にせず睨んでいると勘違いされる眼光のまま一度フッと笑った。


仕事場所が異なるジルベールだが、数年前からは毎年敢えてこの日や前後にジルベールが自分の元へ訪れる。

図々しいとも思えるが、しかし自分の手間を省いてくれているのはジルベールの方だ。受け取った書類を机に置くアルバートは、そこで自分も足下に置いていた紙袋を持ち上げ手渡した。

毎年学校のバレンタインに合わせて娘達の護衛により託される、自分と妻そしてジルベール家族へのチョコ菓子だ。

もともとは娘の方から「仕事でジルベールさんに会ったら」と頼まれた品だったが、自分が呼びつけるまでもなくプライド個人から連絡を貰ったジルベールの方が難なく用事にかこつけて訪れる。

ジルベールの分だけでなくその妻マリアンヌと娘のステラの分もある菓子が入った紙袋を、アルバートもこうして自分の部屋で手渡すだけで済む。


「プライド様とティアラ様、美しい王女にこうして手製菓子を頂けるのは、いくつになっても男として嬉しいものだ」

「本命の妻子がいる男に言われても白々しいぞジルベール」

本心だよ。と、砕けた話し方になるジルベールにアルバートが睨みを利かせるのは可愛い愛娘のチョコが彼に渡っているからではない。嫉妬でもなければ決して仲が悪いわけでもないその逆である友人に、今はやや態度が悪い理由はジルベールもわかっている。むしろ、こうして態度に出してくれるのも親しいからこそだ。

肩を竦める動作で返すジルベールは、睨んでいるようにしか見えないアルバートに少し眉を垂らし笑む。


「……ローザ様がまた嘆いておられるのかい?」

「今朝護衛から届いたと伝えてからずっと通知が鳴り止まない」

ハァァ……と、アルバートは携帯の画面を軽くジルベールに示して見せる。他の人間には決してみせないが、ローザの性格もマリアンヌを通して知っている彼になら見せても問題ないと判断する。

『今年はどんなお菓子⁈』『溶けない??』『冷蔵庫にちゃんと入れて保管しておいて』『今、十五分早く予定が終わりました。取りに向かって良い?』『手製菓子って時間が経ったら悪くなっちゃわないかしら』『アルバート先に食べないでね??』と、続ける通知の山にジルベールも思わず笑い声を漏らしてしまう。

フフッ……!となんとか背中を丸めて堪えたが、それでもぷるぷる震えた。娘を溺愛する母親らしく、そして相変わらずだと思う。今も確か車で二時間以上先の場所へ赴いていた筈ではと思う。

毎年、娘から貰えるチョコ菓子を楽しみにしているローザだが、多忙故になかなか受け取れない。そんな愛しい妻よりも、そして自分よりも先にジルベールの方が食べることができてしまうことにやや複雑な気持ちがアルバートにはあった。


「だが、本命チョコは貰ったのだろう?……嗚呼、明日か」

「今年もパティシエが腕によりをかけてくれるそうだ」

料理が苦手な為、毎年高級チョコを特注で用意するローザから受け取るのは明日の十四日当日。ジルベールもまだマリアンヌから受け取っていない。

毎年手製を用意してくれるマリアンヌと違い、アルバートは妻からの手製は難しい分少し不憫だとジルベールはこっそり思う。毎年のことではあるが、今年は娘からの菓子を前にしてもお預けを余儀なくされている上でだ。


「……次は頼んでみるのはどうだい。君が頼めばローザ様も手製に挑まれるかもしれない」

「本人がやりたくないのにやらせても意味はないだろう」

そんなことはどうでも良い、と言わんばかりに言葉を切るアルバートに、男らしいとジルベールも少し感心する。

自分に負けず劣らず愛妻家である彼が、そういう欲は出さずに本人の意思を尊重するところはいくつもの尊敬に値する部分の一つである。同じ妻を愛する身として、見習うべきところもあると


「その分きちんと()()()()()()()()()()何も問題はない」

「…………君らしいよ」


さらりと当然のように凄まじい惚気を垣間見せるアルバートに、ジルベールも今度は呆れまじりの笑いを零す。

途端にアルバートも、わかっていたようにジルベールへ目を合わせ笑みを返した。


ニヤリと頬杖を突き笑うその不適な表情が若い頃と変わらないことに、なんだかんだでさっきまでの愚痴もどきも結局は全て妻の惚気だったのだと。ジルベールは、正しく認識を改めた。


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