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フリージア王国備忘録<特別話>   作者: 天壱
100話記念

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12/144

Ⅱ300特殊話・一番隊副騎士隊長は贈った。


「誕生祭でお疲れも残っているのにごめんなさいお姉様っ。だけど、どうしてもどうしても早く行きたくって……!」

「良いのよティアラ。私も一緒にお出かけできて嬉しいわ」


ぎゅっと顔中の筋肉を中央に寄せいっぱいいっぱいの表情でまた謝るティアラに、可愛くてプライドは口を隠しつつ笑ってしまう。

くすくすと音に出しながら、もうこれで何回目だろうと頭の隅で考える。昨晩、突然ティアラから城下視察を提案され快諾したプライドだが、残念ながら摂政補佐で忙しいステイルは不参加になった。

プライドも第一王女としての業務や勉学そして開校が迫っている学校で忙しいことは変わりないが、それでも突然の可愛い妹からの提案に断れるわけもなかった。

一緒に城下に降りたい。できることなら明日にでも!と希望したティアラの熱量は本物だった。

しかし今朝になってから一晩超え、少し頭の冷えたティアラから「本当に突然予定をごめんなさい……」としゅんとした顔で言われていた。昨日は本当に突然押し付け過ぎたと謝罪するティアラには、プライドだけでなくステイルも笑ってしまった。


ティアラとしても良案だったという気持ちは今も変わらないが、それ以上に昨日は色々なことがあり過ぎてつい一直線しか見えず舞い上がっていたと自覚した。気持ち的に少なからず疲労していた中で、あの思いつきは枯れ地に注がれた水のようだった。

お二人も、と。またこちらも数度目になる謝罪をティアラから今度はエリックとアーサーも受ける。昨晩先輩騎士二人に聞いて昨日と同じ二人組での視察同行となったが、別段王族の予定が急に変わることは珍しくもない。それにどこへ行こうとも自分達がすることは大して変わらない。

寧ろ、二人が最も気になるのはティアラの思惑の方だった。朝食の席で視察先を相談し始めた時から、ティアラが強く希望した場所は当然二人も把握している。

着きました、と。馬車の動きがゆっくり速度を落とし停止してから、御者により扉か開かれる。最初にアーサーが降り、プライドとティアラに順々と手を貸してから最後にエリックが安全確保と共に降りた。扉を開いた瞬間から、着いた先が何処かは窓を覗くよりも明らかだった。



王都最大規模を誇る花屋。



「お待ちしておりました、プライド第一王女殿下。ティアラ第二王女殿下。本日はわざわざ足をお運び頂きありがとうございます」

フリージア王国でも最多種を扱っている花屋は、早朝に使者から報告を受け今は貸し切り状態で待ち構えていた。

普通の花屋とは異なり、常に様々な家や店、そして王城にも花を卸している業者である。いつもならば自分達が花を積んで馬車で訪れているにも関わらず、今回は王族直々の訪問に早朝から最も大忙しになった店でもあった。

あくまで裏側は気取らせず華やかに振舞うプロの世界で花屋の代表者が深々と礼をした。

プライドとティアラも挨拶を優雅に返す。自分達が訪れることを伝えたのは今朝にも関わらず、見事に迎える準備も店員全員が整列しているのも流石は城にも卸す花屋だと思う。王族相手に落ち着きがあるのもまた他の花屋とは風格が違う。


時間がなくあまりご期待に沿える種類を揃えられているか、と謙遜をしながら奥へと案内されれば城の庭園にでも戻ったかと思わせられる光景だった。庭園で見れない花も多い。

わぁ、と両手を合わせながら目を輝かせるティアラと共にプライドもまるで植物園にでも来たような感覚だった。

今までも城下で花屋に寄ったことはあったが、城に花を卸している業者の店に訪れるのは今回が初めてである。「王族の方々のご要望であれば、どの花でもこの場でご用意致します」と仰々しく礼をする花屋に言葉を返しながら、花が並べられる中央で足を止めた。


ただの花の倉庫ではなく、まるで展示物のように花が纏めて生けてある為その花も目移りする美しさだった。店内にも大勢の定員や、護衛の衛兵も隅々まで配置されているのにそれも花の鮮やかさに隠れてしまう。

あまりの花量に圧倒されていると、今度は背後で「くしっ!……」とくしゃみが聞こえ姉妹揃って振り返った。見れば、アーサーが鼻を擦りながら「すみません……」と恥ずかしそうに顔を伏せていた。実家で畑も耕し植物には慣れているアーサーだが、あまりにも強い花の甘い香りに覆われて若干鼻がおかしくなりそうだった。アーサー以外にも警備に立っている衛兵の中には今にもくしゃみをしそうに鼻の中心に力を込めている者もいる。

比較男性の中では平気そうに笑うエリックも、彼らやアーサーの苦労はよくわかった。密室で香水一瓶振り撒いたかのような香りの強さなのだから。

プライドとティアラも少しおかしそうに笑ってしまった後、そこでやっとプライドからティアラへ本題が投げられた。


「それでティアラ、どんな花が見たかったのかしら?」

何か目当ての花があったのだろうと思い投げかけるプライドに、ティアラは陽だまりのような笑顔を浮かべてみせた。

くすっ、と音を漏らしながら、返事の前に近衛騎士二人へ視線を投げる。もうそれだけでアーサーもエリックも早くも喉がカラリと乾いた。

昨日、自分が今回の案を考えたきっかけを思い返しながらティアラは「お姉様、先日お誕生日でしたよね?」と声を弾ませた。


先日も何も、誕生日はつい二日前の話である。馬車の中でも似たような話題をした後のプライドがまだ掴めないまま「ええ、そうね」と言葉を返せば話を聞いていた店員からは「おめでとうございます!」と拍手まで巻き起こった。

