そして騎士は閉ざす。
「お聞かせ願えますでしょうか、ステイル摂政殿下。我々騎士団が、……いえ。騎士団長であるこの私が国の中心部である王族の命令へどのように反したというのか」
「ひと月前。裏稼業の根城を殲滅せよと命じましたが、報告では殲滅された裏稼業とは別に多くの〝保護対象者〟が保護されていますね。粛清した裏稼業の根城の規模から推察してもそれだけの数が収容されていたとは考えにくい」
「いえ、保護対象者が殆どでした。食う住む場所も国からの援助もなく、裏稼業に協力することでしか生き長らえる術を得られなかった被害者でした」
今までの騎士団長であれば、間違いなく全員検挙もしくは粛清した。
前騎士団長より前は、検挙した彼らにも相応の理由がある、釈明の余地があると、彼らの状況も鑑みた上でと報告書、時には騎士隊や騎士団長自らの打診もあった。しかしそれも全て簡単に上が握り潰した。
口でならば立場や動機などいくらでも嘯ける。どういう理由であれ、国に逆らい法に反するような人間はフリージアには不要というのが女王の考えだった。生活が理由で犯罪を逐一赦しなどすれば、いつまでも汚染物質は片付かない。それをあたかも〝保護対象者〟と言い張り、城にも連れず逃すなどあり得ない。
「三週間前。例の上層部について裏取引の現場を押さえ、全員検挙、もしくは粛清をと命じましたね」
「御命令通り、裏取引の現場を押さえ協力者全員を城へと検挙しました。娘と妻については〝最初から〟居ませんでした。我々が踏み込む前には国外へ逃げられていたと見ています。追討命令を出されますか?また騎士の行方不明者が出ないと保証はできませんが」
確かに主犯格は全員捕らえ、公開処刑も終えた。
しかし、それだけで済まないほど検挙されたその男の罪は重かった。中でも今回の犯行は上層部。本人だけではなく、一族根絶やしにしなければならない重罪だ。
なのに、共に住んでいる筈だった妻と娘だけが行方不明のまま。それを取り逃したどころか「最初からいなかった」と報告した騎士団は、誰もが口を揃える始末だった。
追討命令自体は難しくない。しかし、もともと騎士団が意図的に逃がしたか見逃したと考えられるそれを追ったところで掴まえられるとも思えない。それどころか最近では、騎士が任務で城下へ出たまま消息不明になることが増えている。
周辺国にも恐れられ味方らしい味方も少ないフリージア王国で、国外に出たフリージア人が任務中に予期せぬ不幸に見舞われることは珍しくない。たとえそれが任務中の騎士であろうとも同じだ。しかし、アーサーが騎士団長になってからは特にそういった数が増えていた。
「…ちょうど二十日前、私は騎士団名誉回復の為にもと城下巡回を強化せよと命じましたが、今だに全く巡回の数も人数も増えていない。報告書に偽証すらしないのは私への当て付けでしょうか」
「いいえ。単純に現王国騎士団規模では城下へ巡回するほどの数が足りておらず不可能というだけの話です。各地に遠征へ出ている騎士隊もいる上、城下の巡回まで増やすのはとても。ご存知の通り、城からの任命を優先し最速で解決するには人員が必要です。騎士も人間ですので、演習と重ね休息どころか眠る時間も削り奪い巡回を強制しても成果には結びつかないと私が判断しました。他の、未だ御命令頂きながら実行に移れていないものは全て同様の理由です」
それをどうにかするのか騎士団長である貴方の仕事では、と。すかさず言葉を返したステイルだが、深々と頭を下げられるだけだった。
優秀とは言われても所詮は若年騎士団長。なにより、昔と比べ騎士の募集に反し志願者が減っていることは今更のことだ。
だからこそステイルから騎士団への支持を上げる為にも功績を増やすこととパフォーマンスの一つとして巡回を命じたが、もともと多忙な騎士には巡回の暇を持て余す者などいなかった。
クラークやカラムという歴代騎士団長であれば、それも優秀な指揮や手腕で賄うことができたがアーサーはそもそも〝しようとすら〟思わない。
本来、王族の期待に応えられない時点で騎士団長、もとい騎士団の責任になる。しかし彼の場合目に見える〝実績〟だけは、間違いなくこなしているからステイルにとってたちが悪い。
