7 りほ、情けは自分の為ならず。
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迷っちゃった\( ̄▽ ̄)ノ。
赤ずきん系に来て数時間。
ようやく、地獄の茎ワカ中毒者ことお母さんのもとを離れ、おばあちゃん家へ向かおうと家を出た私・萌野りほ。
ごくごく普通に出かける準備をして(バスケットに茎ワカ料理は入ってるけど)、ごくごく普通に行ってきますとか言って(脳内で「逝って」に変換されたけど)出てきたけどさ。そう、ごくごくごく普通に。ごくごくごく。
えっと、なんか飲んでるわけじゃなくて(デジャヴ)、これ、よく考えれば分かったことなんだけどさ。……あのさ。
私。
おばあちゃん家の場所、知らないんだよねっ!!
つんだ。
でもさ? なんか戻ったらおかしいじゃない?
だから、テキトーに森の中歩いてたんだけど、さっきから同じ場所をぐるぐるしてる気がするんだよねっ。あはっ☆
まあ、今はかろうじて「私散歩してるだけなんですぅ〜」みたいな顔を保ってるんだけど、内心汗ダクダク的な? あーもうどうしよ的な?
ほんと、誰だよこのアホ? 私だ(大混乱)!
「え、え〜っとぉ。次はぁ、左だったかなぁ?」
次どころか、最初も最後も知らんけども。というか道という道すら見当たらないけども。
とりあえず進む方向を左に90度曲げる。
……景色がどう変わったかすら分かんない。
いや、元気に行こうぜ、私。
そういえば。
確か、『左』って不吉なんだっけ?
英語とかドイツ語だと、右を表す言葉が「強」「吉」「正」とかの意味を含んでて、左を表す言葉が「弱」「不吉」「邪」って意味を含むって、テレビかなんかで見たことある気がする。
「………………」
なんつーこと思い出してるんだよ!?
私、アホなの? あ、アホだった!
アホのくせによく分かんない知識だけあるとか、アホの極みだわホント(大混乱続投中)!
どうしよう、アグーのこと言えなくなってきたぞ。
ま、まあまあ、私日本人だし? イギリスの言い伝えとかカンケーないよ。うんうん。
大丈夫、ともかく元気に行こうぜ、私(2回目)。
———ガッ
何かにつまづいた。
目を向けると、黒くて毛むくじゃらのモノだ。
で、それが、もぞっと動いたかと思うと、私の足をがっちりホールドした。
え? ガッチリ、ホールド?
ってか、コレってもしや。
「何か……食いモンを、くれないか……?」
顔を上げたソイツは。
「ギャア“ア“ア“ッ!!
オオカミィィィーーー!!!」
え、え、え? なんで? 無理無理!
無理だコレ。想像よりめちゃくちゃ怖いって!
目はギラギラしてて、歯はすんごいギザギザしてる。うまく言えないけど、野生、野放し、みたいな雰囲気がバンバンする。
それにコイツ、なんかお腹空いてるみたいなんだけどさっ!!
私、もしかして、喰われる?
展開早くない?
喰うとしてもおばあちゃん家で喰ってください! まあ本音言うと、おばあちゃん家でも喰われたくなんてないけどっ!
ヤバイ、怖い。無理無理無理……!
———バタンッ
あ、オオカミ死んだ。
いや、失礼。急に力が抜けて倒れ込んだけど、息はしてるっぽい。
いけないいけない、つい願望が。
でもよく考えたら、オオカミがいないと物語成り立たないし、それはそれで困る。うーん。
とりあえず声、かけてみるしかないか。
「あの〜……。だ、大丈夫ですか〜っ?」
2メートルのディスタンスをとりつつ、のけぞりながら聞く。これ以上の接近は無理。
ここで。
オオカミの様子はどうだ、と、改めて遠目からじっくり観察した私は、あることに気づく。
——このオオカミ、なんか、小さくね?
