勝敗は始まる前に決まる
〔~エレイーラ視点~〕
件のゼブルス軍が駐屯地からさほど離れていないところで足を止めた。現状だと、寝返ることの証明になりそうなものだが。
「詳細はあるか」
「は、はい!」
まずはゼブルス軍の停止の意味を知らねければいけない。実は我々の思考とは裏腹に行軍途中に緊急事態が起こり、やむなく止まったという可能性もありえた。そんな状況でルンベルト駐屯地が敵対行動に出てしまえばなおさら、手遅れとなる。
私の声で入ってきた兵士が一度息を整え、背筋を伸ばす。
「まず情報源についてなのですが、それは商人からです」
それから兵士の報告で詳細が知れた。
まずとある商人がフロシスに付くと、そこにゼブルス軍が来ていることに気付いた。そして商人は護衛費を浮かせるために、ゼブルス軍のすぐ後ろを追従することにした。目論見はうまくいき、護衛なしでも安全な旅路となっていた。
だがルンベルト駐屯地まであと少しというところで、ゼブルス軍は足を止めたという。
そしてその理由なのだが―――
「商人の話では北の方角に何らかの集団が突然姿を現したとのことです」
「集団だと?どんな集団だった?」
クレイグは困惑の声を上げる。だが次の言葉で手段の情報を求める。
「商人の話では、遠目ではっきりとは確認できなかったようですが、何やら奴隷の集団だったそうです」
「奴隷?」
「はい、数多くの獣人の奴隷がゼブルス家に合流していたそうです」
「(獣人の奴隷共か………どこかで大規模に解放されたのか、だが、いや、そうなると)確認できたのは獣人だけか?」
「残念ながら詳細については遠目だったこともあり不明とのことです」
獣人の奴隷集団であることは疑いようがないことが判明。だが同時にほかの誰かいないとも言えない。
(おそらくその集団には獣人だけではないな、出なければゼブルス軍だと判明するわけがない)
獣人が合流したこれはまぎれもない事実だが、一つだけ違和感がある。
それが
「確定した、ゼブルス家の援軍、違うとしてもエルフが確実に向こう側についていることだろう」
「なぜと聞いてもよろしいですか?」
「仮に商人の言った集団が獣人だけだったらゼブルス家に合流できるはずがないからだ」
この言葉に納得したものもいれば、いない者もいる。
「少なくとも人族、もしくはエルフがあの集団にいると?」
「ああ、出なければ同じ人族であるゼブルス家の軍に合流などするはずがない。集団の内部にゼブルス軍だと分かるものがいたはずです」
獣人だけであの集団はなっている。ならわざわざゼブルス家に合流することなどしない。なぜなら彼らにその行軍している軍隊がゼブルス軍だと分かるものはいないはずだ。獣人からしたらクメニギス軍の増援という可能性があるため普通は近づくことさえしないだろう。だが彼らはためらいなく軍に近づき合流した、つまりは内部にゼブルス軍と通じている誰かがいることになる。そしてそれは獣人ではないのは明らかだった。
「総司令官」
「わかっておりますとも、過程はどうあれ、現状ではゼブルス軍を敵と認識せざるを得ない」
そうゼブルス軍の駒は現状限りなく黒に近い。
(けど、君のことだ、明確な黒にはしていないはず。おそらく明日交渉に応じない限りは、限りなく黒に近い灰色で抑えているだろうね)
いくら黒に近い存在でも明確に黒でなければ言い逃れは可能だった。
「おい、一応、ゼブルス軍に馬を走らせて、なぜ行軍を止めたのかを突き止めろ」
「はい!すぐさま馬を手配して向こうの状態を調べてまいります!」
クレイグの一声で近くにいた武官の一人が敬礼し退室していく。
「さて、残った諸君には今後のことについて協議したい」
全員が大きくうなずくが、私はそれを冷めた目で見ていた。
「そんなもの交渉に応じるしかなかろう」
この一言で全員の視線がこちらを向く。だがその視線の中に一つだけ同意の視線があった。
「いいか、今の盤上でできることはそう多くない」
地図の上に広げている駒を一つずつ動かす。
「まず念頭に置くべきなのは時間だ。今から東の砂漠、規模は小さいが西の絶壁に向かっている軍勢を呼び戻すのは不可能だ。いや西はあり得るだろうが、数が少ないためやる意味がない」
地図にある駒たちを一つずつ横倒しにしていく。
東のルートは砂漠ということもあり行軍速度は遅い。この場所に戻ってくるまでに3日は掛かる。西は可能だが先ほどの言葉通りやる意味がない。
「そしてフロシスにある援軍の5000だが、これはもっと意味がない。少人数で馬を走らせても片道で最短1日、下手すれば2日かかることになる。タイムリミットが明日であるため根本的に援軍という手段はとれない」
今度はフロシスに置いてある駒を横に倒す。
「だから、現状ではこのような形になる」
「……使えるのはルンベルト駐屯地の約3万、相手方はゼブルス軍、人族換算で3万5千、そして獣人最低1万か」
「ですが、彼らが敵と分かったなら、一度軍を撤退させて大勢を立て直してから双方を相手にすればいいのでは」
「お前、名前は?」
根本的に考え違いをしている奴の名前を尋ねる。
「り、リードと言います」
「では聞くがリード、なぜこの事態に慌てているか明確に言えるか?」
「え…………駐屯地が壊滅しそうなためで、す」
リードと言った軍人は私とクレイグの白い眼を受けて縮こまる。
「違う、そこから説明しなければいけないのか?」