まさかここで二回目の誕生日を祝ってくれるつもりなのか、レオンの青い薔薇で埋め尽くした演出を真似してくれたのかと思考を巡らせればそこで「実は……」とティアラの鈴の音のような声が続いた。



「エリック副隊長もアーサーも、お姉様に花を贈ってみたいと話しておられていて。ですから是非またお部屋に飾る花を選んで貰ってはいかがでしょう?」



い゛っ……‼︎と、最初に声が漏れたのはアーサーだった。

同時にエリックも息を飲む。直後には今更ながら昨日自分の発言がまるで走馬灯のように明確に記憶に蘇る。そういうことか、と気付いてもこれから心の準備をするのには時間があまりにも足りなかった。

自分とアーサーがあまりの畏れ多さと突然課せられた課題の高さに喉を干上がらせている間にも、可愛い妹の提案を受けたプライドの目まできらっと輝き出してしまったのだから。

ほんと?とティアラに負けず劣らず嬉しそうに目を輝かせるプライドの笑顔を見ると、もう断れない。

そのまま自分達の畏れ多さも知らぬままティアラとぱちりと両手を合わし合う仲良し姉妹を見れば、アーサーもエリックも背中を僅かに反らしながら降ろした拳をぐっと握って逃げるのを耐えた。


プライドの部屋。第一王女の部屋として当然ながら装飾だけでなく、花やかな花が花瓶と共に飾られている。昨日からは蒼い薔薇が生けられた花瓶も追加されたそこは、今ではたとえプロの花屋であろうとも花を選ぶ敷居を最高難易度にされた配置場所でもある。王族らしい、王女が喜ぶ、しかも同一空間で輝くのは希少な青い薔薇だ。


しかしこうすれば自分達は〝選ぶ〟だけ。

花を買い贈るというわけでもなく、ただ王女が自分の部屋用に飾る花を騎士に選んでもらうというやり取りで、角も立たない。

プライドへ花を贈りたいとうっかり口を滑らせたエリックの要望をこれ以上ない形で叶えられた結果だった。


「承知、致しました……」

「あんま、花とかわかんねぇですけど……」

なんとか口を意識的に動かし同意を言葉にしたアーサーとエリックだが、二人とも表情が強張ったままだった。

プライドからすれば、彼らが選んでくれた花を飾れるだけで本当に嬉しい。しかもアーサーとエリックだ。一体どんな花を選んでくれるのだろうとそれだけでも期待が膨らんだ。

王族相手にハードルが高すぎるのだろう二人の気持ちも痛いほどわかったが、やはりそれ以上に二人に花を選んで欲しい気持ちが強い。

了承をくれた二人に改めて「お願い……できる?」と控えめな声で確かめた。当然了承が返ってきたが、二人の顔色に緊張と圧であろう茹ったような赤いをしていると考えるとじわじわ申し訳なくなってくる。

一先ず護衛もある以上、片方が護衛に付きその間にもう一人がプライドの部屋に飾る花を一本選ぶとエリックから提案すれば、そのまま花選びは決定事項になった。

各所に配置している花屋の店員も「何かわからないことがあればお尋ねください」とにこやかな笑顔を向けてくる中、間違いなく〝見られている〟圧が強かった。


「えっと、すみませんお先に失礼しますエリック副隊長。なるべく早く決めますンで……」

「いやゆっくりで、ゆっくりで良いからな?」

頼むから‼︎そう心の中で叫びながらエリックは、最初に花を選ぶべく押し出されたアーサーを見送った。プライドも自分がいたら選びづらいだろうとティアラと共に花鑑賞に務める為、遠ざかるアーサーを追う者はいない。

今の今までアーサーのことだからゆっくり時間を掛けて選ぶだろうと見誤っていたエリックは、アーサーの発言に一気に心臓が飛び跳ねた。

まだ花屋の中央部を軽く見回ってすらいない。プライドのあの部屋に一体どんな花を選べば良いのかあたりもつかないエリックは、切実に頼むから時間をかけてくれと思う。むしろアーサーが早く決めてしまってから自分一人時間を掛けてしまう方が苦しいことになる。それならばアーサーも自分と同じくらいじっくり時間を掛けてくれた方が助かる。


しかしアーサーからすれば、気遣いでも嫌がらせでもなく本気で早く決めてしまいたかった。


別にプライドへの花を選ぶのが嫌なわけでなはい。死ぬほど心臓がバクバクは言うが、寧ろプライドに花を贈れる機会は幸運ですらある。誕生日ともなれば毎年数えきれないほどの花で城中が飾られ彼女へ贈られるが、そんな中で彼女の部屋を彩る花はやはり特別だ。

ほんの一時でも部屋に置かれる花を自分に選ばせてくれるのは嬉しい。そして第一王女の部屋に相応しい花など、畑ばかりで花に大して詳しくもない自分が簡単に決められないのも自覚はある。だがしかし


……なるべくエリック副隊長に時間残さねぇと……‼︎


それ以上に、エリック達への後ろめたさに急き立てられていた。

ティアラが今回提案してくれた理由も、エリック以上にはアーサーも理解している。プライドの誕生日に騎士として何も贈れないエリックに、ティアラが気を利かせてくれた。その〝おこぼれ〟で自分もこうして選べている。

しかし、本当は自分は花屋にいくまでもなく毎年こっそりステイルの協力の元贈り物をしてしまっている。プライドへ、個人的に。


当然言いふらせるわけもなく、騎士団の誰にもそのことは話していない。だが、自分は既に誕生日祝いの贈り物を今年もさせて貰えているのに更に花まで贈らせて貰えているのが、胃が揺さぶられるほどに申し訳なくて仕方がない。エリックにはもちろんのこと、今が近衛の任務ではないアランとカラム、ハリソンにも思い切り額を地面に叩きつけたいくらいの謝罪の気持ちでいっぱいだった。

