最初の従者
リンは小さい頃からこのユニークスキルを使えた。だがそれは使えるだけで制御はできなかったという。ユニークスキルを使えば必ずと言っていいほど周囲の風が荒れ狂い、最悪は家の屋根を一つ飛ばすなどの影響が出る。俺と戦った時も自分の意志で使おうとしたわけではなく戦闘中に勝手に魔力が漏れ出て発動してしまっているといい、あれでも全力で抑えたとのこと。
また他にもヒノクニの事情が絡んでくる。ヒノクニはこの国よりもひどい男尊女卑で男よりも強いリンは目の上のタンコブらしい。もしリンが男児なら被害を出してでも制御できるように訓練するのだが、使えば被害が出る事とさらには女児ということで訓練はさせてもらえなかったとのこと。ただそれはユニークスキルの話で刀術は普通に指南してくれたという。
そして年月が過ぎると7つ上の従兄が当主代理に抜擢されると同時にリンに武者修行の旅を命じたのだ。
「待ってくれ、リンは家庭に入ることは考えなかったのか?」
いくら12とはいえ、ユニークスキル持ちだ。戦力を所持するという点でこの年齢で婚約という手段もあったのではないかと疑問に思う。
「それも考えはしたのだが、夫よりも強い妻など、どの家もいらないといわれたのだ。だから刀を取り強くなることにしたのだ」
言われてみれば納得だ、そこまで男尊女卑で、下手に嫁入りしようものなら弾みで被害が出てしまう可能性があり、下手すれば旦那にけがを負わせる可能性もある。
そんな女性を好んでほしいという家があると聞かれればないと一蹴されるという。
それでわずかな金銭と母が家宝として所持していた刀を譲り受け、武者修行として家を追い出されたわけだ。
「でもなんでほかの国なんだ?武者修行なら自国でもできるだろう?」
いくら居づらいとはいえ、女の身で立身できないわけではないだろう。
「残念ながらとても厳しいでござるよ、女の武士は基本的にどの家も雇ってくれはしないのござる。なので他国に出る必要があったのでござるよ」
仮に立身出世しようとしたら、リンに残された道は武道しかなく、もし名を広めるなら戦場などに出る必要がある。だが戦争になると雇われる必要があるのだが、雇ったのが女となれば周囲は落ち目と感じて人が離れていくぐらいだという。
「そうか……じゃあ俺がお前を雇いたいと言ったらどうする?」
ユニークスキルを持った少女、さらにはそれなりに腕も持っている。手元に置いておいて損はない。
「本気でござるか?」
「ああ」
「ではよろしくお願い申し上げる」
椅子の上で器用に正座し、頭を下げる。
どうやら話を受ける気なのだが。
「(条件も詳細に決めずに引き受けてくれるつもりなのかよ)待て、雇う条件を聞かなくていいのか?」
「他国では伝手もないので、どこも雇ってはくれないのでござるよ、冒険者になろうとも年齢制限で受けられる依頼は制限されるし」
「だとしても条件は聞いとけ……」
お礼を言う少女だがすこし危機管理能力が機能してないと思ってしまう。
「まずリンは護衛として雇う」
「うむ、腕には自信があるぞ!だが…」
リンは周囲にいる騎士たちを見る。
その意味は護衛がいるのに、私はいるのだろうかということだろう。
「いずれは俺に仕える騎士になるだろうが今は父上の騎士だからな、俺は自分で使える従士が欲しい」
「納得でござる」
「基本は四六時中俺の傍に居て護衛してもらう、もしかしたらほかに雑務を頼むとは思うが」
「大丈夫!」
「次に給金の話だ、月に金貨1枚でどうだ?」
「!?」
ちなみにだが金貨は日本円で100万ほどの価値になる。
ほかにも銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨、黒金貨などがあり順に一桁ほど価値が上がっていく。
「願ってもない」
「そして休暇だが10日に1日休みをやる。ただ場合によって休みの日をずらしたりはあるだろうが」
この国ではこれでも休みを与えすぎなくらいだ。なにせ生きるために月に1日しか休まない人もいる。前世みたく労働基準法なんてものはないので自分で契約を結ばなければいけない。
「この条件で異論はあるか?」
すると少女は席を立ち、跪く。
「不肖風薙 凛、バアル・セラ・ゼブルス様に忠義を捧げます」
こうして俺は初となる従士を手に入れた。
視察3日目。
この日も問題なく予定した視察を終え、そのまま帰路に就く。
「はぁ~~」
馬車の中で欠伸をする。
当初の予定通り、最後の村を回り終わり何事も無く帰ろうとしているのだが。あまりにも何もない。
「暇だ……」
「暇なのはいいことです、バアル様」
馬車の外には馬に乗っている黒髪侍少女、リンがいる。
「村の視察した結果などをまとめてはどうでござるか?」
「残念ながら、酔うから俺は馬車で文字は見ないことにしている」
俺は乗り物で文字などを見ると酔う。こればかりは小さいころからの嫌な体質だ。
「それでは気分転換に馬に乗りますか?」
「……そうだな気分転換にやってみるか」
俺は騎士の一人から馬を借り、走らせる。
(あ~気持ちい~)
風を切る感覚が気持ちいい。
それから一日かけてゼブルス領の都市『ゼウラスト』に帰ってくる。
