選手の選別
パチパチパチ
断言すると、この場に拍手の音が響く。
「それは正解だと受け取っていいか?」
「解釈は任せよう」
こちらの言葉を聞くと、カーシィムは酒で軽く喉を潤す。
「さて、ここまで言い切ったのだ。では確証を見せてほらおう」
「そうじゃな、さすがに何の理由もなしにその言葉を吐かれているのなら……つき合い方を変えねばならない」
カーシィムはネタ晴らしが楽しみだと表情で言い、ドイトリは額に筋を浮かべながら刺すような視線でこちらを見据える。
「さて、どこから話そうか」
「ドイトリがいるから最初からでいいのではないか?何より時間もまだまだあることだ」
カーシィムはテーブルに出ている果実の一つを口に運びながらドイトリの反応を楽しむ。
「さて、では話そう」
俺は『亜空庫』から今朝説明のために使った資料を取り出す。
「まず―――」
そこからは今朝に行った説明を行う。
当初はマーモス家が襲撃したと判断していたが、数度の襲撃や資材目録の件、そして国内における裏組織の動きがないことの報告、さらには襲撃者が『黒き陽』という組織で俗説通りなら、まず成功していないとおかしいという点から、断定的な白だと言う事。
次にカーシィムが関わっていたと判断した理由。これはカーシィムの失言、襲撃一回目で大会の優勝のためだと断言したことで判明した。本来あの時点では、怨恨、陽動、そして優勝のための威圧という、大雑把に三つの可能性があった。その際に怨恨の線は限りなく薄くことはできるが、それでも陽動の線はどうやっても消えない事、それゆえにカーシィムが断言できたことで確証に変わった事。
「待て、そこまでだと殿下が関わっているのが分かったということぐらいではないか?なぜ儂や同胞の名前が出てくる」
マーモス家ではない事、そしてカーシィムが関わっている事を説明するとドイトリが間に入ってくる。
「焦るな、そこも説明してやる…………では次に考えられるのはなぜ、カーシィムが知っていたのか、そし目的が果たされた、つまりは妨害をしてまで優勝を狙うその理由、この二点だ」
「ふむ」
「そして、これだ」
俺は亜空庫からとある資料を取り出す。
「それは?」
「本戦出場者の身辺情報と言ったところか、まぁ重要なのはこの部分だな」
俺はアリアからもらった、本戦選手の資料、その一ページを示す。
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1、テンゴ“破壊剛腕”:アルバングル
2、グーユ“酒精乱心”:ネンラール
3、イーゼ“破壊球遊”:ネンラール
4、レシェス“六法剣斬”:ネンラール
5、グレイネ“死骸蠱惑”:ネンラール
6,ハゼマジ“過渦槍”:カトラ王国(ネンラールから3国挟んでさらに先にある国)
7、ヴァン“炎魔人”:ネンラール(厳密にはグロウス王国)
8、ティラナ“属弾魔砲”:クメニギス
9、オーギュスト“黒手遊戯”:不明
10、ラジェーネ“心身一体”:ネンラール
11、ゼディ“深緑使い”:エステナ国(東方諸国のさらに東に位置する国)
12、ダラール“釣剣”:カトラ王国
13、ヒエン・リョウマ“赤鬼”:ヒノクニ
14、マシラ“青鎧”:アルバングル
15、アマガナ“蠢動刺青”:ネンラール
16、ピュセラ“流麗剣”:フィルク
17、ザックス“命の商人”:クメニギス
18、ドリトル“剛武”:ネンラール
19、リシス“無器授命”:ネンラール
20、カイル“顕現勝利”:グロウス王国
21、リフィネ“空突”:グロウス王国
22、オルド“不撓武闘”:グロウス王国
23、イシュ・バータード“大返し”:グロウス王国
24、ユライア“一蝕生骸”:ネンラール
25、レイフィル“斬解氷人”:ネンラール
26、ゼイン“包傷治癒”:ネンラール
27、オリアナ“自傷贈与”:クメニギス
28、カシャ・リック“浮壊球”:ネンラール
29、ホッセテ“空千飛矢”:クーゲン国
30、マシラ“武芸百般”:アルバングル
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開いたページは簡易に出身国が並べられていた。