自分だけ抜け駆けしてるのに、その上花まで贈らせて貰えるなんてと考えればこの場で意味もなく叫びたくなる。

だからこそせめて、せめてエリックにはなるべく花を選ぶ時間を残さなければと考える。視察も、そしてこの花屋での滞在時間も限られている。もうプライドに贈り物済みの自分がうだうだ時間を掛けて、今回がプライドへの初の誕生日祝いのエリックが満足に選ぶ時間も残されないなんて許されない。

しかも自分がプライドに贈り物をしているなど言えない手前、自分なりのこの言い分をエリックに伝えることもできずもどかしい。


早足と持ち前の動体視力で次々と高速再生のようにして花を確認していくアーサーは、本気でなるべく早々にエリックへバトンを渡すことを考えた。ティアラも今回はエリックの為だろうと思えば、余計に焦燥に追われる。

どの花もプライドには似合うしだからといって彼女以上に綺麗とも思わないし青い薔薇に勝てる印象の花がここにあるとも思えない。色が同じだったり形が似ていたり、まずこの花は王女の部屋に相応しいくらい値打ちものなのか、その辺の河原に咲いているのかもわからない。


とにかくこれを、と結局見るだけで十五分は掛けてしまったアーサーが選んだ花はプライドの髪の色に似た深紅の花だった。

花の大きさもプライドの部屋の花瓶に負けず、しかも王族らしいと思える華やかな香りも強い。「これで‼︎」とうっかり力み過ぎて喉を張ったアーサーの声は、離れた位置で鑑賞していたプライド達の耳にも余裕で届いた。

「決まったようですっ」とティアラの言葉にプライドもわくわくと胸を弾ませ、………………〝早すぎる〟と。エリックは静かに血色を悪くさせながら三人でアーサーの声のした方向へ向かった。


「アーサー、選んでくれたの?ありがとう」

「ッだ⁈えっ、その、あっ!で、こッこれはっ………~~っっすみません‼︎‼︎」

早足で駆けつけたプライド達に、アーサーは真っ赤な顔で口を吃らせ直後には勢いよく頭を下げた。

アーサーの傍には、控えていた店員の一人が花瓶一つ分の花を束にして手に取っていたところだった。馬車で持ち帰れるように包まれようとする深紅の花は、言われずとも誰の目にもアーサーがプライドに選んだのであろう花だと思うわかった。

ポインセチアにも似た煌びやかな形に薔薇と同数近い花弁の集合体と深紅の美しい色の花は、王族であるティアラの目にも間違いなくぴったりと思える花だった。

「お姉様にぴったりですっ!」と声を跳ねさせる中、エリックも自分の中の敷居がまた一つ上がったことを確信する。たった十五分で本当にプライドに似合う綺麗な花を選んだものだと感心する。じわじわと追い詰められるような感覚に冷や汗すら覚えた。

しかし、同時にアーサーの横で微妙に気まずそうに笑んでいる店員も気になった。


「すごく綺麗なお花だわ!ありがとうアーサー、とても気に入ったわ」

「あのっ…………けど、プライド様っ……、……すみません、御存知……ですよね…………?」

心から嬉しそうに笑うプライドに、今だけアーサーの顔色は未だ落ち着かない。

縫ったように真っ赤のまま、ちらりと上目にプライドを覗き途中で堪らずまた逸らす。途端にアーサーの言いたいことを察したプライドから、ぎこちない笑い声だけが棒読みに放たれた。

後ろ首を掻きながら、汗いっぱいになる顔で一度唇を絞るアーサーは背中も丸まっていた。「すみません、いま店の人に聞いて……」と正直に自白するアーサーに、ティアラも首を傾ける。何かこの花に問題でもあるのかとプライドの隣まで歩み寄り顔を覗き込めば、さっきまでの満面の笑顔が今は若干の困り眉だった。

プライドとしても、嬉しいことは変わらない。だがそうアーサーに確認されてしまえば嘘も言えない。

気まずそうに花を手に固まっている店員へ流石プロと賛辞しか浮かばなかった。


アーサーが大声で選んだ後、「良いお眼鏡で」と花のセンスを誉めながら束に纏めた店員から一応念のための親切心だった。

アーサーが大声さえ出さなければ、その場で「やっぱり辞めます」と引き返せる為の気遣い情報だったが、結果先にプライドに見つかった後ではもう遅い。

プライドから続けてティアラにまで尋ねる視線を向けられた店員も、心の中で「クビにされたらどうしよう」と後悔と危機感を抱きつつ白状した。


「……こちらの花、勿論御贈り物に相応しい花なのですが、花言葉に……あまり耳障りの良くない言葉が込められておりまして」

「どんな言葉ですか?」

純粋な眼差しで尋ねるティアラの言葉に、アーサーの顔が真っ赤なまま溶岩のように汗が溢れ出す。

気まずくプライドの顔色を探る店員に、第一王女は「大丈夫です知ってますから」と苦笑気味に返した。自分が花言葉に通じていることを昔馴染みのアーサーは知っている。プライドが花言葉を知らず興味もない人間だったらアーサーも死にそうになるほど気にはしなかった。

