役者は代わり、吐露するのは
12時19時の2話投稿をします。読み飛ばしにご注意を。
またカクヨムにて先行投稿をしています。よろしければそちらもどうぞ。
https://kakuyomu.jp/works/16816452220569910224
「ルールはこれですべてだ。では、満足いくまで楽しませて見せよう」
「手柔らかに」
全ての説明が終わると、イーゼの笑顔と共に対局が始まった。最初に何度もサイコロを振って地形を割り振っていく。
その後、それぞれの駒を整えて遊戯が開始された。
パチン
パチン
パチン
お互いが盤面を見詰め、駒をそれぞれ進めていく。それも進めるといっても地形によっては駒の種類によって迂回させたり、移動距離を増やして踏み越えたりすることもあり、これがまた複雑さを増していて楽しかった。
「なぁ、少しいいか」
パチン
「なんだ」
駒を進めながら、イーゼの問いかけに答える。
「あんたはそっちに手を出さないのか?」
パチン
イーゼはそういいながら駒を進め、すぐそばに置いてある銀杯を掴みのどを潤す。
「なぜ聞く?」
パチン
「バアル様が童貞という噂は耳にしている」
パチン
「つまりそういうことだろう?」
イーゼは面白そうな物を見るような顔になる。
「出すつもりはない」
パチン
「……なぜ?向こうは歓迎するだろう、ぜ」
「ちょっ!?」
パチン
イーゼの明け透けな言葉にリンは慌てる。
「今の関係が丁度いい」
パチン
「……あ~~好意は理解しているが、見て見ぬふりをしているわけか」
パチン
イーゼはため息を吐きながら落胆した表情を浮かべる。
「女の方は十分用意出来ているのに、な。据え膳食わぬは男の恥っていうだろうが」
パチン
イーゼはそう告げると、テーブルに置いてある干し肉の欠片を口に運び、横に置いてある水瓶から俺のコップに酒を注ぐ。
「男が、女を歓迎しないなんてのは何とも情けない話だと思うが」
パチン
「おせっかいだと思うがな」
パチン
「確かにな、だが同じ女性として見てられないんだよ。正直そっちの子が不憫でならない」
パチン
イーゼは打ち終えるとこちらをしっかりを見る。
「私は良い。もともと武勇でのし上がりたいと思っているからな。だがその子は違うだろう?」
イーゼは女性としての考え方が違うという。
「確かにな、リンが武術で有名になりたいのなら、俺の傍に居るのはむしろおかしい。目的はその逆で大金を稼ぎたい、ある意味では安定したいという思考からだろうな」
パチン
「明らかにそれだけじゃないだろう」
パチン
物申すようなイーゼの言葉に言い返し掛けるが、それを飲み込む。
「イーゼ、こちらにはこちらの事情もある」
パチン
「はいはい、もう口は出さねぇよ。あと……上達するの速すぎだろう!!」
パチン
イーゼは怒りながら打つが、劣勢になっていくのが理解できているのだろう。
(おそらく自覚がないのだろうな)
イーゼの打ち方はやや愚直な面が目立っていた。ほとんどの手は素直なのに対して、何か大掛かりな手を打とうとすると、少し変則的に進むくせが早くからわかってしまった。
そしてそれを何十回も指し合うと早めに決着がつく。
「……いくら接待だからと言っても、弱すぎないか」
「…………」
思わずそういうが、イーゼは盤上を見詰めて何も反応しない。
「……接待しているのではなかったのですか」
「あ、忘れてた」
リンが思わず出てきた言葉にイーゼも素で答える。そして肩を竦めると、銀杯を飲み干して、窓の外を確認する。
「さて一局しかしていないが、いい時間だと思うが?」
「ああ、宴会が終わったのか」
思いのほか時間が経っているようで、窓の外を見てみると、先ほど宴会していた場所の明かりが落とされており、本格的に宴会が終了した。
「ああ、世話になったな」
「いいってことだ…………あと、少しだけ待っていてくれるか」
イーゼは会話の途中で何かを考えると、こちらに少し待つように言う。
「なぜだ?」
「宴会が終わると、最後の美酒って奴が配られるんだ。それを取ってくるだけだ」
イーゼはそういうと、仕切りの向こうに行こうとする。
「あ、そうだ。さすがにホストを退屈にさせるわけにはいかないから、ほれ」
「え、あの」
「いいから、いいから、この部屋から月がよく見えて、今日は雲一つない夜だ。月見酒にはぴったりだろう」
イーゼはそういいながら、冷蔵庫に入っていた、水瓶の一つをリンに渡す。
「男一人なら話は別だが、もう一人女性がいるからな酌してやってほしい」
「……そういう事ならば」
リンはそういうと、傍まで来る。そしてすぐ横に座ると、テーブルに置いてある銀杯に注ぎ始める。
「それと、リラックスできる香を焚いておくから。じゃあ、楽しんでいってくれ」
イーゼがそういうと、扉の締まる音が聞こえ、深緑の様な匂いが漂ってきた。
(……楽しんで??)
