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フリージア王国備忘録<特別話>   作者: 天壱
コミカライズ書籍化記念

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そして継がれる。


「……へぇ、それで今日はセフェクもケメトも絵本に夢中なんだね」


アネモネ王国。

夕暮れが過ぎ、仕事を珍しく早々に終えられたレオンはグラスを片手に頰杖を付いた。

視線の先では自室のソファーの上で数冊の絵本を何度も声に出して読み直すセフェクとケメトが並んでいる。既に絵本程度の文字なら詰まりなく読める二人だが、それでも上手に読めるようにと練習は飽きずに繰り返されていた。

レオンとテーブルを挟むヴァルも、二人のその様子にうんざりと息を吐いてまた酒瓶へ直接口をつける。グビリと喉を鳴らしながら大きく背もたれへのけぞった。

移動時間中こそ絵本を開かなかった二人だが、プライドとティアラと共に絵本を選り好みする時も一時間以上待たされ、さらにレオンの城に着いてからは何度も同じ内容を聞かされ彼は彼で大分疲弊していた。

今すぐ二人の持つ絵本全てを燃やしたい欲が何度も湧いては、酒と一緒に飲み込み続ける。どんな喧騒の中でも寝れるが今夜だけは耳栓でも用意するかと本気で考えた。自分が寝る時まで二人が読み続けるのは今から目に見えている。

寝かしつけの絵本どころか、ヴァルにとっては睡眠を妨げる最たるものになりつつあった。聞き慣れ過ぎた文章と、興味がないどころか甘過ぎて反吐が出る物語はいっそ不快の部類である。

明らかに感情を顔に出すヴァルを、レオンは少し不憫に思いながら笑いかけた。可愛いじゃないか、と宥めながら彼らが音読する物語にまた耳を傾ける。


「どの話も読んだことない物語ばかりだから興味深いよ。城下の子どもはこういうのを読んでいるんだね」

「絵本なんざ金持った身内がいるガキだけの道楽だ」

「君は読んだことはないのかい?」

「あるように見えるか?」

レオンの問いに食い気味に返すヴァルは、ギロリと正面を睨んだ。

直後には二人の話を小耳程度に聞いていたセフェクとケメトから「ヴァルも絵本とか知ってるの⁈」「僕それ読みたいです‼︎‼︎」と凄まじい勢いで声が上がった。

レオンの投げた話題に二人が食いつくのはヴァルもとっくに予想ができていた。既にフリージア王国でティアラやプライドにどの絵本にどんな思い出があるか聞いては問い続けていた二人である。

ヴァル自身、絵本の記憶など遠過ぎて殆ど覚えていない。大昔に目を通した覚えだけはあるが、どれも確実にセフェクやケメトどころか今の自分も読める本ではない。今更それを探す気にもどんな本や絵本だったか思い出す気にもならないヴァルは「ねぇよ‼︎」と一喝で全てを切り捨てた。大体あんな本を二人に与えたからといって、彼らが楽しめるとは全く思えない。せっかくまともに文字を読み書きできるようになったのだから、その文字だけ覚えていりゃあ良いと思う。


「そういうテメェはどうなんだレオン。王族となりゃあ主みてぇに読み放題だろ」

「僕もあまり絵本はないかなぁ。書物なら昔から読んだけれど、挿絵というより図解や図式に年表が殆どだったから」

それは絶対に絵本ではないと、ヴァルでもすぐに理解した。

子どもの頃から王族として手本となるべく勉学に努めていたレオンもまた、子どもの娯楽関連に入る絵本は殆ど触れてこなかった。本というものが教養と勉学以外にも趣味や娯楽目的のものもあるんだなと理解したのもかなり遅れてからである。

そこまで思い返せば、ヴァルの言う〝絵本は子ども娯楽〟という言葉もしっくりきた。文字の読み書きの勉強の為、とも言えるが絵本を読まずとも文字を学ぶ方法はいくらでもある。

庶民であれば親から学び、下級層の人間でも身体が出来上がれば仕事で嫌でも文字に触れることも、必要に迫られることもある。下級層育ちでも大人であれば、完璧とはお世辞にも言えずとも文字の読み書きがある程度できる者が多い。少なくとも自分の名前を書けるようになるのは書類でざまざまな契約を交わすフリージアでは最低限の教育である。そう考えれば、今目の前で絵本の存在を一蹴する友人は元裏稼業だからこそ文字の読み書きもひと通りできるのかなとレオンは考えた。

