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フリージア王国備忘録<特別話>   作者: 天壱
コミカライズ記念

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〈コミカライズ17話編更新・感謝話〉妹は、知らない。

本日、コミカライズ17話更新致しました。

感謝を込めて特別エピソードを書き下ろさせて頂きました。

本編に一応繋がっております。


「軽い熱程度と軽んじてはなりません。どうか、お身体はお大事になさって下さい」


優しい優しいジルベール宰相とは、私がお姉様や兄様に会うよりもずっと前から仲良しだった。

父上と一緒に時々会いに来てくれていて、幼かった私にとっては貴重な〝お客さん〟だった。

風邪を引いたり、体調がいつもより悪い日も。よく会いに来てくれて、時々楽しいお話や城下の絵本を差し入れてくれたこともある。いつだって私の身体を気遣ってくれた、とても良い人。どこか哀しそうな切れ長な眼差しは私を通して誰かをみているようで、それでもずっとずっと優しい眼差しだった。

私がおねだりすると、父上や母上がお仕事をがんばっていることも教えてくれた。きっとお姉様とも仲良しなのだろうなと思った。だって、妹の私にだってこんなに優しくしてくれる人だもの。


六歳になる少し前くらいから、段々と一人で会いに来てくれるようになったジルベール宰相は目が陰っていったけれど、ただお仕事で忙しいのだとしか思えなかった。

ただ、私の身体を心配してくれる時の目が、もっともっと哀しい辛そうに沈む時だけは胸がぎゅっとなった。少しずつ私の身体は平気になってきた筈なのに、寧ろ年を重ねるごとにあの人は苦しそうだったから。

時々会いに来てくれるだけのお兄さんだったから、たまに会う度に陰りが深くなっているのがわかってしまった。だけど、まだ小さくて子どもだった私にはわかっていても何もできなくて。


六歳になってからは私の生活もがらりと変わった。

今まで秘密だった私の存在が、大勢の人に知らされた。それまでは母上達が住んでいた王宮の片隅にひっそり暮らしていたけれど、お部屋の全部をお引越しして新しい生活が始まった。専属侍女になってくれたチェルシーとカーラーだけは変わらず一緒に居てくれたけれど、それ以外は本当に全部が全部





変わって、しまった。





「……ティアラ様。お支度は宜しいでしょうか」

十六歳。式典に向けて身支度を終えた私は、ノックを鳴らしてくれた先の人を部屋へと招く。

十年前から離れの塔での生活を続けていた私は、今日からきっとまた新しい生活が始まるのだろう。

この国の女王でもあるプライド様から許可を得て、今日の式典で再び民の前に姿を表すことを許された。

誕生日すら式典で祝われたのは六歳が最後だった私には、とてもとても緊張する日。今までは兄様がお祝いしてくれたけれど、今年は大勢の人がきっと式典に来てくれる。私はそこで女王陛下にご挨拶をして、そして顔も知らない婚約者に出会う。王居に立ち入ることも許されて、ほんの数日だけどこの国の王女らしい生活も待っている。

今までは離れの塔に住んでいた私だけれど、それでも民のお陰で何不自由ない生活をさせて貰えた。これからは私が王女としてその責任を果たす番だ。


女王様がどんな婚約者を用意して下さっているかはわからない。だけど、きっと出来損ないの私なんかには勿体ない御方なのだろうと思う。だって、私と結婚させるということは相手も王侯貴族に違いないもの。

十年も暮らし続けたこの塔も、そして優しい兄様と離れるのも寂しい。でも同時に、これから出会える婚約者の方へどきどきもする。……優しい人だと良いな。

さっきよりも大きい音で鳴り出す心臓を両手で押さえながら、私は椅子にかけたまま扉の方に向き直る。今日の式典に向けて、私の準備を確認しにきてくれたこの国の宰相さんだ。


「兄君のステイル摂政殿下も、この後様子を見に来て下さるとのことです。王宮へまでは護衛を付けますので、その後私が責任を以って会場へとご案内致します」

「ありがとうございます。……ええと。ジルベールさん、で宜しかったでしょうか……?」

「ジルベールとお呼びください。覚えて頂き光栄ですティアラ第二王女殿下」

深々と腰を曲げて礼をしてくれるお爺さんは、ジルベール宰相。

この国で父上の代から宰相をしているとても優秀な人らしい。初めてこの人が紹介された時、兄様がそう紹介してくれた。


「ジルベール宰相」とそう呼んでみると、切れ長な眼差しを柔らかく緩めて微笑んでくれた。なんだか懐かしい気がする薄水色の瞳がとても綺麗。

この前はすぐにお仕事があるからと挨拶の後すぐ去ってしまったけれど、父上とも一緒に働いていたということは父上のこともよく知っているのかなと思う。今はもうお優しかったこと以外殆ど覚えていない父上のお話をできるなら色々聞いてみたい。

