エルフの国へ
「で、これはどういうことなの」
二人とも戦う構えを解かずに剣呑な雰囲気のまま話が進む。
「あ~~~どう説明すべきか」
少し事態が複雑になる。というか説明しにくい。
「姫様、こいつは」
「ええ、例の奴よ」
向こうは数人のエルフが出てくる。
「バアル様、どうしますか」
リンは刀を構えたまま指示を仰いでくる。
「とりあえず双方武器を納めてほしいのだが」
「無理よ、貴方がいるからね」
「暴れるつもりはないぞ」
「だとしても以前聖樹で起こったことを考えれば無理よ」
ここであの時のことが巡りまわるとは……
「バアル様、向こうはやる気のようですよ」
穏便に済ますことはできなさそうだ。
「ルーア、貴方の知り合いはどれ」
「え、えっと、あの一人だけです」
「そう、じゃあそれ以外は全員捕縛しなさい」
クラリスの指示でエルフ達が俺たちを取り囲む。
「話し合いはできないか?」
「倒した後なら話を聞いてあげるわ!!」
そう言って俺に襲い掛かってくる。
「残念ですがバアル様には近づけさせませんよ」
リンは進路を塞ぎ近づけないようにする。
だがエルフ側で動いたのはクラリスだけだった。
「貴方たち何しているの!?」
ほかのエルフはなにやら呆れた顔をしている。そして仕方なく俺達を取り囲むのだが、それだけだ戦闘になる気配がない。
(どういうことだ?)
意味が解らない。クラリスは指揮官の立ち位置なのにその言葉に従わないエルフたち、混乱させるのには十分だった。
そんなことを考えているとリンとクラリスの戦いが激しくなっていく。
「『太刀風』」
「『羽舞』」
リンの風が襲い掛かるがクラリスは軽やかに動きすべてを受け流している。
「あの」
目の前に一人のエルフが近づいてきた。
「やり合うか?」
そういうとエルフは首を横に振る。
「私たちは貴方たちとの戦いを望みません」
「……あいつはああ言っていたが」
するとエルフは困惑した顔になる
「それが私たちにもわからず、ここにいる全員が新王に賛成している者たちです」
だから今回の件を何とか前向きに考えたいと全員が考えてきていて、戦闘になど頭の隅にもなかったのだとか。
「私たちも立場というものがあり姫様、クラリス様に表立って逆らうのも……」
「……そうか」
こいつらも苦労しているな。
「でも、なぜ戦闘になっている?」
「さぁ?あなた達の姿を見るや否や、すぐさま走り出していきましたので」
(…………本当に何がしたいんだあいつは?)
お互いにヒートアップしていき次第に戦闘範囲も拡大してきた。
(これ以上はさすがに目立つな)
ということで止めに入る。
「ストップだ」
「「!!!」」
『飛雷身』で二人の合間に入る。
「ぐっ、痛って!!!」
ギリギリの瞬間で飛んだので攻撃を受けることになった。
クラリスの拳を掌で、リンの斬撃をバベルで盾にしながら背中で受け止める。
「たく、終了だ。そろそろ本題に入るぞ」
俺が仲裁に入ったおかげか二人は動きを止め、冷静さを取り戻した。
俺達は場を整え、話し合いを始める。
「で、話の内容は?」
「無論、今回の使節団のことだ」
俺はグロウス王国は国交樹立を望んでいることを伝える。
「そうなの、でも厳しいわよ?今回で頭の固い馬鹿……ん、もとい年寄り連中は喜んで人間との交流はするべきではないって騒いでいるから」
(………ほんとうに面倒なことをしてくれたな)
俺は変なのを使節団に入れた二人を思い浮かべる。
「もちろん、何らかの賠償や償いはするつもりだ」
「そう………」
クラリスは何やら考え込む。
「何を悩んでいるの?」
能天気にリンは何を悩んでいるのかを訊ねる。
(いや、そんな簡単に言わないだろう)
「アニキならどう判断したのかなぁ~って」
(言うのかい)
普通は言わないのだと思うのだが………
それよりも
「……え?アニキ?」
「ええ、今度新王になるのは私のアニキよ」
ガルバはクラリスが王族関係であることを知り固まった。