「――ということで、視察の結果、今のところ問題はありません。ですがギルドや銀行を少しばかり増やした方が良いかもしれません」
「うむ、検討しておこう」
今回の視察でのことを報告する。だが報告を聞いている父上は上の空だ。
「それでだな……」
父上は報告よりも俺の隣にいるリンのことが気になっている。
「彼女は俺が専属で雇いました」
「…護衛なら騎士たちがいるではないか?」
「今は父上の騎士です、私専属の騎士ではありませんので」
「だがそうなると公金からはその金は出さんぞ」
「わかっております」
あくまで彼女は俺個人で雇った。税金から払う訳がない。
「それでだが護衛というからには彼女を近くに侍らす必要がある………その」
「場所については安心してください、俺の部屋についているメイドの部屋に寝泊まりさせますので」
「う、うむ……そうじゃないんだが」
(……ああ、そういうことか)
「安心してください、父上が考えているようなことは起こりませんので」
年が年だけにそういうことに興味があると思われているのだろう。
だが安心してほしい、その前にまず精通すらしていない。
「ならいいが……一応エリーゼにも話しておきなさい」
ということでしぶしぶリンのことを母上に話す。
すると目線を合わせ、肩に手を置き、そして
「バアル……責任のとれないことは絶対にしちゃダメよ」
とても真剣な表情でそう言われた。
(そこまで、手を出しそうに見えるのか……)
両親のさんざんな評価に少し気落ちした。
そんなこんなで今日が過ぎ明日が来る。
翌朝、朝から屋敷内が騒がしい。
廊下では
「メイド長、こちらの準備は終わりました」
「わかりました、次に寝室のチェックに入ります、その間に使用人の選択を済ませておきなさい」
庭では
「執事長様、庭の手入れを終えたので確認お願いします」
「わかりました、ではその間に部屋の状態を見ておいてください」
料理場では
「料理長、食材の搬入終わりました」
「おし、では料理の下準備に入るお前ら掛かれ!」
「「「「イエス!ボス!」」」」
一部軍隊みたいな手合がいたがそんなことも気にならないくらい屋敷内が忙しい。それもそうだろう今日はグラキエス侯爵家がやってくる予定だ。
そんな騒がしい中、父上の執務室に向かう。
「忙しいでござるね」
「今日は重要なお客が来るからな、今日はリンも大人しくしていろよ」
「わかりもうした」
リンの使い勝手はなかなかいい、この国の作法とかはまだつたないがラインハルトら騎士や執事、侍女に教わりながら懸命に働いてくれる。何より熱意がすごく、とても重宝する。
父上の執務室に入る。
「父上、今日の交渉の準備はよろしいですか?」
「バアルか…問題は無い」
そういう父上は死にそうな顔をしている。
「いやね、少し緊張しすぎてね」
相変わらずメンタルが弱い。
「最悪、バアルにすべて丸投げするからよろしく」
(それでいいのかゼブルス家当主?)
白い目で父上を見る。
「では一通りの資料を見せてください」
「ほら」
見せられた書類を見ると、この領地での相場、もし輸送時掛かる費用、年間採取量、ゼブルス家領内での相場、うちで取れる鉱物の種類と量などなど。
「………理解できました」
事前には調べて置いてはいたが最新の資料を取り寄せてもらっていた。一通りの内容を理解して資料を返す。
しばらく交渉の打ち合わせをしていると執務室から豪華な馬車が屋敷に入るのが見える。
「リチャード様、バアル様、グラキエス家当主様とそのご令嬢がご到着しました」
「うむ、わかったすぐに行く」
若い執事から報告を受けると俺たちは応接間まで向かう。
「失礼する」
中に入ると髪色と目がそっくりな親子がソファに座っていた。
「久しぶりだなアスラ」
「そっちもなリチャード」
父上たちは気安くあいさつを交わす。
「そっちが息子か?」
「ああ、名はバアルという」
「知っているさ、娘と同じくユニークスキル持ちだな」
あっちはこっちのことを知っている。
(まぁあれだけ色々と起こせばな)
清めの際のステータス確認、イグニア殿下との決闘、あとイドラ商会の会長であることも知られているだろう。
「初めまして、バアル・セラ・ゼブルスと言います。随分と親しそうですが父上とはどのような関係ですか?」
父上と親しそうな挨拶をしていたのが気になっていた。
「ん?なんだ話してなかったのか?」
「ああ、そういえば学生時代とかは話してないな」
「そうだな、私と、リチャードは学園時代の同期なのだ」
それだけにしてはだいぶ打ち解けているような気がする。下手すれば殺し合うような関係を持つ貴族もいる。それらの類ではないにせよ多少関係が悪いと思っていた。
「ついでに言うと、その時には今の陛下の派閥に入っていたからな」
その言葉で納得した。
「じゃあこちらも挨拶をしよう。私はアスラ・セラ・グラキエス。グラキエス家現当主だ、でこっちが」
「初めましてリチャード様、そしてお久しぶりですバアル様。ユリア・セラ・グラキエスです」
綺麗な所作をしながら挨拶をする。
ユリアの視線は俺と同じく気を引き締めた眼になっている。
「さて昔話に花を咲かしてもいいが、本題に入らないか」
「そうしよう」
父上たちの言葉で交渉が始まる。