プライドからの了承も得た店員は深々と頭を下げてから、手にある花の花言葉を口にした。


「〝今夜貴方が欲しい〟と〝傲慢〟……に、なります」


すみません本当申し訳ありませんすンません知らなかったンです‼︎と。

直後にはアーサーから深々と頭を下げた上での謝罪が繰り返された。

店員も同じく姿勢が低くなる。王国騎士団の本隊騎士にここまで謝罪をさせたことに、王族でなくとも騎士に後で罰せられるのではないかと考えてしまう。

知らないままであればお互い平和だったが、知ってしまった以上はその花言葉の花を送ってしまうのも躊躇う。

どんどん小さくなって泡にでもなってしまいそうなアーサーと店員に、プライドも慌てて「良いのよ!」と声を上げた。


「アーサーも知らなかっただけだし、私もその花が良いわ。だって綺麗な花に違いはないでしょう?」

ねっ、とそのまま名誉回復の機会を丸ごと店員へ投げる。

その途端、王女の救いの手に気づいた店員も「はい‼︎」と全力で乗っかった。花言葉は気にしないで見れば贈り物にも最適で、長持ちする上花の咲いている期間も長く、国外でも女性に人気の花だと熱弁すれば、アーサーも少しずつ塗った血色の顔が収まった。

ティアラからも応戦するように「そんな人気な花を選べちゃうなんてすごいですっ!」とフォローが入る。

更に促すようにエリックからも「その花を包んで下さい」とアーサーに代わり店員へ承諾を送った。良いよな?と肩をポンと叩けば、アーサーも結んだ唇のままこっくりと頷き返した。


プライドとしても花言葉は全て暗記しているが、だからといって花全てをそれで判断しているわけでもない。

それでは折角の贈り物の花全てを深読みしないといけなくなるし何より楽しめない。現に、そんなことを考えれば自分の誕生日に各国から贈られた花も大半が「愛しています」関連の花言葉が多過ぎると考える。花言葉はあくまで趣味として好きだが、全員が把握してるわけではない良い例だと思う。

アーサーが偶然選んだ花も、確かに花言葉の印象は強いが〝傲慢〟に関してはむしろ皮肉にも運命的な出会いな気がしてならない。その花言葉の花が深紅の色をしているのも、いっそキミヒカ製作陣の嫌味かしらと突拍子もなく考えてしまう。


「そ、それでは自分が次は選ばせて頂きます。アーサー、後頼んだぞ」

自分の恥ずかしいミスに束の間で死にそうになったアーサーに、ここは話題を変えるべくエリックも時間稼ぎは諦めた。

もう少し引き伸ばしたい気持ちがあるが、今はそれよりも後輩の気持ちを護衛任務へと切り替えさせてやる方が先決だ。

はい‼︎とひっくり返り気味の声になったアーサーだが、近衛任務だと思えば一気に背筋が反るほど伸びた。


「いってらっしゃい」「私達もまだ長く見たいのでどうかごゆっくり‼︎」とプライドとティアラに手を振られつつ、エリックはその場を去った。






……






……さて、どうするかなぁ。


はぁぁぁ……、と気付けば息が漏れる。プライド様達をアーサーに任せ気配も感じなくなったところまで来れば、少なからず気も抜けた。

まさかこんなに早く順番が回ってくるとは思わなかった。せめてプライド様とティアラ様が店内を一周するくらいまではアーサーにものんびり考えていて欲しかった。……本当に。


「取り敢えず、花言葉には気をつけた方が良いか……」

あてもなくぼんやりと足を動かしながら、広過ぎる店内を見回す。

アーサーのあの言い方からしても、やっぱりプライド様は花言葉にもいくらか通じていらっしゃる。以前から庭園を巡る度にティアラ様が目新しい花を見つけては「こちらはどんな花ですか⁈」と尋ねプライド様は完璧に答えておられたし、時折花言葉も混じえておられたからそうだろうとは思っていたけれど。

しかも、あのアーサーの言いようだとこの花屋の花言葉を網羅してるのかもしれない。あの花だって城の庭園では見なかったし城下でもなかなか見ない花だ。それも当然のようにご存じだったということは、庭園の花以外も全部ご存じだと考えた方が良いだろう。


「プライド様らしい花……と、花言葉も前もって確認した方が良いな」

まさか本当に自分がプライド様へ形式はさておき花を贈るようなことをする日が来るとは思わなかった。ティアラ様にうっかり本音を溢した俺に責任があるけれど、まさか昨日の今日で叶うなんて。

そう考えると選ぶ前から耳が熱くなる。本当、アーサーもよくあんな短時間で決めれたもんだと思う。

やっぱりプライド様にも贈り物を個人的に贈ってるんだろうな。入団前からステイル様ともご友人で、姉妹ぐるみで親しくしている仲だ。ステイル様やアーサーの性格から考えてもその方が自然だと思う。……一体どんなの贈ってるかは想像もつかないけど。

しかもアーサーが選んだのは、本当にプライド様にお似合いの美しい深紅の花だった。短時間で見つけられたアーサーには流石というしかない。


そこまで考えてから、一度ぐるりと首ごと回して花を見る。本当にどれも綺麗で、どれも間違いなくプライド様にお似合いになるだろうなと思う。

アーサーが選んだのは赤だったし、レオン王子の薔薇は青。なら俺はそれ以外の色に絞った方が見つけやすいだろう。

花言葉は店員に確認するとして先ずは綺麗な……、いや待て。

ぴたりと、考えと同時に足が止まる。

普通規模の花屋ならともかく、こんな大規模な花屋でプライド様にお似合いを絞ったところで何十、何百だ。寧ろ、それなら最初から花言葉の方で当たりをつけた方が良いかもしれない。何せ、プライド様はどの花も似合う御方だから。むしろプライド様のような御方に似合う花言葉で搾る方が数も限られる。