いっそ無能であれば楽だったが、騎士団長としては前任者よりも間違いなく騎士達を統率しまとめ上げ、更には結果として任務の短期達成率も上げている。ただ、その結果がステイルや上層部の望むものと異なった形に変形されていることが増えているだけだ。そしてステイルにはそれが不快で仕方がない。
「……ならば三日前。税の滞納と反国集会を行っていた容疑の伯爵家処断について、私からは一族の粛清と集会参加の者全員を検挙もしくは絞り出せと命じましたが」
「そちらは我々が踏み込んだ時点で全ての容疑が晴れたと報告しました。税の滞納についても共に徴収した金額をそのまま騎士団長である私が提出しましたから間違いありません。反乱の企てについても根も歯もない噂の一人歩きでした。隅々まで調査を行いましたが、行われていたのは単なる領民との食事会です」
全ては冤罪だった。税の滞納も伯爵家が多忙で税を領民から集めるのに時間が掛かっただけだと。そう報告されたところで首の一つどころか身柄すら確保できなかった騎士団へ納得できるわけもない。
しかもその件は騎士団長自ら指揮したにも関わらずの甘い結果だ。証拠を掴むどころか綺麗に丸め込まれたとしか思えない。
税を回収できれば良いという話ではない。国からの繰り返しの取り立てを無視し続けていたことだけでも今は大罪だ。しかも食事会など、それをする金があるならばさっさと税を国へ献上しろと苛立ちを覚えるのも当然だった。ただでさえ今、女王の求める金額が収集しきれていない地が多すぎる。
表面上を言えば、確かに騎士団は全てを速やかに対処している。しかし、今までは王族からの勅命を忠実に遂行していた王国騎士団から突然精巧性に欠ける結果ばかりを報告されればそれを「反抗」とステイルがみなすのは当然だった。
その原因が、ちょうど代替わりしたばかりの騎士団長が噛んでいるのであろうことも。そして何より最もステイルが不愉快極まりない事実は
─ 何故思い通りにならない?
「…………騎士団長。私は、貴方に期待しているのです」
ふー……と、敢えて薄く音にしたような溜息の後、ステイルは漆黒の両目でしっかりとアーサーを捉えた。
恐らく最初から王族に対し反抗意識を持っているのだろう彼に、別の方向へと手を変える。表情こそ相も変わらず無のままだが、声色だけは今までの機械的な平坦さが減っていた。抑揚を僅かに込め、机に両肘をついて指を組む摂政は、内密と示すように静かな声色で語り掛けた。
〝期待〟と、どんな相手であれ少なからず心を揺さぶる言葉に、騎士団長の眉もぴくりと反応した。その表情の変化に呼吸の間をいれたステイルは「ここだけの話ですが」と囁く音で前置いた。
「前騎士団長は命令にこそ間違いなく忠実でしたが、統率力が足りなかった。当時、不幸にも要二人を失った騎士団をよく支えてくれたとは思います」
私も心から感謝しています。と、そう告げながら無のままの目は騎士団長の微細な表情変化まで見逃すまいと鈍く光る。
笑顔など滅多に人前に見せず、社交力こそ欠けるステイルだが、同時に人心掌握術にはそれなりに長けている。今まで何人もの上層部を陥れ、血祭に上げたか本人は数も忘れた。
名前をもう思い出す価値のない、突然交代だけ引き継ぎどころか挨拶もせず城から消息を絶ち逃げ去ったのだろう前騎士団長に感謝など毛ほどもない。むしろよくもこんな男を次の騎士団長に指名してくれたものだという恨みすらある。
常に命令に忠実だったことは間違いない。過去のどの騎士団長も躊躇いすぐには頷けず意見まで申し出ることもあった残酷な命令にも、一言で応じ続けていた。有能かどうかはさておき、最も扱いやすい騎士団長だったと思う。懐柔を試みる必要など一度もなかった。
「二代前の騎士団長と副団長両名も、まさか反乱を企てていたことは私も当時衝撃でした。まだ決起前ではあったのでしょうが、不幸にも和解を試みるより前に女王の耳に入り、処刑せざるを得ませんでした。優秀な騎士で、期待も大きかった分我々も落胆は大きく、国から騎士への信頼が低まったのもあれがきっかけと言えるでしょう。本当に惜しい人材でした。今でも胸が痛みます」
