Ⅱ200. 特殊話・王弟は贈った。
二部二百話達成記念。
プライドの誕生日、18才編です。
「セドリック……そう心配せずとも、我が国からはサーシス、チャイネンシス共に相応の品を用意している。お前は勉学に集中しろ」
しかし……!と、兄貴の言葉に俺は食い下がる。
フリージア王国で防衛戦の祝勝会を終え、十日かけて帰国してから三日。長旅の疲労も癒え、兄貴も兄さんも国王としての職務に戻ってから俺も王族としての勉学に戻っていた。
マナーや教養については祝勝会に向けて全て網羅した俺だが、未だ学ぶべきことは多くある。王族として求められる学問全てを長年放棄し続けていたのだから。
一度に複数の教師から授業を受けて埋めているが、それでも無駄にできる時間などない。王弟として相応しい人間となる為に、プライドに胸を張れる男となる為に、…………何としてもティアラの願いを叶える方法を見つけ出す為に。
第二王王女である彼女がプライドの立場を危ぶませことなく、誰もに認められる形でフリージアに残る方法が欲しい。その方法を見つけ出す為にも今の俺には学が必要だ。今だって本来であれば集めた教師達の元で学んでいる時間だ。しかし、今はもう一つ重大な祝日に向ける準備を進めるべきだった。今のところ兄貴に参列は許されているが、それだけで足りるものではない。……何故ならば。
バンッ!!と両手で兄貴の仕事机を響かせ、鼻同士が近づくほどに前のめりに顔を近づける。ここは譲れないと、もう一度俺から決死の相談を持ち掛ける。
「〝あの〟プライドの誕生祭まで、残りたったひと月しかないのだぞ?!」
我が国をラジヤ帝国の侵略から救ってくれたプライドの誕生日まで残すところたった三十八日。
兄貴を救い、兄さんを説得し、一度は同盟破棄と敗北を覚悟したハナズオ連合王国を救済し、そして多くの無礼を犯した俺までも救ってくれたプライドの生誕日がもうすぐそこまで近付いている。
防衛戦への感謝の印も同盟の証も送ったが、それだけで足りるわけもない。兄貴や兄さん、そしてハナズオ連合王国にとっても大恩人であり、俺にとっても神に等しい存在だ。そんな彼女がこの世に生まれ存在してくれたという祝すべき日が訪れるまで千時間を切っているのに落ち着いていられるわけもない。
我が国はついこの前まで完全に閉じられた国だった。互いのサーシスとチャイネンシス以外の国と交流すら持たず、近年交易を行っていたアネモネ王国とも式典には互いに参じたこともない。祝勝会を覗けばこうして他国の式典に参加すること自体俺も兄貴達も初めてだった。
兄貴の言った通り、プライドの誕生祝いの品も我が国としては用意されている。しかしあれだけの恩があるプライドに国としてあれだけで良いのかと考えればどうにも止まらなかった。
俺の喉を張り上げた声に、兄貴も難しそうに眉を寄せた。俺が言いたいことはわかってくれているようだ。
書類をめくる手を止め、腕を組む兄貴は「しかしだな……」とまた言葉を濁した。おもむろに引き出しを開けると、さっきまで見ていたとは別の書類を俺へ差し出してくる。近すぎて最初は見えなかったが、受け取り目を通せばサーシス、チャイネンシスのプライドへの誕生祭に贈る品のリストだった。定期的に送る黄金と宝石とは別に、ひと際上等とされる宝物を両者とも選び、加工も城直属の職人に任せている。
「我が国としても、それにヨアンもプライド王女への祝いの品に手を抜いてはいない。これ以上の品をと言うのならば、サーシスのみならずチャイネンシスとも論議が必要となるぞ」
「兄貴達が手を抜くなど考えていない!だが、国としてだけで贈り物を終わらせるのも落ち着かんと言っているだけだ!俺個人としてもやはり感謝の気持ちも込めて祝いの品を何か用意したい!」
「つまりはお前個人の贈り物を相談したいということか?」
そうだ‼︎とやっと要領を得てくれた兄貴に叫べば「もっと離れて叫べ馬鹿者」と正面から顔を鷲掴まれて無理やり腕一本分引き離された。
ハァ、と大きく溜息を吐く兄貴は眉間に皺を寄せたまま机に頬杖を突く。「お前個人が贈りたいというのであれば止めはしないが……」と重い声で俺を上目に眺めながら十秒口を噤む。今度は考えてくれているらしい兄貴の返答を待ち続ければ、ゆっくりとその口が開かれる。
「……ならば試しにどんな物を候補に考えているか言ってみろ」
