年越しと約束
クメニギスの王族が奴隷制度改変を宣言したことでクメニギスは大いに騒がしくなった。
ほとんどの民衆は王族の意志であり、貴族が概ね同意していることから声を上げない。それに加えてエレイーラの宣言の中にもあった獣人の労働力がなくなること自体は民衆は比較的に受け入れているた。
なにせ獣人に取られていた仕事がクメニギスの人たちに行き渡ることを意味している。この結果、仕事が貧民たちにも金が回ることを意味している。
そして同時にごく一部を除く貴族たちからも特に反対意見は出ていない。なにせ大半の貴族からすれば金が行き渡ればその分税を徴収することが出来るからだ。
唯一反対意見を持っているのは戦益奴隷により利益を上げている貴族と商人たちだった。なにせ使い捨てにできる戦益奴隷は一度購入さえすれば最低限の経費だけであとは利益となってくれるからだ。だが彼らの上にいるほとんどの貴族たちが納得したため、ごく一部の貴族と商人の声だけでは撤回させるほどの力を持ちえない。
そしてその不満が出ている連中は主に北西部の貴族、つまりは抗議に来たルギウスを支えている貴族のみだった。だが彼らもルギウスに頼み込み、それで失敗したためもはや彼らに撤回のための意見もできなかった。ましてや、そうしなければ三か国の侵略の理由を与えてしまうため、納得できなくても納得するしかなかった。
こうして、不満の声が少数派になったことにより宣言は無事に通る結果となった。
そして宣言が終わった次の日、幾人か外交官を残して、俺たちはグロウス王国に戻ることになっている。
そのため大使館の前に20台ほどの馬車が並んでいる。そのすべてが外交団がグロウス王国に戻るために手配した馬車だった。
また外交団の見送りのためにエレイーラとその側近、そしてロー爺とロザミアが大使館に訪れていた。
「さて、いろいろあったがこれからもよろしく」
「ああ、そうだな」
エレイーラと笑顔で握手を交わすが、お互いの笑顔の裏には黒いものが隠れていた。
「最後まで交易の件については頷いてくれなくて残念だったよ」
「申し訳ない、こちらにもいろいろ事情がありますので」
「だが交易の件の考えが変わったら、すぐに連絡してもらいたい」
エレイーラの握力が強くなり、普通の人間では痛がる強さになっていった。
「俺の言葉の意味は直にわかるさ」
「それが私が納得できることを祈っているよ」
ようやく握力が緩まり、お互いの手が離れる。
「さて、エレイーラ私も彼に話があるから変わってくれる」
「わかっている」
エレイーラと入れ替わりにロザミアとロー爺が目の前に来る。
「手はずが整ったら私もそちらに行くことになる。それまでしばしの別れだ」
ゼウラストに臨時の研究室を作り、そこで研究することになっている。
「こちらでも迅速に対応するつもりだが、そう簡単にはいかないだろうな」
「だろうね」
ロザミアも様々な条件を選定しなければいけないことを理解している。
「マナレイ学院も可能な限り便宜を図るつもりだ」
ロー爺が会話に加わる。
「それはありがたい」
「いやいや、感謝は不要だ。これは君を十分な学院生活を送らせられなかった謝罪の面が大きいからな、むしろこちらが謝罪するべき側だ」
マナレイ学院側からしたら学院内で攫われてしまったため、こちらに配慮せざるを得なかった。
「もし何か都合がある場合は言ってくれ、できる限り力となろう」
「ありがとうございます、その時はぜひお力をお借りします」
ロー爺と社交辞令を交わし終えると、一通りの挨拶を終えた外交団が続々と馬車に乗り込む。
「ああ、バアル、これ君にと渡された」
俺たちも挨拶を切り上げて馬車に乗り込もうとするとロザミアが一つの手紙を取り出す。
「これは?」
「今クメルスに来ている司教からの手紙だ」
手紙の裏側を見てみると、神光教のシンボルが描かれていた。
「それじゃあ、バアル、また今度」
「ああ、それじゃあな」
手紙を受け取り終えると馬車に乗り込み、グロウス王国の帰路へと付く。
「バアル様、手紙にはいったい何と?」
クメルスの城門を越えると同じ馬車にいるリンが訊ねてくる。
「一言で言えば、ある人物の受け取りに関してだな」
手紙にはリーティーが来年の春過ぎに聖騎士を連れてグロウス王国王都に訪れると書いてあった。そしてその際に例の人物の受け渡しをしてほしいという旨が書かれてあった。
「来年の春ですか………そういえばあと少しで新年祭が始まりますね」
「そうだな」
リンの言う通り、あと数日で年が明ける。そして年が明けるとなれば新年祭が行われることとなる。
(新年祭か、約束を破るわけにはいかないか)
まだまだやることはあるが、先に一つの約束を済ませる必要があった。
「「いや!!!」」
子供の甲高い声が部屋に響くと同じ部屋にいる執事や侍女が困った顔をする。
「あの、アルベール様」
「や!」
