忘れかけた存在
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「フィルクの要人がこんな無防備な状態で野に放たれているとはね」
ソフィアが退室した後、この部屋には俺とクラリス、リンの三人となり、再びクラリスは横になり始める。
「俺なら友達の子ウサギのために自ら群れを離れた金の卵を産む雌鶏と言い表すがな」
脳裏にあの日、平民であるあの4人のために自ら正体を明かし、交渉しに来たソフィアが思い浮かぶ。
(本当にいい手札が転がり込んできたな)
「……その言い方、彼女は自ら正体を明かしたの?そしてその正体にあなたは気付いていなかった?」
「癪だが、その通りだ」
実のところ、ソフィアが正体を明かさなければ俺が聖女だと気づくことはなかった。あとになって調べさせてみたが、もし自白が無ければ家族の事情で小さい頃にこっちに越してきたただの少女としか判断できなかった。
(フィルクとは距離があるし、情報が入りづらい面があることは確かだ。だがそれ以上にフィルクが全力でソフィアの素性を隠蔽したのならさすがにグロウス王国も国を挙げて調べなければ無理だろうな)
おそらくはほんの小さい疑惑の欠片ぐらいなら拾えるだろうが、それ以上はまず無理だと断言できる。
「でも、それなら疑問なのだけど、なぜソフィアは一人で出歩けるの?」
「それは納得できるようで、できない点だな」
普通に考えればソフィアには隠れた監視や護衛が付いていると考えられる。だが同時にソフィアの正体を少しでも悟られない様にそういった者たちを付けない可能性も十分にあり得た。
(それ以前になぜソフィアがグロウス王国で過ごしているのかが疑問に出てくるが……フィルクの内情が覗けない以上、ここでいくら憶測を立てても無駄だな)
王都でなら神光教会の影響が大きいため薄暗い道に行かなければ安全だ思ったか、それとも王都には少なくない数の信者がいるためそれらに正体を隠して顔合わせをして安全のための目として機能させているのか、はたまたごく一部の信頼できる信者に事情を話してわからない風を装って監視させているのかなどなど多くの考えが出来てしまう。
「まぁ今更その話はどうでもいい。すでにソフィアの身柄は俺の手の内にある」
「でも、それなら教会の人たちから反感を買わない?」
「かもな、だがそれはすでに過去に行っているから今更だ」
サルカザ・ボフェラアーヴェがイドラ商会を標的にしたときにすでに教会との間は良好ではない。ここでソフィアをある意味拘留しても問題ない。
「それに教会はどんな手段を取るというのか。ソフィアを返せと抗議する?本人が帰る気はないのに?もしくは武力で訴える?それこそ理由はなんだ?ソフィアが聖女だと声高らかに言い放つか?結局はソフィア本人に帰る意思が無ければどんな意味もないさ」
「その代わり教会に何かしらの便宜を図ってもらうことはもうないでしょうね」
「そうとは限らないさ…………話を戻すが教会が出来ることと言えば、こっそりと俺と交渉するか、抗議するか、それと最悪な手段だが俺を信者を捕えている悪者といて仕立て上げて開放しろと訴えるぐらいだな」
「だけどソフィアが自ら留まっている時点で、今度は教会が碌に調べもせずに悪者にしようとしていると宣言できるようになるわけね」
クラリスの言う通り、ソフィアが自らここにいる時点で教会はろくな対策が打てない。
「保守派の枢機卿が出てきてソフィアを渡す条件が魅力的なら話は別だがな」
「……そうするの?」
「条件次第でな」
そういうが、聖女は三人いる。もし保守派が別の聖女を擁護しているのなら革新派と融和派と繋がる以上の魅力的な条件は出してこないだろう。
「そう、なら私の道中で教会からの妨害はないのね」
「ない。教会にノストニアを害する意思はない。まぁ俺が守れなかったという失態が欲しいなら別だが、その後教会の仕業だとバレるリスクを考えればまず行わないだろう。もちろん襲撃があるとしてもルナイアウルまでは十分な護衛を付けるつもりだ」
もちろん教会としてもノストニアに噛みつくメリットなどない。もし仮にごく一部が暴走してしまう事態に案っても、ゼブルス家に仕える兵士たちがクラリスの護衛に付くことになっているため問題は少ない。
「そ、ならゆっくりと合流すればいいわ」
クラリスはそういい、再び本を取りソファに寝そべる。その様子を見て俺もソファから立ち上がり、再び執務机に向かい合いいつも通り書類仕事を行う。
(とはいえさすがにフィルクの上層部は俺が聖女の一人を確保していることに気付いているだろうな……だが実際問題、保守派にはほとんど何もできないことは確かだ)
ソフィアが友人のために独断でこちらに正体を明かし契約を持ちかけた。そしてここで教会に保護を頼まなかったのは聖女の身分を隠す必要があってのことだ。だが同時にこの契約は保守派との手切れの証明でもあった。
(教会がソフィアを取り戻すとなれば、交渉、誘拐、脅迫、俺を悪者に仕立て上げるぐらいだろうが、どれも思うほどの効果は無いだろうな。あるとすればソフィアの家族を人質に取り言うことを聞かせるぐらいだが、それをしてしまえば従順な聖女は存在しなくなる)
聖女をそれぞれの派閥が確保する理由は派閥から教皇を選出してほか派閥に圧力をかけることと言っていい。そのためにもソフィアに見放されない様に誰が見てもきれいな手段で身柄を奪還しなければいけなかった。