馬鹿で愚かだったと今も思う。
間違いなく優秀ではあったが、騎士団長と副団長であったにも関わらず女王のことを理解できていなかった。いくら反乱の意思があろうとも〝予知〟で視られる形で表に出してはいけない。場所や密室など関係ない。殺したいなら単独で誰にも明かさず女王一人を狙い実行するべきだった。
自分と異なり何のしがらみもなく女王を殺せる立場を手にしておきながら、騎士の分際で簡単に始末された。しかも、あのまま騎士団を巻き込む革命など許していたら自分や女王はさておき、罪のないティアラまで王族として粛清対象にされていたかもしれない。
あの副団長は騎士団長に何を期待していたのか、そして騎士団長も自分か騎士団のことを考えれるならばあの場で迷わず副団長を斬るべきだった。
そうすれば、反乱の意思を持つ騎士を炙り出したとでも言って自分だけは助かった。副団長だけ挿げ替えれば済む話だった。もともと頭の良い男だったのに、何故あそこでそれができなかったのか疑問でもある。いっそ見せしめとでもいって女王の前で副団長を嬲り殺して見せればあの悪魔の機嫌も取れ、その後懐に入りやすく女王の首を狩れたかもしれない。自分であれば間違いなくそうしていた。
ただでさえ女王からの粛清命令を受ける度に粛清対象の弁護や別の手段もあると。たかが騎士の分際で、凝りもせず口答えを繰り返し女王からも煙たがられていた。宰相であるジルベールが間に入らなければ、もっと早く処分か処刑されていただろうと思う。
「その前の騎士団長は最期の最後まで国の為に身を捧げて下さり、副団長時に事故で命を落とした上官の失態を膨大な時間をかけて埋めてくれました。彼がいなければ今の騎士団はないでしょう」
彼には感謝してもし尽くせない。そう、声の抑揚を意識して感謝を示す。
いくら王族には反感の意思があろうとも、騎士として生きる彼らが尊敬する歴代騎士団長を引き合いにすれば別になる。騎士として尊敬し、彼らの足跡を穢すまいと気を引き締める。それが〝騎士〟という生き物だとステイルは既に理解していた。
カラムがクラーク騎士団長が命を削り築き上げた騎士団を引き合いに出される度、最後には必ず王族へ頭を垂らしていたように。クラークがロデリック騎士団長の失態を引き合いに、自分の存命中にその埋め合わせに追われ王族の命令全てを完璧な形でこなし続けていたように。
騎士が最も尊び敬い逆らえない弱みとなるのは、先代の騎士なのだと。
「クラーク…騎士団長。彼は歴代でも最も優秀で誉れ高い騎士団長でした。そして今、我々は彼のような騎士団長を必要としています。彼のように我々王族の命令を忠実以上に叶え、騎士達を纏めあげ、弱体化する騎士団をさらなる高見へと引き上げる統率者が。他ならぬ貴方ならばそれも可能なのではないかと私は考えております」
優秀な頭を捻り、唯一その騎士団長の名前だけはなんとか思い出せた。
他の騎士団長は名前どころか顔すらも殆ど朧気だが、あの優秀な騎士団長を求める気持ちだけは本心だった。……女王ではなく、自分にとって唯一無二の光である少女を間違いなく護り続けさせる為に。
騎士の統率も、本来ならばどうでも良い。あの悪魔を守るための騎士など寧ろ邪魔とすら思う。国も民も全てどうでも良い、しかしこの世でただ一人愛する妹だけは守らなければならない。
彼女が今後国外へ嫁ぐその日までは、この城を守らなければならない。たかがあの女王と同じ血を引いてしまっているという不幸だけで、彼女を騎士団の革命になど巻き込ませたくはない。それさえ叶えば後は騎士団がどれほど弱体化しようと統率が崩れようと革命を叶えようとどうでも良い。淀み腐敗しきった上層部や貴族と共に消えてくれても構わない。
ただ愛する彼女がいる間だけでも、騎士団には革命の意思を抱かせるわけにはいかない。どういう形であれ騎士団長を取り込み、騎士団全てに反乱の意思を持たせないように掌握する必要がある。その為にも今目の前にいる騎士団長もまたその自由意思ごと手中に
─ ハリソン殿の名も覚えれないテメェが騎士を語ンな。
「有難い御言葉心より感謝致しますステイル摂政殿下。クラーク元騎士団長のようにご期待に沿えず申し訳ありません。歴代の騎士団長の方々が全員偉大であることは存じております」