イーゼの言葉に違和感を感じたが、すでにイーゼは部屋の外にいる。わざわざ追いかけて問い質すまでもないと思い、そのままリンの御酌を受けながら月見を楽しむ。
「バアル様」
静かで安らぐ空間にリンの声が響く。
「……なんだ?」
「………………何でもないです」
呼びかけた理由を問うと、リンは言葉を吐き出そうか投げ出そうか迷い、そして最後には飲み込んだ。
「そうか…………俺はお前を拒絶しているわけではない」
「え?」
「そんなに意外か?」
リンの疑問の声に苦笑しながら返す。
「いえ、何が聞きたいのかを理解しておいでだったので」
「何を驚く?家族以外だと、一番親しいと言えるのはお前だけだぞ」
家族以外の年来で言えばラインハルトやギルベルトが最有力として挙げられるが、それぞれの仕事を行っているため、最近は疎遠だ。その点で言えばリンが一番近しいと言ってもなにも過言ではない。
「今は宴の席の延長だ。機密にさえ触れなければ、何を話しても問題ない」
俺はリンの手の中にある水瓶を掴み、リンの銀杯に注ぐ。
「ですが」
「今日は良い酔い方をしている。明日にはこの記憶は消えているだろうな」
何とも体の奥が熱く、程よい気分になっていた。
(しかし、俺はこれほど酒に弱かったか?)
宴会の席でそれなりに呑み、イーゼとの対局で口が渇けば潤いを足すようには飲んだが、いつもよりは量は少なかったと認識している。
(宴会の時の酒が強かっただけか?)
「わかりました」
リンは生きよいよく銀杯を呷り、こちらに振り向く。
「私に魅力はお在りですか?」
「っと、ああ、もちろん」
リンは吹っ切れたのか、身を乗り出しながら問いかけてくる。
そして、その際に様々なものが見えてしまった。リンの美貌、肩から腰までの柔らかい形、服の隙間から見える谷間、そして緊張している瞳。そして今にも泣きそうなその雰囲気が月明かりに照らされて、いまにでも消えそうな神秘的な姿を醸し出していた。
(なんとも魅力て――まて、何か変だ)
どこかに違和感を感じながら、リンの言葉が続く。
「では、なぜっっ、クラリス様がいらっしゃるからですか。それとも私はただの護衛でしかないからですかっっ」
リンは声を詰まらせて、唇を噛む。そして目尻にうっすらと涙を溜める。
(やはり、何か変だ)
異変はそこかしこにあった。急変したリンの態度、少なくとも今朝まで納得した様子を出していた、その日のうちに急変するのはあまりにも違和感がある。
そしてもう一つ、自身の思考と感覚だ。
(体が熱い、なぜ?)
先ほどは酒の影響だと判断していたが、何かが違う。酔いではなく、過去にも体験したことがある感覚だった。そして異様にリンの艶やかな姿から目を離せない視線。
(どこかで、どこだ…………そうか、『清め』の時の)
酔いのせいで乱れに乱れる思考を何とか働かせて、記憶から似た経験を思い出す。そしてそれはつまり―――
「私はバアル様をお慕いしています。そして――」
(待て、そこから先は言わせ)
不調な体を動かしてリンを止めようとするが、その前に口が動く。
『愛しています』