「……すみません。花言葉で贈り物に最適な花をいくらか教えていただけますか?」

一番近くにいた店員に呼び掛ければ、すぐに急足で近付いてきてくれた。

畏まりました、と自身満満に笑い返す店員が心強い。流石王都一の花屋だけあって、全員が花関連に精通している。

プライド第一王女の部屋に飾る花、と伝えれば店員にも緊張が伝染するように肩がぴりりと震えた。彼女にとっても、王族の部屋を直接飾る花となると緊張するんだなと再確認するとなんだかこっちの方がほっとしてしまう。

よろしくお願いします。と互いに挨拶を改めてから、花選びを始めた。


「騎士様がお望みなのは贈り物に適した花言葉で、あとは不穏な意味を含めない花ですね。因みに、どういったお気持ちの花言葉が宜しいでしょうか?」

妙にくすぐったい。

にこやかに尋ねてくれる店員相手に、頬を指で掻きながら少し考えてしまう。こんな風に花言葉の意味まで尋ね相談してまで花を買うなんて何年振りだろう。……駄目だ、むしろそれを今意識したら本気で顔が熱くなる。

プライド様への贈り物……じゃなく、あくまで花を選ぶだけ。そう考えないと、この場でまずい錯覚を覚えそうになる。

ただでさえ贈る…じゃなく!選ぶ花の相手はプライド様だ。


「そうですね。やはり感謝や、相手の幸運を願う類でしょうか。誰から貰っても嬉しい言葉が良いですね」

「花の種類や色にご希望は?」

「女性らしい花であれば。色は青と赤以外でお願いします」

「それでは、今から順々にご案内致しますのでお気に召した花があればいくらでもお声掛け下さい」

やっぱり相談して良かった。

俺に背中を向けてさくさく歩き出す店員の後に続きながら、胸を撫で下ろす。アーサーよりは時間がかかってしまいそうだけど、これなら良さそうなものも迷わず決められそうだ。


十歩ほど歩いたところで早くも「こちらの紫は花言葉が〝感謝〟と〝労わり〟右上に吊るされた白の花は〝天使の息吹〟〝幸福な人生〟」とそれらしい花言葉を教えて貰える。紫の花はプライド様の瞳の色を思い出す色で良いなと思うし、白の花は小さな花がいくつもついていて可愛らしい。

店員曰く、花によっては殆どは良い意味でも一つだけ良くない意味の花も多いらしく、それも全て外してもらった。プライド様は花言葉に詳しいし、なら一つでも不安要素は無くしたい。

アーサーの選んだ花に喜んでおられたのは本心だろうけれど、ならば余計に俺の方は見かけがプライド様らしいかよりも意味で喜んで頂ける方にしたい。

歩き進んでいくにつれて、似たような花言葉の花も重なっていく。〝貴方には感謝しかありません〟と〝幸福〟と〝家族同然〟〝親切〟〝規律を重んじます〟と他にも多くの意味がある花もあれば、〝感謝を君に〟だけや〝幸せになって〟と〝ずっと一緒にいたい〟の花もある。段々と自分でも意味と花が混ざってきて一人苦笑してしまう。

すると、店員も同じことを思ったのか「系統がわりと似る花言葉もあるんですよね」と挟んだ言葉もやっぱり笑い混じりだった。

そうですよね、と俺からも相槌を打てばそこで「あ」と何か思いついたように店員の足が止まる。


「感謝や幸福とは違ってしまいますが、贈る相手を連想や象徴するような花言葉もとても喜ばれますよ」

「象徴、ですか?」

ピンと来ずにそのまま返せば、にこやかな笑みで店員が顔だけでなく身体ごと俺に振り返った。

はい、と楽しそうに答える彼女は本当にこの仕事が好きなんだなとわかる。「ちょうどこの先にそういった意味の花言葉が多いから思い出したのですが」と前置いて説明してくれる。

率直に言えば〝純粋〟や〝美しい〟みたいにその人に似合う花言葉を贈るのも良いということだった。確かに、プライド様ならそういう言葉でも相応しいものは多いだろう。素晴らしいところも長所も多い御方だから。


「騎士様にとって、プライド第一王女殿下はどのような御方でしょうか?」


「そう、ですね……」

じわじわと体温が熱くなっていくのがわかる。

プライド様の長所ならいくらでも上がるのに、どのようなと言われると気恥ずかしい。正直に言葉にしながらも、口が照れ笑いを浮かべてしまうからそれがまた恥ずかしい。

ただ、いくつも褒めるだけじゃまた絞りきれなくなる。そう考えながら正直に答えれば、店員から「ならばぴったりの花々が」と嬉しそうに言われた。

最初にそれから案内を優先して良いかと尋ねられ、熱意に引かれるように任せた。さっきまでより倍近い歩速で目的場所へ進む店員を追いかけながら、左右の花や植木にぶつからないように気をつける。慣れてる店員と違って、俺は初めての足場だ。

だいぶプライド様達とも離れてしまったことが気になりながら、「こちらになります」と、案内された花を前に足を止める。


色違いの同じ花が三種類。

どれも赤でも青でもなく、そして細いハート型のような花弁だ。


「三色とも花言葉は大体同じですのでどれを選んで頂くのも良いと思います。右から……」

一つ二つと花言葉を聞けば、彼女がこれをすぐ案内したがってくれた意味がわかった。

自分で言った筈なのに、なんだか見透かされたような感覚になって笑って誤魔化してしまう。まさかそんなにそのままの意味の花言葉があったのかと思う。取り敢えずこの花のどれかで決まりかな。

気の所為か、店員の目にもさっきより熱がこもってる。

最初に言われた通り、花言葉の意味は三つの内二つはどれも一緒だった。最後の一つの意味が違うだけだ。一色目の花は〝幸せの到来〟、二色目の花は〝出会えて良かった〟と確かにどれを選んでも良さそうだと思ったその時。