淡々と、王族からの期待の言葉も全てまるで典型文を受けたかのようにその場で流す。
先ほどまで眉間の皺が刻まれるばかりだったアーサーに、それなりに胸中が揺らいでいるかと推測したステイルだったが、実際はただ彼の内側を煮えたぎらせるだけだった。
初めから最後まで無表情の仮面で取り繕いしか透かさせない摂政の言葉をアーサーが素直に受け入れられるわけもない。摂政がいくら口で騎士への尊厳を語ろうとその顔には明らかに悲しみでも怒りでも良心の呵責でもない、冷たい感情を隠すだけの取り繕いしか見られなかったのだから。
ここまでお膳立てし演じてみせてやったにも関わらず、全く意に介さず響いてもいないアーサーにステイルも僅かに目を見開き、直後には鋭く狭めた。
お前の前任騎士団長が残した失態を埋め合わせろ、反乱を企てた騎士団長副団長両名のような間違いは二度と起こすな、優秀だった先代騎士団長のように大人しく命令を執行できるように努めろと。そう暗に命じた上で、彼の騎士としての誇りまで刺激してやったにも関わらず全く響いていないと確信する。
冷ややかな、自分を全く信じていない蒼の眼光が何よりの証だ。
「しかし私も騎士団長として部下である騎士達を守る義務がありますので」
ひと月前、騎士団長就任早々呼び出された自分は、顔合わせも兼ねて今日のように呼び出され勅命された。
裏稼業の根城を殲滅と、そう命じた摂政の顔に取り繕いの無があった。
本当に裏稼業の根城なのか慎重に判断と、即粛清ではなくよく敵を観察し動くようにと騎士隊へ命じた。その結果、確かに裏稼業に手を染めている者はいたが、その手足として脅され実行をさせられていたのは全員が身寄りのない子どもだったと報告された。彼らに生きるすべなど選べるわけがない。
取り繕いがあったということは摂政も殲滅に思うところがあったのか。しかしこの事実を知った上で彼が自分達に殲滅を命じたことは間違いない。そうでなければあの時にわざわざ違和感のある表情を浮かべていた理由が説明できない。まさか本人もそれに気付いていないわけでもあるまいと考える。
「我々は衛兵でも兵士でもない、その生き方に誇りをかける騎士です」
三週間前、裏取引を行っていた上層部。
勅命では大罪と裏取引としか聞かされず、問答無用の粛清許可まで与えられていた。まるで人身売買でも行っているかのように思えたが、箱を空ければ国外や城下外へ逃げる手引きをするという取引だった。優秀な特殊能力者をその能力を隠したまま国外どころか城下へ出すことも今は強く禁じられている。
騎士がその場を押さえたところで実行犯の上層部は自分の罪を認め、このまま大人しく裁かれると膝をついた。ただ、せめて最後に娘と妻は逃がしてくれと、特殊能力もない二人はただただ普通の人間で、国外で平和に生きて欲しいのだという懇願を叶えてやることは、通信兵からの報告でそれを聞いた騎士団長からのせめてもの情けだった。上層部の男は自身の私腹を肥やす為ではなく、ただただ上層部の権力を使ってでも自分の親しかった特殊能力者達を逃がしたかっただけなのだから。
特殊能力は有無も、その能力も選べない。それは騎士に役立たない特殊能力を持って生まれてしまったアーサーも痛いほどよくわかっていた。
そして今回のように、逃がされた民を最後まで守り通すべく騎士団を抜け、これを機会に民と共に国外逃亡する騎士もいた。「家族には死んだことにしてくれ」「そうすれば殉職で城から金も出て生活の足しになります」「家族に合わせる顔がないから」と、彼らの意思をアーサーはひたすらに尊重し続けた。
少なくともその離脱を望んだ騎士は、自分が憧れ尊敬した騎士と同じ心を持った者達だったのだから。むしろ、騎士団に対し事前情報でその上層部をただの悪人としてしか伝えず騙し粛清を命じたステイルへの不信感は強まるばかりだった。
─ 騎士の名誉回復の為?王族保身の為の間違いだろう。
「我々は我々のやり方で国とそして民の為、務めさせて頂きます」
二十日前、城下巡回を命じられたのも所詮は女王が治安を悪化させたことによる弊害の穴埋め。
