嫌な餌
カクヨムにて先行投稿をしています。よろしければそちらもどうぞ。
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服飾店に訪れてから数日後、王都の教会には多くの貴族の家族が押し寄せていた。そしてその中には今グロウス王国で最も有名と言っていいゼブルス家の姿もあった。
「うん、皆似合っているわね」
全員が仕立て終えたばかりの服を着ていた。服装はお洒落好きなシルヴァとしっかりと流行をおさえている母上が選んだものでこの場では誰が見ても見栄えのする様相だった。
「父上、今日は僕たち以外にどんな人たちがいるのですか?」
「そうだな~~」
父上はアルベールの問いかけになぜか視線をこちらに送る。
「バアル、誰がいるか覚えているかい?」
「今回『清め』を受ける者は公爵家が3名、侯爵家が7名、伯爵家が8名、子爵家が12名、男爵が22名です」
少なく感じるだろうが、これは子供のみを数えた数字だ。このほかにも両親や保護者、親戚の清めと言うことにかこつけて視察に来ている他家の者たちもいる。
(そして当然、一番注目を集めているのは俺達だろうな)
軽く周囲を見渡してみると、無数の視線がこちらに向いているのが一目でわかる。
「兄様、もう一つの公爵家はどこなのですか?」
シルヴァは純粋な問いかけをしてくるが、これはできれば答えたくない家だった。
「……アズバン家だ」
だが答えないわけにはいかないので一応教える。
「北の公爵家ですか?ですが、現当主の子供はまだ先のはずでは?」
アルベールも教育を受けているため、有名どころの家系図はある程度頭に入っている。
「いや、現当主ではない、その弟で」
「そう、私の従妹が今年で10になるからね」
俺が答えている途中にこちらに声を掛けてくる存在がいた。
「お久しぶりです、ゼブルス卿。それにバアル君も」
「お久しぶりです、レナード殿」
声を掛けたのは、現在関係がぎくしゃくしているレナードだった。背後には多くの従者を連れており、こちらの護衛が緊張し始める。
「殿は不要だよ、バアル君。短い間だが一緒に協力した仲だ、僕と君の間で敬語は不要だよ」
「そうですか」
笑顔で答えるが、内心ではどの口がとおもっている。
「君がバアルの弟だね、よろしく」
「はい、アルベール・セラ・ゼブルスです。よろしくお願いします!」
レナードは柔らかい物腰でアルベールと握手をする。
「そして君がバアルの妹だね?」
「はい、シルヴァ・セラ・ゼブルスと言います」
その後、同じようにシルヴァに挨拶するとシルヴァは軽くカーテシーで挨拶をする。
(本当に人が変わったようだな)
俺の時もそうだったが、シルヴァもアルベールも外行き用の表情を持っている。二人とも本性は好奇心旺盛で天真爛漫と言える性格をしているが、こういう時のために冷静に振る舞えるように教育をされている。そのため、こういった公の場では家の様にはしゃいだりはせずに冷静に紳士淑女の様に振る舞うことが出来る。
「これは丁寧にありがとう、ゼブルス家の姫君」
そしてレナードは自然な動きで跪き、シルヴァの手の甲に口づけする。それを見て、父上と俺は眉を顰めてしまう。
「では先ほどのお言葉に甘えて敬称は省かせてもらいましょう。レナード、できればそちらの姫君をご紹介してもらえますか?」
「そうだな、おいでディエナ」
レナードが後ろを向いて声を掛けると、一人の侍女の後ろに隠れていた少女が前に出てくる。
「は、初めまして、で、ディエナ・セラ・アズバンと言います……よろしくお願いします」
少女はアズバン家の特徴ともいえる真っ白い肌にやや色素の薄い紫色の髪をしていた。真っ白な肌と薄い色素の髪が相まって、なんとも雰囲気が薄く、儚く感じさせ、庇護欲をかき立たせる。そして動きや言動でもわかるが、自己主張弱い点もその雰囲気を際立たせていた。
「よろしく、アズバン家の姫君」
「は、はい!!よろしくお願いします」
さすがにレナードの様に口づけとまではいかないが跪き、同じ視線の高さになり笑顔を向ける。
「一緒に『清め』を受けるみたいだね、よろしく!」
「こちらこそ」
俺が立ち終わるとアルベールがディエナへと挨拶するのだが、その様子をレナードは笑みを浮かべ、レナードと対比するように俺と父上の表情がやや険しくなる。
「それでアズバン卿はどうしたのですか?」
「残念ながら仕事が忙しくてね、僕が代理で来ることになったのさ……始まるみたいだね」
教会の扉が開き、白で統一されている聖堂から人が出てくる。
「皆様方、準備ができましたので、中にお進みくださいませ」
聖堂から出てきた神官の一声で人が続々と中へと入り始める。
「兄様」
混み合わない様に少し間を開けて入ろうとしていると、シルヴァが裾を掴んで軽く引っ張る。
「どうした?」
「たぶん、アルベールは騙される」
どうやらシルヴァも気付いたらしい。証拠に俺だけにしか聞こえない声量で伝えていた。
「どうしてそう思う?」
「あの子、ディエナの目、アレは自信がある目だった。あんなおどおどしているのに視線だけ自信があるのはおかしい」
「つまり?」
「……猫を被っている、と思う」
「正解だ」
シルヴァが言うように俺も気付いていた。実際シルヴァほど鋭く見抜いたわけではないが、おどおどした性格なのにしっかりと力強い視線を返してきた時点で、本性ではないことは気付いていた。
「アルベールにそれとなく忠告してやってくれるか?それと」