「シルヴァ様も」
「いや!!」
二人の子供は駄々をこねて、大人たちを困らせる。
「しかし、あと少しで新年祭が始まってしまいます。ご当主様もお二人が来るのを心待ちにしておいでですよ」
「……兄さんと見るって約束した!」
アルベールの言葉には大人たちは何も言えなくなる。
「ですが、バアル様は今はクメニギスに居りまして、さすがに無理があるのではないかと……」
「兄さんとしか行かない!」
頑なに動かない二人にほとほと困っていると、窓から稲光と轟音が聞こえてくる。
「「わっ」」
二人は少しだけ驚くと窓の外を見ていた。
「どうしますか?」ボソッ
「これは、どうしようもないかと」ボソッ
「ご当主様も何とかなるとおっしゃいましたが……」ボソッ
何とか二人を連れ出そうとしているのを部屋の外から様子をうかがっていた執事と侍女たちがあきらめの言葉を口に出し始める。
「すまんが、そこをどいてくれるか?」
「「「「「「え!?」」」」」」
一人の人物が執事と侍女を押しのけて部屋に入り、そしてその人物は二人の背後にゆっくりと近づいていく。
「新年祭には行かないのか」
「兄さんとしか行かない」
「私もです」
「そうか、じゃあ今すぐ出かける準備をしないとな」
「「……え?」」
二人はようやく今話しているのが先ほどの執事たちではないことに気付く。
「それとも二人は声も忘れたのか?」
「兄さん!」
「兄様!」
二人は喜色の声を上げてその人物、彼らの兄であるバアルに飛びつく。
「ほら、父上が待っている。準備をして新年祭を回るぞ」
「「うん!!」」
二人は準備を終えるとバアルの両隣に立つ。そして兄に腕を引かれながら新年祭へと足を運んだ。
そして三人は去年の約束通り一緒に新年祭を過ごすことが出来たのだった。
「いや~助かったぞバアル」
新年祭の日の夜、父上の執務室にいた。
「二人との約束ですからね、守らなければいけません」
「まぁそうなのだがな、バアルのことだからとてつもなく忙しくて、今回ばかりは破ると思っていたよ
父上はワインセラーから持ってきたワインを注ぎ、ゆっくりと味わう。
「ほら、バアルも」
「もらいましょう」
グラスを受け取り、ゆっくりとワインを口に流し込む。
「しかし、一人だけでここに来たのか?外交団は?」
「今頃、国境を越えてキビルクスに到着しているころだと思いますよ。私だけ約束のため戻らせていただきました」
さすがに20台が連なる馬車の旅となると、短い時間で移動できるわけがなかった。そのため一人でゼウラストに戻ってきていた。
「ちなみにリンやノエルは?」
「そのまま、外交団と共に一度王都まで目指します」
外交団やほかの使節団なども一度王都へと目指す手はずとなっている。俺はリンたちが王都へと戻るタイミングと同時に王都へと赴くつもりだ。
「そうか、そうか、いや~よかった。二人が数日前から拗ねてな、ずっとバアルは帰ってくるのか、間に合うのかと聞かされていてな。正直間に合わなかったら当分の間あの二人の落ち込んだ表情を見ることになっただろうな」
父上はそうならなくなって上機嫌になる。
「それにお前が帰ってきたのなら、明日からの仕事が楽になる。あ~よかったよかった」
どうやら父上は、俺が帰ってきたことにより、仕事が減ると思っているようだが。
「それは無理ですね」
「うんうん……ん?」
「だから無理です」
父上は安心した表情のまま固まる。
「これから当分の間、工房にて仕事をしなければいけません。残念ながら仕事に関しては一切手伝えません」
「いや、だけどさ、さすがにバアルが帰ってくると思って結構仕事残しているんだけど……」
どうやら父上は俺が帰ってくるのを見越していたらしく、俺の仕事を振ること前提で作業を行っていたらしい。
だが
「父上だけで決済してください」
「こ、困る!」
「困ると言われてもどうしようもありません」
思わず呆れてしまうほど父上の考えは浅はかだった。
そして
「ついでに言いますと外交団が王都に着き、陛下に謁見を行った後、父上には当分休みなく働いてもらうことになります」
「ど、どれくらい?」
「それは―――」
量が少ないことを願っているようだが。次に告げる言葉でムンクの叫びのようになっていた。
次の日には、父上が手伝ってくれと縋り付いてくるが容赦なく断り、即座に工房に籠り始めた。
「はぁ~日ごろの仕事は普通にやれば終わるはずなのにな」
ため息をつきながら『亜空庫』を開き、アルバングルで受け取った飛翔石をすべておいておく。
(始めるか)
それから様々な素材を使い、検証し、実験して望み通りの結果を追い求めていく。
そして外交団が王都に到着する前日、ようやく人の目を引く物が完成した。
【お知らせ】
カクヨムにて先行投稿をしております。もし先に読みたいという方はあらすじの部分にURLを張り付けていますのでそちらかぜひどうぞ。