でも私の式典の為にとてもお忙しいジルベール宰相を引き留めるのも悪い気がして。


「お身体の調子はいかがですか。ティアラ様は六歳まではお身体も弱かったと聞き及んでおります」

「!だ、大丈夫ですっ。もう子どもの頃の話です。今はとても元気で、全然心配ありません。久しぶりに民や兄様、プライド女王様にお会いできるのが楽しみです」

それに義兄にあたるレオン王子殿下にも。そう自分で言いながら本当にわくわくと胸が弾んでくるのがわかった。

本当は瞬間移動で毎日のように会いにきてくれた兄様だけど、それは私達だけの秘密。女王にそのことが知られたら酷いことになると、そう兄様はいつも言っていた。私と兄様がずっとずっと仲良しなのはプライド様も誰もまだ知らない。……いつか、プライド様とも仲良くなれれば良いのだけれど。


『出来損ないが軽々しく話しかけないでちょうだい!この私は神に選ばれし女王である予知能力者よ?アンタみたいな王族の恥見たくもないわ!』


……あれは、何年前だったかしら。

哀しい記憶を思い出して、弾んでいた筈の胸がずきりと痛んで、ゆっくりになる。

たぶん、十年くらい前。離れの塔に公的にも時々様子を確認に会いに来てくれた兄様と違って、プライド様は会いに来てくれたことはない。

私のことを小さい頃から嫌っているプライド様は、いつだって私のことは視界にもいれたくないようだった。十年くらい前の記憶も今では殆ど朧気で。プライド様にどうしてあんな言葉を言われてしまったのかも思い出せない。けれど、私が嫌われてしまった理由はちゃんとわかる。プライド様にとって私は生まれてはいけない子で、存在して欲しくない妹だったから。身体が弱かった所為で、あの人の大事な沢山を奪ってしまったのは私だ。

だけど、こうして式典を開いて成人のお祝いと誕生日のお祝いの場を作って、婚約者までお忙しい中選んでくれた。私の結婚がお役に立てれば、いつかは妹として認めてくれるかもしれない。兄様は嫌っているようだったけれど、私にとってはたった一人しかいないお姉様だ。叶うならば今からでも姉妹として仲良くなりたい。


「……ティアラ様?どうかなさいましたか」

「!い、いいえ。ごめんなさい、ついぼうっとしてしまって」

うっかり胸を押さえたまま難しい顔をしてしまった。

考え込んだまま黙りこくってしまった私に、ジルベール宰相が心配そうに丸い背中をもっと曲げて覗き込んでくれる。慌てて両手を開いて左右に振って見せるけれど、それでもジルベール宰相は心配そうに眉を垂らしたままだった。

本当ですか、もし気分が優れないのならば医者を、と言ってくれるから大きく首も横に振って断る。お医者さんなんて呼んだらそれこそ兄様が心配して飛んできちゃう!

大丈夫です、元気です、すごく楽しみで、緊張しちゃってと一生懸命繰り返してやっとジルベール宰相も息を吐いて納得してくれた。そうですか……と肩も丸くしてから、また丸い背中を姿勢良く伸ばす。

「何かあればいつでもご相談を。……どうか、お身体はお大事になさって下さい」



『どうか、お身体はお大事になさって下さい』



……あれ?

とくん、と。胸がさっきとは違う音で鳴る。今まで侍女や兄様にも言われた気遣いの言葉が、何故だかすごく懐かしい気持ちになる。

どうしてかしら、ジルベール宰相とお知り合いになれたのは最近なのに。

自分でも目が丸くなっていくのがわかった、首が微妙に傾いてしまう。どうかなさいましたかと切れ長な目を少し丸く開いて見返してくれるジルベール宰相に、もしかしたら小さい頃どこかで会ったことがあるのかしらと思う。もう十年も前だし、少なくとも離れの塔に移ってからは一度も会ったことがない筈だから覚えていなくてもおかしくない。


「あの、……もしかしてジルベール宰相と昔、私お会いしたことありますか……?その、小さい頃とかに……」

「……さて。どうだったでしょうか。見ての通りこの年で最近は物忘れが激しいもので。……ですが、御父上のことはよく覚えていますよ」

本当ですかっ!