「わかっています、私がレナード様に惚れることはないです。私に口付けした時の目は仕事をしているお父様や兄様の目だったから。惜しいとは思うけど私には合わない」
一応と思ったが、釘を刺す必要はなかったらしい。
「だけどアルベールは注意した方がいいかも、少し浮かれているわ」
シルヴァと共にアルベールを向いてみると、いまだにディエナをちらちらと見ているアルベールの姿があった。
(初恋なら叶えてやりたいが、現状だとその夢はまずかなわないな)
ゼブルス家とアズバン家の婚姻は今の情勢だとまず成立しえない。
「ほら、行こうか」
ほとんどが聖堂に入り終わり、俺達は空いてきた入り口へと移動し始めた。
全員が聖堂内に入り終わると、ゆっくりと重厚な扉が閉まっていく。
「清めを受ける子供のみ前に出てください」
先ほどの神官の声で次々と『清め』を受ける子供たちが中央に集まっていく。
「では行ってきます」
「行ってきます」
当然アルベールとシルヴァも中央に集まっていくのだが、アルベールがややディエナ嬢よりに移動したのを見て思わずため息を吐きたくなった。
「では皆さん私の真似をしてください」
過去に俺もしたことがある様に、神官を真似て子供たちが祈りの姿勢を取る。
「ああ、大いなる天におわす神々よ―――」
そして神官が口上を述べ始める。
「少し話をいいかな?」
子供たちが黙祷していると隣にレナードがやってきて声を掛けてくる。
「どのような話を?」
「いくつかあるが、時間もないことだし、手短に一つだけ。もしよければディエナとアルベール君の婚約を」
「申し訳ないが、断ります」
「もう少し話させてくれてもいいと思うけど」
おそらくレナードは婚約するときの利点を話そうとしているのだが、現状では北部と結びつくことはまずありえなかった。
「まぁ、そうなるよね」
レナードも同じ立ち位置ならば断わると分かっているのだろう。そのため、何も言わなくても同意の言葉が出てきたぐらいだ。
アルベールとシルヴァは、言い換えれば婚姻することで手軽にゼブルス家と伝手が得られる存在だ。当然二人を欲しているのはアズバン家だけではないキビクア家もハルアギア家も、王都にいる高位の貴族たちも二人との婚姻を望むことだろう。言っては何だが、二人の競りが始まれば必然的に二人に付けられる価値はどんどん上がっていく。そんな中でここで安易に話に乗ることはなかった。
そして同時にこちらは現当主の直系の子に対して、あちらは現時点では直系だがいずれは傍流になることがわかる子。これには頷くことはほとんどできなかった。
「何時でも切ることが出来る婚約でも受け入れがたいかい?」
「ええ」
婚約なら解消することが可能ではある、それこそ家の都合や、より好条件での婚姻の場合でもだ。
ただ―――
(どう考えてもディエナ嬢に転がされる未来しか見えないからな)
婚約解消には本人の意向がどうしても必要だ。なにせ元婚約者と関係は良好の場合は、家の都合だけで勝手に婚約を解消されても本人達同士が元婚約者と密会、最悪は姦通する可能性すらある。その場合は家の評判を落とすだけではなく、問題解決に多大な金銭をつぎ込む必要性が出てくる。それも金銭だけなら問題ないが、場合によっては利権が絡んでくる可能性もあった。
そのため、ディエナ嬢に手玉に取られそうなアルベールと婚約関係にするわけにはいかなかった。
「言わなくてもわかるでしょうが、付け加えるなら現時点ではです。将来的にはこの考えはどうなるかはわかりません」
「まぁそうだろうね、幸い反応は悪くないみたいだから将来に期待するとしよう」
ディエナとアルベールの反応を見ればそういう答えが出てくるだろう。なにせ本人たちが自然と結ばれてしまえばこちらとしてはほとんど打てる手立てが無くなる。
(それこそ、無理に不利益になる家の女性と繋がるなら縁を切るしかなくなる。だが、縁を切られたけど血筋がしっかりしている者を手に入れられる、か)
仮の話だが、アルベールが成人し、無理にディエナ嬢と結婚したとする。現状が続いている場合ならゼブルス家はアルベールと縁を切る必要が出てくる。だがその時、ゼブルス家の血縁者すべてが不慮の事故で無くなったとしたらどうなるだろうか?当然、遺産を受け継ぐ者や当主の座が空白になる。もちろん遠縁まで殺しきることはできないため、そちらは生き残っているだろう。だが、アズバン家は縁を切られたとはいえ直系のアルベールをその椅子に座らせようとするのは目に見えている。もちろんそうなればディエナ嬢がアルベールの正室であることからアルベールを傀儡に、そうでなくても次代は確実にアズバン家に寄り添うことになるだろう。
(一代限りの札だが使い道がないわけではないからな)
アルベール本人にはゼブルス家の当主に座れる可能性があるが、アルベールの子には当主に座る権限はない。もちろんアルベールが座り、その後受け継がせるのなら別だが、その場合でもアルベールの存在があるからこそだった。
(それにおそらくだが、アルベールがこちらを説得するのを期待しているのだろうな)
レナードからしても無理に関係を進めてもあまり旨味が無い、それこそ強引に婚姻させるなら先ほど言ったような使い道しかないからだ。だがもしアルベールがディエナと婚姻を結びたいと俺と父上を説得できればまた話は変わってくる。それこそ正式にディエナの子が俺の甥となり、こちらからの配慮を受けられるようになる。それこそ機竜騎士団に縁故入団したりだ。
(これからは注意が必要か……そろそろか)
『これで皆は神々の加護が与えられた』
一度思考を止めて声のする方に視線を動かす。