今までの歴代騎士団長はどうにか形を為そうと叶えそうと藻掻いてきたが、自分は決して屈しない。騎士達が不眠不休で回ればなんとか叶えられるような業務命令は騎士団長である自分のところで留めさせると決めている。前騎士団長のハリソンなど、無意味な殺戮や粛清関連は騎士団長である自身が率先して騎士隊へ任命するまでもなく極少人数で行っていたこともある。
実質、アーサーが騎士団長となり騎士達への負担を自分の権限と責任で押し止めてからは一つ一つの任務に対しての効率も上がっている。……亡き騎士団長の面影への期待と、それ以上に彼にだけは決して歴代騎士団長のような目には遭わせてはならないという意思も高まって。
消息不明とされるハリソンを除いても、彼の父親から現在に至るまで不幸な死を迎えた騎士団長はたった十年足らずで多過ぎた。
「先人の騎士団長の方々と比べ、至らぬ点は謝罪致します。しかし、決して騎士の誇りに反する行為ではないと誓いましょう」
三日前、税の滞納と反国集会を行っているという伯爵家。
税の滞納も、結局は十年前よりも倍以上跳ね上げた税額が問題だった。当初こそ払えないのは、もともと慎ましやかに生きて領地を管理していた下級貴族ぐらいだったが、今では式典に招かれるような上流貴族ですら貧困に喘ぐことが珍しくない。
確かに現場を抑え込みはしたが、騎士隊が入った時に屋敷内に居たのは誰一人武器も持たない平民ばかりだった。決起集会という情報は事実ではあったが、今の彼らが何をできるとも思えない。伯爵家にも税の滞納を一時的に援助する代わりにどうか早まらないで欲しいと騎士達で説得を試みれば最終的に矛を収めてくれた。
もともと、まだ具体的な策も手段もなく、ただただ女王をという意思のみ燃やし、……その一方で貧しい領民達に食事を振舞っていた貴族を検挙したいと思う者は、騎士団のどこにもいなかった。
今までも、アーサーが騎士団長になる前からそういった小さな罪での検挙・粛清や被害者、罪のない民まで巻き込んでの掃討は珍しくなかった。騎士団の本隊騎士は何年も何度も経験し、既に麻痺している者も多かった。…………たった一人、様々な理由をつけられ今まで一度もそういった血と灰色の現場任務へ出動を〝何故か〟命じられてこなかったアーサーを除いて。
先人騎士団長子息アーサー・ベレスフォードだけが騎士としての理想像が崩れぬまま、その頂きに立つことまで許された騎士だった。
だからこそ騎士達の全員が諦めていた残酷な命令任務にも、たった一人疑問を抱き正しい形で反旗を翻す。自分はそう、託されたのだから。
『騎士団を、頼む』
「アーサー騎士団長。貴方は騎士団を潰したいのですか。これ以上女王の命にそぐわぬ行為を繰り返せば、貴方だけでなく騎士団諸共処分することもあり得ます。私はそれを避けたいと」
「失礼ですがステイル摂政殿下。それ以上、方便は結構です。御心配なさらずとも御命令には従います。我々騎士団は民の為、国の為、誇りの為、……貴方方王族の命令に従い続けることこそが〝義務〟ですから」
摂政という権限から騎士団を引き合いに出しても、あくまで自分はそれを考慮した上での味方だと仄めかしてみても全くアーサーには通じない。
部屋に入って来た時と同じ、眉間に皺の寄った表情のまま騎士団長は深々礼をする。あくまで低頭姿勢は変えないが、それでも全く気を許す気配すら与えない。
アーサー以上に表情の一つも崩れないステイルだが、それでも内側の感情は渦を巻いていた。あと少しで舌打ちを零しかけたと、口の中で舌を丸めながら「そうですか」と一言だけ言葉を返す。
もっと自分に表情を変える技能や演技する余裕があれば騙せたのかもしれないと考えるが、確証はない。目の前の男は自分がどう言葉を尽くし動こうと決して心を許すつもりはないのだろうと、眼鏡の黒縁を押さえつけながら確信する。
それほどに、小細工でどうにもならないほど騙されないし揺らがない。ティアラの誕生祭を前に面倒な男が騎士団長になったものだとまた思う。
「お話は以上でしょうか。それでは失礼致します、この後も演習と任務が残っておりますので」
その言葉の後に、また一言だけ許可を与えられたアーサーは礼儀通り礼をした。