奴隷や下級層でも単なる労働階級であれば自分の名前を書ければ充分だが、裏稼業という名の組織に属すれば首領の手足になるべくある程度の文字学は求められる。そして単独であろうとも、手配書や〝仕事〟の品書きを読めなければ、稼ぐ手段を探すことも難しい。人に頼らないならば余計にである。

つまりヴァルもそういった必要に迫られた頃があったのだろうかと思うと、少しレオンは感心した。教師も不在の中、自力で全て覚えるという感覚がレオンにはあまりない。こういうのが〝自立〟というものだろうかと、貿易にも直接関わり第一王位継承者として名高い王子は考える。

しかし実際はヴァル自身が指示してくる相手も同業者も組織も誰一人信用できなかったからこそ、自分が嵌められないようにする為のささやかな〝自己防衛手段〟だったに過ぎない。

文字が読めない下っ端を上が紙のやりとりだけで陥れることを決め、捨て石に使うなどよくある手段である。組織に属してからは特殊能力だけを取り柄に立場を得られたヴァルだが、そこで〝使い捨てるのを眺める側〟になれば嫌でも文字の必要性は思い知らされた。レオンの理解以上に迫られた理由は捻くれている。


「今読んでいるの、良い話だよね。プライドもお気に入りっていうなら僕も今度取り寄せようかな」

「その年で王子サマが絵本か?」

「絵本も〝文学〟だよ。書いているのは大人だしね。それになかなか良い台詞もあると思うよ?たとえば、…ほら」

片眉をあげるヴァルに、レオンは丁度と視線でセフェクを示す。

既に何回も音読された内容は横で聞いていた二人の頭にも入っている。何回目かも忘れたセフェクが読むのは、ティアラに「お姉様と兄様との思い出の本なんですっ」と語られた絵本である。セフェク達がまだ文字も読めなかった頃にもティアラに読んで貰ったそれは、二人にとっても思い出深いものだった。


「〝いいえ、寂しくなどありませんでした。私は毎晩貴方の夢を見たのですから〟」


セフェクの音読に、目当ての台詞を聞き終えたレオンは「ね?」とヴァルへ微笑みかけた。

情緒もあればとても魅力的な台詞で自分も共感できるとレオンは思う。くるりとグラスを回しながら笑む彼にヴァルは「ありゃあ女の台詞だ」と切り捨てた。どうにも甘い台詞ばかり好むレオンに今更だとわかりながらうんざりと息を吐く。口直しに残りの酒を一気に仰げば、レオンもまた合わせるようにグラスの中身を飲み切った。


「君だって、あの絵本の内容を覚えてるなら一つくらいお気に入りがあるんじゃないのかい?」

「覚えてるんじゃねぇ、今だけこびりついてやがるだけだ」

新しい酒瓶をテーブルの上から滑り寄せてくるレオンに、彼も片手で受け取りながら舌を打つ。

今も単純にセフェクとケメトが繰り返すから頭に入っただけ。どうせ数日すれば忘れると思う。ケッと吐き捨て、片手で栓を抜きながら嫌でも耳がセフェクの声をまた拾ってしまった。

その後の展開も台詞も、長時間延々と繰り返されている今だけは頭に入っている。甘い台詞に甘い台詞で返すばかりのその場面がヴァルは一番鼻について嫌いだった。絵本の中では一番の見所であろうとも、彼にとっては鼻につく。特に最もセフェクとケメトの口から聞くのすら嫌なのは


「〝勿論です、姫君。たった七年で消える程度の決意であれば、最初から誓いなどしません〟」


「…………」

セフェクに代わって続きを読むケメトの声に、ヴァルは酒瓶に口をつけたまま黙した。

この場で手の中の酒瓶を放り投げたいくらいの気持ちはあるが、人の物を故意に壊すことは契約で彼にできない。酒を含んだ口で小さく舌打ちを殺しながら、グビリとまた喉を鳴らした。