「三色目のこちらが─……」



……つい、ほんの少しだけ、錯覚にそのまま惑わされたくなった。






……






「お待たせ致しました、プライド様」


そう言ってエリック副隊長が花束を携えて戻ってきたのは三十分くらい経ってからだった。

アーサーに続いて、思ったより早く戻ってきてくれたエリック副隊長に急いで選んでくれたのかなと心配になる。

やんわりと尋ねてみると店員さんに相談に乗ってもらいながら選んだらしい。流石エリック副隊長。

エリック副隊長の後に付いて現れた店員さんは、遠目でもわかるくらいにニコニコだった。さっきアーサーと平謝りしていた店員さんを思い出すと雲泥の差だ。

あの店員さんもすごく饒舌にアーサーが選んだ花を絶賛してくれたし最後は、私からもアーサーからもお礼を言ったらすごくほっとしたように笑ってくれたけれど。……でもこちらの店員さんの顔はもう明らかに「ずっと楽しかったです」の笑顔だ。まぁ、エリック副隊長と花選びなんて楽しいに決まってるし当然だろう。


「こちらが自分が選ばせて頂いた花です。お気に召して頂けると嬉しいのですが……」

そっと両手でエリック副隊長が抱えていた花は、可愛らしい狐のような輪郭をした花弁の花だった。うん本当に可愛い!

アーサーが選んでくれた花が私のイメージに合わせてくれたのを考えると、エリック副隊長が選んでくれた花は私というよりエリック副隊長の人柄が滲み出た、柔らかな雰囲気の花だ。

ティアラも「可愛いですね‼︎」と声を弾ませる中、この可愛さも雰囲気もいっそティアラの方が似合うなとこっそり思う。それに、花言葉も……。

そう思い出したところで、もしかしてエリック副隊長はそれも込みで選んでくれたのかなと考える。それなら店員さんに協力を仰いだのも納得だ。

はにかみながらも両手で差し出してくれるエリック副隊長に、私もつい顔が緩んで言葉を返す前から笑んでしまう。



─〝感謝してもしきれない〟



「ありがとうございます……」

花言葉も敢えて選んで?と、素敵な意味しかないその花を前に尋ねたくなったけれどそれを確認すると今度はアーサーの肩身を狭くしてしまう。

何より上目に目を合わせた先のエリック副隊長の微笑みが、言葉にしなくてもそうだと言うようなはにかみだった。

両手で花束を受け取り、綺麗に包装もされたそれに本当にエリック副隊長から贈ってもらえたような気までする。ティアラも気になるように私を見つめ上げたけれど、口の動きだけで「あとでね」とこの場では止めた。

アーサーも言いたげに口を絞りながらも、視線だけだ。多分、聞きたいけれどそれで自分みたいにエリック副隊長まで気まずい想いをさせたくないからなのだろうなと思う。

花の見かけが私のイメージとも異なる可愛い系の花だから、消去法で花言葉かと考えるのも当然だろう。けれど、もし花言葉が考慮済みでなくてもこの花は嬉しい。だって


「すごく気に入りました。こんなに可愛いお花を選んで頂けるなんて嬉しくて。私もこの花とっても好きです」

心のままに嬉しさを言葉にすれば、エリック副隊長が笑顔のままほんのり桃色になった頬を指で掻いた。

本当に私相手にこんな可愛い花なんてそれだけでも感激だ。本当にこういう花好きだもの。

それに、と。そのまま言葉を続ける。貰った花が好きなのは勿論だけど、やっぱりこれをエリック副隊長にもらえたのが特別だと思いながら。


「このお花、花弁の先がほんのりエリック副隊長と同じ色なのがまた素敵で。まるでエリック副隊長そのものみたいなんですもの」


そう言いながら嬉しさのあまり花束を抱き締める。

細いハート型みたいに見える可愛らしい花弁。ほんのりと薄黄色の花びらに、先の方だけエリック副隊長の髪や瞳と同じ栗色に染まっているのがまるで狐の耳のようで、それがまた増して可愛くて好きだと思う。花言葉もそうだけど、花のシルエットも色合いも全部が全部本当にエリック副隊長らしいから。……と思ったのだけれども。



─〝笑顔の似合う人〟



「〜〜っ…ぁ……………、…ま、す。……も、申し訳ありません……」

ぼわぁ、と。

エリック副隊長の顔色が茹ったように染まってしまった。湯気まで出そうな顔に、消え入りそうな声と一緒に目を逸らされた。最初があまり聞こえなかったけれど、ありがとうございますと言ってくれた気がする。そう思いたい。しかもその後にばっちり謝らせちゃったし‼︎まさかアーサーに続いてエリック副隊長にまでも‼︎‼︎

逸らされた目の焦点も合ってない気がするし、そんなに困らすようなことを言ってしまっただろうか。もしかしたら嫌味とか圧に聞こえる発言だったのかもしれない。

エリック副隊長ぽいと言いながら思い切り嬉しさのあまり抱き締めちゃったから首絞めた圧に見えたとか⁈いやそれともやっぱり私がはしゃぐには可愛すぎる花だから大人気ない十八歳が見てて恥ずかしくなったのかもしれない。お願いだから謝らないで‼︎私の方が恥ずかしくなる‼︎‼︎