こうして自分が部屋に入った時から温い言葉を掛け心にもない言葉ばかりをかけてくる男の薄気味悪さに、背中を向けたところで顔を顰める。
自分が味方だというように語りながらもその表情には無のままで変化がない。
こちらに機嫌を取りたいのならば笑顔の一つでもみせるのが普通だが、それすらしない摂政は本心から自分に懐柔したいのかどうかもわからない。更には無表情にも関わらずその奥底にある取り繕いばかりが色を濁らせ変わる感覚に、目を合わせるどころか視界にいれることすら気持ちが悪かった。
表情は変わらないのに、その奥底に秘めた何かばかりが暗雲のように存在している。無表情の中で内側に秘めた何かを隠している時もあれば、無表情の上で取り繕いもない空っぽの時もある。
そんな表情のまま自分へ圧や咎める言葉をかけてくる。彼に心があるのかどうかすらもわからない。しかも気味が悪いのは、無表情のままそこに取り繕っている時その気配もまた薄く鈍くしか感じられないことが殆どだということだ。あまりにも底が知れない。
彼が女王の隣に立つ時など、必ず無表情のまま取り繕いの色が必ず見えた。
取り繕いには憎悪を隠しているような気配も感じ、それが自分達に対してか女王に対してかもわからない。腹の底がここまで知れない人間も珍しかった。
ステイルの奥底にあるものが善か悪かもわからない。
自分には期待だの騎士団のことを考えているだのと、らしい言葉を並べ立てた。だが、ハリソンを落とすような言葉やクラークのあの生き方を美談にされるのは不快でしかない。
自分にとってハリソンは厳しくも騎士団を守り抜くことを考えた尊敬する騎士団長で、そしてクラークは逆に最後は騎士団を立て直すことばかりで己自身のことを顧みてくれなかった。今の自分があるのはクラークのお陰だが、あんなことになるくらいなら無理をしないで騎士も辞めちまえばよかったのにと今でも思う。
処分された騎士団長副団長についても、どんな人間だったかさえ自分はよく知らない。当時は新兵になったばかりだった。しかし、どれほど慕われていた二人だったかは周囲の騎士達の嘆きを見て痛いほど理解した。
なにより、騎士団の支持が民の中で低下しているのは反乱分子二名が騎士団のトップ二人だったことではなく、騎士団に非道な命令ばかりを命じた王族に責任があるとアーサーもわかっている。
その命令に頷き従い続けた騎士団にも非がないとは思わないが、民が騎士をみて怯えるようになったのは間違いなくその任務内容の所為だと考える。このひと月間ですら、あまりにも人を人として見ない命令が多過ぎた。まるでチェスの駒でも並べているような感覚だ。
女王の義弟とはいえ、どうすればあそこまで徹底的に女王へ汲みしようと思えるのかわからない。
子どもの頃から今まで常に取り繕いの表情に晒され続け、嫌でもその差がわかってしまうアーサーだが、相手の心を透けて見えるわけではない。ただでさえ、女王の片腕である摂政の考えや思考など理解したくもない。
〝やはり薄気味悪い男だ〟と。
独り言でも決して言葉には出さないように、思考の中でだけ呟きながらアーサーは自ら部屋の扉を開けた。
そしてまた、ステイルも騎士団長の背中を上目で睨みながら口を閉ざす。「また騎士団長処刑などということが起きないように祈ります」と嫌味を言ってやりたかったが、そんなことをすればそれこそ自分の腹の底が知られてしまう。
少しでも、ほんの僅かでも騎士団長が自分を騎士側だと思いこめる要素は取り除かないでおきたい。
これ以上の懐柔は時間の無駄だと理解して音も出さず息だけを吐く。どうせこんな騎士団長ならば、女王に目をつけられ処刑されるのも時間の問題だと考えることにする。
いっそ暗殺命令がくれば殺してしまえるが、仮にも若き天才と呼ばれる騎士に敵うかは自分でもわからない。件の副団長も背後を取った後は、衛兵数人がかり押さえつけるのがやっとだった。瞬間移動での暗殺は慣れているが、騎士相手にどれだけ通用するかはわからない。
いっそ毒でも仕掛けるべきかと。殺す方向で頭が回り始めたところで、バタンと騎士団長退室後の扉が閉じられた。
「…………使いにくい男だ」