ジルベールの屋敷で読み終えたら、絶対にすぐその絵本はティアラに返却させるとその場で固く決意した。



……



「あ〜〜知ってる知ってる。最後、王子が魔女をパッカーンと真っ二つにして誤解も解けて平和にってやつだろ?」


深夜の部屋に陽気な声が響く。

そうです、とアーサーはジョッキを片手にアランへ頷いた。エリックと共に近衛中にセフェク達が絵本を選ぶ間に内容も頭に入った。自分にとっては初めて聞く物語で目新しさもあったが、それに反しアランは話題に出た途端笑いながら声を上げていた。彼自身は大して興味の引かれる物語ではないが、飽きを超えるほど何度も何度も妹達に読まされた題目だと記憶が蘇る。ほんの一頁だが王子による剣捌きがあるそれは、女向けの絵本の中では比較的にアランも嫌いではない一冊である。

演習を終え、アランの部屋で飲んでいた彼らの話題はプライド達が選りすぐった絵本についてだった。ヴァル達が去ってから近衛を交代したアランとカラムはその時のやりとりを全く知らない。


「意外だなアラン。題目からしてお前の好む類ではないだろう」

「カラム隊長はご存知でしたか?」

アランへ目を僅かに丸くするカラムにエリックが投げかける。

しかしカラムの答えは「全く」だった。伯爵家で生まれた彼は絵本や文学に触れる機会はあったが、そういった少女向けのものには一切触れていない。気に入った絵本も騎士関連のものが多い。それ以外を思い出そうとすれば、今度は絵本ではない文学系統ばかりが頭に浮かぶ。エリックと同じく彼も男兄弟の為ティアラの好む絵本には親しみもない。

「幼い頃から親しんだ絵本が、姫や王子というのも王女である御二人らしい。一体どんな話なんだ?」

「ええと……最初に塔の上から始まるンですけど、その姫様はずっと」



「〝昔昔あるところに美しいお姫様が暮らしていました〟〝その姫はたった一人で塔の上で過ごし、友と呼べる存在は朝を呼ぶ太陽と共に訪れる白い鳥達だけでした〟」



戸惑いながら説明しようとするアーサーに、横からスラスラと物語が語られる。

驚き目を丸くするアーサーが振り向けば、隣でグラスを傾けるステイルが口を動かしていた。騎士達の視線が集まったことに熱だけで感じ取った彼はそこで一度口を閉じる。

にこっ、とアーサーの苦手がる顔を作りながら勝ち誇ったように笑ってみせた。

「子どもの頃に姉君達と何度も読んだので」と語る彼は、そのまま詰まる様子もなく絵本の内容をカラム達に語り出す。子どもの頃に何度も読み繰り返し、更にはティアラやプライドとも読んだその絵本はとうの昔から完全に暗記できていた。

ステイルの語りを黙して聞きながら、アーサーとエリックは確かにそういう話だったと何度も頷いた。アランも苦笑いしながらも大人しく耳に通す。ジョッキを傾けてはまた酒瓶で注いだ。

決して長くはないその物語をステイルが最後まで語り切るのに大した時間はかからなかった。最後にお決まりの締めくくりを言い終えれば、それ以上言わずとも終わりだと全員が理解した。

ありがとうございます、とその場から深々礼をするカラムにエリックとアランも合わせる。アーサーが「流石だな」と純粋に賞賛の言葉をかければ、ステイルも機嫌良くグラスから喉を潤した。やっと沈黙が破られたことでアランがテーブルに肘を置く。


「なっつかしいなぁ、王子がちゃんと戦うのが良いよな」

「アラン、今のはどう考えてもそこが主要ではないだろう」

「いやだって女ものって何でもかんでも〝愛の奇跡〟で解決しちまうし」

ははっ、と笑い声を漏らしながらジャバジャバと酒を注ぎ仰いだ。

アランにとって、本当にそこしか見所はなかったから仕方がない。その反応に呆れて息を吐くカラムは指先で前髪を払いながら肩を落とした。絵本は知らずとも、文学であればある程度女性が嗜む恋物語などの書籍も嗜んだことのある彼にとって、あまりにもアランの言い分は身も蓋もなさ過ぎる。だが、アランは今こうして改めて聞いてみてもその物語で気にいる場面は変わらない。


〝一筋の剣は魔女を二つに分かち、そして姫の世界を光の一色へと変えました〟


「自分もそこが一番好きです。他にも色々と王子の出てくる絵本はプライド様達から紹介してもらいましたけど、その王子が一番しっくりくるっつーか」

アーサーもアランへ全面的に同意だった。

それ以外なら王子も姫もでてこない、ティアラがもう一種類好きだと話してくれた平凡な日常家族の絵本の方が好きだと思う。

彼女達が一番思い出深いと話したその姫と王子の話が一番彼にとっては好ましく、そして納得できる話だった。

アーサーの言葉に「だよなぁ⁈」と笑うアランに、エリックは二人を見比べ笑う。戦闘を好むアランと違い、アーサーの場合は「しっくりくる」理由も単に彼が最も良く知る王子が自分の剣の手合わせ相手だからだろうと確信する。

