問題が無いわけではない
「へぇ~」
「すごいですね」
ノエルとリンは机の上で浮遊している模型を珍しそうに見ている。
(だが、飛ばすのに問題がないわけではない)
模型は今は普通に浮かんでいるが、調べることはまだまだやることがあった。
(飛翔石の量と魔力量の関係、それに一定以上の体積へ魔力をいきわたらせる工夫も必要。それと軽量化に際する、最適な推進力も調べる必要がある)
今、飛翔石についてわかっているのは魔力を媒介に物質の重量を変化させること。そして計画的に運用するとなれば調べることは山ほどあった。
(効果をより正確に把握する必要はあるが、物を軽くする程度なら単純計算で済ませられる)
物が軽くなれば、その分物を飛ばすのにかかるエネルギーも少なく済む。仮に飛行機のパーツすべてが軽量プラスチック並みに重さならジェットエンジンは要らないのと同じだ。
(一度機体だけを作り、装置を組み込みどれくらいまで軽くなるかを計算する。その後、十分な揚力を作り出すエンジンを作り出せば問題ない)
効率を考えるのは後々で問題ない。今はとりあえず人と物資を運べるようにすれば問題が無かった。
「……バアル様、来客です」
ノエルが何かに気付くと扉に視線を送る。
コンコンコン
「誰だ?」
「バアル様ですか?レティアです。少々聞きたいことがあって訪れたのですが」
「少し待て」
模型とノートパソコンを『亜空庫』に仕舞い、レティアを部屋の中に招き入れる。
「それで何の用だ?」
「あ、あの、ロキはどこに行ったのですか?」
部屋にあるソファに座らせると借りてきた猫みたいに静かに部屋の中を見渡していた。
「それよりも護衛はどうした?」
「大使館内なら自由に動いていいと言われました」
護衛に適した近衛騎士が大使館の守備をしているなら館内ではとりあえずは安全なのだろう。だが少々気軽に出歩きすぎとも思ってしまう。
「それでどうしてロキの所在を知りたい?」
「………聞きたいことがありました」
内心で舌打ちをしたくなる。なにせレティアがロキに聞きたいことの検討は付いていた。
「何を聞きたい?」
「……マーク、私の恋人について」
傷心中の女性を奮い立たせた、そしてその原動力に恋人を使った。となれば訊ねたい要件は聞かなくてもわかる。
「なぜ今になって?」
「……レナード様から3日後にグロウス王国に帰還すると聞きました。そしてその際に陛下に謁見を行い私の身の振り方が考えられると」
「それで恋人の詳細を聞きたいと?」
「はい、私が無事であることを伝えたくて。私がどうなるかはわかりませんが彼と相談したいのです」
「………すまないがそういったことについてはこちらでは把握していない。それに現在、君の置かれている状況は下手すればそこらにいる子爵よりも重要な立ち位置だ」
「え!?」
「そう驚くことか?お前は重要な違法奴隷の生き証人。その口を封じるために殺される可能性は十分ある。だからこそお前には下手に動く理由を与えるわけではない」
「そう、ですか」
レティアには当分の間じっとしていてもらう必要がある。そのために不必要な情報は与えることが出来ない。
「そっちでどのような事態になっているかはわからないが、ゼブルス家はお前の保護に全力を尽くすことを約束する。そして生きているならお前の恋人と一緒に居れるように尽力することを約束する。今はそれで満足してくれないか?」
「……あ、ありがとうございます」
今の言葉に嘘はない。レティアは王家が全力で保護するはずだ、もちろんゼブルス家もそれに協力するつもりだ。そしてもし生きているならその恋人にも便宜を図るつもりだ。
「しかし三日後か、ということは例の宣言が終わってから帰国する外交団と一緒に戻ることになっているのか?」
「はい。私は近衛騎士様たちと行動を共にするため、外交団と共に戻るつもりです」
「それもそうか」
その後、要件が終わったためレティアは退室していく。
「バアル様もそれに伴い帰国していくおつもりですか?」
「そのつもりで考えている。そしてほかの奴らもだ」
俺も安全のために交団が近衛騎士と一緒に戻ることになっている。そしてそれはほかの集団もだった。
「フーディが率いるノストニアの外交団はそのままグロウス王国を経由してノストニアに戻ることが出来る。だが問題はアルバングルの方だ」
こちらでまともに用意できる兵力は近衛騎士団100名の部隊、それにノストニアの精鋭30名ほど、そしてアルバングルから来た護衛達のみ。
「たったこれだけ、しかもほとんどの戦力がグロウス王国に向かうことになる。もしアルバングルにレオンが戻るなら危険な旅になるだろう」
「ですが、さすがに」
「クメニギスもバカではないと?」