思わず声を弾ませて言いながら、聞きたかった別のことの返事が貰えて嬉しくなる。ならやっぱり昔会ったことがあるのかもしれない。宰相は王配の補佐で、第二王女である私の父上は王配だったもの。

とても優しい人だったし、補佐だったジルベール宰相とも一緒に会いにきてくれたことがあるかもしれない。

私の反応にくすりと小さく笑ってくれたジルベール宰相は、落ち着いた声で「ええ、とても」と答えてくれた。お顔の皺に笑い皺が増えて、もっと優しい顔になる。それからどこか遠い眼差しでゆっくりと口を開いた。


「とても、本当にとても立派な御方でした。王配としても、夫としても、父親としても常に人へ心を傾け、……友人のことも大事にされておられました」

ティアラ様にも似ているかもしれません、と。そう言って微笑んだ。

優しいところが似ている。そう、他の人にも言われたことがある。顔が母上似だから、父上にも似ていると言われるととても嬉しい。

もっともっとたくさん聞きたい。そうお願いしたら、ジルベール宰相は細い眉を困ったように下げて「残念ですがこれから式典がありますので」と頭を下げてしまった。そうだった、つい父上のことが嬉しくて浮かれてしまった。


ごめんなさいと私からも両手を前にして謝って、それからジルベール宰相を見送った。

もう少ししたら兄様が来ると笑ってくれて、私も大きな声で返事をする。

これから始まる誕生祭。それから嫁ぐまでの僅かな期間に許される、王居での生活。もし時間さえあれば今度こそジルベール宰相にもっと詳しく父上の話を聞いてみたい。


扉が閉まってから大きく息を整えた私は、そう思いながら兄様を待ち続けた。







……







「承知致しました。私にできることであれば何なりと。プライド様の御望みの為ならば喜んで御助力させて頂きます」


ありがとうございますっ!

そう、快諾してくれたジルベール宰相へ思わず声が跳ねてしまう。

ジルベール宰相主催のマリアの快復お祝いパーティー。大好きなお姉様と兄様、そして父上と一緒に出席することができてとてもとても嬉しい。

今は兄様がぷんぷんしちゃっているけれど、代わりに私から近衛騎士と近衛兵についてお願いしてみればジルベール宰相はすごく快く頷いてくれた。早速プライド様にも詳細を聞いてみます、できる限りお望みに近い方向で形にしたいのでと。そう言ってくれるジルベール宰相はすごく心強い。


にこにこと笑って、グラスを片手にすらりとした身長を少し屈めて私に合わせてくれるジルべール宰相は子どもの頃からずっと優しいお兄さんだ。身体が弱くて存在を秘匿されていた頃から時々会いにきてくれた、幼い私にとっては貴重なお客さんだった。

ある日を境に、父上と一緒ではなく一人で仕事の合間に来てくれるようになったけれど、……今なら理由もちゃんとわかる。


「……ティアラ様?どうかなさいましたか」

「!い、いいえ。ごめんなさい、ついぼうっとしてしまって」

うっかり、表情が暗くなってしまったと遅れて気付く。

ぎゅっと眉を寄せてしまった顔に、ジルベール宰相が心配そうに私を覗き込んでくれる。両手の平を見せてパタパタと左右に振って見せるけれど、それでもジルベール宰相の表情は晴れない。

覚悟して、私は胸をぎゅっと両手で押さえてから一度視線を落とした。あのっ……と、声が少し詰まっちゃいながら薄水色の瞳に目を合わす。


「……ごめんなさい。あの、私なにもずっと気付けなくて……。マリアのことも。ジルベール宰相はずっと、私の身体を心配してくれていたのに私何も……」

言いながら、また苦しくなった。

お姉様や兄様が知るよりもずっと前から、ジルベール宰相が辛そうだったのには気付いていたのに。それでも、どれだけ哀しくて苦しんでいるかずっと気付けなかった。


今なら、わかる。ジルベール宰相がどうしてあんなに私の身体のことを心配してくれたのか。

熱を出したり体調を崩す度に大事にするように重ねてくれたのも、きっとマリアに私を重ねてくれていたから。病気になった大好きなマリアのことにずっと心を痛めながら、私のことも心配してくれた。ずっとずっと昔からジルベール宰相に良くして貰っていたのに、結局私はジルベール宰相にもマリアにも何もしてあげられなかった。お姉様が予知していなかったら、兄様が瞬間移動で協力してあげなかったら、アーサーにあんなすごい特殊能力がなかったら、今頃マリアは死んじゃってジルベール宰相はもっともっと苦しくて悲しくなっていた。

