余計なことになったな
あの林間合宿から数日後、学校は無事に再開した。
「それでは」
「ああ、悪魔の件は伏せられている。だから口にするな」
俺は馬車の中でリンに事の顛末を教える。
まず今回の騒動の原因は森鬼の発生ということになっている。
森鬼の発生により魔物が生徒たちを襲う。そして少し前から何かがいるという報告を受けていた騎士団が見回っている途中に事件は起き、騎士が事件を解決させた。
これが王家から発表された今回の顛末だ。
「だが、本来は違う」
そう、魔道人形が関わっていることは王家は確認しているし、悪魔のこともすでにルドルに伝えてある。
「そしてあの悪魔が言った言葉」
『面白そうな魂を見つけたので観察していただけである』
これが頭の中で引っかかる。
俺の魂が歪であることは転生する際に教えられていた。だが悪魔の言動から俺の事を指しているわけではなさそうだった。では何を見てあの悪魔はそうつぶやいたのか。
「でも皆が無事に戻ってこれたのはいいことですよ」
今回の騒動での死者は0だ。
これは近年まれにみる最良の結果らしい。普通に考えればあの班は逃げ遅れて犠牲者が出ても何もおかしくなかった。
「着きました」
馬車が到着し、リンが先に降りるのだが……
「な、なんですか?」
俺も馬車を下りると、そこには三人の男に花束を突き付けられているリンの姿がある。
「あの騒動で私は貴女に惚れました。結婚してください」
「いえ、この者だとリン様の凛々しさが失われてしまいまする。そうならないためにもぜひ我が家に」
「私は貴女が戦うその姿は、戦女神そのもの。その姿はどのような宝石もあなたの前では霞んでしまうくらいです、そして私はそんな貴女と苦楽を共にしていたい」
「え、いや、あの、バアル様!?」
俺は笑いそうになるのを堪える。
「はぁリン、こっちにこい」
リンが俺の後ろに立つ。
「さて、こんな往来で求婚するなんて非常識にもほどがあるぞ、お前ら」
そういうと痛いところを突かれたのか顔をしかめる三人。
「で、ですが、この思いは抑えようもできないのです」
一人の言葉に残り二人も頷き同意する。
「だが、リンは平民だ、その意味を分かっているのか?」
「「「無論!!」」」
「「……」」
俺とリンは額に手を当てる。
(貴族が平民と結婚するなんて何らかの事情がないと無理に決まっているだろう……)
それこそ側室や妾ならわかるが、おそらくこの三人は正妻に迎えたいと言っている。
「はぁ~~、リンは俺が雇っている護衛だ、手放すつもりはない」
「それでも、バアル様に護衛の結婚のことについて命令はできないでしょう!!」
「「そうですよ!!」」
(こいつらめんどくさいな……三人の付き人は……)
何とかしてもらおうと周りを見渡すと少し離れたところに三人の執事、メイドがいる。だが、その顔は困り切っていた。
「(家の方でもいろいろあったんだろうな)……リン、一言言ってやれ」
「はい、私にはバアル様がいるのでお応えすることはできません」
(ばっさりいうな)
今は仕事をしているから考えることはできないと言っているのであろう。
その言葉に三人は崩れ去る。
「今はバアル様がいるので答えられないと思いますが…」
崩れ去ったと思ったら一斉に立ち上がる。
「私たちはいずれ必ずリン様の心をつかんで見せます」
三人ともそういうと校舎に向かって歩き出した。
その背中がなぜだか立派に見えた、ような気がする。
教室に入ると自席に座り、頬杖を突く。
「朝からめんどくさい奴らに会った……」
「あれは災難だったね」
席に座り愚痴ると近くを通ったエルドが話しかけてくる。
「知っているのか?」
少し前の出来事だったはずなのだが、既にエルドは知っていた。
「ああ、僕もその場面見ていたから…………今、あの三人は『恋の三騎士』って呼ばれているよ」
おそらく噂の出所は女性だろう、なにせ女子の噂は急速で広がる。前世でも何度も身に覚えがあった。
「なぜ、そんな名前が付いた?」
「市井ではやっている小説に出てきた状況と少し似ているらしいよ」
「どのような?」
「たしか、敵国の王女に恋をした三人の騎士の話だね。その王女に婚約者がいて、その婚約者と三人の騎士が王女を取り合うという」
確かに状況は似ている部分があるな。
「さて、あの三人はリンの恋心を掴めるかな」
「おや、奪われない自信があるようだね」
「あんな目立つ場所で告白された、リンはいい気分ではないだろうからな」
あんな公衆の面前でいろいろとやらかしてくれたのだ。もしこれが恋愛ゲームだったら好感度はマイナスからスタートしているだろう。場所さえわきまえればお友達から始められたはずなのに。
「にしても君の周りは話題に事欠かないね」
今回の告白騒動……ではなく合宿の件だろう。
「俺のせいではない」
「ふ~ん」
何やら意味深な相槌だった。
