訳アリ少女
二日目。
町を出発すると視察の最も遠い村まで進む。予定では二日目を終えてUターンするように戻ることになっている。
だが視察の村で事は起きた。
二日目の視察予定、最後の村に着くのだが。
「ん?村の中が騒がしいな」
村に入ると一つの家で人だかりができているた。
「見てきましょうか」
騎士がそういうが、面白そうなので俺も見に行く。ただ馬車に揺られて、同じような景色ばかりなので、正直退屈で仕方なかった。
人混みに近づくと何やら店の中で揉め事が起こっている。
「おい」
「「はっ!」」
騎士が何とか道を作り俺が前に進むと自然と人が避けていく。
店の中に入ると三人の男と一人の少女がお互いに剣を抜いていた。
男はそこら辺にいるチンピラ風で、少女はこの辺りでは珍しい黒髪の美少女だ。
しかも
(……侍なのか?)
黒髪は後ろに結っており、刀に武士の服を異世界風にアレンジしたようなものを着ている。
「そこまでだ、双方剣を収めろ!」
さすがにいつまでも見ている訳にはいかないので止めに入る。
「なんだこのガキは」
その言葉を聞いて周囲にいる村人は全員が青ざめる。
「無礼者が!」
「殺すなよ、話が聞けなくなる」
騎士がすぐさま動き出し三人を取り押さえる。
「負い目がないなら抵抗するな、ややこしくなる」
その様子に警戒していた少女にそう言うと刀を収めてくれた。
「かたじけない」
「残念ながらお前を助けたわけではない、話を聞いてお前が悪いならそれ相応の罰を受けてもらう」
そうでなければ双方を止めた意味がない。
「大丈夫でござる、身の潔白を証明できればいいのでござろう?」
「(ござる?)できるか?」
「もちろん!」
少女はこちらを見ながら強く頷く。その時気づいたのだが少女の瞳は翡翠の色だった。
(黒髪だから黒目だと思ったんだがな)
「どうしたでござる?」
「いや、きれいな目だと思ってな」
エメラルドや翡翠ように思えてそう言った。
「う、うむ、ありがとう」
少女は褒められ慣れてないのか頬を染めている。
「それで話を聞きたいのだが」
「うむ、全部話そう!」
それからチンピラの話と少女の話、そして村人の話を聞いて悪いのはチンピラだと言うのが判明した。
少女は俺達が到着する少し前にこの村に到着した、そして宿をがないか探しているとあのチンピラ達に出会ってしまう。
彼らは少女の刀が高価な物だとわかると少女に近寄り窃盗を企む。役割としては一人が注意を引き、一人がほかの人たちから見えないように壁になる、そして最後に刀を盗む役目。そして盗みを働こうとし、刀に触れた瞬間盗もうとした男が扱いを誤って怪我をした。そうなれば少女は事態に気付き双方武器を抜く。
そして騒ぎに人が集まり俺たちがやってきたのが事の顛末だ。
「てことで君はもう自由だ」
宿屋での聴取を終了し、その旨を少女に伝える。
「ありがたい」
ここで俺は気になったことを聞く。
「お前はこの国の住民じゃないな?」
明らかにここら辺の人種じゃ見られない特徴をしている。
「そうでござる、ここよりずっと東の国であるヒノクニと言われる場所から来たござるよ」
「なぜ?言っては何だがそんな遠くの国から訪れる理由は無いような気がするが」
少女は顔を伏せる。どうやらあまり聞くべきではないことに踏み込んでしまったようだ。
「武者修行でござる」
「は?修行?こんな遠くの国で?」
(侍なんてものがいないこの国で武者修行なんてできないと思うのだが………)
どんなことをするかわからないが海外に来てまですることなのかと疑問に思う。
「……修業とは名前だけ、本当は厄介者払い」
「お前みたいな年齢でも家を追い出されるのか?」
「そうでござる、ヒノクニでは12になれば戦場に出てもおかしくはない年齢だから」
その言葉には何とも言えなくなる。
「じゃあ旅をしているのは安住の地を探してか?」
コクコク
少女は肯定を示し、顔を伏せ続ける。
その様子を見て少し考える。
「武者修行と言ったか、じゃあ腕に自信はあるのか?」
「ある、同年代には負けたことがない」
少女を見た感じでは俺とそう大差なさそうに見えた。
「ちなみに年は?」
「12つでござる」
「俺と2つしか変わらないじゃないか……」
