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新しき道標

12時19時の2話投稿をします。読み飛ばしにご注意を。


またカクヨムにて先行投稿をしています。よろしければそちらもどうぞ。


https://kakuyomu.jp/works/16816452220569910224

 あと少しで中等部最後の夏季休校が始まろうとしている季節。ゼウラストの屋敷の一室では二つの影が対面していた。


「それで、俺が今の時期に国外へ出る意味を理解していないわけではないな?」


 片側にいるのはグロウス王国では、様々な話題沸騰中のゼブルス家嫡男バアル・セラ・ゼブルス。


 今年で17となり、少年から青年へとなったゼブルス家の長男。身長は180近くもあり、仕事の合間に鍛錬を行っているおかげか細いがしっかりと筋肉質な体をしていた。そして光に晒せば輝くような金髪に晴れ渡った青空の様な瞳を持つ。また容姿は母親譲りなのか顔つきは端整であり、そして貴族としての生活を送っているからか鋭い目をしていた。


「わかっております。ですがこちらの事情もお察しください」

「色恋云々でこちらに手間を掛けさせないでほしいのだが、ユリア嬢?」


 対面にいるのは東部貴族のグラキエス侯爵家の令嬢、ユリア・セラ・グラキエス。


 グラキエス家特有の銀色の美しい髪を腰まで伸ばし、女性としては十分すぎるほどの魅力を醸し出す四肢とスタイルを併せ持つ。また非常に整ったその相貌は、可憐というよりも美しいと言え、氷の能力をもつユリアになぞらえて『氷の華』と社交界では言われていた。


 その綺麗な顔は目を閉じてゆっくりとカップに入った紅茶の味を楽しんでいるのだが、服装は青色のドレスを着用しており、銀色と相まって画家が描いたような一つの芸術にも見える。


 そしてカップがテーブルの上に置かれると双方の話が再開する。






「どうしてもお願いできませんか?」

「……どうやらはっきりと言ってほしいようだな」


 ユリアがなぜ。この場所にいるのか、それを一言でいうなら男女の(もつ)れだった。


「好きな相手からの評価を得るための駒ならほかを当たれ」


 現在、ユリアはイグニアからの注目と寵愛を集めようと行動している。そして今回選ばれた札が俺だったというわけだ。


「そこを何とか」

「なぜそこまで入れ込む?仮にイグニアとジェシカが本当に愛し合っても、せいぜいが寵姫だろう?」


 グロウス王国における王室の仕組みはごく単純だ。王自身はそのまま、国王や陛下と呼ばれる。そして国王の男子を王子、女子を王女と呼ぶ。そして王の伴侶なのだが、これには二つ存在している。一つが政治的に選ばれたのが『王妃』と呼ばれる存在、そしてもう一つが国王が私情で見初めた、側室の類である『寵姫』。


 では王妃と寵姫の違いは何かと言う点だが、これは国事に携わるかどうかだ。さすがに教養のない人物が他国への顔と呼べる『王妃』となることはまずない。だが国王も人だ、誰に恋をするかなどわからないため、このような立ち位置を設けている。選考は共に美貌が基本的な基準になっているのだが、『王妃』は出自や家の規模や財力、武力の側面も大きくなる。より分かりやすく言うのならば王妃は国外に宣伝するための国としての顔であり、政治的な判断に携わる立ち位置となる。そして寵姫はいわば国王の慰安用の情婦という形だ。そして王妃の子には王位継承位が与えられるが、寵姫の子は与えられない。


「教養、出自、派閥関係、実績、すべてにおいてジェシカがユリア嬢を押しのけて王妃の座に座れるとは思わないが?」

「ええ、ですが、イグニア様がジェシカにっ……心酔してしまえば様々な判断の妨げにしかなりません」


 国王が寵姫に入れ込んで、国政を傾けることがあることは国内外の歴史上何度か事例がある。


 だが


「まさか、あの制度を知らないわけではないな?」

「ええ、『寵姫排除令』ですか」


 ユリアの言葉に頷く。


『寵姫排除令』は王妃に与えられた権利の一つだ。寵姫が意図した、もしくは意図していなくても、国政に影響を及ぼすことがあった場合、王妃がそれを諫めることになる。そして同時に国に害を与えると考えれば、5名の大臣の賛同を得た後、後宮から追い出すことが出来る。


「あの詭弁もいい所の制度ですか?」


 ユリアの言葉に肩をすくめて答える。なにせ国王がなぜその考えに至ったかを寵姫のせいだと証明することがまずできないからだ。


「本当に効果があるとお思いで?」

「ないだろうな。せいぜいが、陛下に本当にそれを行ってはいけないと証明するための抗議手段、もしくは責任を擦り付けるための方便でしかない。それも陛下が後宮以外で逢瀬を楽しんではいけないという決まりもないからな」


 しかも陛下に寵姫がいない場合は全く効果のない制度となる。実際、国王であるアーサー陛下は寵姫はいない。


「だが、イグニア殿下とジェシカが愛し合っている事について、俺は懸念している点はない」


 なにせ片方がダメなら、もう片方という選択肢が存在するからだ。


「そして俺はアルバングルや飛空艇の件で忙しい。さて、行く理由は見当たらなく、行かない理由はありふれている。さて、この申し出を受ける利点はあるのか?」


 アルバングルの騒動で得た物は大きかった。だがそれと同時に管理する苦労も膨らんでいく。それが一組織となればなおのこと。


「もちろん、バアル様からしたら、この提案を飲む必要はありません。先ほどおっしゃったとおり、イグニア様とジェシカ様が……アイシアッタとしても私が王妃になるのはほぼ決定しています。またバアル様が多忙であることも十分承知です」

