2 りほ、願いごとと話界。
グラーシスは、相変わらず私の眼前でパタパタやりつつ、事情を語った。
「まずは、妾の存在の説明からじゃ。
今主が暮らしているこの人間界の他に、『話界』という世界がある。話界の中に、人間界のあまたの物語の世界『系』が詰め込まれている、と想像すると簡単じゃ。
その2つの世界をつなぐ『神様』のおかげで、人間は本が読めるんじゃな。その辺りの事情は割愛するぞ。
それで、その話界のバランスを保つために、『神様』のもとでたくさんの精霊が働いておる。年中無休で、じゃ。24時間体制で、じゃ。本当ブラックなんじゃよあの神様……」
あれ、グラーシスの目のハイライトが消えていく。その神様とやら、パワハラしてるのか?
大丈夫なんだろうか神様。
最近の社会じゃそういうのに厳しいぞ。すぐ辞任に追い込まれるぞ……?
「すまぬ、話が逸れたな。で、話界の精霊、童話所属、赤ずきん系担当。それが妾じゃ。まあ、言うても童話所属の精霊はみんなグラーシスと呼ばれておるがな」
なるほど。珍生物の素性は分かりました。
にしても『所属』とか『担当』とか、会社みたいで面白いな。
「え、じゃあキミはグラーシスっていう種族なだけで名前はないの? なんか扱い虫けら……」
「何を言うかっ! 妾にはちゃんと立派な名があるんじゃぞ」
グラーシスはその小さな胸をそらした。
でかい板があるので動きからそう判断しただけだが。
「妾の名は、
『×⭐︎△◎×▽⭐︎』じゃ。」
……は? 何語?
そして、名前言う時だけ口開いてなかったんだけど。どっから声出してんの??
「話界の関係者のみ使える言語じゃ。妾とて、主が理解できるなら気安く本名を教えたりなどせんわ。…………『今』はな」
あっそう。他の言葉は日本語に翻訳できるのになぜ……? 謎だ。
さすが珍生物。
「うーんと、じゃあ『赤ずきんグラーシス』略して『アグー』だね!」
「え? なにそれ何でそんなふうに呼ぼうとすんのダサいからイヤd」
「ところで、アグー」
「無視された……。あと、名前決定してんだけど? 無理……。」
あれアグー、なんで泣いてんの?
それにどうでもいいけど、キャラ崩壊起こしてんぞ。『妾』とか『〜じゃ』とかはどこ行ったんだ。家出か?
……はっ。
いけないいけない。コイツといると調子狂うわ。
さすが珍生物(2回目)。
「えっと、で? 私は何をすればいいの? そもそもなんでアグーはここに現れたの?」
そう聞くと、アグーは髪のグラデーションの青部分を増やし(顔色の代わりに髪色が変化するらしい。ちょっと面白い)、さらに顔面ドアップに迫ってきた。
目に涙をためたまま。ってか近すぎて顔しか見えんて。一歩下がる私。
「実は、な。
妾がほんのちょっと目を離している隙に、赤ずきんの主人公『赤ずきん』が人間界の誰かに一目惚れをしたらしく、話界から飛び出してしまったんじゃ。
何でも、赤ずきん系をたまたま偶然散歩していたグラーシスが、たまたま偶然赤ずきんが消えるところを見たそうでのう。
……だったら止めろよあの野郎……ってか本当に『たまたま偶然』なのか……もしやアイツ手助けしたんじゃ……?」
なかなかキャラが定まらんな、アグー。
それにしてもさぁ。
いやいやキミたちポンコツすぎか?
何やってんだよ大失態じゃん!!
赤ずきんちゃんが人間界に飛び出した? それってあり得ることなのだろうか……?
じゃあ今童話「赤ずきん」の本を開いたら何が書いてあっちゃってるというんだ。
「なんだか嫌な予感がするんだけど、まさか私に赤ずきんの身代わりになってくれとか言わないよねそうだよね言うわけないよねあははは」
「そのまさかじゃよ」
え……? 冗談だったんだけど??
「主には今から話界にある赤ずきん系に行ってもらう。そして赤ずきんのふりをしてもらいたいんじゃ。
物語の世界にもちゃんと毎日があり、1日がある。登場人物が毎日同じルーティンをこなすことで、本は存在成立できているんじゃな。
それゆえ、妾が赤ずきんの居場所を掴むまで、赤ずきんとして行動することが必要じゃ。
もしも万が一、主が妾に協力してくれなければ、もうじき『神様』にバレて……。
おおお恐ろしくて、ここここれ以上は言えん」
もはや真っ青な髪でガタガタ震えだすアグー。
神様そんなに怖いのか……独裁か? 独裁体制なのか? 憲法どうなってんだ。
それがホントなら、やっぱり虫けら扱いされてるんじゃん。ちょっとかわいそうになってきた。
「頼むっ。協力してくれたら主の願いごとは最大限に叶えてやる。この通りじゃっ」
どの通りだよ。クソデカうさんくさ看板掲げて頭を下げられたって、説得力ゼロだぞ。
閑話休題。
整理をすると、私は今から異世界『赤ずきん系』へと転移をさせられ、『赤ずきん』として行動させられる。期間は未定。報酬は願いごと。
まあ、『願いごとが叶う』なんていう非科学的で超常的なことが実現するとすれば、これくらいの対価が妥当なのかもしれない。
それにさ。
異世界トリップとか最高か(どうも絶賛中学2年生女子です)!!!!
中学生の病を患っている私からすれば、報酬とか対価とかなんてどうでもいい。
異世界、めっちゃ行きたい。
願いごとも叶って一石二鳥じゃん。
私は内心るんるんで肩をすくめた。
「で? どーすれば『そっち』にいけるわけ?」
アグーはこれが返事とばかりにデカい板をひっくり返した。
……ひもがクロスして、若干その細い首が絞まっていく。
苦しそう。だが知らんぜ。
ひょっとしてアホか。あ、アホだったわ。
そのうさんくさ看板の裏には、
【赤ずきん系 あっち→】
と。
……『あっち→』って、どっちよ。
ちゃんと教えろよ。
助けてほしいんだろーが。
って思ったら、本当に右側に、身長くらいのブラックホールがあった。もう、グルングルンに渦を巻いてるやばい代物。吸引力すごそう。
え、いつの間に?
なんてほうけていたのが大失敗。
どこにそんな力があるのかアグーに背中を押され。
私、一切の心の準備なしに、そのままブラックホールへダイブ。
「びぎゃわいゃぁあえぁぇぇわぁぁ!?!?」
我ながら、全くもって乙女らしくない悲鳴をあげつつ、渦に巻き込まれる。
視界が、重く、暗くなっていく。
「……ちゃんと物語の通りに赤ずきんを完結させるんじゃぞー……!!」
どこか遠くから、アグーの叫び声が響いた。
はい、舞台暗転。