ということは戦える年になってすぐ放り出されたことになる。
「あとさっきのチンピラなら瞬殺できる……でござる」
「………そのござる口調はなんだ?」
先ほどからかなりの違和感を感じる。それもしゃべり慣れてないのが丸わかりだ。
「武士がよくこう言ったでござるよ」
「(あっそう)…………少し腕試しをしてみないか?」
日本の記憶を持っているからか刀での戦闘に少しだけ興味が出てくる。
「……あなたと?」
いぶかし気にこちらを見る。彼女の視線は無理もない、なにせ意味もなく戦いたい奴などそうそういやしない。付け加えるなら立場が上だと分かる連中ならなおのこと。
「そうだ」
「残念だけど、子供に剣を振るう趣味は無い」
お前も子供だろと反論したいがとりあえずは飲み込む。
「……武者修行しているんだろ、なら挑戦を受けろ」
「…わかりもうした」
俺たちは場所を移して戦うことになった。
俺と侍少女は村のすぐそばにある切り開けた森の中に来ていた。
「ではルールはお互いに有効打を一撃入れられた方が負けでよろしいか?」
「問題ない」
おれは槍の具合を確かめながら返答する。さすがに真剣での戦いはまずいため、俺は槍に見立てた棒とあちらは反りの入った木刀での模擬戦になる。
だがそれでも騎士たちは当然渋い顔をしている。なにせ護衛対象が自ら戦うというのだから、心の中ではヒヤヒヤしているはずだ。
「じゃあこの石が地面に落ちたら始まりでござる」
少女は石を空に投げる。
石が宙にあるというのに周囲の騎士は生唾を呑む。
石は重力に引かれて地面に落ちる、そして
コツンッ
ダッ!
音が鳴ると同時に俺と少女は共に駆けだす。
俺は槍を前に出し貫くように、少女は刀をいまだに木刀を腰に納めながら走ってくる。
(抜刀術か)
通常、剣を抜かないというのは戦闘置いて相手にアドバンテージを与えることと同じ。だがそれをしないうえで戦闘に入るということはそれ相応の策があっての事、例えばあえて鞘に納めておくことで一撃の威力や速度を上げたりとか。
(けどそんなのやらせるかよ)
俺は刀の間合いの外から槍で突く。だがそれに対して少女は間合いでもないのに抜刀して横に薙ぎ払う。
(これは………『飛雷身』)
ユニークスキルには発動をすると特殊な技が使用可能になる場合がある。これはそのうちの一つで体を雷に代えて高速移動する技だ。もちろん条件もあり、使えない場面も多々ある。
バチッ!
ザン!!
「え?!」
「……へぇ」
少女は俺が避けたことに対して、俺は俺の居た先の木に斬撃の痕が付くのに対して驚いている。
(速度も十分な斬撃が飛んでくる、厄介だ)
(あの移動速度…おそらく雷ね、避ける時に帯電していたし…)
共にある程度の予測を立てて戦力を考える。
「『飛雷身』」
俺は少女の斜め後ろに移動すると槍を振るい一撃入れようとする。
「『風柳』」
だが槍は刀で受け止められたと思ったら全く感触がなく振り抜けてしまう。
その隙を見逃さず二の太刀で切りかかってくる。
攻撃に対して体を軸にし槍を回転させて一撃を防ぐ。
「「……」」
切り結ぶと槍を振り払い距離を取る。
「仕方ない、耐えてくれよ」
「そちらも防いでくださいね」
俺は何もない方の手で槍を投げる体勢を取り、少女は腰を低くし鞘に刀を収める。
いつの間にか手の中に雷の槍が出現し、少女の周りでは風が荒ぶる。
「『雷霆槍』」
「『太刀風』」
轟雷の槍と暴風の斬撃がぶつかり合う。
その衝撃波は今いる位置を容易に飲み込み体を浮かせて吹き飛ばす。
(体勢を立て直)
ゴンッ
吹き飛ばされた先で後頭部に衝撃を受けて、意識が消えていく。
目を覚ますとどこかの家の中だった。
「起きたようでござるな」
ベッドの傍らにはあの少女がいた。
「ふぅ、気絶してどれくらい経った?」
「あの試合から数時間ほどでござる」
となれば結果は決まった。
「「……そうか俺(某)の負けだな(でござる)………は?(え?)」」
俺はあの攻撃により気絶してしまった試合だとしたら負けたはず、だが不思議な事に俺とこいつは共に自分が負けたという。
「俺は最後の攻撃の衝撃で気絶したはずだが?」
「某も貴公の攻撃を受けて気絶してしまったでござるよ」
どちらもお互いの攻撃を受けて気絶してしまったようだ。