「どうだ?無論条件などがあったらできる限りは呑むつもりだ」
「…………悩んでもしょうがないか」
するとクラリスは急に立ち上がる。
「バアル、私と勝負しなさい」
「…………………は?」
俺とクラリスは向かい合う。
(『私は深く考えることに向かないわ、だから私なりにあなたたちを見極めるわ』と言ったが、なぜそれが模擬戦になる)
多少考えることはできても政治的に考えることは苦手だとクラリスは明言した。
姫がそれでいいのかよ、とは思ったが、実はグロウス王国にもそれらしい人物がいるそうなので何も言わない。
「一つ聞きたい、これで見極めたらどうする?」
結果次第で真剣にやろうと思う。
「信用できるのならアニキに紹介してあとは任せる」
逆に信用できないなら今回を不問にする代償を何をするのかを聞き、それをアニキに紹介するそうだ。
「では、私が立ち合い人を務めます」
立ち合い人になったのはガルバの知り合いのルーアというエルフだ。
「では、はじめ!」
「『刃布の舞服』」
クラリスはなにかしらの技を使用し、服の一部が変化する。服が全体的に白くなり、袖の部分が長く伸びる。
「『赤ノ演舞』」
最初から何かしらの技を使用する。
白色部分に赤色が混ざりその部分から炎が噴き出す。
「やぁ!!」
腕を振るうと袖が鞭のようにしなり、襲い掛かってくる。
スパン
屈み、それを避けると後ろに合った樹が切り裂かれる。
それは刀などの跡に似ていた。
クラリスは一撃では止まらず、踊るように連撃を繰り出してくる。袖だけではなく、拳や足技でも攻撃を繰り出す。その攻撃は苛烈と言っていいが一切隙が無いわけではなかった。
(……妙だな)
以前戦った時はもっと速かったし力もあったはずだ。
とりあえず様子見で隙を付きバベルを振り下ろす。
ニヤ
「!?」
赤く染まった場所から炎がうねり上がり攻撃してくる。その姿は舞の邪魔をするなと言わんばかりだ。
「はぁ!」
キィン
だがクラリスの攻撃を防ぐ際には炎は出なかった。
「……『飛雷身』」
次は死角に飛び、そのまま攻撃しようとするのだが。
「無駄よ」
再び炎が巻き起こり反撃してくる。
「さあ、新しいこの力で前回の借りを返すわ!!!」
「……………」
見極めるとか言っていたがただ単に全回負けたのが悔しかっただけと理解できてしまった。
なんかそう思うと、とたんに力が抜けてきた。
「はぁ~」
真剣にやるのも馬鹿らしくなって構えを解く。
「………どうしたのよ」
「いや、クラリスの戦闘に合わせようと思ってな」
新たにバベルを構えなおす。
始まるのは純粋な武芸での戦闘となる。クラリスの使っている『赤ノ演舞』は不意を衝く攻撃に対応することが今までの行動でわかった。つまるところ純粋な正面での戦闘をクラリスは望んでいるということだ。
「…………」
「じゃあ始めよう」
どちらが合図したでもないのに、自然と同時に動き出した。
それからの戦いはまるで演武だっだと後に見学していた者は語った。
桃色の髪は鮮やかに舞、白い衣装を揺らし。
金色の髪はそれを受け止め、趣ある古代の槍を振り回す。
半ばに炎が起こり、度々稲光が輝く。
白と赤と黄の色が混ざり合い、緑の森を色づけていく。
だがそんな時間も次第に終わる。
本当にめんどくさい。
リンの本気の稽古よりはまだましだが、それでも気を抜けない。
なにせ純粋な正面衝突の技のみで相手をしている。もちろん『天雷』などの技も使えないことはないが、それだとクラリスは納得しないだろう。
(にしてもこうすると炎は出ないのか)
なぜだか炎は真正面から打ち合っていると一切襲ってこない。
『赤ノ演舞』は死角からの攻撃に自動カウンターを放つものだということだ。
「考え事をしてていいの?」
クラリスは長くなった袖を振るい切り裂こうとする。
それをバベルで防ぐと今度は懐に入り込んで掌底を打ち込んでくる。
何とかバベルの柄の部分で防ぐと『放電』で反撃するのだが。
