国の命名
「はぁ~話題振らなければよかったな」
目の前では食いかけの骨付き肉やヤシの実のような器、あとはなぜか居眠りしている大の獣人が飛び交っていた。
「すまんな、まぁ大目に見てくれ」
「いいぞ~やれ~」
レオンは加わることなく傍観し、レオネはこの光景を楽しんでいた。
事の発端は俺が発した言葉だ。
『その国の名前はどうする?』
の問いに対してこの場にいる連中の答えは
『『『『『俺の氏族の名だ!!』』』』』
だった。
それからはどこの氏族が強い、弱い、多い、少ない、などの言い争いが続いた。
『まぁ、待てお前ら、ここは一応獣王として選ばれた俺の氏族、テス氏族を国の名前にしようじゃねぇか』
『『『『『ふざけんな!!』』』』』
そしてバロンが油を注したのも大事になった原因だった。
(ただ本当に殺し合いには発展していないが………じゃれあう感覚で乱闘するなよ)
表情を見るに本当に争うつもりはないのだろう。なにせ笑いながら相手に向かって物を投げあっているだけなのだから。
(しかもやたらと高度に動いてる、森の中でドッジボールでもしている感覚か?)
様々な奴が手当たり次第に物をかき集めて、アクロバティックな動きで相手の投げたものを回避し、また投げたりしている。
そんな事態を俺は遠い目をしながら傍観し、そばではレオンとレオネが肉を頬張り事態が終わるのを待っていた。
「止めないのか?」
「あれをか?」
レオンに話が進まないので仲裁に入らないか聞くが、逆に乱闘寸前になっている大の大人の宴会を収拾できるのかと問われればおそらくは無理だろう。
「ん~お母さんが来れば何とかなると思うけど、それまでは続くと思うよ~」
「いつ帰ることになる?」
「んん~~もう少しかな」
この事態で話し合いができるわけがないので、ほかのことを確認しに行こうと思っているとレオネの答えで待った方がいいとの答えが出た。
「「「「「「「「「「(ピクッ)」」」」」」」」」」
だがそんな喧噪もなぜだか止まる。
「おい、レオネの嬢ちゃん、その言葉は本当か?」
「うん~結構近いと思う~~」
「っ!?お前ら大変だ!姐さんたちがもうすぐ帰ってくるぞ!!!!!」
「「「「「「「「「「!!??」」」」」」」」」」
そばにいた一人がレオネに問いかけて、その答えが間違っていないことが確認すると即座に大声を上げる。またその大声を聞いた全員が青い顔をする。
「だ、だが、まだ見張りが戻ってきていねぇぞ。ならまだ時間が掛かるんじゃ」
一人がレオネの言葉を否定するが、その言葉と同時に建物に一人の若者が入ってきて、大声を上げる。
『大変だ!姉御が帰ってきたぞ!!!!』
「こうしちゃいられねぇ!お前ら、今すぐ片付けるぞ!!」
『『『『『『『『『『『おう』』』』』』』』』』
それから、ここにいる連中はよく動き始めた。自分の周囲に広がっているごみを拾い集め、すぐさま建物の一室に放り投げる。また獣の毛皮で作られた布を使い一斉に床を綺麗にしていく。それすらも終われば、全員、先ほどまで飲んだくれていたとは思えないほど身なりを整え、それぞれの席に座り背筋を伸ばしていた。
そして出来上がったのはまるで式典の様に厳格な雰囲気の場だった。
「…………………」
この対応には呆れ果てるしかなかった。
ザッザッ
「「「「「「「「「「(ピン!!)」」」」」」」」」」」
準備が整うと、近づいてくる足音が聞こえてくる。そしてその音が聞こえると全員が身じろぎ一つ無くなっていた。
(鬼の居ぬ間に宴会騒ぎ、か)
先ほど、どんちゃん騒ぎしていた連中だとは到底思えない。
「戻ったぞ、お前ら」
ザッ!!!!
「「「「「「「「「「「おかえりなさいませテトの姉御!!!」」」」」」」」」」
「……………」
テトが建物に入ってきて帰ってきた声を上げると、全員が床に両方のこぶしを着き頭を垂れる。
「おう、お帰り」
唯一バロンだけがそうせずに手を挙げて気安く告げる。
「ただいま。で、バロン、まさかとは思うが、あたしらに狩りを任せて飲んだくれてないよな?」
「まさか!?この様子を見てくれ、どこの誰が酒を飲んでいるというんだ」
バロンの言葉に座り込んでいる連中が首を縦に振る。
「若干、酒の匂いがするが?」
「い、いや、周囲どこかで酒でも飲んでいるやつがいるんだろう?な?」
バロンの言葉に周囲は再び首を縦に振る。
「ふぅん、まぁいいか」
そういうとテトはバロンの横に腰を下ろす。そしてその様子に難所は越えたと判断したのか、様々なところで笑顔が見える。
「さて、お前ら」
「「「「「「なんでしょうか姉御!!」」」」」」
「掃除しただけで俺の鼻をごまかせると思っているのか?」
ピキッ!