さっきは恐怖で気づかなかったけど、オオカミの大きさ? 体長っていうの? が、かなり小さい気がする。
例えるなら、そうだな……、私が毎晩抱いて眠ってたうさぎの抱き枕くらい(独特の例え)。
うっ、あの安心感を思い出しちゃったじゃないか。くそう、今からでも戻って抱きしめたい。
冗談はさておき、つまり、このオオカミは。
「子ども……?」
シャクシャクシャク……。
シャク、シャクシャク……。
数十分前に嫌という程聞いたこの音。
そう、茎ワカメ。
でも、食べているのは私じゃない。
「……それ、美味しい?」
「ああ。うまいぞ」
喋る時間すら惜しそうに茎ワカ料理にがっついているのは、この「子オオカミ」。もうずっと何も食べていなかったらしい。
正直、あのクオリティの茎ワカ料理に思いっきり口を開ける子オオカミの精神が分からない。
無理やり理解するとすればあれかな?
「腹が減ってるから、何でもうまい」状態かな?
それくらいしか考えられんわ。
まぁそれは置いといて。
何でコイツは、子どもの体格をしてるんだろうか?
小さい頃に読んだ、私の知ってる「赤ずきん」の「オオカミ」はもっと大きかった気がする。少なくとも、赤ずきんの身長は超えていたはずだ。
でも、今茎ワカジュースをがぶ飲みしているコイツは、私の身長より少し小さいくらい。こうなるとオオカミの威圧感が半減してるし、普段から森で生活してる人からしたら、気にも留めないレベルかもしれない。
ん? あれ、まてよ?
通常起こらないことが今、起きているということはつまり。
人間界から、何らかの影響を受けているということでは!?
つまり赤ずきんの空けた穴から、「子どものオオカミに会う」という変質が流れ込んできたということ!
そうじゃん、考えてみたらそれ当たり前のことだったわ。
うーん、茎ワカ母ちゃんといい、子オオカミといい、マジで赤ずきん嫌いになりそう。
私が赤ずきんへの怨みを着々と積み上げているうちに、バスケットの中身も着々と減っていく。3分の2ほどなくなった時に、やっと子オオカミは食べる手を止めた。
そして顔をあげ、私の目をきちんと見つめてから頭を下げた。
「助かった。お前が食いもんをくれなければ、今頃くたばっていたと思う。本当に感謝している。」
「そんな、いいのよー、あはは」
棒読みぎみに苦笑いする形になってしまった。
ふてぶてしい口調のせいで、感謝しているのか分かりづらいし、まだちょっと怖い。
大体、「お前」って呼ぶやつにちゃんとしたやつはいないと思う。偏見だけど。こちとら天下無敵の赤ずきん様だぞっ! 私がいなかったら今頃この辺崩壊してんだからなっ!
とは言いつつ、私にこの子オオカミが必要なのは事実だ。これからおばあちゃん家に行ってもらわなきゃいけないし、おばあちゃんと私を喰ってもらう仕事もある。
あ、私が悟られないように先回りしてワナを解除するのが先だけどね(遠い目)。
……うん? でも、そもそもこの体の大きさで人間を2人も食べられるのかな? どうみても、物理的に胃におさまらないよね?
ハッ! もしかして、変質でオオカミは人間なんて食べない設定とかついちゃったりしてる!? 大前提崩れてる可能性あったりする!?
「ねえねえ。オオカミってさ、私たち人間を食べることってある?」
「……ああ。基本的に、腹が減ってりゃ何でも食う。だが、お前は命の恩人だからな。流石に食いやしねぇよ」
「え……? あ、ま、まぁそうだよねあははは」
嘘やん??
日本の昔のなんか偉い人へ。
「情けは人の為ならず」ってなんなんですか。
だっておかしくない!?
私、お腹空かせたオオカミにご飯あげたんだよ!? これ、親切で思いやりで情けにカウントされるじゃんっ!
で、情けは自分に返ってくるっていうのが普通じゃん!
なんで逆に苦しめるんだああああああああ!!
赤ずきんなんだから、喰ってもらわないと意味ないわけ。どぅーゆーあんだすたんっ!?
生存展開ノーセンキュー!!
ご都合主義の過剰摂取断固反対!!
もう決めた。このことわざ、今後生涯一回も使ってやらない。
ってか、ほんとに冗談じゃなく詰みなんだが?
大前提はあったけど、他ならぬ私を食べてもらわないと話成り立たないのですが。
物語はまだまだ序盤。なぜか一向に進まない。
いや違った絶対本物の赤ずきんのせいだ。
許すまじ。ということで当人には聞こえないけど叫ばざるを得ない。
「早く戻ってこいよ、赤ずきん野郎おおおおおおおおおおおおおおーーーーー!!!!」