一度使ったことがあるので予想していたのか即座に距離を取る。
「いい加減一撃くらい受け止めなさい」
「嫌だよ」
拳はうっすらと光っている、つまりは技を使用している。そんな状態の攻撃を好き好んでくけたいならそいつはマゾヒストだろう。
このままではお互い有効打がないまま戦闘が続くことになる。
(………すこし卑怯だがやるしかないか)
「我が時間は他の者とは異なる、『加速』」
使ったのは自身の反応速度を上げる時空魔法。
似たようなのが炎属性、真逆のが氷属性に存在するがそちらとはまた違う魔法だ。
「!?」
反応が上がったので拳が鮮明に見ることができる。
殴りかかった拳を掴むとそのまま、『放電』で気絶させる。
奇しくも以前と同じ結果になった。
プぅ~~~
そんな擬音が聞こえてきそうなほどクラリスの頬が膨らんでいる。
「そんなに悔しいのか?」
「悔~し~く~あ~り~ま~せ~ん~」
誰がどう見ても拗ねているだろう。
その後、クラリス以外で一番立場があるエルフが話をまとめてくれた。
「ではまた後日この場所でお会いしましょう」
話し合いの結果、俺は王太子のいるノストニアの中心部、神包都エルカフィエアに訪れることになった。
ただその際には条件があり、護衛は二人、持って行けるものも人族だとわからないようにすることなどが決められた。
極めつけは
「この首輪か」
首輪、チョーカーと言い換えてもいい。
この首輪は俺たちに幻術を掛けてくれてエルフと同じ姿になることができる。
実際につけてみるとリンの髪は金色になり耳が少しとがった。
(まぁそれだけではないだろうがな)
おそらくこの首輪に居場所特定や緊急時に魔力制限を兼ね備えているのだろう。俺なら魔道具を使い同じようなことをする。
そして不思議なことに鑑定のモノクルが使用できなかった。
最北の村から神包都エルカフィエアまでの道のりは想像よりもずっと快適だった。
本来は豪雪地帯を通ると思っていたのだが、ノストニアに入った途端にだんだんと温かくなっていく。ノストニアの首都に近づくともはや春と呼べるほどの気候、道端に花すら咲いていたほどだ。
「見えて来たわよ」
ノストニアの首都にはとても特徴的な部分があった
「……すごいな」
陳腐なセリフだったがこれ以外浮かばなかった。
エルフ特製の馬車の中から見えたのは以前見た聖樹よりも遥かに高い樹木だ。
リンとラインハルトもそれをみて固まっている。
「どうすごいでしょ」
同じ馬車に持っているクラリスは自慢げに胸を張っている。
街に入るとそこには幻想的な街が広がっていた。
(すごいな)
規則的に生えた樹は葉がうっすらと輝いており街灯の役割をして。不自然にうねった樹の洞には扉が付いており家だということがわかる。ある樹は上にある洞の部分から絶え間なく水を流し続けて水道の役割をこなしている。
(……面白い街だな)
不思議と気分が高揚する。
「さて、これから大事な話をするわね」
「ああ」
クラリスは王太子に会うまでにこの国の体系について話してくれる。
「まずは一番重要なのが“神樹”と“森王”ね」
“神樹”とは今見えているあの大きな樹のことをいう。
「神樹はこの国の中心よ」
なんでも神樹があるからこの周囲には凶悪な魔物は発生せずにいて、さらには周囲の魔物を遠ざける役割や豊穣にもしているとのこと。
そして“森王”とは神樹の御子で、どの範囲まで気候を操り、どの範囲まで豊穣を促し、どの範囲まで魔物の発生を抑えたりなど、神樹の力を制御する存在だと言う。もちろん一方通行の関係ではない、神樹は恩恵の対価にエルフ達の魔力をもらい受けている。これは魔力が多いエルフだから済んでいるのであって人間なら到底足りないとのこと。
こうした関係から神樹は崇拝対象になっており下手に批判すると国際問題まで発展するらしい。
「だから絶対に神樹を批判するようなことはやめて、私でもブチ切れそうになるから」