「まぁ話は近いうちに聞くとするさ」
そういうと自分の席に戻っていった。
学校が終わり寄宿舎に戻ると手紙が来ていた。内容を簡単に言うと出頭命令だ。なので休日を返上し、俺はリンを伴って王城に入り、近衛騎士団長グラスと会談する。
「確認だが、この報告書に嘘偽りはないな?」
「ええ」
グラスと合流すると騎士団長の部屋ではなく、少し離れた部屋にまで案内された。この場には俺、リン、グラス、ルドル、それとアーサー陛下がいる。
「ではいくつか質問だ、なぜあのタイミングでルナに禁輸品を探らせるように指示をした?」
当然、頭が切れる人物であれば疑う部分だ。
「いえ、王都のイドラ商会で少しきな臭い噂を耳にしましてね」
「だがそれだけで命令を出すのか?それに実行犯は元々ゼブルス家に雇われていたようだが?」
グラスは俺を疑っている。
「まずルナに禁輸品について頼んだのは信憑性がとても高かったからですよ」
「信憑性が高いだと?」
「ええ、実は二つ目にもつながるのですが、私的に雇っている者たちにその仮面を探すように命令していたのですよ。その際に仮面の男が禁輸品に手を付けたという情報が来ましてね」
「ほ~~」
「詳しい情報は伏せさせてもらいますが、どこかの貴族が依頼で禁輸品を使うように指示したようですね」
「詳しいな」
「ゼブルス家の密偵は優秀ですからね」
何も嘘は言っていない。
「…どうやら嘘は言ってないようだな」
壁にかけてある像を見ながらそういう。
「あれは嘘を発見する魔道具ですか?」
「そうだ」
「………」
おそらくダンジョン産の魔道具だろう。そしてその効果は部屋の中にいる全員に影響すると予想する。でなければグラスがすんなりと認めるわけがない。
「疑いは晴れましたか?」
「ああ、とりあえずは問題ないだろう」
「とりあえずですか」
物証がないから今は信用するということか。
「さすが近衛の隊長、身内でも容赦なく疑うのですね」
「皮肉か?」
「いえ、褒めているのですよ。確証がないのに無条件に信用を寄せる馬鹿よりはよっぽど好感が持てますよ」
俺の疑いが一応は晴れたので今回の要件は終わりだ。
「ああ、バアル殿、10日後にまた召集がかかるはずなのでお忘れなく」
「例の会議ですか」
十日後王家主催のパーティーが開かれる。
ただ表向きは王家主催のパーティーだが、本来は影の騎士団の援助者が集まり報告を受けるのが目的だ。
「それはそれは楽しみで夜が眠れなくなりそうです」
10日後。礼服を着た俺とリンはパーティーに参加する。
「いや~~王都主催のパーティーなんて久しぶりだな~」
「ほんとうね、王都も変わってないわね」
そしてなぜだか父上達が一緒に来ている。ちなみにアルベールたちは王都のゼブルス邸でお留守番をしている。
「バアル、お母さんたちが来たのは二人がいなくなっても違和感がないようによ」
両親がこのパーティーに来たのは俺がいなくても不自然に見せないため。つまり途中でいなくなっても問題ないようにだ。
(あれ?)
「父上はあの会議のことをご存じなのですか?」
「もちろんだよ、私はかつてアスラ同様に陛下の右腕を務めていたのだよ?」
その時は協力者として存在を知っているらしい。
(でも今は二人と距離を置いている様子だが?)
「まぁ致し方ない理由があったのだよ」
視線の意味に気付いたのか答えてくれる。
父上の顔には微塵も後悔などもなかった。
「じゃあひとまずあいさつ回りに行ってくるがバアルたちは……迎えが来たようだな」
パーティー会場向かう道中に影が薄い執事が出てくる。
「バアル様ですね、陛下からお呼びがかかっております」
「では父上」
「うむ、頑張ってこい」
父上と離れて、執事について行く。
「こちらの部屋にお入りください」
連れてこられたのは何の変哲もない休憩室だ。
「ここが?」
明らかに数人しか入れなさそうな部屋だった。そしてここで影の騎士団からの報告を受けるとは思えなかった。
「いえ、この部屋は入り口にでしかありません」
執事がリズミカルに壁をノックすると壁の一部が動き通路が現れる。
(隠し扉とは手の込んでいる事だな)
「ではお進みください」
そういうと執事は部屋を出ていく。
「……バアル様」
「ああ、行くぞ」
通路を進むとほんのりと暗く広い会議場までたどり着いた。
「バアル様の席はあちらになります」
通路の横にいた使用人がそう教えてくれる。
教えられた席に着き周囲を見渡す。
(ざっと50人ほどか)
会議場は大きな席が一つあり、それを囲むように配置されている。
(アスラ殿も出席しているのか)
陛下の古い付き合いなので当然と言えば当然だった。
しばらく周囲を観察していると大きな席にアーサー陛下が着席なされる。
「では、影の騎士団の定例会を始める」
壇上に上がった一人の騎士の声で会議が始まった。