あわあわと言い訳を考えていると、店員さんが間に入ろうとしてくれたのか「そちらの花は三色ありまして」と柔らかな声を掛けてくれた。


「花弁全体の色によって花弁先の色合いも異なるのですが、男女両方に人気があるのがこちらです。プライド第一王女殿下の仰る通り、狐の顔に似ていると評判でして」

「‼︎あッ、はい。そう、なんです。なので、その……まさかそういう他意は……」

にこやかな店員さんに、エリック副隊長が珍しく勢い良い声で同意する。パタパタと自分の顔を手で扇ぎながらも、やっと目を合わせてくれた。

確かに他の二種も思い出せばやっぱりこれが一番バランスも良い。ピンクの先に濃い紫だと女の子寄りだし、白色の先に黒は華やかな印象には欠けるものね。

なるほど、と頷けばエリック副隊長が胸を押さえながら目に見えて肩から力を抜いていた。そのまま店員さんが向ける笑顔にぺこりと頭を下げた。……もしかして花に詳しい筈だった私が第一声が花言葉でも専門会話でなく「エリック副隊長ぽい!」という子どもっぽいのが駄目だったのだろうか。やっぱり知ったかぶりに見えても花言葉わかりますよアピールすれば良かったかなと口の中を噛む。ちゃんと、ちゃんと花言葉も本当にわかってるのよ⁈花共通の二つも!色違いのもう一つもきっちり‼︎‼︎


「素敵なお花が揃って良かったですね!お姉様っ」

「ええ、早く部屋に飾りたいわ」

行きましょうか、と。このまま長居しても花屋に迷惑だしと帰還を決める。もっと城下を回るのも良いけれど、今はとにかく一秒でも早くこの花を部屋の花瓶へ住まわせたい。

花屋の店員にもお礼を伝えて、私達は馬車へと向かう。深紅の花を両手に抱えてくれるアーサーと同じく、エリック副隊長も「お待ちします」と手を差し出してくれた。

思いっきり抱き締めた所為で早くも少し包みがくしゃったのを渡すのが恥ずかしいけれど、ここは素直に任せる。

お願いします、とまだ顔色が赤みのさしているエリック副隊長へ花束を預け、同時に。








─〝私の太陽〟








「花言葉も。三つの意味全部、本当に嬉しかったです」

ありがとうございますと。

花を預ける為に向かい合ったところで、そのまま顔を近付けエリック副隊長にだけ聞こえるようにそっと耳へ囁いた。

途端にまた熱が上がったように彼の赤みが強まった気がしたけれど、今度は謝られなかったから良かったと思おう。代わりにちょっとフラついていたのも許して欲しい。

唇を結び、カァッとなったかのように真っ赤なエリック副隊長は花束を両手に深々と頭を下げたまま何も言わなかった。どの花言葉も好きだし勿体無いくらい嬉しいけれど、笑顔の似合う人の花言葉はむしろエリック副隊長に似合うかもなとこっそり思った。男の人に可愛いはちょっと失礼かもしれないけれど。

突然のお願いにも関わらず万端の体制で私達を迎えてくれた花屋と代表者に重ね重ね感謝を告げてから私達は馬車へと乗り込んだ。


乗る直前。アーサーとエリック副隊長がそれぞれお世話になった店員さんに改まってお詫びとお礼をしているのが、ちょっと微笑ましかった。






……






「ティアラ様、昨晩からずっと楽しみにしてたもんなあ」

「花屋にエリックとアーサーをと仰った時点で、ステイル様も察しておられるようだったな」


「……そうでしたか……」

演習後の夜。

あはは、と笑いながら何とも顔に力が入らない。

午後からの近衛任務から戻ってこられたアラン隊長に誘われ、近衛騎士同士で集まった。大分馴染んだ面々での飲み会に今はテーブルへ早くも潰れてしまう。

ジョッキになみなみと入った酒を手に、酔いが回るまでもない。それよりも今日のあのひと時が濃厚過ぎた。


「どっちがどっちの選んだ花かなってだけちょっと考えた」

そう話すアラン隊長達は、交代した時には既にプライド様の専属侍女の手で飾られた花にすぐに俺とアーサーが選んだものだと察したらしい。そして、ティアラ様もプライド様も嬉々として俺とアーサーに選んで貰ったのだと話して下さり、……もうその話だけでも胸がいっぱいになる。


俺と同じく、アーサーも今はテーブルに突っ伏している。

多分、花屋でのことを思い出しているのだろう様子でぶつぶつと「本当に」「悪気は」「もっとちゃんと確認してから」とぼやくのがうっすら聞こえる。アーサーも俺に遠慮して急いでくれたんだろうし、きっとプライド様も本当にわかって下さっている。間違いなくあの花はプライド様に相応しい綺麗な花だった。


丸いどころか平たくなる俺の背中にバシバシ叩きながらアラン隊長が「喜んで下さったし良いじゃねぇか」と言ってくれる中、花言葉もこれで知ってたらどうしようかと今更考える。

あの時はプライド様に喜んで頂けるような、お似合いの花をと考えた結果だったけれど、若干あの花の香りの集合体に酔わされていたところがあったんじゃないかと考える。………………少なくとも、花言葉に着目するあまり自分の髪や瞳と同じ色の花をうっかり選んでしまったことに気付かず贈ってしまうくらいには。

本当にあれはやらかした。


花屋の店員にはそれこそ感謝しかない。彼女に至っては俺が花言葉で選んだのも理解した上で、あくまで「人気のある花」ということを前に出してくれたのだから。

本当に、自分でも自覚しないだけで結構舞い上がっていたのかなと思う。何せ、プライド様に本当に花を、城下でも最大規模の花屋から自由に選んで、一流の花屋に相談しながら決めて渡せたのだから。関係の古いアーサーはまだしも、まさかもう一人が俺だ。…………いや、ティアラ様に言い出してしまったのが俺だから当然か。

「まさか、アラン隊長やカラム隊長を差し置いて自分が花を選ばせて頂くことになるとは思いませんでした……」





「いや、俺らはもう選んだから」





?!?!?!?!!!!!!!??????

