過去の残滓
カクヨムにて先行投稿をしています。よろしければそちらもどうぞ。
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署名されたことを確認すると、二つの書類を『亜空庫』にしまう。
「これで、こちらは問題ない。そのうえで確認だが、この後の動きはどうするつもりだ?」
「私はバアルについていくつもりだね。寝泊まりする場所と言う事ならできればゼブルス家での滞在を認めてほしいが」
「短期間ならともかく長期的となると、断らせてもらう」
「なら、少しの間は頼むよ。その後は臨時研究所が建設されるまでは家でも借りることにするから」
ロザミアも現在のゼブルス家の状況を理解しているからこその言葉だった。
「私としては、できればゼブルス領に戻るまでは同行させてもらえば幸いだ」
「それは良いが、その後は?」
「ゼブルス領に戻った後は、教会に身を寄せるように手はずを整えている」
と言うことでリーティーも問題ないらしい。
「それともう一つ、伝えておくべきことがある」
「なんだ?」
リーティーは真剣な顔つきで姿勢を正す。
「私の名前はリーティー・ボフェラアーヴェ。そしてフィルクではわからなかったが、ここまで大事になれば自然と動いている人物についての名前も耳にも入ってくる。そう思わないか、バアル・セラ・ゼブルス様」
リーティーの物言いにこの空間から音が無くなる。
「つまり何が言いたい?」
「私が言いたいのは一つだけ、バアルはボフェラアーヴェ家を受け入れるのか問うてる」
リーティーが言い直すと、その瞳には何とも様々な感情が入り混じっているように見えた。
「(ボフェラアーヴェか、つまりは)リーティーはサルカザの娘、もしくは近縁者か」
「その通りだ」
リーティーが肯定したことで、いろいろと納得した。フィルクでの交渉の際にラファールが最後に自分で名前を明かしてほしいと言った時、そしてその時に聞いたリーティーの身の上話、そしてサルカザの名前を出した時の反応、これらは当然と言えたわけだ。
「よく、こちらに派遣しようと思ったな、ラファール」
「ああ、リーティーも君も必要だと思ってな」
「…………ラファールがそう思うのならそれでいい。だがこれだけは確かめさせてくれ」
「私の威信を賭けて、ゼブルス家への脅威はないと証言する」
俺が聞きたいことをラファールは先回りして答える。
「父親の仇である俺を毛嫌いしていないと?」
「あの行動は父の暴走と考えております」
この言葉が恨んでいるのか、そうでないのかはわからない。だがそれは、恨んでいないと言質を取っても、本心ではどう思っているかはわからないことでもある。
(結局はリーティーの危険性が無いと言葉にしても信用できない。ならどちらにせよ署名した条件を守らせて監視を付けるしかないか)
もし、本当にリーティーが俺に対して恨みを持っていなかったとしても要監視対象には変わりがない。
「まぁいい、こちらとしてもラファールが送ってくる連絡役に連絡以上のことはまず望んでいない」
「ご安心ください、ラファールさんの連絡以外は普通の司教としての役割のみに従事するつもりですので」
「…………こちらとしては普通に生活してくれるなら特段に文句はない」
普通に派遣されてきた神官と扱えばこちらとしてもあちらとしても文句はないだろう。
「さて、これで、仕事が終わったが」
「もう少しゆっくりさせてほしい」
「そうだな、私たちは明日には帰国するからな」
二人のスケジュールでは明日には王都を出立し、西への帰路に着く手はずとなっている。
「ゆっくりするのは帰路についてからにしろと言いたいんだが」
「いいじゃないか、グロウス王国でやることは終え、部下には最終日に休みを出して観光させている。そんな中、仕事に熱中する必要性はないと思うが?」
「そうだな、最低限以外の部下はこれからの移動に備えて英気を養う必要がある。それにせっかく手ごろな魔道具を買い込む機会だ。フィルクではイドラ商会製の魔道具は品薄だからな、今頃商会に詰めかけているだろう」
エレイーラもラファールも完全に休日気分で来たとのこと。
「あまり期待してくれるなよ」
俺の言葉にエレイーラとラファールは頷き。体勢を完全にダラケさせる。
「(よほど疲れているようだな)それでロザミアとリーティーの二人とは今後の予定を詰めておきたい。まず―――」
それから疲れている二人を放っておいて、ロザミアとリーティーにゼブルス領に帰る日程についてを相談することとなった。
「―――では、明後日には動く」
「わかった」
「わかりました」
コンコンコン
二人に予定を話し終えると、扉がノックされる。
「どうした?」
「アリエット・ゼルク・クメニギス様が起こしになりました。お通ししてもよろしいですか」
「ああ、通してくれ」
報せに来た侍女に了承すると、扉が開かれて、エレイーラとは全く雰囲気が違う第二王女が入室してくる。
「御姉様、お待たせしました」
「もうなのか?少し早いようだが」
エレイーラは窓から空を見て、そういう。実際、太陽が真上に上っている時刻で、迎えにしてはやや早い時刻だった。
