特使の意味
その後、問いに答えることなくエレイーラの馬車は集団の中に入り、フロシスを目指し始める。
「ふ、ふふ、これは何とも」
そしてエレイーラ自身は今後のことを話し合うため俺の馬車に乗り込むのだが。
「まったくよ」
一応、ルンベルト駐屯地に到着予定だったため、例の正装をレオンに着せているのだが、エレイーラはそれを見て、笑みを溢していた。
「なるほど、正装させたつもりらしいな」
「ああ、ある程度とはいえ、必要だろう」
馬車はやや広めに作っており、4人が乗れる椅子が対面になるように配置されている。片方には俺と護衛であるリン、そして正装させたレオンに翻訳役のグレア婆さんがいる。そしてその対面にはエレイーラと、護衛のグード、そして給仕を行う侍女がいた。
そんな馬車の中エレイーラは給仕をするために乗り込んできた侍女に何かを耳打ちする。
「かしこまりました」
エレイーラの侍女はエレイーラの傍から立ち上がると、お世辞にも広いとは言えない間を通りレオンのすぐ近くまで移動する。
「失礼いたします」
「??、ああ」
言葉通じないレオンはグレア婆さんに翻訳すると肯定の返事をする。
そして侍女はレオンの胸元に手を当てて、ボタンを外していく。
「??本当に何しているんだ?」
レオンは何をしているのか全く予想がつかないようで困惑している。
そしてその間に侍女はレオンの腕を取り、袖をめくり始める。それが終われば少しだけ離れてレオンの全体を見ると頷き、エレイーラの傍に戻っていく。
「確かに場によってはふさわしい恰好というものがあるが、それは無理に型にはめる必要はない」
レオンの格好は先ほどよりもしっくり来ていた。
「もともと彼は荒々しさが前面に出ていたからな、下手に整えてやるよりも反対に崩してやった方が味が出るというものだ」
先ほどまでは不良が無理にスーツを着こなしてた感覚があったが、レオンの持つ雰囲気と相まって少し着崩しているだけでよく見えるようになった。
「ほぉ~さっきよりも楽になった」
ボタンを外したり、袖を捲ったおかげで窮屈さが軽減されたらしい。
「これでクメニギス国王の前に出れるのならいいがな」
「は、君の都合で服を着せていて何を言っている」
エレイーラはわざわざレオンに人族の服を着せている意味を理解していた。
「姿は言葉よりも雄弁に物語る。彼ら獣人の後ろに誰がいるのかが、わかる連中にはわかるだろうな」
エレイーラの言う通り、本来なら別段レオンの姿を着飾る必要はない。特使とはいえ、レオンはアルバングルの国の人物であり、クメニギスのルールに縛られる必要はなかった。なのでレオンがいつも来ている獣の皮だけで作られた服でも本来は問題ない。
だが今回着飾ったのは理由があり、彼らの後ろに誰がいるのかを示すためでもある。
「さて、何ともそそる人材だが、すでに君のお手付きのようだし今は諦めよう」
エレイーラは何かをつぶやくと足を組み換え、今度はこちらを一点に見つめてきた。
「軽いおしゃべりはこれくらいにして、本題に入ろう。バアル、君は何をするつもりだ?」
「何とは?」
「知れたこと、君は彼、レオンを特使としてクメニギスに連れていきたいのだろう?」
エレイーラはある程度察している様子。
「協定で君がクメニギスに戻らざるを得ないのはわかっていた。だが同時に君が素直に戻ることもないということもわかっている。では何をするというのか、その答えが君の隣にいる彼、レオンの存在だろう?」
今度はエレイーラの視線がレオンに向く。
「わざわざ服まで用意して、少人数で赴く。それも堂々と私に紹介する当たり後ろ暗いことではない。また先ほどの言葉からお父様の前に出ることも示唆していた。そこから考え出されるに彼は特使なのだろう?」
エレイーラの考察に拍手で返す。
「さすがと返そうか?」
「これだけヒントがあり、わからなかったら貴族失格だ。そして最も重要なのが、彼が何の特使なのかということ」
再びレオンから俺に視線が戻ってくる。
「知りたいのか?」
「ああ、是非な。君も元から私を頼るつもりだっただろう?」
「どうだろうな」
「嘘はよくないぞ、バアル」
エレイーラの追求に両手を挙げて答えてやった。
「私が協力することでどれほどスムーズに事を運ぶことが出来るかわからない君じゃないだろう?」
「正解だ」
エレイーラは必須のピースではないが、いるのと居ないのとでは事の進み具合が異なる。
(俺自身が戦争を左右するカギであり、かつレオンが獣人の特使、そしてエレイーラが戦争を起こすべきでないと主張するクメニギス王族であれば手を組みたいと思うのは当然の行動でしかないな)
俺自身は軍に拘束されないように動き、レオンは絶対に俺たちの目が無い所では手を挙げられない。そうなれば、道中にどんな仕掛けをしてくるかわかった物ではない。また獣人の国アルバングルがクメニギスに周知されていないため、国からの特使と言い張ってもいくらでも嘘と判断し追い返すことが出来てしまう。
そんな道中に最も安全にしてくれる手札がこちらに協力的なクメニギスの権力者の存在だった。
「それで答えは返してくれないのかな?」
「察しがついているだろう?」
