Ⅱ300特殊話・一番隊副騎士隊長は贈った《前日譚》
二部三百話達成記念。
プライドの誕生日、18才編です。
疎まれ王女と誕生祭
380.疎まれ王女は分析する。より繋がっております。
「ジルベール宰相が喜んで下さって良かったです!それでは私は先にお部屋に戻っていますねっ」
相談の為呼ばれたジルベールと入れ替わりに、近衛騎士達と共に部屋を出る。
近衛兵のジャックの手により部屋の外から扉を閉め切られるまで、ティアラの笑顔は変わらなかった。パタリと完全に部屋と廊下が遮断されてから、ふぅ……と表情には出さずに静かに息を吐く。これから自室に戻る彼女を前に、近衛騎士の一人は抑えた声で「大丈夫ですか?」と気遣った。
優しいその言葉に、ティアラもいつもの笑顔で言葉を返す。良いんです、ゆっくり部屋でお休みしますと明るい声だった。今ここでヴァル達と姉兄達との会話に余計に首を突っ込みたくないと思うのも本心だった。
プライドとステイル、そして本当はアーサーも気付いたのであろうヴァルの、もしくはヴァルとケメトの秘密。自分が知りたいとお願いすれば教えて貰えたかもしれないが、ジルベールまで呼び出し更には近衛騎士すら人払いする必要がある秘密だ。いつか、国を離れる自分があまり不必要にフリージア王国の秘密を深くまで知りたくはなかった。
ヴァル達にとって大事な秘密ならば自分からも不必要に探りたくない。そういうフリージア王国絡みにもなる大事な大事な秘密は、なるべく姉と自分で差も付けて置きたかった。
あくまで自分は第二王女で、そして大好きな姉が第一王位継承者なのだから。その線引きを誰よりもしっかりと守りたかったのは他ならないティアラ自身だった。それに
「レオン王子からの青い薔薇ではしゃぎ過ぎちゃったみたいですっ」
『ティアラ。また会えるのを…楽しみにしている』
……本っっ当に疲れた…………‼︎
可憐な笑顔を守りつつ、ティアラは心の中でそう叫ぶ。
レオンの薔薇が到着してからは楽しかったが、まさかのセドリックが現れてしまった。しかもその後には彼の兄であるハナズオの国王達まで訪れた。
恐らく自分の母親が国王二人にどんな話をしたのか見当のついているティアラとしては、それだけで心臓が煩かった。失礼とはわかりつつも、恥ずかしくてまともに顔も上げられなかった。
自分が婚約者候補に選んだことを知らされたばかりの本人達にどんな顔をすれば良いのかわからなければ、自分でも酷い態度を取っていると自覚しているセドリックをそういう対象として選んでしまっていることも国王二人に透けていると思えば余計に恥ずかしくて堪らなかった。
今すぐにでも部屋に戻り、ナイフを数十本投げるかもしくはベッドの上でジタバタしてそのまま眠ってしまいたい。その為にも姉達の秘密事から引くのは良い機会だった。
セドリック、その兄達、しかも婚約者候補を発表してすぐ全員相対してしまったこのモヤモヤむにゅむにゅぽこぽこした感情を晴れさせたくて仕方がない。
しかしそんな疲労など微塵も表に出さないティアラに、取り繕いを感じたアーサーも少しだけ心配そうに眉を寄せた。
「…………本当に大丈夫か?」
「はいっ!レオン王子からのお裾分けに素敵な薔薇も頂けましたし、すっごく嬉しいです!」
元気ですと示すように、片手でぎゅっと拳を作って笑って見せる。
しかしそれでも取り繕いを感じるアーサーは、やっぱり結構疲れてるのかと考える。セドリックと相対してからは何度も表情に同じものを感じたが、それだけ未だセドリックに怒っているのを我慢しているのか、もしくは本当に体調が悪いのかと不安になる。
ただでさえプライドの十八の誕生日。もう少しで十六の誕生日を迎える彼女には、第二王女としての不安や寂しさがあることはアーサーも理解していた。
しかし、あくまで心配をかけないように笑顔で振舞うティアラと、そんなティアラへ無遠慮に突っ込めないアーサーにエリックも見比べては少し眉を落とした。ティアラの誤魔化しにまで気付いているわけではないエリックだが、アーサーが明らかにティアラを気にかけていることも、……ティアラが疲れた理由がセドリック相手のとても可愛らしい気疲れなのだろうということも察している。
