別れ道
「お話は終わりましたか?」
一拍置いて先ほどの張り詰めた雰囲気が消えると、リーティーの声が聞こえてくる。
「ああ、有意義な話し合いだったよ………ちなみにだがリーティーは彼の名前は知っているのか?」
「いえ、エレイーラ様が身元を保証しているようなので、私は名無しと呼んでおります」
その答えを聞くとラファールは面白いことを聞いたような表情になる。
「さて、どうだろう、君の名前をリーティーに教えてもいいかな?」
「残念ながら断る」
ラファールは取引相手として俺に不利益を成さないと踏んで名前を教えた。だがリーティーは違う。彼女は革新派に所属しているわけではなく、場合によってはクメニギスに俺の情報を流すこともあるだろう。
「名乗るとしても全てが終わり次第だな」
「そうか、ではすべてが終わった後にリーティーへ名を明かしてくれないか?」
「それぐらいならいいが、何かあるのか?」
「さぁてね、だが、因果は回るものさ」
何やら意味深な事を言っているが、リーティーは何とも言えない表情をしている。
「それにしてもラファール殿、貴女はもう少し怠け癖をどうにかしほうが良いのでは。書類のいくつかを見ましたけど、二か月前の陳情もありました」
リーティーは机からわざわざ持ち出した書類をラファールの前にずいと掲げる。
「いや~それはだな」
「さっさと処理をするべきです。トップである貴女のサインが遅れれば影響が出るのは聖騎士団の皆です」
ラファールの表情にはめんどくさいと書いてあった。
「絶対にやらなければいけない書類は処理してありましたが、それ以外がなおざりです」
それからもリーティーはラファールにくどくどと説教をする。
「……リーティーは融和派だよな?」
余りにもラファールと親しい対応をしている。
「ん?ああ、融和派と言っても彼らは私たちの苦悩を知っている理解者だからね。いろいろと相談事もしているし、私たちとコンタクトを取る部署が私たちを嫌っていては仕事にならないから、そういった部署には基本彼らが配置されることになっているのさ」
つまりは軍自体が革新派、そして融和派はその軍部とよくコンタクトを取る部署に配置されることが多いと言う。
(まぁ組織で表立って対立するのはさすがに不都合すぎるからな)
保守派は融和派を緩衝材として扱っているのだろう。
そして司教という上から数えたほうが早い立場にいるリーティーならラファール聖騎士団長と何度か面会していてもおかしくない。
「それに、一時期リーティは私の傍で働いていた時期があったからね、それがあって今こうした関係でいられるのさ」
「ええ、その節では大変お世話になりました」
どうやら仕事関係ではなく、プライベートの関係でもある程度の信用を得ているらしい。
「それでラファールさん、実務について話したいのですが」
ここで話が付いたとしても時間がないのは変わりがない。フィルク軍には早急にルンベルト地方から撤退してもらう必要がある。
「そうだな、なら私が直々に」
「ラファール殿」
「と言う風に止める者がいるので、あきらめるとしよう。私の権限で聖騎士団にクメニギス軍が再度侵攻するまでは撤退する命令書を手配する。それをルンベルト駐屯地にいるアベルクナという聖騎士に届けてもらえれば、迅速に対応してくれるだろう」
「了解です」
ラファールはソファから立ち会がり、机に座ると、引き出しから高級そうな紙を取り出した。
「すまないが少々時間を貰うことになるぞ」
「ええ、もちろんです」
「あと一つ言っておく必要がある、―――」
そしてその日のうちに命令書を受け取ることができた。ただ、それと同時に一つの条件が課せられた。
〔~???視点~〕
ほぅ、面白い者が現れたな。しかし、まだ『契約者』か…………はてさて今回は無事に実るのか見ものだ。
「それがリーティーを同伴させることか」
ラファールと交渉がまとまった日の夜。
リーティー宅にてエレイーラにどんなことがあったのか掻い摘んで説明する。
「さすがに見ず知らずの俺に命令書を運ばせることはできない。だから説得力を持たせられるようにラファールの事を知っている人間が同伴しなければいけない」
「まぁその通りだな」
見ず知らずの俺が命令書を持っていくこと自体が不自然だ。その点司教という地位に加えて、プライベートでも親交があるリーティーであれば、何も問題がない。
「さて、これで当初の目的通り、ルンベルト地方からフィルク軍を撤退させることはできた。次はどんな手を打つつもりだ?」
「そうだな………一言で言えばなるようになる、だ」
ここから先ですることはエレイーラは賛同しないだろう。今はこうやって共闘している状態だが、俺が一言発するだけで殺し合いになってもおかしくないことを俺はするつもりだ。
