トリック オア トリートメント
ハロウィンとは何ぞや?
「ハロウィンって何するの?」
「興味あるんだ……意外」
クッソつまらないベルマークの点数集計の最中、ふと小さな疑問を口にした。
変装して集まる。
残念ながらその程度の知識しか持ち合わせて居らず、これまで特にさしたる興味も湧かなかった。まだ何処かの国のトマト投げ祭りの方が俄然興味がそそられた。
「今年、やってみる?」
「いいの?」
彼女が小さなベルマークを摘まみながら、そっと微笑んだ。思わず数えていた枚数が頭から飛ぶ。
「その代わり、ちゃんとそれっぽい格好してきてよね?」
「ああ。調べてくるよ」
その夜、自宅のパソコンでハロウィンについて調べてみた。
「ふぅん……闇属性っぽい格好で『トリックオアトリート』って言えばお菓子を貰えるんだ」
ついでに変装グッズも調べてみる。
そして良さげなやつを見付けたのでポチった。なりきりドラキュラセット、980円だ。
一夜限りで980円は高いような気がするが、ラーメンを引っくり返したと思うことにしよう。
「どう? 準備は進んでる?」
「ああ。ちゃんと変装グッズも買ったよ」
「良いわね。明日、ウチに来ない? 親居ないから気を使う事無いわ」
親が居ない。その言葉が意味する事はたった一つ。
「ハロウィン当日、駅前のボランティア警備なんだってさ」
「あ、そう……」
違った。
「豚骨ババアの裏道を真っ直ぐ行けば右手に赤い屋根の家があるから。そこがウチ。先にお風呂入るから、七時頃に来て」
先にお風呂入るから。その言葉が意味する事はたった一つ。
「この前雨漏りしちゃったから、昼間に屋根裏掃除するのよ」
違った。あと豚骨ババアについては割愛しておく。気になるかい?
ハロウィン当日、豚骨ババアの店の裏道を進む。辺りは暗くなっており、ドラキュラなりきりセットが珍妙な雰囲気を醸し出していた。
「あれかな?」
暗くて少し分かりにくかったが、左側に赤い屋根の家が見えた。
「標札は……無いか。ま、ウチも無いから」
この前、酔っ払いが外して持って行ってしまって、標札の所だけが妙に新しい壁になっている。長いこと畳の上に置いてあった台を動かした時のアレに近い。
──ピンポーン
高めのインターフォンが鳴った。
後は彼女が出て来たら『トリックオアトリートメント』と言いながらコンディショナーを出すだけだ。
我ながらアホ臭いと思ったが、閃いてしまった後は止めようが無かった。
ポケットのコンディショナーは1980円。ドラキュラなりきりセットの二倍。ラーメンを二杯引っくり返したと思うことにしよう。
──ガチャ
ドアが開き、俺はすかざすポケットのコンディショナーを取り出した。
「トリックオアトリートメント!!」
笑顔でコンディショナーを差し出す。
「……東尾君?」
何故か校長が出て来た。
校長の頭は毛髪が絶滅寸前。風前の灯火。絶滅危惧種であり、コンディショナーとの相性は最悪だった。
「トリートメントォ……」
何故かトリートメントを推した。無意識だ。
「ふふ、今日はハロウィンだね。生徒が私の家に遊びに来てくれるなんていつ以来だろうか。嬉しいよ。ありがとう」
校長はコンディショナーを受け取ると、奥へ引っ込み何かを持ってきた。使い切る前に全滅する未来しか見えない。
「ハロウィンだからお菓子をあげるね」
見たことの無いメーカーの和菓子が袋一杯に詰め込まれている。
「仕事上貰うことが多いんだけど、甘いのダメなんだよね」
「ありがとうございます」
「じゃ、良いハロウィンを」
校長とわかれ、気を取り直す。大丈夫だ、コンディショナーが和菓子になっただけだ。
「あ、いたいた」
彼女が道路から手招きしているのが見えた。
「ゴメン、暗いから屋根見辛いよね」
そのまま近くの家まで案内された。赤い屋根の少し大きなお家だ。
「それ、似合ってるよ?」
「ありがとう。ここに来るまで少し恥ずかしかったよ」
「吸血鬼伯爵?」
「ドラキュラ伯爵」
「一緒じゃん?」
「たぶんね」
「あれでしょ? ちーすぅたろかのやつでしょ!?」
「?」
彼女が何を言っているのか分からないが気にしないでおこう。
二人微笑み合い、家の中へとお邪魔する。
ふと玄関にコンディショナーのボトルが二つ見えた。
「……これは?」
「友達がトリックオアトリートメントとか言ってさ、くれたんだよね」
「そ、そうなんだ……」
「アンタが同じ事したらぶん殴ってやろうかと思ったわ」
やらなくて良かった。校長先生ありがとう。
「あ、これ……」
トリートメントの成れの果てが入った袋を差し出すと、彼女の顔色が一段と明るくなった。
「あ! これお高いやつじゃんか! 良いのぉ!?」
「あ、うん」
そして彼女が作ったハロウィンメニューを食べ、特に不純な事も無く帰宅を遂げた。控えめに言って最高だった。
「あ、おはよう」
「おはよう。ハロウィン楽しかったね」
「うん」
校門の傍で彼女と出会い、二人微笑んだ。
「あ、東尾君おはよう!」
校長先生が校門で朝のあいさつ運動をしていた。気のせいか毛髪が潤っている気がした。
「コンディショナーありがとね。アレ結構良い感じだよ!」
「…………」
彼女から冷ややかな視線を感じた。
「まさか、トリートメントやったの?」
「…………えーっと、そのー……」
返事に困る。
ぶん殴られる気がして彼女の手から目が離せない。
「トリックオアトリートメント!」
校長先生が叫んだ。
「……ふーん」
彼女がそっと先へ行った。
「あ、もしかしてマズかった?」
「…………」
俺は校長先生の毛髪をむしり取った。
生命が息絶えた荒野に手を当て、校長先生は泣いた。