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彼女の考察

〔~エレイーラ視点~〕


 時は少しだけ遡る――


 駐屯地の中心に近い一つの建物。そこはクメニギス第一王女のために用意された建物であった。


 その部屋の一室、エレイーラは手配されていた部屋で今後の展望を思考していると部屋に入ってくる人物がいた。


「姫様、お知らせがございます」

「……グードか、いいぞ入れ」


 扉が開き、黒い鎧を着こんでいる男が部屋に入る。そしてテーブルでティーを飲みながら思案しているエレイーラに近づくと跪く。


「知らせとはなんだ?」

「はい、少し前に交渉旗を持った獣人がいると駐屯地内で噂になっておりました」

「交渉旗を?……………彼の入れ知恵かな」

「だと思いまする」


 エレイーラは部屋の窓から曇りとも晴れとも取れない微妙な天気を見上げる。


「このタイミングで、だとするとすでに、手はずは整ったことになる、だがどこに…………………」


 エレイーラの呟きが空へと消える。そして部屋の中では何の音もない静寂となる。


「それと、もう一つ懸念がございます」

「なんだ?」

「現在、この駐屯地の管理を任されているのはクラーダ第六魔法師団長です。わたくしめにはかの御仁が獣人の言葉を聞き入れるとは到底思えません」


 その言葉を聞きエレイーラは思考を一時中断する。


「問題が起こると思うか?」

「間違いなく。現在総司令官殿はこの駐屯地にいるのですが、軍の維持やマナレイ学院との連絡や、フィルク聖法国との連絡に力を割いています。また第五師団長は東の砂漠の軍へと赴いており駐屯地には不在。そして第七師団長はフロシスにて物資の流れの最適化を行っております。そして最後に例のですが」

「無能だから誰でもできそうな仕事を回したということか」


 駐屯地の管理、肩書は十分だが、実際に行う業務としては駐屯地に入る商人と物資の記録、また整備、見張り、あとは警察のような役回りをするだけでことが足りる。能がない人材にマニュアルだけ渡しておけば十分こなしてくれる業務だった。


「ちなみに交渉旗を掲げ返したのも完全に第六師団長の独断でございます」

「さすがに交渉内容を伝えるぐらいの役割をするとは思いたいが」


 一応は第六師団長は貴族の出、つまりある一定の教育は受けているはずだった。当然ながら報告しないことの不利益を理解はしていると思うのだが。


「恐れながら、あの愚物なら獣人と交渉すること自体嫌悪するはずです」

「だと思うか?」

「はい、彼の中ですでに獣人は奴隷もしくは自分の武功の糧としか認識していないはずです。そんな獣人に対して、交渉しようとは思えません。付け加えるなら、様々な理由を付けて、隔離、その後殺害というのも十分に考えられます」

「後の報告で向こうは本当は交渉する意図などなく襲ってきた、か?」


 グードの返答はない。だがその表情が可能性は十分と物語っていた。


「もし、私の陣営にアレがいれば、すぐさま処分か降格させるのにな」


 時に無能とは敵よりも厄介な存在となる。もしクラーダが南部の出身だったら、エレイーラは実家に圧力をかけてすぐにその座を有能な手駒に置き換えるだろう。


「一応は止めに行った方がいいな」

「この老骨もそう思いまする」


 エレイーラはティーカップを机に置くと、ゆっくりと立ち上がる。


「様子を見に行く、ついてこい」

「御意」

「お供いたします」


 エレイーラが立ち上がると部屋の隅で静かに給仕していた侍女がクローゼットからコートを取り出し手渡す。


 エレイーラはコートを羽織ると足早に部屋の外へと向かう。













(しかし、バアルの本意はなんだ?どちらが優勢なのかわかっていないわけではないだろう?それとも獣人の独断か?)


 中央に建てられた庁舎に向かいながら、思考を巡らす。


「グード、彼らの居場所はわかるか?」

「まっすぐと庁舎に向かっているはずです。いかに愚物といえど正門を開いたのです。さすがに人目のある場所で殺害を目論むとは思えません」


 グードの意見はまっとうだった。いかに愚鈍だというクラーダでもさすがに交渉旗を掲げた獣人を人目のあるところで殺害することのリスクは承知しているはず。


「となると事が起こるのは庁舎の人目の無い所か」

「おしゃる通りかと」


 いかに駐屯地を管理しているとはいえ庁舎では数多くの軍人が日夜動き回っている。もし仮に交渉に来た獣人を殺害しようと企てるなら、候補は人気のない庁舎内しかありえない。正門からの道中は交渉旗を掲げているため殺害は難しい、かといって庁舎内でも人目の多い場所でできない、ならばクラーダが管理している建物か人目の無い庁舎内しかありえない。また相手が交渉旗を持っていることを踏まえると、誘導するのは庁舎しかないため、必然的に絞られる。