「ふぅん、バアル」
「なんだ?」
「私は敗ける事をよしとは言ったが、それは損傷が限りなく軽微な状態でのみだ」
エレイーラからしたら、これは警告なのだろう。
だが
「そうだな、肝に銘じておくよ」
「……………ならいいがな」
エレイーラは俺の不穏な雰囲気を感じ取ったからか、少々視線が厳しくなる。
「それと、俺はルンベルトにある駐屯地には立ち寄らないぞ」
「あ、わかっている。君の顔を知っている人物がいたら騒ぎになるだろうからね」
ルンベルト地方に向かえば、そこには多くのクメニギス軍がいる事だろう。そんな敵地に何の対策もせずに入り込むのは危険すぎる。
「リーティーはエレイーラ達と同行させるようにする」
「私なら何の違和感もなく駐屯地に入れるだろうからね」
エレイーラはこう見えても第一王女だ。それなりに顔が利く。そしてエレイーラは戦争に消極的なのは周知されている。そのうえで一時的にフィルクを遠ざけるように動いていても何も不自然な点はない。
「逆に聞くが、エレイーラはこの後はどうする?」
「そうだな、なるようになる、と返そうか」
エレイーラは笑みを浮かべる。
エレイーラとの話し合いの結果。俺とエレイーラ達が行動を共にするのはエナ達を預けた町までとなった。そこから先は俺の手法としてはエレイーラ達は邪魔だし、エレイーラからしても内通していると予想される俺の存在は邪魔だった。
聖都での用事が終われば、すぐさまルンベルト地方に向かうになる。そして今回は新たにリーティーと言うメンバーも追加することになった。
ただ忘れてはいけない奴らがいる。
聖都フテラを出立して数日後、フィルクに入ってから最初の町に戻る。そしてここに戻った理由はいくつかあるが、最たる理由は。
「ふぅううーーーーーーーー自由だーーーーーーーー!!!!!」
懲罰房から出てきたレオネが陽の光を浴びながら目いっぱい伸びをする。
「うるさい」
「ぶぅ、仕方ないじゃん。10日もじっとしていたんだよ、これじゃあ気分が嫌になっちゃうさ~」
「はぁ」
目的はレオネ達の引き渡しなのだが、この喧しさを聞くと、事態が終わるまで閉じ込めていたほうがよかったとも考えてしまう。
「その獣人じゃないが、あの場所にいればさすがにネガティブになるぞ」
レオネの言葉は理解できないが、雰囲気を察することができたライルも同じような事を言う。
エナとティタはクメルスに潜入した経験があるからか、何も言わない。
「で、どうだった?無事に終わった?」
「ああ、無事にな。それよりも明日はすぐに動くからな」
その後は一日だけこの町で宿を取り、明日にはすぐに出立する。本来なら、まだ日の登っている間に少しでも時間を稼いでおきたかったが、フィルクから、クメニギスに向かう際には町の数が少ないことからしっかりと物資を積み込む必要があった。またレオネ達も懲罰房にいたことから著しく体力の消耗も起こっているだろう。そのための休息の意味合いもあった。
フィルク最後の町を出立して三日が経つ頃の昼。馬の嘶きで馬車は動きを止める。
「では、後は頼んだよ」
「ああ、そっちもな」
駐屯地への分かれ道に差し掛かると、俺とエレイーラはここで向かう先が異なってくる。
そのため、俺はエレイーラの馬車を降りる。
「リーティーを無事に届けろよ」
「ああ、そうしないとフィルク軍が退いてくれないからね」
エレイーラはルンベルト地方に向かう。リーティーを伴うことでフィルク軍を退かせることを目的とするためだ。
「ついでに、不利と思っていてくれればいいのだがね」
またエレイーラはルンベルト駐屯地に残っている軍の総司令に退くための面会を行う手筈だ。
「無駄骨だろうが、頑張れよ」
「そうだね。だがこの先軍が撤退したほうが利になった場合は私に先見の明があることが証明されるからやるさ」
エレイーラも総司令にいくら提言しても意味がないことはわかっていた。だがそれを提起したうえで、この先エレイーラの言う通りに撤退することがクメニギスの利になるならエレイーラ自身の評価も上がることになる。
「それにバアルはそう動いてくれるのだろう?」
エレイーラの視線は自信に満ち溢れていた。
「その目が節穴じゃなければいいな」
「安心してほしい、今まで私は人の力量を見間違うことはしたことがないからね」
その言葉とともに、馬車は動きだす。
「バアル、何度も言うようだが損害は軽微に頼むぞ」
窓から出された手が降られると同時にその言葉が送られた。
【お知らせ】
カクヨムにて先行投稿をしております。もし先に読みたいという方はあらすじの部分にURLを張り付けていますのでそちらかぜひどうぞ。