チッ、とそこで初めて舌打ちを零した。
何故ここまで自分の思い通りに動かないのか、せめて懐柔できれば少しでも内側から操作できるのにそれすらも隙がない。自分へ向けて不信の目を一度も絶やさなかった男は、女王の次に敵に近い邪魔な存在でしかなかった。
近いティアラの誕生祭に、あの男も騎士団長として招かれていることすら腹立たしく思うほどに。
……
「あッ」
「?」
ガチャリ、と。その音と同時に二つの声も合わさった。
硬直し数秒の沈黙を置いた後、最初に動いたのはアーサーだ。
「わりぃ‼︎」と叫び、構えを解くと慌てて一歩分以上飛び退いた。丸い目のまま見返すステイルも、彼へ顔を正面から向ければ、そこでやっと今のは気の所為ではなかったのだと理解する。
久々の手合わせ。お互いの休息時間が重なった貴重な機会に、二人は揃って第一王子の稽古場に訪れていた。ステイルも多忙な今は、昔のように稽古や手合わせを重ねる数は多くない。それでも変わらず今も互いの手合わせは続いていた。
一本、二本、三本と手合わせを繰り返し四本目のいま。お互いひと息いれる前に一時、間を開けることになる。
やられたこと自体は別に良いが、一瞬で顔色を変えて慌てふためく相棒にステイルも悪戯心で一度剣を下ろした。フ、と意地の悪い笑みを浮かべながら発言の前から眼鏡の黒縁を押さえつける。
わりぃ!マジで悪かった‼︎と汗を掻き慌てふためくアーサーは、ステイルよりも前に剣も腰に収めていた。両手を空にし手のひらを見せながら未だに汗は引かない。
「いや今のは‼︎ほんッとに反射っつーか」
「銃口を突きつけられたのは生まれて初めてだ」
わりぃ‼︎‼︎と今日一番の叫びが稽古場に響いた。
通常、手合わせといっても二人は剣と素手でしか行わない。騎士のアーサーだけでなくステイルも扱い程度は心得もある。しかし、剣や素手と異なり一度でも命中してしまえば大怪我に繋がるのが銃だ。最初にルールを決めるまでもなく、二人は今まで銃を手合わせに持ち出したことはなかった。しかし今回の接近戦手合わせ中、お互い一歩も譲らない戦闘でうっかりアーサーが突きつけたのが懐に常備された銃だった。
騎士として常に剣と同じく携帯こそしていたが、それをステイルの手合わせに使ったことなど一度もない。しかし今回、瞬間移動で懐に飛び込んできたステイルへ一瞬の隙をつきそのこめかみへ銃口を突きつけてしまった。
当然、撃つつもりは毛頭なく単に牽制の指のままだったが、それでも我に返ったアーサーは今も血の気が引いたままだ。
「最近ハリソンさんとの手合わせ増えててついッ……」
「気にするな。それだけお前が本気になったというのなら悪い気もしない」
フフン、と寧ろ慌てふためくアーサーを楽しみながら、敢えて銃口を突きつけられたこめかみを摩り、悪く笑ってみせる。
ステイルとの手合わせには常に本気で臨んだアーサーだが、奇襲の代わりにハリソンとの定期的な手合わせを行うようになってからは反射的な攻撃も八番隊仕様が増えていた。今までも奇襲をしてきたハリソンへ銃口を突きつけることはあった。
しかもアーサーが銃弾を叩き落とせると判明してから、今では迷わず銃弾を撃ち込むようになったハリソンにアーサーもアーサーで発砲することはなくとも銃を構えることは増えていた。
瞬間移動で懐に飛び込んだステイルの一瞬に、ハリソンの高速の足を錯覚させられてしまった。
結果、銃も持たない第一王子相手に反射的に銃口を突きつけた。今ここに居るのが自分達二人しかいなかったから良いが、そうでなければ間違いなく謝罪では済まなかった。
「今度は是非姉君達が観覧中にやってくれ。反応が見てみたい」
「ぶわっか‼︎‼︎二度としねぇに決まってンだろォが‼︎‼︎」
ふざけんな‼︎と声を上げ、再び剣を抜くアーサーにステイルも小さく吹き出してから同じく構えた。
よしかかってこい、と四指の指先を曲げて招くステイルにアーサーも懐の銃を一度封じるように団服の上から叩いて地面を蹴った。
「良かったよティアラの誕生祭前に風穴は困る」
「だァから悪かったッつってンだろ‼︎‼︎」
嫌み、からかい、笑い、真剣に剣を振るう。
五年前と変わらない姿がそこにはあった。