自分より関係も深いアーサーとティアラに、あくまで騎士である自分では察せないこともあるのだろうと検討づける。ここはお互いがすんなり息を吐けるようにと声を掛け流した。
「本当に凄い量でしたね。選ばれた花がまた秀逸で、流石レオン王子だと思いました。御祝いにこんな素敵な花を贈れるなんて羨ましいです」
改めてレオンのあの愛情表現は凄いと、純粋にそう思う。隣で「そうっすね」と笑うアーサーも気持ちは同じだった。
エリックからすれば、旧知であるアーサーはさておき自分を含む近衛騎士はあくまで近衛とはいえ〝騎士〟だ。仕えている相手に個人的な贈り物など畏れ多くてとてもできない。〝捧げる〟となれば聞こえは良いが、騎士として以上の邪な下心を勘繰られる可能性もある。
プライドに限ってそんな見方などしないと、エリックも騎士全員がわかっている。だが、あくまで自分達は〝騎士〟である枠組みを超えるわけにはいかない。騎士は本来護衛対象の友人というわけではなく、仕えている立場なのだから。
男同士ならまだしも、異性同士でそんなやり取りを安易に行えるわけもない。
しかし元婚約者とはいえ、盟友として贈り物にあんなロマンチックな花を両手いっぱいで収まらない量贈るのは本当に素敵だと思う。
まるで恋愛文学に出てきそうな愛情表現を彼は〝盟友〟としてプライドに惜しみなく送ったのだから。しかも、しっかり誕生日から一日外して周囲からの誤解は避けているところがまた賢い。
王族の近衛騎士ではあるエリックだが、まさかこの目であんな青薔薇尽くしの光景を見ることになるとは思いもしなかっ
「やっぱり……そうですよねっ……!」
……はい?と、不意の予想だにしない言葉と声色に、エリックはすぐに適切な返事ができなかった。
視線の先ではさっきとは比べ物にならないほどの煌めきを第二王女が自分に向けている。ただの笑顔ではない、水晶のような瞳に期待がいっぱいに込められ輝いている。
両手で指を組み、僅かに前のめりになるティアラの眼差しは太陽の光と同等の熱量だった。さっきまで心配をしていたアーサーも、一瞬でティアラから取り繕いの欠片もない満面の輝きに口が開いたままになる。
そう、と言われてもエリックはどのことかと考えてしまう。レオンが素敵な贈り物をしたことを賞賛したつもりでしかなかった彼に、自分の発言を一字一句思い返せるわけもない。ティアラの言葉はまるで新しい提案を得たように輝いている。
自分でもわからず、しかしティアラのその熱量と眼差しに僅かながら今までの経験で冷たい予感がエリックとそしてアーサーの背筋を撫でた。「ティアラ……?」と思わずアーサーも声を抑えながら彼女へ呼びかければ、くるり!と金色の水晶が今度は迷うことなくアーサーへも向けられた。
「私っ、すっごく楽しみですっ!」
早速おねだりしてみますっ!と、眩しいくらいの純粋な笑みと共に声を弾ませたティアラは敢えてそれ以上は言わなかった。
次の時のお楽しみと言わんばかりににこにこの笑顔と「それではっ」の挨拶だけで二人に帰すと、さっきまでの疲労感が嘘のようにスキップ混じりで自分の部屋へと帰っていった。
もうそこにはモヤモヤも、むにゅむにゅも、ぽこぽこも欠片すら存在しない。完全に一瞬で晴れきってしまったティアラは、きらきらぴかぴかきゅるきゅると胸が弾ませ忙しいくらいだった。
「……アーサー。俺、いま何かまずいこと言ったと思うか……?」
「いえ、自分も全然わかンねぇです……」
輝いて見えるほどご機嫌なティアラの背中を見送りながら、二人はお互いの発言を必死に思い返し続けた。
話しを終えたジルベールが部屋から出てきても、午後になり近衛騎士交代した後も謎は解き明かされることはなかった。
その夜、騎士団演習場に帰って来たカラムとアランから、急遽明日入った城下視察予定を知らされても、まだ。




