受け渡された情報と不信要素
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「それで情報は?」
コロッセオ内は広大で、いくつもの通路や部屋が入り組んでおり、俺達はそのうち、使っていない空き部屋で情報を貰おうとしていた。
「お待ちください。まだ核心的な情報は掴んでおりません」
「……そうか」
俺がマーモス伯爵家を脅したのはテンゴの試合が始める前、つまりは時間も経っていない。情報を調べるにはあまりにも時間が無さすぎた。
「じゃあ、どんな理由で呼び出した?」
俺がそう聞くと、リンやノエル、周囲にいる騎士たちが色めき始める。なにせ可能性としては俺を害する可能性が出てきたわけだ。
「お待ちください。あくまで核心的ではないと言うだけです」
「さっさと話せ。忍耐力を試しているなら、どうなるかわからんぞ」
こちらが急かすと、ボゴロは一つの書類を見せてくる。
「マーモス家が調べたことで判明したことが数点存在します」
「ほぅ、どんな」
書類を受け取りながら確認する。
「まず一つ、昨夜の襲撃を受けたのはどうやらバアル様の周辺のみではないらしいです。本戦参加者、正確には二回戦目までに勝ち進んだ全員の宿に暗殺者が向けられたそうです」
「へぇ」
書類を確認しながら、ボゴロの言葉に耳を傾ける。
「それだけでマーモス家が暗殺をしていない証拠とは言わないよな?」
「もちろんです」
マーモス家が自身への疑いを背けるために、ほかの本戦参加者の元に暗殺者を差し向けたとも十分考えられたため、これだけでは全くの不十分と言えた。
「そして、もう一つ、これを」
「これは?」
「短時間ではありますが、マーモス家がハルジャールにて活動している闇組織についての調査報告書です」
「……短期間の調査にどれだけの信用性が生まれる物か」
短期間での調査にやや不信を覚え、そう告げると、ボゴロは苦笑する。
「そこはご安心ください。マーモス家は古くからハルジャールに根を張る家、それなりに仄暗い部分には精通しておりますので」
「だから多少は信用しろと」
「もちろん無理にとは申しません」
ボゴロはそういいながら軽く頭を下げる。
「話を戻します。我々の調査で分かったのはハルジャールのどの闇組織も暗殺に関わっている部分は……無いということです」
「……」
ボゴロの言葉に思わず眉を顰める。
「話にならない。お前の言葉だとハルジャールの組織は全て潔白だったと言っているように聞こえるが?」
先ほどの話では本戦参加者の元にいくつもの暗殺者が差し向けられていることになる。それなのにハルジャールの闇組織は動いていないと言っているのだから信用できるはずもなかった。
「確かに、普通ではやや矛盾している話でしょう。もちろん、マーモス家も末端の弱小組織については調査が及んでいない部分もあることを認めます。ですが、それ以上に本戦参加者の元に暗殺者が多く差し向けられた。そんな状況の中、ハルジャール内で暗殺者の組織が動いた形跡がないのです」
「……」
本来であれば16人に暗殺者が差し向けられた時点で、それなりの暗殺者集団が動いていると考える方が普通だ。なのにその動いた跡がないと言っている。
(マーモス家が隠蔽している可能性は…………少ないな、なにせ候補を挙げられなければマーモス家は俺の怒りの矛先が向くことを理解している。それならば自身の家と敵対する組織を身代わりに差し出す方がはるかに楽だ)
もちろん、隠蔽がないとは言わないが、ここまでの情報を出しておいて、今さら、隠していましたと言うのも変な話であった。
「お前の話を信じるのなら、暗殺者を差し向けられたのは俺達だけではない、そしてハルジャールには大きな組織が暗殺者を差し向けた形跡がないという二点が挙げられる」
「その通りです」
完全に言葉を信じたわけではないが、興味深い情報であったのは確かだ。
「話は以上か?」
「はい。これだけではマーモス家の疑いが晴れたことにはなりませんが、多少は信用していただきたいと思いまして連絡した次第でございます」
ボゴロは包み隠さずに意図を報告する。
「……なら、ついでに聞くが、お前ならだれの仕業と考える?」
「不明と、言いたいのですが、予想としてなら…………おそらくは他国による大会の妨害と見るのが普通です」
ボゴロの言葉で、少し前にあった、フシュンの顔を思い出す。
(だが、今更ながらアジニア皇国が暗殺者を雇うか?実力者を排除するならわかるが、他国である俺たちまで巻き込む理由はないはず)
アジニア皇国が有利に進めるため、ネンラールの実力者を暗殺しようとするのなら話は分かる。だが、比較的に友好国であるグロウス王国、果ては、国交はないがアルバングルという新たな国の者を巻き込んでまで暗殺騒動を起こすかは微妙なラインだった。
「バアル様、先ほど話に出た弱小組織が独断で動いた可能性は?」
「失礼ですが、それはほぼないかと」
リンの疑問にボゴロが割って入る。そしてその言葉に概ね同意するのだった。
「なぜでしょう?十分に可能性はありますが」
「簡単です。予選ならまだしも、本戦は実力者しか残っていないからです」
リンの言葉をボゴロは否と断言する。
まず今回の騒動ではボゴロの報告を信じるならば、本戦参加者、つまりは数千から数万の頂点を狙うということになる。もしこれが大きな組織であれば話は変わってくるのだが、弱小ともなると、おそらくは手を出すことは無い。なにせ弱小組織は襲撃するための戦力は大組織よりも何段階も劣るだろう、そしてそうなれば本戦参加者はまず生き残る可能性が高く、その後に報復の恐れがあるからだ。そして弱小のため、実力者一人に組織を壊滅させられるというのはそうおかしいことではないため、弱小組織はまず手を出さない確率が極めて高い。