テトの一言で全員の笑顔が固まった。
「て、テト?」
「まぁ仕置きはあとでするとして」
この言葉で笑顔だった者は絶望の表情を浮かべる。
(まぁ、鼻が利くならついさっきまでの匂いもわかるだろうな)
「それよりも戻ってきていたのか」
この言葉はしっかりと俺たちに向けられて発せられていた。
「お母さんただいま~」
「おう」
レオネは立ち上がると、走ってテトに飛びついていった。
「バアルもな」
(はぁ、何とも警戒しているのがばかばかしくなりそうなほど能天気だな)
テトの言葉は確かに優しさを含んでいた。そして一度は囚われていたこちらの身としては完全に気を許すことができていないため、なおさら肩透かしを食らっている気分になる。
「それで、何か用があって戻ってきたんじゃないのか?」
「ああ、その通りだ」
ようやく話が進みそうで安心した。
また俺から話があるということで、バロンと共に中心に居座り、周囲が話を聞けるような形をとった。
ちなみにテンゴとマシラはラジャの里の方に戻り、魔蟲の現状かどうなっているかの確認をしに行っていた。向こうで対処できなければそのまま加勢に加わり、問題ないようならとんぼ返りする手はずとなっているらしい。
「それで要件ってなんだ」
「一つ目はさっきもバロンには伝えたが、国の名前を決めてほしい」
「??必要かそれ?」
テトには国の名前を決める意味は分かっていないらしい。
「ああ、何よりこれからの交渉事で国の名前が出るだろう。またお前たちが国であることの最もな証明となる」
名前というのは最も存在証明しやすい方法だ。物事や概念は名前のおかげでそれを認知し、人に伝えることができる。 特に目に見えない、概念的なものについては、名前が重要だった。名前を付けることで、初めて認知され、再利用できるようになる。
俺だって名前があるから俺だと証明できる。もし仮に俺に名前がなく、俺を知っている者が第三者に俺のことを話そうとすると俺だと証明することがとても困難となる。
「それに何かに書面するにしても国の名前はあった方がいいからな」
国の交渉事にまさか、国の名前が無いなんてことになればどうなるか、契約書に名前が書けないことを意味するのだから困るに決まっている。
「まぁ、話は分かった、だがどうするか」
テトはバロンに寄りかかりながら顎に手を置き、考え始める。
(バロンとは違って、テトは氏族の名前を採用しようとはしないな)
どうなるかがわかっているのか、それとも単なる偶然かわからないが話が進みやすい。
「こちらとしては氏族の名前でもいいが、それはそれで問題になるからやめた方がいいだろうな」
「だな、どうせこいつらのことだ、どの氏族の名前になるかでひと暴れもするだろうし」
テトのその言葉を聞き、バロンやほかの長と思わしき連中がそろって明日の方角を向き始める。
「参考に聞くが、お前たちの国はどうやって名付けられた?」
隣にいるレオンから疑問の声が上がる。
「一応は家名から取っている時が多いな。そしてその家名はもともとあった土地や何らかの特徴のもじりできた部分が多い。例えば住んでいた土地の名前、何かしらの分野で名誉を得た場合、どこで育ったか、何がよく取れるのかなどなどだな」
グロウス王国も、もともとは騒乱の時代にグロウス家が国を興したことが起源だと習った。
「土地、土地かぁ~ん~~~なんて言ったっけ~~~」
俺の言葉を聞いてレオネが苦悶の表情を浮かべている。
「土地だとすると、この辺りはリュシ氏族の縄張りだよな?」
「ああ、だけど隣はエヂ氏族とかズス氏族の縄張りとかあるな」
「そうだな、国ってのは氏族で手を握り合わせるんだろう?ならリュシもエヂもズスも名前にしちゃあまずいだろう。何より許せん」
「だな、かといって全部の氏族の名前を合わせるのもな」
「そうだよな、どれだけ長くなるんだって話」
外野でも様々な話し合いが進められるが一向に答えが出てこない。
「バアルは何か案はないか?」
「……国に加わるわけじゃない俺にそれを聞くな」
レオンに問いかけられる。確かに国を作る方針で勧めたが、それでも作るのはバロン達だ。部外者が口出しして、後々文句でも言われたら適わない。
「ねぇねぇお父さんが昔に話してくれたアレ、なんだっけ?」
そんな中レオネがバロンに何かを問いかける。