どうやら相談に乗ってくれる気にはなったらしい。
少し訝しむ表情のままに俺へ案を先に促す兄貴へ、先ずは思いつく限りの品を言ってみる。もともとそれが思いつかんから言ったというのにと思いつつ、過去に俺が贈られた品や女性の喜ぶ品、そして教師から習った女性への贈り物を記憶のある限り口頭で並べる。
花束にダンス用のドレスや靴にパーティー用のドレスにブローチ、菓子職人が腕によりをかけた甘い菓子、剥製や毛皮に観賞用品、希少な生き物に毛皮、装飾品ならばと知る限り髪飾りから足の指まで用途様々な種類を上げ続け代表的装飾品の一つである指輪を上げだしたところで「もう良い」と頭を抱えた兄貴の言葉に上塗られた。「二度もプライド王女に指輪など贈るな」と言われ、確かにプライドにはもう捧げ済みだったと理解する。せっかく贈るのならば今まで送ったことのない品が良いかと頷けば「同じ品なのが問題なのではない」と両断された。
「先に行っておくが、指輪やピアスは間違っても贈るな。お前はせめて身に着ける品以外にしろ」
「?しかし女性に装飾品は基本だろう。指輪やピアスが駄目ならば、ドレスや靴などはどうだ?サーシスの職人の腕によりをかけた金糸の」
「お前が惚れたのは本当にティアラ第二王女なのだろうな⁇」
ティアラ。
唐突にその名を呼ばれた途端、記憶の中に鮮明に彼女の姿が浮かんできて急激に熱が上がった。
祝勝会での美しいドレス姿は一瞬視界に入るだけでも目を奪われ身体どころか鼓動すらも言うことを聞かなかった。
プライドのお陰でほんの僅かな時間ではあったが語らうことができ、俺からも改めて変わらず意思を伝えることができた。俺に怒っていた時の表情すら愛らしく、このまま会話すらできないのではと思っていた俺にはその唇から言葉を向けて貰えるだけで幸福だった。「きらい」こそ言われたがそんなことは彼女に恋をした瞬間からわかっている。そんな彼女だからこそ愛しいと思えたのだから。
しかしその後にてっきり二度と話しかけるなとでも言われるかと覚悟していた俺に、彼女の言葉は
『そっ…その、言葉遣いっ…早く直して下さいっ…!』
つまりは言葉遣いさえ直せばまた話しかけても良いのかと、そう思えばあまりの幸福感に口元の緩みが止まらなかった。
発熱と共に当時の彼女の姿から言葉ひとつが今目の前で起こっていることかのように鮮明に蘇る。気付けば記憶に夢中で目の前の兄貴が見えていなかったことに、「セドリック」と呼ばれるまで気付かなかった。
兄貴の声を頼りに現実の視界へと意識を向ければ、飽きれた顔で俺を見る同じ燃える瞳がそこにあった。記憶に目を外しても未だに顔の熱も動悸も鳴りやまない。
俺の反応にも慣れた兄貴は「いい加減直せと言っているだろう」と指摘する。しかし記憶全てを抱く俺に無理な話だ。特にティアラの話題にもなれば一度思い出せば思考が止まらせたくなくなる。鮮明な記憶を持つからまだ良いものを、本来ならば毎日でも彼女に会いたいくらいなのだから。大体今回は兄貴が不用意にティアラの名を口ずさんだから悪い。
少し呆けてしまっていたことを自覚しつつ、振り返って時計を見れば一分以上経過していたことに気付く。慌てて話を戻すべく俺は前髪を書き上げながら呆ける前の問いに言葉を返す。
「兄貴が当然のことを聞くのが悪い。何故そこでティアラの話が出てくる?次の誕生祭が行われるのはプライドだぞ」
「そんなことはわかっている。とにかくそういった品はティアラ王女にだけ贈れ」
「だが相手はプライドだぞ??」
「お前はそういう品を贈るのは惚れた相手だけにしろと言っているのだ馬鹿者」
今日だけで二度も馬鹿者呼ばわりをされ、俺は首を傾ける。
兄さんにも以前想いを伝えることは自重するようにと助言を受けた。だから祝勝会でも言われた通りにティアラには俺の想いが変わっていないことだけを伝えて自重した。本来であればあの場で恋の詩を百は唱えても足りぬほどの気持ちだったが、兄さんの言う通りティアラに「軽くみられる」のも避けたかった。
俺の想いは誓って軽いものではないのにそれを他でもないティアラに誤解されれば耐えられない。つまりは兄貴もティアラ以外の人物であるプライドにそういう品は自重しろと言いたいのか。