「なら余計にこの申し出を受けることがないことは理解しているはずだろう?」


 ユリアはテーブルの上に出されているカップを手に取り、何口か紅茶で喉を潤すと、後ろにいる一人の侍女から書類を受け取り、それをテーブルの上に乗せる。


「ええ、普通に考えればです。ですが、この条件を覚えておいでですか?」


 テーブルの上に置かれた書類を見て、舌打ちをしたくなった。


「この条件を持ち出すと?」

「はい、条件では『第二王子の要請は標準的な利益が生じない場合以外は要請を断らない』とありますね?」


 双方は共に笑顔になるが、室内の雰囲気は極寒の様に冷え切っていた。


「なお、私からの要請だからという理由は使えませんよ?」

「わかっている」


 ユリアの要請だから受けない、と言うことはまずできない。なにせ発端はイグニア殿下(・・・・・・)が俺を招待したことが始まりだからだ。ユリアが招待に応じてほしいといい、標準的な利益を約束すれば、イグニア殿下の要請で標準的な利益を約束されているため、断ることが出来なくなる。


(断るための候補(言い訳)はいくつかあるが……)


「一応の忠告ですが、表面的には中立を装うため参加しないという理由は受け付けませんので」


 早速、こちらの候補(・・)の一つを潰された。


「では逆に問おう、アルバングルの開発と機竜騎士団の仕事を止めてまで俺が招待に応じたいと思う利益はなんだ?」

「こちらでどうでしょうか」


 再び、侍女から一つの書類を受け取ると、こちらに見せるようにテーブルに置く。


「グラキエス家の鉱山の権利の一年の貸与、か」

「はい、グラキエス家の財源となる『蒼氷晶』が採掘できる鉱山の一部です。こちらで手を打ってもらえませんか」


『蒼氷晶』、グラキエス家の特産ともいえるべき魔結晶の一種。魔力を流すと結晶の周囲に冷気を纏わせることが出来る。これだけでは何とも言えない結晶だが、これは加工することで真価を発揮する。


「武器には何とも使いにくい素材だが、防具に使えば」

「はい、限度があるとはいえ、ワイバーンの火息(ブレス)にすら耐えることが出来ます」


 盾に加工すれば、魔力を流すことで周囲では火魔法が効きづらくなる。全身鎧に加工すれば、火炎放射の中を何事もない様に進むことが出来る。もちろん魔力ありきだが。


「論外だな」

「……残念です」


 確かに利権を得られるだろうが、残念ながらその反面でゼブルス家のリソースを割いて行動しなければいけなくなる。現在、アルバングルに様々な人手を送っているため、ゼブルス家の保有する軍事力は南部においては低下している。もちろん機竜騎士団という新しい戦力はあるが今はまだまだ発足当初だ、今はリクレガとの往復手段としての機能しか持ち合わせていない。そんな中、東部へと多くに人員を派遣することは人手不足となる可能性があった。


「これぐらいか、それなら、話は」

「まだあります」


 次の書類が、テーブルに乗せられる。


「これは?」

「グラキエス家が何年もかけて交渉を続けてきた成果です」

「…………これは」


 書類に書かれているのは、ドワーフ(・・・・)の冶金技術の一部をグラキエス家に譲渡するという契約の内容。


「どうやった」

「こちらが望む物とあちらが望む物が釣り合ったとしか言えませんね……それにしても、やはり価値は理解できますか」

「ああ、ネンラールの中で価値を認めている物の一つだ」


 ネンラールでは有名なものが三つある。そのうちの一つが人族よりも高度な鍛冶技術を持つドワーフという存在だった。


「どうでしょうか、グラキエス家が得られた技術のすべてをこちらにもお渡しします。それで、手を打ってもらえませんか」

「…………」


 これには考えざるを得ない。なにせネンラールに置いてドワーフは武具防具の製作の源、つまりは軍事力の原点と言っていい存在だからだ。


「その技術が本物だという証明は?」

「それに関しましては武闘大会が終わった後にドミニアというドワーフの本拠地に足を運び、そこで資料をもらった後、実演してもらうことになっています。もし受け渡しする情報に虚偽があるとお思いなら、そちらにも同行なさってもらっても構いません」


 ユリアの言葉で情報がでたらめになる可能性も低いことが分かった。


「冶金技術の一部(・・)とあるが、これはどんな合金だ?」

「それに関しましては、こちらが希望する条件に近い合金を15種類となっております。もしご希望でしたら、15種のうち5種までをそちらで指名してもらっても構いません」


 ユリアのこの提案には悩むことになる。


(…………これ以上の譲歩は望めないな)


 グラキエス家、もっと言えばユリアが差し出せるものはこれ以上はまず望めないだろう。もし物資を交渉の札にする場合、食料関係はまず使えない。次に鉱石関係を出してもいいが、すでにゼブルス家を引き込むためにかなりの値引きを約束しているため、効果は薄い。では次に利権だが、先ほど言った通り鉱山の一時的な貸与は現在アルバングルに手を伸ばしているゼブルス家にとってはむしろマイナスに働く。ほかにも金銭という手段もあるが、現状アルバングルや機竜騎士団の利権に勝る金額を提示するとなると、ゼブルス家でも年間に使われる公費のおよそ4割でも安く感じるほどだろう。さすがにグラキエス家が負担できるわけもなく金銭は使えない。


 では残りに何を差し出せるかと言うと、金では買えず、かつゼブルス家が手に入れ難い物や情報となるだろう。そしてそのために用意されたのがドワーフの冶金技術なのだろう。


「……すこし、父上と協議させてくれ」

「ええ、もちろんです」







 その後、ノエルにユリアを客室に案内させたのちに父上の元へと向かう。

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