私一人がお部屋に残ってずっと何もせず待っているだけだった。

自分でも細い声になってしまった私は、伏せてしまいそうな視線を一生懸命上げたまま守る。切れ長な目が見開かれているのを見つめ、胸を押さえる手に力を込めた。

驚くように表情を変えるジルベール宰相はすぐにお返事がなかったけれど、それからゆっくりとその目がまた細められていく。


「……何を仰いますか」


やはり姉妹ですね。と、すごく温かみのある声だった。

今度は私がびっくりして、大きく二回も瞬きをしてジルベール宰相を見返してしまう。柔らかい表情で微笑んでくれるジルベール宰相は本当に怒ってもいない、お姉様に向けるのと同じ眼差しで私を見つめてくれた。


「幼い頃から身体を弱く心細い想いをされていたティアラ様が、こうして健やかに育って下さっていただけで私はとても救われる想いでした」

思ってもみなかった優し過ぎる言葉にちょっぴり泣きたくなる。

自分の胸に手を当てて、ゆっくりと優雅な動作で頭を下げるジルベール宰相は本当にあの時とは別人みたい。昔から優しくて柔らかい笑顔をしてくれるジルベール宰相だったけれど、今は本当に本当に力の抜けた表情をしてくれると思う。

これもきっと、お姉様のお陰。


「私の方こそ、ティアラ様にとっても大事な姉君であるプライド様に長らく無礼ばかりを。本当に、本当に申し訳ありませんでした」

そう言って深々と頭を下げてくれる。

ジルベール宰相が、お姉様にどれだけ酷いことをしたのか詳しいことは知らない。昔からどうしてかお姉様よりも私のことばかり目に掛けてくれていて、ちょっとお姉様には意地悪なことも言うから兄様にも嫌われていたくらい。ただ、宰相として許されないことを犯してしまって、今はそれを償う為に一生懸命国と民の為に務めてくれている。お姉様にも優しくなって、兄様とも少し打ち解けたように私には見えて、……何よりジルベール宰相自身がとてもとても幸せそうなのが私は嬉しい。

もうあんな風に哀しいのを隠して笑うことがないことも、大好きなマリアとこれからずっと一緒に居られることも全部。


謝罪をするジルベール宰相に首を振り、これからもお姉様達を宜しくお願いしますと改めて私から礼をする。頭を上げて、「勿論です」と笑ってくれるジルベール宰相は光の中にいるように淀みない笑顔だった。




……だから。



「私はマリアもジルベール宰相も好き」

本当に、良かったと思うの。

ジルベール宰相が笑ってくれているのをみると、今日はそれだけですごくほっとする。今朝は特にとてもとても悲しい夢を見てしまった後だから。

また言い負かされて落ち込んでいた兄様の隣に座りながら、心からの言葉を声に出す。今朝見てしまった夢。どんな夢かはやっぱり覚えていなかったけれど、とてもとても胸が締め付けられた。


ジルベール宰相をお姉様が助けてあげた日と同じだった。目が覚めたら涙が溢れていて、「悲しい」という気持ちばかりがたくさんたくさん零れて仕方がなかった。

だけどお姉様が助けてくれて、今日だって〝悲しい〟とは反対の気持ちで皆笑っている。特に今日はジルベール宰相の笑った顔やマリアと一緒に並んでいる姿を見るだけで胸が日向ぼっこしてるみたいに温かくなって解かされる。

大好きなお姉様を虐めたのはだめだし、大好きな兄様がそれを許さないのも仕方がないとは思う。だけど悲しい夢なんて覚えてなくてもちっとも怖くないって今は思える。夢のことなんて覚えていないのに、それでも笑っているジルベール宰相とマリアを見ると心から思うの。




「……幸せになってくれて、すごくすごく嬉しい」




『…ぁ、…あ、ァ、ぁ…っ、…すま、ない……私、…私の…せい、で…皆…皆…』

ジルベール宰相のことも、昔から大好きだから。


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