しかし一方的な恋心を伝える為でなくとも、女性に身を飾る品を贈るのは男性の基本だろう。しかも相手は唯一無二の存在であるプライドだ。女性としても誉れ高く誇り高い彼女に、それに相応しい品を捧げるのは当然とすら思う。
身に着ける類が駄目ならばあとは装飾といっても部屋を彩る品か。フリージア王国では手に入らない動物でも今から狩らせるか。剥製にするか毛皮にするかと考えれば、毛皮ならば絨毯よりもやはりコートの方が……と思考が回ったところで兄貴に「もう良い」と遮断された。
「私からの助言はここまでだ……。もし職人に任せたいようであれば私に確認を取ってから依頼しろ。午後までの勉学を終えたらヨアンの元に行け」
今から使者に伝えさせておこうと、兄さんのいるチャイネンシスに手続きを取るべく兄貴は早速部屋外にいる従者を呼びつけた。
確かにお陰でいくらか候補は絞られたが、既存の物しか思い浮かばなかった。兄さんならばもっと具体的な助言をくれるだろうかと考えながら、俺も承諾して部屋を後にした。
若干自分が思いつかないから兄さんに押し付けただけとも思えるが、確かに俺としても兄さんの意見を聞いてみたい。最優先の予定が決まった今、まずはそれまでの課題を済まさなければ。
頭を抱える兄貴に一言掛け、扉を閉めさせる。女性が身に着ける品以外、それでいてプライドに相応しい品。彼女に相応しい品を次々と考えながら俺は自室へと足を進ませた。
……
「僕も、ランスの意見に賛成だなぁ」
細渕眼鏡の向こうから困り眉をする兄さんは、一字一句違えず語った兄貴と俺とのやり取りにそう言った。
勉学を終え、馬車でチャイネンシス王国の城へと向かえば使者からの知らせを受け取っていた兄さんはすぐに俺を部屋まで招き入れてくれた。
兄貴からの手紙には俺がプライドへの贈り物に困っている旨の他にも何やら書かれていたらしく、俺を迎えた兄さんの第一声は「またランスを困らせたのかい」だった。兄貴を困らせたもなにも、単にプライドへの贈り物について相談しただけだと本題よりも前に兄貴との会話を説明せざるを得なくなった。
兄さんが兄貴の意見に賛同すること自体は俺も異議はない。しかし身に着ける品以外で女性が喜ぶ品は何かと尋ねれば、兄さんは眉を困らせたまま首を傾けた。
「セドリックは、自分個人としてプライド王女に贈り物がしたいんだよね?純粋に、プライド王女への感謝とお祝いの気持ちで」
「そうだ。だが、女性が喜ぶものとなればやはり身に着ける類だろう。兄貴にそれを封じられた今、あとは剥製や調度品か……王弟として俺もプライドに胸を張って贈れるものを用意したい」
「うん。その考えはとても良いと思うよ。プライド王女なら気持ちを一番喜んでくれる人だと思うし、セドリックがそんなに悩む必要もないと思うけれど。…………ただ、ティアラ王女にも角が立たないものを選ぼうね」
「⁇角⁇何故だ⁇」
「君が好きなのはティアラ第二王女なんだよね⁇」
敢えてか、ついさっき語った兄貴の台詞と似たようなことを兄さんまで言ってくる。
俺も敢えて兄貴へと同じ返答をしながらも、またぐるぐるとティアラとの記憶が頭を巡ってくる。一日に二度も気持ちを確認されるなどと、二人に遊ばれているのではないかと考えながら必死に記憶の中のティアラを今だけは振り払う。上昇し始めていた熱を発する為に胸元を指で緩め、額を拭う。俺の反応に兄さんはくすりと笑った。
「片意地張らず、毎年僕やランスに贈ってくれる品と同じように考えると良いよ。悩むのならプライド王女に何が相応しいかよりも、君が貰って嬉しいもので考えてみたらどうかな」
確かに。
流石は兄さんだと思いながら俺は腕を組む。毎年、唯一兄貴と兄さんにだけは俺も誕生祝いは贈っていた。プライドは女性だが、確かにそちらの感覚で考えた方が見つけやすい。
しかし俺が……と考えると、これはこれで難しい。王族である俺は欲しければ大概のものは手に入っているし、兄貴や兄さんから贈られた物ならば何でも嬉しかった。今唯一手に入らず喉から手が出るほど欲しい物といえば、ティアラの望みを叶える方法くらいのものだ。
そしてプライドも俺と同じく王族だ。しかも大国フリージアの第一王女となれば手に入るものは俺よりも幅広い。だからこそそんな彼女に相応しい品をと悩んだわけなのだが、……俺が嬉しいもの…………。
……。………………駄目だ、今はティアラ関連しか思いつかない。