「アレって、なんだ?」
「ほら、あれだよ、大岩に登ってさ、私を肩車して、何か言っていた………う~~ん父なるなんたら~母なるなんたらこうたら」
「そんなこと言ったか?」
レオネが問いかけているが、バロン本人がそのことを覚えていないため答えが出てこない。
「それ本当に俺が言っていたか?」
「うん、グレア婆さんに散々聞かされたって言っていた~~」
「そうか、なら呼んでくるとしよう」
そういうとバロンは立ち上がり、自らの足で建物を出ていった。
「この場所に来ているのか?」
「ああ来ているぜ。治療のことに関してはあの婆さんが一番だからな」
レオンが周囲に問いかけてみると、来ているとの返答があった。
バロンが出かけてからも名前についての話し合いは続くが、終わりは見えない。なにせ致命的なほど獣人には知識というものがなく、出てくるのはどこかの氏族の名前や魔獣の名前、あとはすでに死亡した強かった人物の名前だった。
あまりにも長くなりすぎたため、俺が口を挟もうとするが、そのタイミングでバロンがグレア婆さんを連れて帰ってきた。
「なんじゃ、バロ坊。あれだけ忘れるなと言ったのに忘れたんか?」
グレア婆さんがこの場に連れてこられて事情を聴いた時の最初の言葉はバロンに向けてだった。
「いや~ミリィウラは覚えていると思うが、あいにく連れてきていなくてな~」
「はぁ~相変わらずこういったことは全部嫁任せか?」
「仕方ない」
「仕方なくないわい。バロ坊が長になる時、あれだけ口を酸っぱくして長としての心構えを話したというのに。大体バロ坊は―――」
それからこちらも聞き飽きるぐらいのバロンの失敗エピソードが暴露された。
「あ~グレア婆さん、すまんがバカ親父の説教はまたあとで頼む」
「はぁ、まぁレオンが跡継ぎとしているなら問題なかろう」
どうやらバロンと違ってレオンのことは高く評価されている模様。
「それで何が聞きたいんじゃ?」
「あのね、むか~しお父さんから聞いたんだけど、なんか父なるなんたら~母なるなんたらこうたら~、って話知らない?」
そういうとグレア婆さんの皺だらけの眉にさらに皺が寄る。
「バロ坊?」
「すまん、忘れた!」
もはやバロンは開き直っていた。
「はぁ~まぁよかろう、というかレオンは知らないのか?」
「??俺は聞かされていないが?」
「…………はぁ~~」
今度はより大きなため息を吐いた。
「今はもうやっている者も少ないが昔は子供にこの大地のことを言い聞かせるのだ」
グレア婆さんは一度大きく息を吸い込むと
『我らは父たる森アマングルと母たる草原アルバンナにより産み落とされた。
我が子よ忘れるなかれこの大地に根付く限り我が子らには加護が与えられん。
我らの根幹は同じ、ゆえに互いにを絶やすことは、父と母の怒りを買うこととなる。
悲しむな、死の腕に抱かれたとき、その魂は再び大地へと帰り往き、また再び芽吹くであろう』
刻みながら言葉を紡いだ。
「これは古くにあった、おまじないじゃ」
「おまじない~~?」
「ああ、そうじゃ、子を健やかに育てるとき、不安になったとき、魔蟲と戦うとき、いかなる時もこの言葉を思い出し勇気をもらうときのまじないじゃ」
「「「「「「「「「「へぇ~~~」」」」」」」」」」
「おぬしら…………はぁ~」
俺をのぞいてこの場にいる全員が感嘆の声を上げると、グレア婆さんは何ともなため息を吐き出す。
「うんうん、これだ!」
そしてどうやらこれがレオネの記憶に引っかかっていたものらしい。
「で、レオネはこれを思い出してどうしたかったんじゃ?」
「いや~大地で引っかかって思い出せなかったからなんだっけな~って思っただけ」
何か国名のヒントになるかと考えていたが、どうやらレオネ自身が思い出せなかっただけのようだ。
「でもさ~バアルの言った通りなら大地の名前使えばいいと思わない?」
「アルバンナか?」
「うん、あとアマングルも」
物忘れのためにグレア婆さんを呼んだが、なにやらいい候補が出てきそうであった。
「じゃあさ…………アルバングルなんてどう?」
レオネの一言がこの場に響いていた。
【お知らせ】
カクヨムにて先行投稿をしております。もし先に読みたいという方はあらすじの部分にURLを張り付けていますのでそちらかぜひどうぞ。