「ではほかの地方からの可能性はどうでしょうか?」
「それも低いかと、まず闇組織には厳格な住み分けが行われているのが常です。もし、国内の闇組織の場合はその領分を侵してまで動くとは思えません」
ボゴロのことにも一理ある。『夜月狼』でもそうなのだが、闇組織はお互いがぶつからないように地方や業種と言った部分で住み分けをしていることが多い。そのため地元以外での仕事となると、受けないことの方が多いぐらいだった。
「まぁ、いい、とりあえずは情報だけを貰っておくがいいな?」
「はい、こちらとしましては寛大な判断をお願いいたします」
「それは今後による。まさか、この情報だけを渡して安堵しているわけではあるまい?」
そう言うと、ボゴロはピクリと動きを止める。
「裏を取ってもらえればわかりますが、今回マーモス家は動いていません。そのために情報を渡しました」
「わかっている。だがこの情報が操作されていないとは言い切れまい。それにお前も最初に言ったじゃないか、核心的な情報ではないと」
こちらとしては情報を鵜呑みにはできないほか、襲撃した犯人を明確に示してほしかった。
「だが、情報を一方的に奪うのは忍びない、期限を明後日までに延長する。それまでに俺たちを襲撃した者達の特定を急げ」
「かしこまりました」
ボゴロは頭を下げて告げると、すぐさま礼をして部屋を出ていく。
(これでこちらも向こうもいろいろと捗るだろう)
おそらくボゴロの目的は最初から、ある程度の情報を受け渡し、そのための対価として期間の延長を望んでいたのだろう。
(こちらは情報をできるだけ集め、あちらは短すぎる時間に何とか猶予を作ろうとしていたのだろうな)
こちらは情報、あちらは時間を欲しがった故に最後の言葉だった。
(しかし、ハルジャールで闇組織が動いていない?それなのに実力者である本戦参加者の元に暗殺者を差し向けるか……確かに一見すれば他国もしくは地方からの刺客と見るべきなのだろう、だが襲撃の意図はなんだ?怨恨でないようにも思え――)
「バアル様?」
考え込んでいると横からリンの心配そうな声が聞こえてくる。
「何でもない。それじゃあ、戻るぞ」
「はい」
こうして俺達は貴賓席に向かって戻り始めて、情報の受け渡しは終わるのだった。
ボゴロとの情報の受け渡しが終わると、そのまま貴賓席に戻るのだが。
「ヴァンは、すでに出たか」
貴賓席の中にはヴァンの姿はなく、あらかじめ付けていた数名の騎士もいなくなっていた。
「ええ、バアルが返ってくる少し前にアギラがやってきて、連れて行ったわ」
クラリスがヴァンについての説明をしてくれる。
「ということは、そろそろ」
『皆さん、元気にしていますか??飽きていませんか~~~!!』
そろそろ始まると思っていると同時にステージの方から元気なリティシィの声が聞こえてくる。
「それで、バアル様、どのような情報を聞いたのですか」
「ああ、それは――」
リティシィの声を聞いて自分の席に着くと、ユリアがボゴロからの情報を欲しがるので素直に答える。
(ボゴロからもらった情報は簡単に調べられる。隠すほどでもない)
そう判断し、本戦参加者の元に暗殺者が差し向けられたこと、そしてハルジャールでは闇組織の動きが見えないことを伝える。
「そうですか……もしあちらの言葉を信じるならば、今回の襲撃は、まずこの国の内部の仕業ではないことになりますね」
「ああ、そうだな」
ユリアもボゴロと同じ結論に行きつく。
「ですが―――」
ユリアはそこで一度話を切り、考え込む。
(そう、他国からの暗殺者となれば、その動機が分からない)
ユリアは暗殺の標的、出ないにしろ、ブラフの可能性でも襲撃されたことに違和感を持つ。
「バアル様のお考えを伺っても?」
「さぁな、いろいろな予想が出来てしまうからな」
暗殺者、いや、正確に言えば暗殺者を差し向けた者の目的が読めないのだ。
マーモス伯爵家が不祥事の始末のためヴァンを殺す、という目的だったら簡単に予想がつくが、今回はそうではなさそうだった。ではそうではない時になぜ暗殺者が送り込まれたのかの部分がまだ暗黙の中にありすぎて想像がつかない。だれかしらの敗者が怨恨のために雇ったのか、それともネンラールの貴族が自国の選手を勝たせるために他国の選手を襲ったのか、はたまた、選手の中に優勝したい者がいて、多少でも消耗させために暗殺者を雇ったのか、それとも本当にアジニア皇国が暗殺者を差し向けたのか、またアジニア皇国に滅んでほしい者たちがアジニア皇国がやったように見せかけたのか、などなど、想像は無数に広がってしまう。
(そろそろこちらでも探っておかなければ、痛い目を見そうだな)
『それでは入場していただきましょう!!“六法剣斬”レシェス選手!!そして“炎魔人”ヴァン選手!!!』
今後の行動について考えているとステージにヴァンとその対戦相手が入ってくるところだった。
「兄さん、ヴァンは勝てますかね」
「さぁな、だが、無様に負けることは無いだろうな」
アルベールはステージに入ったヴァンの姿を見て、期待を寄せる。おそらくは年齢が近い故の憧憬を持っているのだろう。
「いつか、あの場に立てればいいな」
「はい!!」
アルベールが喜んでいるのに水を注すわけにもいかず、俺は一時的に思考を止めて、二人の試合をじっくりと観戦することになった。




