二人のけじめ
カクヨムにて先行投稿をしています。よろしければそちらもどうぞ。
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「バアル様、何かお分かりに?」
自室を出て、ラウンジまでゆっくり歩いているとリンが問いかけてくる。
「確定的ではないがな、この後でいくつかの線が消えればほぼ確実だろう」
「???」
リンは何を言っているのかわからないのか頭の上に疑問符が浮かび上がっていた。
「詳しく聞いて、??なにやら騒がしいですね」
リンが詳しく問いかけようとするが、俺達の先、ラウンジの方角が少々騒がしかった。
「また襲撃者か?」
可能性はなくはないため、めんどくさい予感を感じながらラウンジに足を踏み入れる。
だが、予想とは裏腹に騒がしい理由はラウンジに置かれている対面するソファにあった。そして元凶だが――
「エナ、アシラやめろ」
俺は共に威圧をぶつけ合い、周囲を圧倒している二人を制止する。
「すまんがバアル、これはけじめだ。引っ込んでてくれ」
「何のだ?説明がないのなら、こちらが納得しない」
「ちっ」
俺が口を挟まなくなることは無いと分かったのか、アシラは舌打ちして、再び、ソファに座り込む。
「『開口』、で何があった」
俺はアシラからエナに視線を向けて問いかける。
「一言で言えば、オレのした行いの清算だな」
「詳しく話せ」
「アシラに聞け、それがオレが言うよりもわかりやすいだろう」
そして今度はアシラに視線を向ける。
「わかりやすく言えば、俺の記憶を消していた」
「そうか……で、どうしたい?」
「あん?」
「お前の怒りはどうやったら収まる?」
「っ……」
冷静に怒り治め方を問うと、アシラは額に青筋を浮かべるが、何も言わない。
「一つ聞くが、それはどんな記憶だ?」
「エナ、お前から説明しろ」
アシラに問いかけると、アシラはエナにそう告げる。
「……あいよ。一言で言えばアシラの技術の部分の記憶を忘れさせた」
「その理由は?」
「一言で言えば、あのままのアシラならオレでも簡単にひねりつぶせるぐらいに弱くなりそうだったから、だ」
エナがそういうとアシラの額にもう二つほど筋が増えた。
「それでおまえの判断で封じたと?」
「いや、マシラ姐さんに頼まれてやった」
エナはそういうと、深くソファに座り直す。
「マシラ姐さんはわかっての通り、技術を学んで強くなっていく。だがそれはあくまで獣がその方向性と合致したからだ。だが、アシラ、お前は違う」
エナはアシラを指差す。
「お前はレオン同様、本能で強くなれる獣だった」
「………それがわかったのに、なぜ技術を教えた?」
アシラが技術をあまり必要としえないのは今までの会話で想像がついた。だがそれなのに、小さい頃に技術を教え続けた意味が分からない。
「一言で言えばマシラ姐さん失敗だ」
「というと?」
「マシラ姐さんだって人だ。当然失敗することもある、そしてそれが初めての時ほど顕著に出やすいのは誰もがだろう?」
「……なるほど」
エナのことばで大体が理解できた。
「技術を教えれば理解が深まる、理解が深まれば理性が深まる、そして理性が深まれば本能が薄くなる。そしてアシラが本能で強くなる獣だと分かれば、当然、技術は邪魔だろう?」
「理屈はわかった。だが、まだ疑問が二つある。一つはなんでマシラはアシラに教えてしまったのか、そしてもう一つが、なぜ再び、技術を教えてることにしたのかだ」
前者の疑問はそう重要じゃない、正直言えばただの興味だ。だが後半の疑問はだいぶ気になっている。
(記憶を忘却してまで、技術を消し去りたかったのなら、なぜ再び教え込むことにした?)