「こう見ると、様々な人物が織りなし、犯人が特定できないように思える。ここでカーシィムの言葉、襲撃者が『黒き陽』、そして私財目録からネンラールの貴族が動いていないということで、多くの名前が消える」
―――――――――――――――
6,ハゼマジ“過渦槍”:カトラ王国(ネンラールから3国挟んでさらに先にある国)
9、オーギュスト“黒手遊戯”:不明
11、ゼディ“深緑使い”:エステナ国(東方諸国のさらに東に位置する国)
12、ダラール“釣剣”:カトラ王国
13、ヒエン・リョウマ“赤鬼”:ヒノクニ
29、ホッセテ“空千飛矢”:クーゲン国(アジニア皇国に隣接し、ネンラールに隣接していない国)
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ネンラール王国出身者は莫大な報酬の移動が見受けられていないから、除外。そしてグロウス王国出身者も殿下や俺に襲撃を仕掛けてまで優勝を理由はないため、除外。またクメニギスも同じく、殿下や俺に危害を加えることのリスクを考えれば、とても薄く残るが除外できる。
「そしてここから、調べた結果、オーギュスト、ヒエンはまずないと断言できる。そして残るは4人となる」
「……兄さん」
ここまで説明したのだが、異論があるのか、隣にいるアルベールが口を挟む。
「どうした?」
「ここまで、と言っていますが、すでにドイトリさんの名前が無いのですが……」
「そこも説明してやるから、少しだけ待て」
俺はアルベールの疑問を制止して話を続ける。
「では残る候補者は4人となるが、ここで違和感が出てくる。それが――」
俺はカーシィムに視線を向ける。
「なぜ、私が襲撃について知っていたか、であろう?」
「その通りだ。そして次に取り出すのが」
俺は最後にボゴロから受け取った資料を提示する。
「それは?」
「カーシィム、第五王子の数年間における外遊の資料だ」
「いつの間にそんな物を?」
「いろいろと伝手がある、とだけ答えておこう」
カーシィムは訝し気にそう言うが、これは潔白と判断する代わりにボゴロに用意してもらった代物だ。
「これによると、カーシィムはカトラ王国とクーゲン王国へ一年前ほどに外遊していたのが記録されている」
「なら、候補者は三人に絞られたな」
カーシィムはわかりきっていながらもおどけながら告げる。
「いや、この二ヵ国の訪問で逆に無いと判明した」
「その理由は?」
「言ったはずだ。これは一年前の記録だ。時期にして、前の大会が行われる数か月前となる」
「何かおかしいかい?」
「いや、おかしいだろう。なぜわざわざ次の年に行動を起こした?起こすならその年でもいいだろう?それにいくつもの国を挟んでいるため当分は直接的な衝突はまずない国だ。それなのに、わざわざ莫大な報酬を用意して、他国、明確にはグロウス王国の殿下がいる場所にまで襲撃をしようと思うか?」
「……」
こちらの言葉に理由が思いつかないのか、その先を聞いてみたいと思っているからか、カーシィムは微笑むだけで何も言わない。
「そしてもう一つ、これらの選手が優勝したとして、その目的はなんだ?災害の援助か?それとも戦争をするから手を貸せか?もしくは防衛の協力か?はたまた交易の算段か?ここでしっかりと断言しよう、それはないと」
「なぜじゃ?」
「こんな催し物で、勝てるかどうかもわからない博打で国の一大事の対策をするか?」
「む」
そう、いくら襲撃者を雇ったところで優勝できる確率が確実で無い以上、敵対国でない限りは外交上の交渉で片を付けようとするはずだ。
「そのため、あるとすれば貴族の独断、または選手自身の願いのためだろう。だが、『黒き陽』に報酬を払えるくらいなら自身で何とかするはずだろう?」
莫大な私財を投じなければ頼めないということは、言い換えれば気軽に依頼することはできないと言う事でもある。そのため私用での依頼はまず採算が合わないと言えるだろう。
「これらの理由から、ほとんどないと判断できる。そして最後の候補者がゼディだけになるが、カーシィムが襲撃を知る確率がほぼないと断定できる」
カーシィムが襲撃を知るには、計画に加わるか、情報を探り当てたかの二択になるが、関連の薄いゼディがわざわざ漏らしたとは考えにくい。さらには『黒き陽』はネンラール国内の組織ではないため、外国で交渉がまとまってしまえば、知るための術は砂漠から針を探すようなものとなる。