眉間に力を込めながら一人頭を掻く。するとカップを手に取る兄さんから再び助言が添えられた。
「君はフリージア王国へ行った時にプライド王女の住む宮殿にも部屋にも通されたのだろう?記憶の中で彼女が好みそうな物とかに覚えはないかい?」
セドリックなら覚えているだろう?と俺の記憶力を指す兄さんに俺も唸る。
確かに俺は客人としてプライドの宮殿にも、そして彼女の部屋にも招かれたことはある。部屋に至れば二度、一度目は俺自ら突然訪問した。…………女性の部屋に突然尋ねるのも礼儀違反だと教師から学んだ時は頭を抱えて動けなくなった。その後に俺は彼女の唇すら奪おうとしたのだから。
当時の記憶を思い出せば、羞恥と共に鮮明に視界に捉えた分の部屋や宮殿の装飾が脳裏に映る。
『美しきプライド第一王女殿下。宜しければ少々お時間宜しいでしょうか?』
先ず回廊から宮殿の廊下には花瓶に季節に合わせた花。庭園に咲いていた花と同じものだったからそこであしらったものだろう。種類も豊富で俺すらも知らず、見た覚えのない花も多くあった。
趣味の良い天井画も至る所に描かれ、壁には王家の姿絵がいくつも飾られていた。回廊には現王家揃った姿絵が年代別にもあれば、歴代のものも飾られていた。プライドの住む宮殿では現最上層部よりもプライド達にものが多くあった。赤子だったのであろうプライドを抱く現女王と王配や幼くも凛々しさの残るプライドの幼い頃からの姿。ティアラやステイル王子は五歳頃の姿絵からしかなかったが。
解放感のある窓に、職人の技巧が凝らされたシャンデリア、長い廊下に点々と続く夜にも足元を照らす照明の蝋燭やランプも全て細部まで凝ったつくりだった。流石は大国フリージア。
『どういうこと?突然帰国するだなんて』
プライドの部屋には来客用のテーブルが二つ、それぞれ椅子四脚、ソファーは二種類二つずつ、広々とした机には本が二冊手紙が二束、ペンにインクに便箋。暖炉には火が灯り、姿絵に絵画に、本棚には題目順に並べられた本と一番上には形の違う飾りを垂らした本が種別も関係なく並べられていた。花瓶には廊下のどれとも重ならない庭園の花が飾られ壁にはこちらも複数種のドライフラワーに女性らしい掛け時計、化粧棚に全身鏡、侍女が用意したであろうワゴンに紅茶のポットとカップに焼き菓子、それに…………
『世界で一番貴方を嫌う私が、貴方の味方になってあげる』
「~~~~~~っっっ…………」
ぐわりと、彼女の部屋に記憶と共に羞恥に脳が焼かれる。
気が付けば頭を抱え、兄さんの前でテーブルに突っ伏してしまう。頭から湯気が立っているかのように抱える指まで熱くなる。本当に何故プライドはあんな愚行ばかりで手を焼かせた俺にあれだけのことをしてくれたのかは永遠の謎だ。
淑女の前で、しかも私室で泣き喚いた俺がよくあそこで叩き出されなかったものだと思う。今思い出しても紫色の瞳に反射した俺の姿は情けないものばかりだ。
セドリック?と兄さんが指で俺を突く感覚がするがまだ動かない。部屋の内装を思い出そうとすればプライドへの愚行も揃って思い出す。必死に今はプライドの贈物への手がかりをと記憶を必死に押し込み思考の中で逃れる。
「とにかく、…………とても豪奢な、城だった。プライドの部屋も見事なものだった……」
あまりの熱の周りに当然の感想しか出てこない。
兄さんから二言柔らかく相槌を打たれたが、恐らく俺がどうして蹲っているかもわかっているのだろう。しかし、実際にフリージア王国の城は、…………いや王居、プライドの宮殿だけでも本当に豪奢そのものだった。あれほどの贅沢の限り全てを携えている彼女へ俺個人が与えられるものなど何もないのではないかと思えてしまう。
彼女の部屋自体は自己顕示の欠片もなかったが、それでも全てを持っているといって過言ではない。俺如きが彼女個人に贈りたいと思ったこと自体が間違いだったのか。己の愚行とプライドからの叱責に脳内で殴られた所為か心が折れそうになる。
俺が貰って嬉しい物など彼女も当然手に入る。彼女にすら手に入らない大事な品などこれくらいだと、服越しに首に掛けたクロスを掴む。しかし身に着ける品でもあれば、兄さんが贈ってくれたこれを真似するわけにもいかない。何よりこれはチャイネンシスの宗教的象徴であると同時に、俺と兄さん達との─……!