こちらが疑問で返すとエレイーラは笑顔になる。
「ではこれだけ答えてくれ。ゼブルス軍がフロシスからルンベルト駐屯地に向かっている間、獣人の集団を保護したようだな、あれの集団の中に獣人以外の種族がいるのか?」
エレイーラの問いで、向こうはすでにこちらの行動に当たりをつけていのがわかった。
「…………」
「なるほど、返答がないことが答えか」
こちらが何も言わないことでエレイーラも答えがどういったものかわかったようだ。むしろここで否定の言葉を出せばエレイーラの予想は全く異なる方向に転がっていくことだろう。
そして返答がない、つまりは肯定も否定もしないという答えは、答えが意図的に出せないことと答えを出すことが出来ないの二択の意味を含む。後者は質問に不備があったときの答えだが、前者は答える意味が無いことを意味していた。
「一応どうしてその質問が出てきたのかを聞いていいか?」
「簡単なことだ、獣人独力でどうにかなる状況ではないからだ」
エレイーラは確かめるように言葉を発し始める。
「停戦協定に君の受け渡しがある時点で、ある程度は予想がついていた。停戦期間さえ終わればゼブルス軍は獣人を守護する意味が無くなる。もし、協定が終わり、何かしらの手段で今駐在しているゼブルス軍が引き上げればそれは獣人が身を守るための盾を失うことと同義となる。なので、君たちはその代わりとなる盾を欲しているはずだ。ではその盾をどうやって手に入れるか、だ。獣人の力はマナレイ学院が総力を挙げて封じたとなれば彼ら自身にもはや守る力はないことになる。となれば当然その力が及ばない存在を仲間に引き入れる必要がある。そしてその候補が、グロウス王国とノストニアだ」
ここまで予想が出来ているならと思い、今度はこちらが口を開く。
「そう、そしてその二か国を引き入れる問題があればいい」
脳裏に一人の女性が思い浮かぶ。
「エレイーラは今の奴隷制度をどう思う?」
「ああ、ようやく君の答えにたどり着けたよ」
エレイーラは答えが定まり満面の笑みで答える。
「君たちはクメニギスの奴隷制度の改変を求めるつもりだね」
この戦争の根源の一つに獣人を戦益奴隷にするという部分がある。というよりも主だってこの部分が大きいだろう。
「ああ、そして」
「ノストニアもグロウス王国もそれに同調するつもりかな?」
「正解だ」
グロウス王国とノストニア、そしてアルバングルが連名でクメニギスの抗議を行う。もし抗議が受け入れられなかったら、制度の被害者を言い訳に戦争を起こす手はずだった。
(ノストニアからしたら人攫いを行う忌々しい理由の一つを潰せる。グロウス王国からしたら、植民地が手に入り、ついでに戦争でクメニギスの領土を切り取ることが出来るだろう。またグロウス王国の軍部はほとんどがイグニアの派閥に属している。支援しているネンラールに向けての戦争でないことに加えて、戦功を挙げられ、なおかつエルドの支援者であろうクメニギスを攻撃できるのだから言うことはないはずだ。またイグニアがうまく動けばネンラールも押さえつけるため背後の強襲の心配を少なくもできる)
「なるほど、素直にお父様と大臣が受け入れればよし、できなければ囲うようにしている2、いや今は3か国から戦争を仕掛けられるわけか」
「ああ、ちなみにフィルクは動かないように手配しているから完全な孤立状態になるぞ」
最後の言葉は嘘だが、嘘をつくことで危機感を煽らせることが出来るならつく価値はある。
「できると思う?」
「では逆にできないと思っているのか?」
「いや、おそらくはできるだろうね」
エレイーラの答えはこちらと同じだった
「ああ、できる。この奴隷制度はもう古い」
ロザミアに奴隷制度を聞いてから、ある部分には違和感を覚えていた。
「この奴隷制度がクメニギスにできたのはおよそ200年前。当時様々な国があり群雄割拠していた時の物だからね頻繁に争っている時代ならともかく」
「そう、今は平和な世界になっている。国民奴隷と犯罪奴隷はまだ理解できるが最後の戦益奴隷はもう古すぎる」
戦益奴隷、文字通り戦争から得た奴隷のことだが、戦争が頻繁に起こっていた時代はこれでいいだろう。経済は潤い、奴隷を戦争にも使えたため、何も問題ない。だが現在クメニギスが戦争できる国はいくつあるだろうか。東はグロウス王国、北はノストニア、西はフィルク聖法国、まずこの三つは戦争が始まった瞬間、クメニギスは先に得られるものよりも消耗が大きすぎる。消耗が大きければ第三者の介入が考えられるため、戦争はできない。そのため戦益奴隷は東方諸国から買い込むか、獣人を狩ってくるしかなかった。またデメリットも存在している、それが違法奴隷が紛れ込むことだ。戦益奴隷という制度が存在している以上、様々な手段で違法奴隷を正当化する手段が存在している。だが当然違法奴隷が表に出てきてしまえば国の印象は悪くなるばかりだ。
「さて、最初の答えに戻ろうか、レオンは戦益奴隷制度の撤廃、および戦益奴隷となっている獣人の全奴隷の受け渡しを要求するための特使だ」
【お知らせ】
カクヨムにて先行投稿をしております。もし先に読みたいという方はあらすじの部分にURLを張り付けていますのでそちらかぜひどうぞ。