コンコンコン
「バアル様、少々よろしいですか?」
「入れ」
「失礼いたします。お仕事中申し訳ありませんが、こちらの書類にも目を通していただけますか。それと―――」
取りえずソフィアの扱いは革新派に渡すまでと考えて脳裏の奥に追いやり、その後は続々と訪問する文官が持ってくる書類と格闘することになった。
王都へと着いた次の日の朝、いつも通り起床し、朝食を取ると再び自室にて書類仕事に励む。
「ねぇ」
「なんだ?」
「そういえばセレナはどこ?」
いつものように部屋にいるクラリスの一言で動いていた手が止まる。
「そういえば、どこに行っている?」
「その……現在、冒険者ギルドの遠征依頼をこなしているらしいです」
一応の確認を込めてリンに確かめてみると答えが返ってくる。
「一応説明しておきますが、バアル様は許可を出していました」
「確かに許可してはいたな」
俺がマナレイ学院に行くにあたってクラリスの護衛以外はセレナは何の仕事もなくなる。これがラインハルトの様にゼブルス家に雇われている状態なら俺が使わなくてもゼブルス家が使うため何も問題ないのだがセレナは違う。俺が雇用主であり、ゼブルス家ではない。そのため俺から割り振る仕事が無ければセレナは何の仕事もない状態になる。またが学園以外ではクラリスにはゼブルス家の護衛を付けているため、冬季休校中など学園がない場合はセレナの仕事はなかった。そのため俺がマナレイ学院にいる間は俺の情報を漏らさないことと引き換えに自由にしていいと許可を出していた。
「なら冒険者ギルドに連絡して帰ってくるようにさせるか」
新たに引き出しから紙を取り出すと冒険者ギルドに宛てて伝言の手紙を作り始める。
「忘れていたのね」
クラリスが呆れた声でそういう。
「その通りだ」
そして俺はそれを否定せずに受け入れる。
(と言うよりもセレナを雇っている理由はあの特殊な事情と知識を持っているだけだからな、それ以外の使い道はそうそうないからな)
雇ってはいるものの転生者であることとあの特殊な知識を除けば正直微妙な人材だった。
(戦力は中の中、文官の技能は下の中、ユニークスキルがある分雇い入れる価値はあるが特殊性の高い能力ではないため積極的に雇い入れる必要はない……唯一価値があるとしたらアジニア皇国との交渉材料になりそうなのと、転生者たちから目を逸らすためのデコイだな)
総合的に考えると、セレナの立ち位置はおそらく秘書に近いだろう。そして現状ではそこまでセレナの必要はないため、脳裏から消えかかっていた存在だ。
「バアルのことだからほかに忘れている人たちもいるんじゃない?」
「そんな奴いるわけが……ないと思うが」
役割を持つ連中に関しては記憶力は良いという自負がある。だが言い換えればあまり重要な立ち位置に居ない人たちに関しては忘れやすいとも言えた。
「バアル様……あの子を覚えていますか?」
こちらの会話を聞いていたリンが確かめるように問いかけてくる。
「あの子だと?」
リンの言うあの子と言うのが思い浮かばない。
「アルベール様とシルヴァ様なら真っ先に思い浮かぶであろう存在です」
「(リンと弟妹とつながりが強く、かつ俺が忘れそうな存在…………)あぁ、ウルのことか」
ウル、以前サルカザの最後っ屁の様な事件で出会った狼。育て親である千年魔樹と別れて、こちらに来た存在だ。
「今はこの屋敷にいるはずだよな?どこにいる?」
「……庭にいると思います」
クラリスと同じ呆れた声でそう告げられる。
その後、いたたまれない空間に居たくないので三人でウルのもとに行くのだが
「……おい、ウルはどこに行った?」
「バアル様、これがウルです」
「嘘だろ?こんなデブ犬がか?」
庭に出て、ウルがよく昼寝をしているという広場に来てみるのだが……そこにいたのは丸々と肥えた白いデブ犬だった。
『デブとは失礼だな』
「こんな状態でよく言えるな」
ムニッ
ウルは仰向けになりながら大の字になっていた。そしてその腹を摘まむと体全身に皮の波が生まれて、肉が盛り上がる。
『痛い』
「見てみろよ、この駄肉。これで動けるのか?」
『む、見てろ!』
ウルはじたばたを動かし、自らの肉体に苦戦してんとか立ち上がる。
(魔力という不可思議な力で身体が強化されている。そう考えれば太って質量を上げたほうがいいとも思えるが)
太っていても痩せている様に動けてスタミナもあると考えればこの状態でも文句はないのだが
ドム、ドム、ドム、ドム、ドム
(……だめだな)
ウルが走るのだが、動きに精彩さないどころか、走っているウル自身が苦しそうにしている。
「「…………」」
その様子にリンもクラリスも何も言えなくなる。
「狼が駄犬に成り下がったな」
『うぐっ』
ウルがここにいるのは一年前、俺とリン、ノエルがマナレイ学院に行く前、武術学部で行われる従魔との戦闘連携のために必要だったからだ。
「こんな状態で戦えるとは思えないですね」
『ぐっ』
リンも戦闘に使えないと思い声に出すと、さすがにウルも堪えたらしい。
「なんでこんな体型になっている?」
普通に暮らしていればこんな状態にはならないはず
「ウルちゃん~御飯ですよ~」
『今行く!!』
なぜこのような太り方をしたのか疑問に思っていると一人の侍女がウルを呼ぶ。そしてウルはその巨体に似合わない速度で走っていった。
その様子に呆れの様な納得の様なため息を吐くようになった。