話を聞くと俺は風に煽られ吹き飛ばされて、どこかに後頭部をぶつけて気絶。少女は『雷霆槍』から放たれた電撃を受けて気絶してしまった。
「じゃあ引き分けか」
「そうでござるな」
こうして興味本位で始まった腕試しは幕を閉じた。
窓の外を見ると空は夕日に染まり、いい匂いが漂ってくる。
コンコンッ
「バアル様、お食事の準備ができました」
「わかった、すぐに向かう」
俺はベッドから下りて部屋を出ようとする、だが少女は動こうとはしない。
「?お前は行かないのか?」
「…実は今は手持ちがないのでござるよ」
旅費でほとんどの路銀を使ったらしく、今手持ちにはほんの少ししかないという。
「奢ってやるからついてこい」
「!!!」
そういうと嬉しそうな顔をして付いてくる。おそらく少女が犬ならパタパタとしっぽを振っていることだろう。
ここであることを思い出した。
「そういえばお前の名前は?」
「…そういえば名乗ってなかったでござるな。某は風薙 凛と申す」
「リンか…俺はバアル・セラ・ゼブルスだ」
「ゼブルス殿でござるな」
「違う、それは家名だ。名前はバアルのほう」
グロウス王国では名前・貴族籍の有無・家名となっている。
(ということはやっぱり名前は日本風なんだな)
ヒノクニは前世の名前通り、家名から名前という形になっているそうだ。
「そうなのでござるか?ではセラというのは?」
「セラは貴族籍を持っている者に与えられる名だ」
「ほう!バアル殿は貴族だったでありますか」
「………気づかなかったのか」
「某はこの国に来て一か月も経ってないでござる、そこまでこの国の常識などはまだ持ってないでござる」
一か月となると国境や一番近い港道から来たとしても結構なペースということになる。
「それよりもご飯でござる」
スキップしそうなほど喜んでいる少女を見て、俺は肩をすくめて階段を下りていく。
そのまま騎士たちが用意している席へと進む。
「えっと…」
「いい、この席に座れ、それとこいつの分の食事も頼む」
俺は対面の席にリンを座らせる。当然のその周りには騎士達が控えていて、一見すれば威圧的にも見える。
「いいのでござるか?」
「問題ない、それとこいつは俺の客人だから丁重に持て成してくれ」
「わかりました」
俺はこいつを客人と認めた。もちろん本人はそんなことを聞いていないので少々驚いている。
「お、お待たせしました!!」
給仕であろう女性がとても緊張しながら料理を運んでくる。
(普通に考えたら、恐ろしいか)
分別はあるつもりだが、それがわからない者からしたら恐ろしいと感じる部分があるのだろう。なにせすでにチンピラ三人を処断したのも記憶に新しい。
「では食うか」
「うむ、いただきます!!」
料理は猪の煮込み料理と白パン、ほかにもフルーツの盛り合わせと新鮮なサラダ、ここではこれでも豪勢な部類だ。
これらを食べていると自然と会話も始まる。
「そういえば最後のあの斬撃はなんだ?魔法ではないだろう?」
「ああ、あれはユニークスキルの一つでござる」
「…お前もユニークスキルを使えるのか?」
「そうでござる。バアル殿もユニークスキルを使えるですよね?雷を纏っていたようでござるし」
ここで大きな疑問が浮上した。
「リン、お前は厄介払いの口実に武者修行を命じられたんだよな?」
「そうでござるよ……バアル殿?」
少し気を引き締めなおす。なぜなら『清め』の時の反応でわかると思うがユニークスキル持ちはただ持っているだけで評価される。それなのにそんなリンを厄介払いだという。
(まさか間諜じゃないよな………………ないか)
間諜だとしたら、リンの動きは失格もいいところだ。ひそかに何かを探るなら騒動なんて起こさないだろうし、何よりユニークスキルなんて身の危険を感じる以外では使うことはないはず。
ユニークスキル持ちは国の豊かさと言ってもいい、なにせ人口が増えればユニークスキルを持つ者が増える。なので様々な国はユニークスキルを手厚く保護するのが普通だ。
「なんで厄介払いされた?ユニークスキルを持っているならむしろ重宝されそうだが」
この問の答えによっては敵対することも視野に入れる。
「じつは―――」
だがそんな雰囲気を感じ取るまでもなくリンはゆっくり語り始める。