(どうしても、偶然という線は残り続けるが、それでももう一つ懸念がある)
仮にこの六人の誰かが襲撃の策を練って、それを本当に偶然カーシィムが知りえたとしても、一つ違和感があった。
「そうなれば、こいつも消える」
「いや、バアルよ、これでは誰かわからないではないか」
そしてページを見返すと、犯人の候補者がいなくなったように見える。
「そうだ。だからこの過程が間違っていることになる」
「ん?すまん、話が見えんのじゃが」
「いや、話は簡単だ。結果が間違っているとなると、見るべき部分が違うか、条件が間違っているだけだ。今回で言うと、見るべき部分が違うことと、一つ足りていないことだな」
俺はドイトリにそう告げながら、カーシィムに視線を向ける。するとカーシィムが顎で話を続けろと促す。
「そしてここで足りてない部分だが、カーシィムは今回のアジニア皇国への侵攻が失敗に終わる、そう考えているな?」
「その通りだ」
俺が確かめるように聞くと、難なく肯定の返事が返ってくる。
「……」
「あの、兄さん話が見えないのですが」
ドイトリはようやく答えにたどり着いたのか、無言になり、アルベールはわからないのか問うてくる。
「要は全く無関係に見える、アジニア皇国の侵攻と今回の優勝が結びついているということになる」
誰がどういった思考でアジニア皇国の侵攻失敗と今回の大会優勝が結び付けられるのかというのか。実際事情を把握しているカーシィムとクヴィエラ、ドイトリ、そして察しがついていた俺以外は意味を理解していなかった。
「え?なぜ?」
「さぁな。だが、考えてもみろ、確かにアジニア皇国は善戦しているが、それでも善戦できているだけ。年月を掛けられれば少しづつでも押し込められるだろうな」
既に一年以上戦争が継続している状態でも、ネンラールの活気は衰えていない。となれば余力はまだまだあることになる。
そして問題はアジニア皇国にあった。いくら物資を援助されても、人はすぐには増えないため、当然削られていく。そうなればアジニア皇国はもし勝っても、支援を切られた瞬間に、周辺国が襲い掛かってくるだろう。もちろんアジニア皇国が永年ネンラールの盾になるなら、話は別だろうが。
またグロウス王国もイグニア殿下がいる以上と数年は侵攻することは無いと判断できる。
(それにおそらくはネンラールが長くなることを承知で戦争を仕掛けている。なら、まずアジニア皇国は勝つことが出来ない)
ネンラールとアジニア皇国の国力差は決定的な差がある。それこそ周辺国から物資を受け取っても、ほんの少しづつでも押し込められていけば、もしくは人員を殺すことに重きを置けばいずれ負けることが想定される。
「今はジュウが猛威を振るっているが、それも長く戦っていれば当然対策が取られてくるだろう。そうなれば後は純粋な戦力差で押し込まれていくことになる」
実際、土嚢や石壁を用意すれば、もしくは厚い盾を用意すれば問題ないと分かればネンラールの優位に一気に傾くだろう。あとはそれにいつ気づくかというところだ。
「つまりアジニア皇国が負けるのは確実だと?」
「確実とはいかないが、今のままで行くと8割はそうなると踏んでいる。まぁ、そこらへん考えは置いておく。ではそんな状況下でカーシィムが侵攻が失敗すると思っている点だ」
俺はカーシィムを問い詰めるように視線を向けるが、カーシィムはこちらの視線を受けながらも気負うことなく新たな果実を口に運ぶ。
「つまり、何が言いたい?」
「侵攻失敗させる算段があり、それがカーシィムの評判を落とさず、かつアジニア皇国に譲歩しない方法となると、手段は限られてくる。その一つにまず東方諸国に働きかけるということはまずできないだろう」
東方諸国にアジニア皇国の調略を持ちかけても次は我が身となる状況下では協力も得られない。
「つまり、侵攻の失敗は東方諸国には無いことになる」
カクヨムにて先行投稿をしています。よろしければそちらもどうぞ。
https://kakuyomu.jp/works/16816452220569910224