しかしエリックは、話だけを聞けばその王子はむしろアーサーやアランの方が近いと心の中で思う。


〝闇を断つ剣を携え、森を裂き、地を駆け、天へと跳ね、王子はとうとうその足で姫の元へと辿り着きました〟


「一応言っておくがアラン、アーサー。聞いた限りこの話は姫と王子の恋愛が主軸だ。間違ってもお気に召しているティアラ様とプライド様に物語の本質まで否定しないように」

はい!わかってるって。アーサーとアランもカラムの忠告へジョッキから口を離して返す。

カラム自身、二人がどの部分を好もうと良いとは思う。自身も文学であれば、喜劇であろうと悲劇であろうと明暗関わらず何でも嗜み好む。文学の受け取り方も楽しみ方も読み手の自由で醍醐味である。しかし、子どもの頃から親しんでいる絵本と言われれば間違いなく彼女達にとって大事な思い出である。それを「王子が魔女を斬る話」で済まされるのはあまりに情緒がないとカラムは思う。

しかも、いま一度聞いてみただけでも姫と王子の恋愛が物語の大半を締めている。最後に全てを解決した王子が再び姫へ愛を語る場面においては、少女が一度は夢に見る場面である。それにもしティアラやプライドが焦がれた時があったとすれば、余計に無神経な感想は言えないと彼は理解した。


〝足りなければ、この場でもう一度捧げましょう。それほどに私は今も貴方を愛しています。千の輝く星々も貴方の笑顔には敵いません〟


……そして理解した上でそれを夢見るプライドを想像すれば、うっかり頭がクラついた。

いや、それはあくまで創作物だ、現実との区別はついておられるに決まっている。そう頭に言い聞かせながら、いつか〝自分を含めて〟三人の誰かが似たような言葉を求められる可能性を考えてしまう。もし万が一そんなことがあれば、絵本内でいくつも語る王子の愛の言葉の内、自分には一句か二句で限界だと自覚する。そして残り二人に至れば一句すらプライドに求められれば死にかけるのではないかということも。

思わず顔色に及ぶほど熱が籠るのを、カラムはグラスの中身を三口で飲みきり誤魔化した。直後には早々に水差しを手前に寄せて別のグラスへ注いで仰ぐ。グビリとカラムにしては珍しい喉を鳴らす音が部屋に落ちた。


「自分も、その絵本は好きです。姫も王子も一途なのが素敵ですよね」

アランとアーサーへ忠告したまま無意識に口を閉じてしまったカラムに代わりエリックがステイルへ柔らかく声掛けた。

絵本だからこそのハッピーエンド一直線。そんな話は自分も好きだと思う。

エリックも昔から本を読むことは好きだが、どちらかといえば後味が良いものの方が好ましい。長い想いが実るような恋物語も、努力を重ね夢を掴み取る青年や冒険を経て勇者となる英雄譚も、実際にあったとされる聖騎士伝記も好む。本の向こうだからこそ幸せで満ちた話が一番好きだと思う。

しかもプライド達が好むその絵本に出てくる登場人物の容姿に実際の人物が一瞬でも過ってしまえば、余計にその幸せな結末を願った。結果、気持ちが良いほどの大団円だったその物語は、あまりにも彼女達らしい好みだと思う。


〝七年目の太陽が昇り、二人の愛を国中の人々が祝福しました〟


それを幼いプライドやティアラが読んでは目を輝かせていたと思えばただただ微笑ましい。

「大好きなんですっ」と語ったティアラがその絵本を好んだであろう理由も絵本の挿絵を見せてもらったエリックは理解した。そして幼いステイルが暗記をするほど読み込んでしまった理由も。


「ジルベール宰相のお嬢様にも喜んで頂けると良いですね」

自分も本屋で探してみます、と。そう続けながらエリックも柔らかな笑みを浮かべる。

彼の言葉にアーサー達だけでなくステイルも素直に頷いた。

幼かった王女二人と王子にとって忘れられない大事な物語なら、また次の代にも語り継がれて欲しいと心から思った。



〝そしてお姫様は王子と共に皆で幸せに暮らしました〟


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