どうしてこんなことに……
「何故だ! 何故こうなった!」
私は夜会で、シャーロットが教えてくれたヒーローという存在になったはずだった。
私の可愛いシャーロットに悪逆非道ないじめを繰り返したルビーナを断罪し、婚約を破棄し、真に愛するシャーロットと結ばれ、2人で侯爵家を継ぎ幸せに暮らすはずだった。
しかし、なぜか友人たちに無視され、生意気な子爵家の次男に、
「お前は真実の愛を選んで侯爵家を捨てたんだから、相手にされなくて当たり前だろ? 昔お前が俺に言ったように、高位のお貴族様は跡取りでもないものを相手にしないんだったよな」
と、くだらない戯言を言われて腹を立てた。
しかし、その場にいた侯爵家の嫡男に言われた言葉に愕然とした。
「相手にするしないはともかく、君が継承権を放棄したとみなされたのだろう」
「どういうことだ!!!」
「家同士の取り決めであるフェアリーライト侯爵令嬢との婚約を破棄するということは、家の意向に背くということだろう?」
「違う。私は真実の愛に……」
「真実の愛を貫いて貴族同士の契約に背信するというのなら、放逐されるのが理だろう」
その言葉を聞いて私は膝から崩れ落ちた。
シャーロットが何か叫んでいたが、その言葉は耳に入らなかった。
家に帰り、父に事情を話し、真実の愛を説いた。しかし、父の言葉は冷たかった。
「それが貴族社会で何の役に立つというのだ。お前はあの男爵令嬢に騙され、ルビーナ嬢との婚約破棄を公の場で宣言したことで、私の跡継ぎの座を失ったのだ」
「そんな……」
「せめてもの情けとして、お前自身の資産は没収しないし、街中に住まいを用意してやる。それと一か月だけ使用人を派遣するから、彼らから市井の民の暮らし方を学ぶといい」
「父上!」
「残念だよ、トーマス。ルビーナ嬢と一緒にさえなれば、いい領主になれるかもと思っていたのだがな」
何ということだ。
父上自身、私がルビーナ嬢に劣ると考えられていたことにショックを受けた。
いや、分かっていた。
私がルビーナに劣っていること、私だけでは領主として、侯爵家トップとしてやっていけないことは自覚していた。
それがもどかしく、認めることができず、つらく苦しい思いをしていた。
そこから救ってくれたのはシャーロットの優しい言葉だった。
だから、ルビーナがいなくてもやっていけると証明したかったのに……。
「どうしてこんなことに……」
そう泣き崩れることしか私にはできなかった。
きっとこんな私を優しいシャーロットはまた慰めてくれるだろう。
シャーロット……君を愛してる。
君がそばにいてくれたら、私はそれだけで幸せだ。
けれど今だけは悲しみの涙を流させてくれ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「なんでよ! なんでこうなったのよ! 私はヒロインでしょ! 私が幸せになれないはずないのに!」
部屋のベッドの枕をボスボス叩いても、叫んでも、全然気が晴れない。
そもそもなんで父様に怒られなくちゃならないの?
私は頑張って侯爵令息を捕まえたのに。
「なんでこんなことをした?」って、私がヒロインで、攻略対象ならだれでも手に入れられる存在だからに決まってるでしょ?