「一つ目は……言い難いが我が子可愛さということだ。聞いた話によると、マシラ姐さんは本当に最低限の技術を教えるつもりだったのだが、思ったよりもアシラの呑み込みが早く、そして自らの力をアシラに与えたいと思って、少々やりすぎたらしい」
「一言で言えば、愛情か」
俺の言葉にエナとティタが頷く。
「そして二つ目だが、アシラが既に手遅れだったからだ」
「??記憶は忘れさせたのだろう?」
ならば技術はきれいさっぱり忘れているはずだ、と思う。
「ああ、だが、体に染みついた記憶までは消すことはできない」
そこからはエナの説明が続く。
エナの能力で忘れさせたのはあくまで頭の中のみ、だが実際はアシラは技術を使っていたため、体がそれに合うように変化していた。そして体がその形を覚えてしまえば必然的にその技術まで結びついてしまい、結果として、体が無意識に技術を使い、今度は頭でそれを理解し始めてしまうという。
「だが、それなりの成果はあった。実際、肉弾戦においてはオレはかなわないほどには『獣化』できるようになっているだろ?」
「なるほど、だがそこまでだったのか」
その先の言葉が読めて、そういうと、エナが重く頷く。
「そう、できてもそこまでだった。ラジャの里、いやアルバングルではその時のアシラの『獣化』だけでは太刀打ちできない獣は数多くいた。だからマシラ姐さんはアシラ、お前が殺されないように再び技術を教えていったというわけだ」
エナの話で二つ目の疑問は否応なしに教えなければいけないことが分かった。
「ならもう一つ質問だ。なぜアシラは思い出した?」
エナの力がどれほど強力な者かは正確に推し量れてはいないが、それでも今まで思い出せなかったため、それなりの効力はあると考えられる。だが、今回、リョウマとの戦いでその記憶を取り戻した。
「さぁな、走馬灯でも見たんじゃねぇか?それなら記憶が総ざらいされるから、不自然な記憶は必然的に浮かび上がるだろうさ。それにオレは忘れさせただけで、思い出せないわけじゃない」
エナは予想の範疇を出ないが、こんなところだろうと告げる。
(なるほど、忘れたのなら思い出すことも可能か。だが、記憶そのものを消せる可能性もぬぐい切れないな……さて)
思考を切り替えて、俺はアシラの方に振り向く。
「ということらしいな。それと、聞くが、今までの話を聞いてまだ怒りはあるか?」
「……あるぜ」
エナの話を聞けば仕方ない判断だとも取れるため、怒りが収まっていると思えば、それはなかった。
「一応聞くが、ここまでの話を聞いてなぜ怒りの矛を収められない?」
普通なら事情があるのなら、仕方ないと納得できるだろう。だがアシラはそれが出来ていない。
「簡単だ。俺が起こっているのは記憶を消したこと、それ自体に対してじゃねぇ」
そう言うとアシラは立ち上がる。
「エナ、俺は以前お前に聞いたことがある。俺になにもしていないかをだ。だが、今回、お前が俺の記憶を消したことが分かった。それはな、俺に対する裏切りじゃねぇのか!」
アシラは堪えられないとばかりに最後には若干『獣化』仕掛けてエナに向かって怒鳴る。
「記憶を消したのはわかる。だがそれを言わなかった、なぜだ!俺はそのことを聞いて、誰かに対して怒りや失望を覚えたことは無い。むしろ俺のためにやったことで、愛されていると実感しているぜ。だがそれは、俺の質問に嘘をついてまで隠すことかぁ!!エナ、お前の話だとお袋が俺を育て間違えたみたく言ってやがるが、俺はここまで育ててもらったことに対して感謝しかねぇよ!それを汚点のように話していること自体が不快だが、それはまぁいい。俺が最も怒りに触れているのはお前が、仲間が信頼を裏切り、嘘をついたことなんだよ!!」
そしてアシラはテーブルに片足を乗せて言う。
「俺がそんなことでうだうだ言うやつだと思ってんのか!俺がお袋の些細な事を責めってるやつに見えるか!断言してやろう!俺はお前の力で記憶を消さなくても、絶対にお前よりは強くなっている、絶対にだ。それに俺がそれなりに強くなって、そのことを明かさない時点でお前にもお袋にも腹が立つぜ。言ってみれば俺が器の小さぇ奴だと思っている証拠だろうが」
「……悪かった」
アシラの言葉にエナは静かに口を開く。
「エナの謝罪で気は晴れたか?」
「いや、まだだ。エナ、俺らの流儀を覚えているな」
「わかってるよ」
アシラの言葉でエナが立ちあがる。
そして――
「フン!!」
「っっ」
バリバリパリン
アシラはエナに向かって拳を放ち、急いで間に入ったティタ諸共ホテルの中庭に飛ばされる。
「おい、アシラ」
「バアル、悪いことをしたら、一発殴り、これでチャラ。それが俺たちの流儀だ。もちろん度が過ぎれば違う判断だが」
これで、問題は解決とばかりにアシラは頷くが、俺が言いたいのはそこじゃなかった。
「アシラ、割った窓や破った壁が誰が弁償すると思う?」
「…………」
こちらの問いかけにアシラは明後日の方角を向き、決して、こちらに視線を合わせない。
「お~い、アシラ、来たぞ、って……なんだこの状況」
そして騎士に連れられラウンジに入ってきたリョウマの言葉に俺は同意せざるを得なかった。
 