「…………あった」
は、と。意識が固定し、目の前が開けた。
突然抱えていた頭を上げる俺に、兄さんが金色の目を丸くした。思いついたのかい?と尋ねる兄さんへ、今は自信を持って声を張る。俺が贈れるとすればこれしかない。
「感謝するぞ兄さん‼︎すまないがここで失礼する。今すぐ兄貴に許可を得て職人と寸法から図らねば間に合わん‼︎」
「す、寸法⁇セドリック、悩みが晴れたのは良いけれど何をするつもりだい?ランスに頼む前に教えてくれると嬉しいんだけれど……」
兄貴と同じく俺が何を贈るつもりか確認する兄さんに、俺は背中を向けかけた身体を戻す。
たった今思いついたプライドへの贈物を語れば、兄さんは目を皿にした。完璧に作らせる自信もあると言って見せればぽかりと力なく口が開いたままになった。まさかこれにも何か問題があるのかと、一応兄さんの反応を待ち佇めば三秒後に兄さんの口から緩やかに笑みに広がった。
「また大仰なものを考えたね……セドリック」
でも良いと思うよ。と、そう少し楽しそうに続けた兄さんは、チャイネンシスでも協力できることがあればと自ら協力を名乗り出てくれた。
感謝する‼︎と部屋いっぱいに響く勢いで声を上げ、俺は今度こそ急ぎ足で部屋を出た。馬車を走らせ、急ぎ兄貴と職人達のいるサーシス王国へと戻った。
プライドへ贈るのが今から楽しみだと、向かう時とは異なる意気で馬車の中で胸を躍らせた。
…………
「そ、……それでセドリック。これを、私に…………?」
十八の誕生日前日。
ハナズオ連合王国から馬車で訪れてくれたセドリック達が到着したのは日も沈んできた頃だった。
摂政業務補佐中のステイルはこれなかったけれど、私だけでも迎えるべく出ればティアラも「お姉様が行くのなら……」と付いてきてくれた。
今も私の背後に隠れ気味ではあるけれど、それでもランス国王とヨアン国王もいる前だからしっかりと挨拶をしてくれた。セドリックも前回みたいにそっけない態度ではなかったしティアラもしっかり王女らしくだし、少なくとも祝勝会前よりは安心安全な挨拶になったと思う。
お互いに挨拶を終えた後、今晩は遅いしそのまま明日に備えて来賓の王族用の宮殿に案内させようとしたところでのセドリックだった。
明日の私の誕生日に備えて国としてだけでなく個人的にも贈り物を用意してくれたらしい。明日は忙しいだろうから是非にと言われれば、その誠意に私も断れない。一度宿泊する宮殿に積んできた荷物全てを運んでから、私宛の品だけ私達の宮殿に運んでくれるというセドリックを待てば予想よりもすぐに訪れてくれた。ランス国王とヨアン国王が全て請け負ってセドリックに早く行けと送ってくれたらしい。
他の荷物は全て置いてきた筈なのに、荷車と共に馬車で訪れたセドリックは自国の衛兵二人に大きな物体を運ばせながら玄関を潜った。
もうそのサイズからして私もティアラも、そして近衛騎士で控えてくれていたアーサーとエリック副隊長も唖然としてしまった。身体つきの良い衛兵二人よりも大きいそれに、形状でどんな物かはある程度予想はついたけれど、それはそれで今度は別の方向に嫌な予感で肩が強張った。いやまさかちょっと前のセドリックなら未だしも今のセドリックがそんなことをしないと思いたいけれども‼︎
貰う前からドン引くのは失礼だと、引き攣りそうな顔を社交界で鍛えられた表情筋で抑えながらセドリックを見返す。セドリックからの品なら、ランス国王とヨアン国王もチェックした筈だし大丈夫!と自分に言い聞かせる。
……「そうだ」と一言胸を張るセドリックに、やはり失礼ながら不安が煽られるけれど。
「兄貴と兄さんには大仰な品だと言われたが……」
本当に本当に大丈夫⁈⁈‼︎