「わかっている、それにここまでの樹を批判なんてしないさ」
見ているだけで壮大さを感じられるこういう存在は好ましい。
「そう、ならいいわ、ほかには“聖樹”そして“樹守”ね」
“聖樹”は簡単に言えば神樹の株分け。規模が小さかったり、使えない権能もあるがそれでも十分に意味がある、なにせ聖樹が増えれば増えるほどエルフの支配領域が広がることに直結しているからだ。
そして“樹守”、これは森王に使える直属の部下のような存在、役割は神樹や聖樹を外敵から守ること。まぁ言い方は悪いが兵隊アリだ。だが利点もあり、聖樹や神樹が近くにいる範囲では力が強まる。
「そして聖樹を守護する“聖獣”」
これは六つの聖樹が定めた特殊な存在のことを言う。
「バアルも一度会ったでしょアグラベルグ様に」
「あいつか」
そこまで強くはなかったのだが、聖樹の守護獣なんて務まるのかという疑問が沸き上がる。
「言っておくけど、聖獣様は自分の守護する領域ではだれも勝てないほど強くなるわよ」
あの時はダンジョン内で聖樹の影響がなかったから勝てたとクラリスは言う。
「でも、どうやって政治はやっている?まさか森王が全部やっているのか?」
「そんなわけないでしょ、樹守にもいくつか種類があってね」
樹守にはいくつかの部署に分かれている。政治の補佐を行う『青葉』、戦闘を主な任務とする『赤葉』、あとは特殊な任務に就く『黄葉』。この三つが主な部署でさらに『苗木』、『若木』、『大樹』と役職があるのだとか
「で、問題なのは『大樹』の連中なのよ」
「何が問題なのですか?」
「今まで問題なく生活できて来たんだから無理に人族と交流する必要ないと思っているのがほとんどなのよ、下手すればもっと過激な爺さんたちもいるわよ」
「つまり上にいる奴らは問題ないと思って新王の政策に乗り気じゃないわけか」
「そうよ、しかもそういうのに限って無能の場合が多いから」
ちょっと待て。
「樹守とかは実力で選ばれるんじゃないのか?」
聞いている限り官僚制度に近いものだと思ったが。
「ああ、もちろん実力で選ばれている子もいるわよ、でもやっぱり樹守にも縁故採用はあるわね。とくに『青葉』は多いわね」
政治部分を縁故採用か……問題しかなさそうだ。
「それで子供が生まれにくくなっているのを報告してもあんまり聞く耳もたないのよ」
「ん?子供が生まれにくくなっているのか?」
それは初耳だ。
「まぁね、年よりはどう考えているか知らないけど、私たち若い世代はかなり焦っているわよ」
おそらくエルフが長寿な分、近交弱勢などの影響がわかりにくかったのだろう。
だが今になってその影響が浮上してしまい焦っている。となれば次の世代からは苦しい思いをしてしまう可能性がある。
「新王が人と交流を持とうとしたのもそれが原因か?」
「ええ、アニキが真っ先にこの問題に気付いたのよ」
聞いている話では有能みたいだな。
こういった問題は発見当初はそこまで重要視されていないが、それを見逃せば後々取り返しがつかない危機につながることがある。早期発見されたガンと同じようなものだ。
「でね、何とかするために人族と交流をもって何らかの刺激になればって言っていたわよ」
「まぁ、何らかの変化はあるだろうな」
どんな変化になるかはわからないが何かしらは変わるだろう。
(刺激を与えて変化を促す………このまま緩やかに滅びに向かっているならおかしくない手だな)
それで防衛という点で団結を促してもいいし、ほどよく融和して新たな形になっても問題ない。
「っと、そろそろつくわね」
馬車の外を見てみると神樹の根元には湖があり、その真ん中に白亜の建物がある。
「どうやってわたるんだ?」
見る限り橋などがある感じではない。
「少し待っていなさい」
城のほうから魔法陣が浮かび上がる。
「……すごいな」
しばらくすると光の輪郭が出来上がり、橋が作られてくる。
「では行きます」
御者をしているエルフは馬のない馬車を魔力で動かし、橋を進む。