「エレイーラ殿下、ここからは私が行いましょう」
クレイグが身内の恥を晒さないように前にでる。
「いいか、お前たち、私たちの目標はなんだ?このルンベルト地方まで進出することか?いや、違う。陛下が私たちに求めているのは蛮国をクメニギスの物とするためだ」
そうクメニギス軍の最終目標が蛮国をクメニギスの領土にすること。ここルンベルト地方に執着しているのではない。
「では逆に獣人は何を求めている?当然、クメニギスから国を守ることだ。そして事態がどちらに転ぶかはこのルンベルト地方にかかっている」
クレイグの指し占めるのは西の絶壁、東のウェルス山脈、西のミシェル山脈、そして東の砂漠地帯だ。
「もしここを突破できれば我が軍は蛮国にて広域展開が可能となる。『獣化解除』という獣人を無力化する魔法が使える限り、あとは侵略をするだけとなる。獣人もあの魔法を使えなくする結界を持っているが、あれは狭い範囲内での戦闘でしか本領を発揮できないためルンベルト地方さえ抜けてしまえば、あとはただの消化試合となる。つまりはだ」
クレイグは持っているナイフをルンベルト地方の中心に刺す。
「この場所だけを攻略し終えればまず勝利することだ」
もはやわかりきったことをと思ったが、バカに意図を正しく理解させるのには必要だろう。
「さて、リードもう一度聞くが撤退する案は変わらないか?」
「…………」
指名されたリードは何も答えない。
「いいか、地図上の駒を見てみろ、そして私たちがしてはいけない行動はなんだと思う?」
(意地悪な質問だな)
クレイグの部下はもうどうすればいいのかわかっているため、口を挟まない。だがクラーダの部下はクレイグの言葉で思案している。
「総司令官、はっきり言ってやればいい。この侵攻は根本から失敗に終わることになると」
「「「「「「!?」」」」」」
私の言葉の意味が分からなかったのかクラーダ陣営が目を白黒させる。
「いいか、お前たちに教えてやろう。今私たちができることはたったの四つしかない」
私はルンベルト駐屯地の駒を触る。
「一つは守りを固めて、この駐屯地で防衛すること。二つ目が先んじて出陣しゼブルス軍を叩くこと。三つめが交戦ではなく撤退すること。そして四つ目が穏便に停戦に応じること。この四つだ」
私が案を出してやるとクラーダ陣営が頭を捻りながら考え始める。
(烏合の衆とはこういうことを言うのだろうな)
先ほど挙げた四つの案。それはどれもが蛮国侵攻の失敗を意味している。
一つ目の守りを固めて駐屯地を防衛する。これは向こうの対応したか次第だが、一番最悪なのがゼブルス軍が駐屯地を警戒してそのまま山間ルートを進行して獣人と合流するだ。もし獣人と合流を果たせば、もはや山脈間のルートは『獣化解除』だけでは全くの不十分となり抜けることはまず不可能となる。『獣化解除』が意味がない勢力が8000、それも一人で十人分の強さを持つエルフがいるため、正面からのぶつかり合いでは同数でも押し返されることになる。もしそうでなくとも、ほかに駐屯地を挟んで挟撃を行われるだろう。その場合は獣人対策に駐屯地外で戦闘を行う必要があるため駐屯地という守りの拠点を捨てなければいけない。もし捨てなければ話に合った魔法を使えなくさせられる結晶で駐屯地の防壁では軒並み魔法が無力化されることになるだろう。また外に出たら出たで防壁がなくなった状態でゼブルス軍と相対しなければならない。拠点攻めなら持ちこたえることは可能となるが、普通の合戦となればおそらくは向こうに軍配が上がることになる。なので一つ目のこの案を取ればまず最悪の敗北となる。
二つ目の先んじてゼブルス軍を叩く案だが、これも当然ながら選ぶことはないだろう。まず先んじて叩く時点で平地での戦いになる。そのため勢力的に負けている状態では戦うべきではなかった。そして最も警戒すべきは獣人の追撃だ。こちらがゼブルス軍を叩くために進軍すると供に、獣人も進軍してしまえば、両方から挟み撃ちに会うことになる。また獣人を警戒するために駐屯地に人を残せば、当然軍の数が減ることになり平地での勝率が落ちていくだろう。また夜襲を掛けることも考慮に入れても、向こうは当然のごとく警戒していることだろう。よってこの案も選べない。
三つ目の一時撤退だが。これは一つ目の案同様で確実にゼブルス軍は獣人と合流してしまう。まず撤退のルートだが、フロシスへと続く街道は使えない、なにせゼブルス軍とぶつかってしまう可能性があるからだ。なので候補としては北、北西方角に撤退することになる。またこの案は一つ目とは違い、クメニギスの損害を限りなく抑えられるという点ではいい案だが、結局この先の侵攻に差しさわりがあるため、軍としては選べない。
四つ目の講和だが、これも一つ目と三つ目と同じでゼブルス軍が獣人側に合流してしまうだろう。こちらの案としては明確にバアルが返還されることと、軍の損害を完全にゼロにできるというのが利点だ。
現状で軍の行動はこの四つだけ、だが、どの行動をしても結局は蛮国侵攻は失敗に終わることを意味していた。
(おめでとう、すでに状況を整えた君の、バアルの勝ちだ)
この状況を整えた彼に向けて心の中で拍手をする。
(そして伝言通り私なりに被害を少なく行動させてもらうことにしよう)
【お知らせ】
カクヨムにて先行投稿をしております。もし先に読みたいという方はあらすじの部分にURLを張り付けていますのでそちらかぜひどうぞ。