さらりと言うセドリックに、貰う側の私が心配になる。前回せっかくティアラに少しだけ誤解も解けたばかりなのに、ここで好感度下げるような真似はしないでと心で叫ぶ。
セドリックからの個人的な贈り物は素直に嬉しい。お互い第一印象は最悪だったけれど、セドリックが贈りたいと思ってくれたことが何より嬉しい。…………そして気持ちそのものが嬉しいからこそ、貰った物によっては色々な意味で置き場所に困りそうだと思う。
お願いだから予想は外れていますようにと念じながら包装を取り外して良いか尋ねる。快諾してくれるセドリックにお礼を言いながら、私の腕にしがみつくティアラと並び巨大な贈り物の正面に立つ。侍女と衛兵にも命じて丁重に包んでいた布を取り外させれば、……息を、飲んだ。
「……額、縁…………??」
巨大な、額縁。
絵画を飾り際立たせる為の入れ物。布を外せばそこにはサーシス王国のであろう黄金の彫り物と、更には確実にチャイネンシス産であろう宝石まであしらわれた豪華な装飾で彩られていた。
我が城でもこんなに贅沢な物は数少ない、黄金と宝石の額縁だ。ただ豪奢なだけではなく、きちんと気品の感じられる彫刻と形状は、まさに絵を飾るに申し分ない。衛兵の身長以上ある額縁は、宮廷絵師に描かせる絵画にも近かった。
大きさにも比例してあまりの美しさと煌びやかさに目を奪われる。圧巻されて確認した後は言葉もすぐには出なかった。ティアラも腕が降りて自分の口を両手で覆っている。金色の目がくりくりと丸い。背後でアーサーとエリック副隊長からも感嘆の声が漏れ聞こえた。
「プライドの宮殿にはいくつも姿絵や絵画があったが、一応一番割合として数の多かった絵画に大きさも合わさせてもらった。欲を言えばお前の部屋に飾られていた姉妹弟の姿絵に合わせてくれれば嬉しいが、まぁ好きに使ってくれ」
サイズも合わせてくれたの⁈
どうやって、と思わず喉まで言葉がせり上がったけれどそこで意識的に口を閉じる。
涼しい笑顔で腕を組むセドリックを前に、彼のゲームの設定が高速で過る。絶対的な記憶能力がある彼なら一ミリも違えずに一目見た絵のサイズだって覚えているだろう。職人に「ここからここまでだ」と抽象的な説明方法で寸分狂いなくぴったりサイズを指定する姿が聞かずとも想像できる。
しかも私の宮殿にある額縁で一番数の多いもの、更には三姉弟妹の絵のサイズに合わせてくれるところが彼らしい気遣いだ。
私にとっても大事な絵であるあの姿絵をこれで飾れると思えば、それだけで胸がわくわくと落ち着かない。良かった、セドリックの自画像とかいうトンデモ品じゃなくて。
今は違うとわかっていながらも、元ナルシスト俺様王子様だった彼を思うとこの形状にどうしてもそれが過ってしまった。自分の自画像を押し付けたなんてティアラにも完全ドン引かれる案件だもの。
だけど、実際はこんなに素敵な品を贈ってくれた。数分前まで失礼なことを考えてしまったことを謝りたいと、思わず自分への恥ずかしさに眉に力が籠る。
「……気に入らなかったか……?」
「!いいえ、そんなことないわ!!すっごく素敵!」
しまった、つい難しい顔で誤解されてしまったらしい。
さっきまできらきらと目を輝かせていたセドリックが、今は私の顔色を確かめるように子犬のような表情を私に向けてきた。まさか自画像と思いましたなんて言えない。気に入らないどころか今から飾るのが楽しみなくらいなのに‼︎
身体ごとびっくり跳ねてしまった後、慌てて両手を振って否定する。「本当か……?」とまだ心配そうなセドリックに「本当よ!」と力いっぱい声を上げてから大きく息を吸い上げ、呼吸を整える。
「……本当に、すっごく。こんな素敵な額縁初めて見たわ。本当にありがとう、早速あの絵に使わせて貰うわね」