「グード、お前ならなぜこのタイミングで獣人が交渉に来たと思う?」

「いきなりですな…………そうですな、獣人が交渉に来た理由は三つ、いや彼らにアドバイザーがいるなら二つでしょうか」


 エレイーラとそのすぐ後ろを歩いている侍女にはアドバイザーとはだれを指しているかわかっていた。


「一つが、何かしらの布石。この交渉をすることで後々の何かに影響を及ぼすため、と言ってもわたくしめには見当もつきませんが」


 グードは肩をすくめて予想を語る。


「二つ目が、獣人の独断。獣人たちが停戦交渉できると思ったのか、一部の獣人が無理だと思ってより待遇がよくなるであろう降伏を選んだのかはわかりませんが」

「なくはないだろうが、それだと交渉旗を知っているはずがない」

「ええ、なのでこの予想は当たりとは限りなく遠いでしょう」


 グードも限りなくないとは思うが可能性としては存在していることは承知だという。


「そして三つ目、この交渉が成り立つと判断したから、もしくは不成立となっても問題ないかの二択。おそらくですが、わたくしめはこれだと踏んでおります」

「根拠、と言ってもわからないか」

「申し訳ありません」


 だがエレイーラもグードと同じくこれだと感じている。だが肝心の方法がわからない。


 いやより正確に言うのならエレイーラの頭の中にありえない(・・・・・)と思える手が一つだけ存在していた。


(だが、実現できるのか?それにはあまりにも――)


 そのことに関して考えていると、駐屯地の真ん中に建てられた庁舎が見えてきた。


「グード」

「はい」


 グードは左手を左目に当て始める。


「西側の取調室にて多くの人員が確認できました。会議している雰囲気とも違います」

「さすがは過去に聖騎士長の座に座りかけただけのことはある」

「ありがとうございます」


 グードは昔に聖騎士として名を挙げていた時期があった。だがとある件で聖騎士を解任されてしまい、その後すぐにエレイーラにスカウトされていた。さらにはその力量も当時聖騎士長候補として名が上がるほど。弱いはずがないし、使えないはずがなかった。


「声は聞こえませんが、ややまずい状態のようです、急ぎましょう」


 グードが見た光景はエレイーラには理解できないがいい状況でないのがわかったため、庁舎の中を進んでいく。









 庁舎に入り、目的の部屋に向かっていると、警備の数が多くなっていく。


「お待ちください!エレイーラ様!!」


 そして最後には警備兵が通路を塞ぎ、入ることすらできなくされていた。


「私は先ほど来た交渉旗を掲げた獣人と話がしたくてね、道を開けてもらえるか」

「申し訳ありません。危険物の持ち込みがないかの確認をクラーダ師団長様、自らが行っております。それまで危険が伴うため、たとえ王族であっても誰一人と通すなと言われておりまして」

「私に傷をつけられると?」


 エレイーラの言葉でグードから【威圧】が行われる。警備兵と聖騎士長に近かった男、力量の差は歴然で次第に警備兵は震えていく。


「で、ですが、もし、獣人が、暗器を所持していた場合、万が一を考えますと」

「交渉旗を掲げてきたのだろう?ならば危険があるとは思わないが?」

「そ、それが騙し打ちの可能性があるとのことです」

「それはクラーダの言葉か?」

「は、はい」

「なら問題ない、だから通させてもらうぞ」

「お、お待ちを」


 警備兵が体を張って止めようとするが、その前にグードが警備兵とエレイーラの間に体を滑り込ませて、妨害を妨害する。


 その後も、何とか止めようとする警備兵をグードが押さえつけながら進む。


「姫様、そこを右に曲がってください」

「ちょっ!いい加減戻ってください!本当に危ないんですよ!!」

「わたくしめがいるから問題ない!」

「殿下の護衛なら知らないでしょうが、獣人は獰猛なんですよ!戦場では素手で人の首を引っこ抜くぐらいするんですよ!危険なんですよ!!」


 この警備兵は戦場に出たことがあるのか、グードの妨害を受けながら獣人の残酷なエピソードをつらつらと話し始める。


 そしてそんな、奇妙な状況はグードの案内される。


(……人目につかないように隔離した空間か、)


 どうやらある一定区間を完全に封鎖しているようで、道中に警備している兵士はいなかった。そうすれば人目に付くことも完全になくなるため、手勢を子飼いの者だけにしておけばどんな言い訳も捏ち上げる放題となる。


「姫様、次の通路を左に曲がり、4つ目の扉です」

「ああ」

「なんで!?」


 グードが的確に道順を言い当てると警備兵は驚きの声を上げる。


 そして言われた通り、左に曲がると


『お前たちの首は綺麗にして届けてやるぞ』


 とても穏やかでない言葉が聞こえてきた。


「グード、助けてやれ」

「御意」


 すぐさまグードは警備兵を掴み放り投げると、目的の扉に向かって駆け出す。


「『魂輝刃』」


 鈍い灰色のような光がグードの手に集まると剣の形となる。


 そして思いっきり扉に向かって振り下ろす。


(わざわざ扉を壊す必要が………ないこともないか)


 鍵の解錠に手間取っている間に獣人を殺されてしまえば元も子もない。さらには先ほどの言葉は空耳と主張され、さらには危険物を持っていると言い逃れされてしまえばこちらも言い返せない。


(やや、やりすぎのような気がするが迅速に獣人に面会できたためよしとしよう)


 中に入ると、何事だとうろたえている豚が一匹とこちらを警戒している兵士達、そして応戦しようとしている獣人の姿が見えた。


「どうやら、手遅れとならずに済んだようだな」


 そして言葉と共に確信した、この交渉にバアルが確実にかかわってると。なにせ護衛に彼が連れていた獣人がいるなら紛れもない証明だった。


「初めまして獣人の使者殿、私はクメニギス第一王女エレイーラ・ゼルク・クメニギスという」


 交渉の使者らしき老婆に向かってエレイーラはクメニギスの礼を行う。


(さて、君はどんな方法で交渉をまとめるのかな)

【お知らせ】

カクヨムにて先行投稿をしております。もし先に読みたいという方はあらすじの部分にURLを張り付けていますのでそちらかぜひどうぞ。

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