物心ついたときには何か違和感があった。
なんか自分の知らないところに放り込まれたみたいな感じがあった。
それがある意味正しかったとわかったのは、5歳の時に姿見に映った自分を見たときだった。
だれが見てもかわいいというだろう外見、ふわふわとしたストロベリーブロンドの髪、大きくて透き通るようなスカイブルーの瞳、白い肌にうっすらとピンク色をまとった頬、小さくてつやつやした唇。
タイトルが思い出せないけど、すごくはまって全攻略対象を落とし切った乙女ゲームのヒロインそのものだった。
確信を持ったのは名前を知った時。
「マーシャル男爵令嬢」「シャーロットお嬢様」
間違いなくここはその乙女ゲームの世界だった。
生活水準が日本に劣るから不便に感じることも多かったけど、生まれてからずっとそういう世界で生きていればそういう生活に慣れるから、あまり苦にならなかった。
まあ、スマホは欲しかったけど……。
ゲームが始まるのは貴族の子女が通う王都高等学院の入学式。
それまでに攻略ルートや攻略のしやすさ、対象の性格を頑張って思い出した。
推しキャラは王太子殿下だったけど、王太子殿下とくっついても王太子妃や王妃として大変な生活を送ることになるのは目に見えてる。
だから攻略がしやすく、性格もおだてれば何とかなる人で、地位が程よく高くて家に財産がたくさんある侯爵家のトーマスを落とすことにした。
ゲームのストーリーに沿って、偶然の出会いを演出し、セリフもきちんと選んで、シャーロットが一番かわいらしくか弱く見えるような態度をとってと一生懸命頑張った。
そのうえで悪役令嬢にいじめられているっぽいことを言って、たまに証拠をでっちあげて、「でもトーマス様と仲良くなってしまった私が悪いの」とフルフルしていたら、ちょろいトーマスは簡単にシャーロットに落ちた。
そしてついにゲームと同じく、トーマスがパーティで悪役令嬢に婚約破棄を告げて、シャーロットを妻にする宣言を貰えて、ミッションコンプリート!
なんかところどころセリフがゲームと違っていたけど、終わりよければオールオッケーよね♪
そんな幸せ気分のままトーマスとトーマスの友人のところに向かったら、一斉に無視された。
なぜ? と思いながら違うグループのところに向かうと、みんなが私たちを避けた。
「私たちに嫉妬でもしたのか?」
そうね、そうよね。トーマスの言う通り嫉妬されているだけよねと思いたかったが、心の中は不安でいっぱいだった。理由はわからないけど。
そして相手をしてくれた下級貴族たちと、そこにいた侯爵家の坊ちゃんの言葉に、私とトーマスは衝撃を受けて腰が抜けた。
どうして? なんで? 私がヒロインで、だれよりも幸せになるはずなのに、侯爵夫人になれないってこと?
そんな不安に侵食されているときにホールを見たら、あの女が誰かと踊っていた。とても楽しそうに、幸せそうに。
「悪役令嬢のくせにいいいいいい!!!!!」
あの女を見ながら叫んだのにガン無視されたのもむかついた。
そして今、家に帰って父様に怒られ泣かれ、
「トーマス殿と一緒に市井に降りて、市民として暮らしなさい」
と見捨てられてしまった。
坊ちゃんとしてしか価値のないトーマスと市井で暮らせるわけないじゃん!
男爵家と同じ暮らしだってできないってバカな私でもわかる。
ヒロインの私が、どうしてそんな罰ゲームみたいな目に遭わないといけないのよ!
「どうしてこんなことに……」
このまま結婚したら、私の一生貧乏一直線で馬鹿な元坊ちゃんが酒浸りになって暴力を振るわれる未来しか見えない。
そんなことになってたまるもんですか。
とりあえず平民落ちが決定したら、トーマスには「市井の暮らしにまずは慣れよう」と告げて、結婚は当分お預けにしておこう。
離婚は大変だけど、同棲していただけなら簡単に別れられる。
その間に金持ちのいい男を見つけて、そいつを落として、そいつと結婚してしまえばいい。
もしも男爵位がもらえたら、トーマスに必死に働いてもらって、その金でぬくぬくと生活していけばいいだけだし。
私がヒロインなんだから、私が幸せになれないのはおかしいもん。
なにがなんでも幸せになって見せるわ。
山ほどやってきた乙女ゲームを参考に、自分で新たなルートを開拓してみせるんだから!
結果:坊ちゃんはどこまでも夢見がちな坊ちゃんのままで、ヒロインはしたたかでしたw
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こちらは短編『悪役令嬢って何のことでしょうか?』 https://ncode.syosetu.com/n8061ia/ の続編になります。
そちらもあわせてお読みいただけると嬉しいです。
普段はぽちぽちと「乙女ゲームをもとにした異世界で悪役令嬢が主人公」のうんちく長編を書いております。
もしよろしければ、そちらものぞきに来てくださいね。
どうかよろしくお願いいたします。
「ドラゴンの使者・ドラコメサ伯爵家物語 ドラゴンの聖女は本日も運命にあらがいます!」
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