肩の力を抜けば、今度は自然に心からの笑みが零れた。
こんなに素敵な額縁で、大事な人達と揃った姿絵を飾れるなんて夢のようだ。あとほんの僅かでもこうして遺せるのが嬉しい。
嬉しい証拠に、額縁へ歩み寄りそっと手の油を遺さないように軽く撫でる。細部まで金の彫刻が残されて、滅多にお目に掛かれないほど大きな深紅の宝石が輝いている。私にはもったいないほどの美しさだ。
私の気持ちが今度こそ正しく伝わったらしくセドリックも「良かった」と安心したように胸を撫でおろした。ほっと力の抜けた笑顔をもらった直後、さっきまでまじまじ額縁を見つめていたティアラがぴゃっと私の背後にまた引っ込んでしまう。
「飾り終えたら是非一度また見に来てくれると嬉しいわ。その時は是非お兄様達もご一緒に」
「ああ、兄貴達も喜んで協力してくれた。…………お前達がこの先も末永く仲良く在れることを心から願っている」
そう言って目の奥の焔を揺らしてくれるセドリックは、優しく微笑んだ。
その言葉に、セドリックがこれを選んでくれた理由も彼らしいなと思う。お兄様達二人を大事に想っている、この上なく彼らしい贈り物だ。
宮殿内にも飾られた王族全員勢揃いの豪華姿絵にも使いたいけれど、やっぱりセドリックから私への贈り物だしここは部屋に飾りたい。
本当にありがとう、と胸を押さえながらお礼を重ねる。誕生日を前に、こんなに素晴らしい品をと伝えれば「お前さえよければ毎年でも用意させよう」と言ってくれた。絵さえ指定してくれればまた寸分狂いなく、と補償してくれるセドリックに本当に流石だなと笑ってしまう。使用人達にお願いして、明日の朝に間に合うようにとお願いしてみようかしらと思う。だって
誕生日の朝を、こんなに素敵な額に収められた絵画に迎えられたらきっと一日中素敵な気分になるから。
セドリックからの予期せぬ素敵過ぎる贈り物に、早くも明日の朝を迎えるのが楽しみになった。
…………
「…………」
おやすみなさい。そう挨拶を告げた後、自室でベッドに潜った王女は目を開けたまま寝がえりを打った。
セドリックが姉に贈った額縁。自分の目でもひいき目なく本当に素敵な物だったと思う。あまりの素敵さに、明日の朝には間に合うようにと侍女や従者達だけでなく衛兵も手伝いますと意気こんでいた。
寝る前には姉の部屋にあった絵が飾り直す為に一度運ばれていったのを見た。自分と、姉とそして兄の姿絵は自分にとっても大好きな絵だった。あれがあんなにきらきらした素敵な額に飾られると思うと自分だって嬉しくて仕方がない。そして同時に
─ 〝私が入った絵は〟いつまで飾って貰えるのかしら……。
寂しい。
優しい姉であれば、自分が国から去った後も飾ってくれるとも思う。だが、王族としていつまでも昔の姉妹の存在を大々的に飾ってくれることは難しくなるだろうということも知っている。
王宮や回廊にも飾られた歴代の王族の絵だって、女王以外の兄弟姉妹の姿は王家の集合絵一枚だけにだ。自分が国を去れば、一枚、また一枚と自分の姿が残された絵は少しずつ歴史の影に消えていく。あのお気に入りの絵も、いつかはプライドの部屋に飾ることすら難しくなる。あの額縁に、いつか自分がいない〝プライドの家族〟の絵が収められるのかもしれないと思えば胸がぎゅっと締まった。絵は飾れずとも、あんなに素敵な額ごと捨てるとは思えない。
『お前達がこの先も末永く仲良く在れることを心から願っている』
彼の気持ちは嬉しい。だが、同時にそれは叶うことがないという事実にあの瞬間だけは少し泣きたくなった。
兄弟を愛する彼の理想通り、自分の姉兄までずっと一緒に居られるなんてそんな
夢みたいな話。……あるわけがないのだから。