え‼︎と、アーサーと俺の声が見事に重なった。さっきまで潰れていた俺と同じくアーサーも思い切り身体が起きてアラン隊長を見る。去年⁈

「アラン」とカラム隊長が前髪を指先で直しながら、少し低めた声でアラン隊長を注意するような口調で呼んだけれどアラン隊長は気にしない。むしろ俺達の反応が楽しそうに笑いながら「言わなかったっけ?」ととぼける。もうその顔が覚えがないんじゃなくて、敢えての楽しみ顔だ。

アーサーが「聞いてねぇっすよ⁈‼︎」と部屋の外まで響きそうな声を荒げると、カラム隊長からわざわざ言いふらさないように自分が口留めしたと静かな声で説明して下さる。

確かに、口留めでもされてない限りアラン隊長なら俺達どころか騎士全員に自慢している姿しか想像つかない。


「つってもプライド様の十六の御誕生日からわりと後だったよな?」

「ひと月は経っていただろう。城下視察へ御同行した際で、その時もティアラ様ご一緒だった」

待って欲しい。

一年以上も前の細かい記憶なんて思い出せない。確かに城下視察では必ず近衛騎士も同行するし、アラン隊長とカラム隊長がプライド様と視察の時も何度もある。その中でプライド様の御誕生日から一か月あたりの花がどんなのだったか全く思い出せない。ただでさえプライド様の部屋の花は枯れる前にと入れ替わりが激しい。

俺やアーサーよりも先にそんなことがあったのはむしろほっとするとして、お二人がどんな花を選んだのか覚えておきたかった。


二年前、偶然花屋に行った時にお二人もプライド様にそれぞれ花を選んだらしい。当時もティアラ様が来年からはプライド様の誕生日に近衛騎士に花を選んでもらうのはどうかと提案したけれど、プライド様が「どうかしら」と遠慮して下さったらしい。

選んでもらえたら嬉しいけれど、毎年じゃ近衛騎士には護衛以外の任務なのに荷が重いかもしれない。と。お優しいプライド様らしい気遣いだった。だからこそ今年の誕生日も本来なら続行されない筈だった、………………のに‼︎



『御祝いにこんな素敵な花を贈れるなんて羨ましいです』

『やっぱり……そうですよねっ……!』



やってしまった……‼︎

今思えば、あの時のティアラ様の言い回しも少しおかしかった気がした。

俺がうかつなことを言った結果、ティアラ様の中で「やっぱり望むところだった」という確信を持たれたのだろう。そしてだからこそ今回の花屋には俺とアーサーがそのまま呼ばれた。前回がアラン隊長とカラム隊長だったから、こそ。

そう考えると色々やっと全部腑に落ちる。

じゅわぁぁぁと全身から血が頭に回ってきた。まさかそんな真相があっただなんて。


「えっっと?お、お二人はどんな花を選ばれたとか聞いて良いっすか……?!俺、全然思い出せなくて……」

アーサーも同じことが気になったらしく、声を上擦らせながら尋ねる。

こうやって考えるとアーサーにも悪いことをした気がしてくる。あとで落ち着いてからきちんと謝ろう。

どんなって、と。アラン隊長はジョッキを傾けながらカラム隊長へ目配せする。アラン隊長の眼差しの意図を読まれて頷くカラム隊長も、今はやんわりと顔色が紅潮して見えた。こっちも多分酒じゃないだろう。

アラン隊長とカラム隊長がどのような花を選んだのか、それに花言葉も何か……と考えを巡らせながら返事を待つ。ジョッキから口を離したアラン隊長は「どんな花っつーか」とどこか言葉を濁すような言い方から始め



「プライド様の部屋確認すれば普通にあるぜ?枯れる前に干して飾ってくれてるから」

「ドライフラワーと言え」



………………。

駄目だ、色々回らない。

アラン隊長の言葉に、カラム隊長が訂正を重ねるどちらも聞き捨てならない。思考が一度白く止まった後、さっきまで血が回っていた頭が今度は内側から引いていく。

ドライフラワー、と。プライド様の部屋に近衛として何度も入った俺も、それはよく覚えている。今日も、確かに視界に入っていた。

プライド様の部屋に吊るされ飾られているドライフラワー。確かに、そういえばちょうど時期も当てはまるかもしれない。まさかプライド様の部屋に知らず内にそのまま飾られていたなんて。けれど、………………つまり、そういうことは。

ギギギ、と首が作り物のように上手く動かないままアーサーを見る。同じように俺へ瞼のなくなった蒼い目を向けているアーサーも、顔色まで青い。俺達の様子に楽しそうな声を零すアラン隊長の声が妙に耳から頭へ通った。


「お前らのも同じように飾るつもりだって言ってたなー。来年もやっぱり近衛騎士に頼もうってティアラ様も」

「ッすみませんそれまた俺でも良いっすか⁈‼︎すっっっっげぇあの花贈ったの上書きしてぇンすけど⁈‼︎」

「良いんじゃないか?問題もない」


ガタッ‼︎とアラン隊長へ勢いよく手を挙げるアーサーに、カラム隊長も落ち着いた声で返す。

聞きながら俺は、まだ書類の山に降られたように頭がまとまらなかった。……あの花が、一時どころか半永久的に保管されるかもしれない可能性に。

うわぁ……と気付けば勝手に口から声が溢れ、端が変にヒクついた。てっきり枯れるより前のひと時だと思ったのに、あの花を選んでしまったことの重要性を思い知る。

来年は恐らくアーサーか、と早くも一年後が決まれば、またいつか俺の番が来るんだなとも思う。


『まるでエリック副隊長そのものみたい』


「…………………………………」

……あの、〝俺みたい〟な花が、今後もプライド様の部屋にずっと居座り続けるのかと。

ちょっといや大分以上複雑で、しかも恥ずかしい。

そう自覚したところでジョッキの中身で思考を流し込んだ。


……次は、もっとちゃんと考えよう。



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