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やらかした初夜

「モーモー家とパカラ家のご縁に乾杯!」

「フェルナン、コレット、結婚おめでとう!」


 こじんまりとしたヴィラの前に広がる庭園に、言祝ぎの声があがった。

 和やかな祝福の声の中心にいるのは僕、フェルナン・モーモーと、今日僕と結婚式を挙げたコレット・パカラだ。

 緊張で右も左もよく分からなかった式を終えて、今度は右から左から僕に向かってグラスが差し出されている。「これ、美味しいぞ! フェルナンも一杯!」なんて言葉とともに。


 差し出されたグラスの中身のほとんどはお酒で、これらはすべて僕の家で扱っているものだ。

 しかも仕入れの際に丁稚状態で付いて行っていたものが大半なので、どうにも断りにくい。

 とはいえ社会に出て二年目、お酒を飲み始めたのも二年目の僕には酒精が強すぎて。


「フェルナン、足元がおぼつかなくなってるわよ。あちらで休む?」

「ウン、ありがとうコレッ……」

「やあやあフェルナン飲んでるかぁ?」


 せっかくのコレットの提案を陽気な声で遮るのは僕の伯父。鼻の頭を赤くして、すっかりご機嫌に酔っている。


「結婚おめでとうさん! アルマンより先にフェルナンが結婚するとは、こういうことはご縁なんだなあ」


 バッシバッシと分厚い手のひらで勢いよく肩を叩かれて、地味に痛い。

 アルマンとは僕の兄のことだ。食品を扱うモーモー商会の跡継ぎとして、あちらこちらを飛び回っている。


「今日のパーティーの準備はフェルナンが頑張ったんだろう? お酒も美味いしご馳走も美味いし、目移りしてしまうなあワハハ」


 ヒュッ、と鳩尾あたりに氷を入れられたような感覚。


「……いえ、パーティーの準備の中心になっていたのは兄さんで」

「ハッハッ、そうかあ、主役をコキ使うわけにもいかないものなあ。おっと失礼、主役はこちらの花嫁さんだったね」


 ニコニコ顔で覗きこむようにする伯父さんに、コレットはうふふと笑う。彼女はあたりさわりなく人と接するのが上手い。そういえば僕と彼女は喧嘩したこともないな、とぼんやりし始めた頭で考える。あれ? あたりさわりなくされてるのは僕もか。


「おっ、あちらに珍しい御仁が来てるぞ、来いフェルナン」

「あっ、はい」


 伯父に腕をとられ、コレットから引き離された。足がもつれたけれど伯父はそんなこと気にしない。

 僕は僕の直近の未来を予言する。

 酒、酒、酒だ。きっと酒だ。僕も少しだけ関わった美味しいお酒。

 そしてその予言は的中した。





「うぅ……」

「大丈夫? お水持って来たけど」


 頭にかかった霞が少しだけ晴れたと思ったら、目の前に切り子のグラスが現れた。ちょうど欲しかったんだ、良いタイミングだな、すごいな。誰だろう。

 ぼやける視界でじっと見つめる。バゲットを思わせる髪色と飴色の瞳。

 コレットだ。


「フェルナン? ……眼鏡がないから見えてないのかな? 持ってくる?」


 心配してくれているのが分かる声音。しんと静まりかえった室内は見覚えのない客室。そうか、ここは宿泊する予定だったヴィラか。


(コレットは、コレットと、僕は今日結婚を、それなのに僕は、)


 頭の中はぐちゃぐちゃだ。情けなさとともに、ぶわりとわき上がるものを吐き出すように口から言葉がこぼれ出る。


「                      」

「!!」


 コレットが息を飲んだのが分かった。


「寝なされ」


 ベシリと濡れ布帛をおでこに押し当てられて僕はベッドに沈み込んだ。そのまま意識も沈んでいく。

 次に意識が浮上したのは明け方だった。




「フェルナン、フェルナン」


 ささやくような声をかけられる。「ん……」と身じろぎをすると、耳元の気配が遠のいた。


「吐瀉物をつまらせて死亡、とか容体急変して死亡、とかなさそうね。ヨシ!」


 そして不穏な言葉が聞こえたかと思うとパタンと扉の閉まる音がした。うっすらと光を含んだ窓際のカーテンを半目で眺めながら、うつらうつらと鳥の声を聞く。呼吸ひとつごとに意識ははっきりとしていき、昨夜の自分の言動が蘇ってきた。


「――!!!」


 がばりと身を起こしてベッドからまろび出る。そのまま床に手をついた。


「コレット!?」


 名前を叫ぶが返答はない。

 僕は昨夜何を言った?


『こんな地味で面白くない女と結婚したくなかった』


 さいていだ!

 


 


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