「ええ、おそらく御姉様は長居したがると思いましたので、先に告げに来ました」
アリエッタはエレイーラの傍にまで進むと、俺に対してカーテシーを行う。
「初めまして、バアル・セラ・ゼブルス様。わたくしはアンリエッタ・ゼルク・クメニギスです」
「初めまして、そちらはこちらを知っているらしいが、名乗らせてもらう。俺はバアル・セラ・ゼブルス、ゼブルス家の長男だ」
「知っております。グロウス王国に近しい私の派閥では知らぬ者はおりません」
アンリエッタ第二王女の基盤はグロウス王国に面するクメニギス東側。グロウス王国の事情にはかなり詳しいだろう。
(……やはり、アルカナシリーズを持っているのか)
目の前にいるアリエッタからロザミアやアルム、フィアナ同様のアルカナを気配を感じる。
横目でロザミアに視線を送ると、ロザミアは肯定する様に静かに頷く。
「どうだろう、もし直近の用がないなら二人同様、ゆっくりしてみては?」
「提案はありがたいのですが、私は御姉様を連れて行かねばならないので」
「そう急ぐ必要もないだろう。時間が余っていることは確かだし、私の要件は終わっていない」
エレイーラがそういうと、諦めるようにアンリエッタがソファに座る。
「それで、その要件とはどういった内容ですか」
「なに、ある物の受け渡しだけだ」
エレイーラはアンリエッタに包み隠さずにそう告げる。
「いいのか?言ってしまって?」
「ああ、アンリエッタは碌な勢力を持っていないからな」
「わたくしが今更動こうとしても、どう足掻いても大臣の部下ほどの地位にしか上り詰めることはできません。仮に何かしらの弱みを握って上の地位を得たとしても暗殺されるのがおちでしょう」
「そうだな、そして私が王座に着けばアンリエッタが敵対行動を取らない限りは放置するつもりだ」
つまりは脅威になりえない、ほどほど贅沢できる地位にまで降りて、身を守ったわけだ。
「付け加えるなら、アンリエッタ王女の東部はグロウス王国と接している。これから俺とエレイーラが繋がる点から放置していてもそれなりの好条件が揃うわけか」
そのためにアンリエッタはエレイーラの下に着くという判断をしたのだろう。
「……この際だから聞くが、クメニギス東部がエルド殿下をつながった理由は何だ?」
「ああ、それは―――」
アンリエッタは何のこともなしに話し始める。
まずクメニギス東部がエルドと繋がった理由は保身のためらしい。アンリエッタが継承位争いを退いたことにより、東部の頭が無くなってしまった。そんな状態で継承位争いを行えるはずもない。なので東部連中は、エルドと繋がることでグロウス王国とのパイプを手放したくないのなら自分たちに手を出すなと主張したらしい。
「東部連中からしたら、碌に派閥争いをしていないため、実力を軽んじられることになると思っている。だが実力を見せつけるにしても、どこかに所属してしまえばせっかくの均衡が崩れて、所属しなかった派閥から集中攻撃を受けるのは間違いはない」
「御姉様の言う通りです。東部の派閥の力を見せつけなければ冷遇される。だけど私が継承位争いから手を引いたことでその機会が失われた」
「そして彼らは中立となったが、エレイーラ含めてどこの派閥にも所属することが出来ない……ジレンマだな」
中立であれば派閥の力が軽んじられて冷遇される。かといってどこかに所属してしまえば、今の均衡を崩さない様にと所属しなかった派閥から総攻撃を受ける。さてどちらがいいかと問われると、どちらも選び難い選択肢だっただろう。
「それで彼らはエルド殿下と繋がることを選んだのです。言っては何ですが、エルド殿下も他国の力を求めていらっしゃったので」
エルドの事情に関してはグロウス王国の継承位争いを見れば自ずと予想つくだろう。
「詳しい条件は?」
「さすがにそこまではわかりかねます」
さすがにアンリエッタも、そこまでの詳しい情報は得ていないらしい。
(…………おそらくだが確信の持てる情報は得ていないな)
アンリエッタの話が嘘だとは言えない。なにせこの話が本当だという証拠もないことに加えて、この条件も整えつつ、それ以外にも隠した条件があるかもしれないからだ。
「それで話を戻しますが、御姉様の要件とは?」
「ああ、そうだったな、ある解毒剤を受け取りに来たんだ」
「解毒剤、ですか?」
エレイーラの言う解毒剤とはレシュゲルの毒を治すための物だ。
「そうですか、その受け渡しが終われば御姉様の要件は御済になられるのですね?」
「その通りだが、そう急がなくても」
「要件を終えないでダラダラしているよりも、終えてダラダラしている方がいいでしょう?」
「まぁ、そうだが」
残念ながら今回はアンリエッタの方が正論だったため、エレイーラは反論できなかった。
「なら、そうしてください。バアル様、物の受け渡しを先にお願いしてもよろしいですか?」
「準備は別室にしてある」
「仕方がない。では向かうとしよう」
俺は護衛であるリンと、来賓のエレイーラとアンリエッタを連れて、別室へと移動する。