リンは静かに頷く。
だが
「確かに大半は馬鹿じゃない。考えられる頭を持っている。だがそれでも一定数は馬鹿は絶対に出てくるものだ」
「ですが」
「それにクメニギスはアルバングルをほんの少しも脅威とは思っていない。レオンを殺すことでアルバングルが自ら打って出てくれるなら、奴らはやるだろうさ」
アルバングルが今守られているのは守りには最適な地形と『獣化解除』が効かないゼブルス軍とノストニアの兵がいるからだ。アルバングルが頭に血を登らせて無謀な突撃をしたが最後、ひたすら数が削られるだろう。
「敵国にいる時点でレオン達は俺たちの傍以外は安全じゃない。エレイーラの手が届く範囲なら安全ではあるのだろうが、そこにいる連中がエレイーラの手が回っているかどうかは判断がつきにくいからどちらにしろ変わらない」
クメニギス国民なら国内を自由に行き来できる。ならばどこの地方が安全と言った境界はまず存在しえない。
「ならば一度アルバングルに………」
ノエルが案を出そうとするが途中で自分の言葉の意味を考えて口を閉じる。
「無理だ。戦力はさっきも言ったが近衛とエルフしか機能しない。近衛は魔具と生き証人を届けるためにグロウス王国へ行く。そしてエルフも奴隷となっていたエルフを抱えている、わざわざ無駄足を運ぶわけにはいかないだろう」
仮に作り上げた奴隷だとしても、体面は気にする必要があった。
「ならば連れていくのが一番ですね」
「そうだ」
すでにある程度の予定は立てている。それに最悪は俺だけが一度アルバングルに戻りこの経緯を説明するという手法も取ることが出来る。
「例の宣言が終わった後、アルバングルで初めてグロウス王国の地を踏むことになるだろうな」
その後、外の情報を拾いつつ自室で模型によるシミュレートを何度も続ける。
そして三日後、例の宣言が大々的に行われる日が訪れた。
クメルスの城のすぐ近くには万の人が入れるような広場が作られている。そして現在、その広場にはその万を超すほどの人が集まっていた。
「皆の者!!!」
響いた声で広場にいる人物は声のする場所に視線を集める。
そこはわざわざスピーチをするためだけに備えられているステージでクメニギス国王と正妃、そして王子たちが並んでいた。
「今、クメニギスは多いな変化を目のあたりにしている。それが―――」
そのステージを用意された来賓席で見守っている。内容は民を刺激しないように、また王家の権威を弱らせないように言葉を選んでいた。
(だが、内容よりも………)
今ステージに立っており王子たちの一人からある気配を感じている。
「君も気付いているかな?」
後ろからロザミアが話しかけてきた。
「ああ、あの王女は?」
「あのお方はアリエット・ゼルク・クメニギス様。最近では姿を現すことは少なかったらしいが、さすがに今回のことは出席することになったらしい」
「第二王女か」
うっすらと白みを感じさせる色素の薄い金髪を長く伸ばしている、何とも儚げな少女だった。
(あれが地方貴族と結婚して継承位を返上した王女。そして同時にエルドと繋がっているクメニギスの王族か)
陛下よりエルドが彼女に近づいた理由を探すようにも言われていたが、残念ながら事態が事態のため諦めるしかない。
「そして、そのために総指揮を執るのが我が娘の一人、エレイーラ・ゼルク・クメニギスだ」
ほかのことに気を取られている間に話がひと段落して、エレイーラが前に立つ。
「私は第一王女エレイーラ・ゼルク・クメニギスである。今回クメニギスは新しき時代を迎えた――」
今度はエレイーラの演説が始まる。その言葉は意味を深く考えなければほとんどが合っており、また民衆に耳触りの良い言い回しをしていた。
「バアル君」
「レナード殿、どうしました?」
同じ来賓席にいたレナードが近づき話しかけてくる。
「少し聞きたいのだけど」
「何をですか?」
「エレイーラの交易の話を断り続けていると聞いているが」
レナードも気になっているらしい。
「ええ、その通りです」
「説明はもらえないのかな?」
「残念ながら今ここでは無理です」
「ではどこで?」
「グロウス王国にて、と言っても私が説明するよりも見る方が早いでしょう」
お互い笑顔でいるが黒い雰囲気を漂わせ始める。
「ならいいさ」
レナードは再びステージを見始める。
「ええ、何も問題ありません」
そして俺の同じくステージに視線を向ける。
ワァアアアアアア!!!!
そしてそこには観衆から喝采を浴びるエレイーラの姿があった。
【お知らせ】
カクヨムにて先行投稿をしております。もし先に読みたいという方はあらすじの部分にURLを張り付けていますのでそちらかぜひどうぞ。




