締結される約束
ラファールの話では教皇は今回の戦争に消極的。そして保守派はその教皇に異を唱えることができる。しかも教皇が革新派と融和派に付いてまでもだ。つまりは力関係が教皇よりも保守派の方が上と言うことになってしまう。
だがここで疑問なのが、ここで教皇を立てる理由だ。
保守派が教皇よりも発言を有していれば、それはもはや教皇がもう一人いるような立ち位置となる。だが教皇はしっかりと地位を確立しており、すべての聖職位の頂点と呼べる人物だった。
では何が教皇を教皇たらしめているのか、それは―――
「教皇はアマルクの目なのさ」
ラファールさんはしっかりと迷うことなく、言い切る。
「目、つまりは監視者、ですか?」
「その通り、聖人のすべてはアマルクに通じる。教皇が国が腐ったと思えば、民に危害が広がる前に早急に処理をしなければいけない」
ラファールの言葉で教皇がどのような存在かある程度察しがついた。
「ちなみに教皇はどんな手札がある?」
「簡単さ。教皇には自身の退位と引き換えにすべての枢機卿を退陣させることができるのさ。それも枢機卿は二度と同じ地位に座ることはできないというおまけ付き」
教皇が行えるのは、フィルク聖法国の上位陣すべての強制退位。それも自分を含めていることにより、私欲による発動を抑えられ公平な手段と言えるだろう。
「上層部が私利私欲な決断を迫る時、教皇はそれを止めに入る。もちろん大抵の場合はそれで終わる。極稀にだが暴走した派閥を止めるために教皇は自身と引き換えにすべてをリセットする権利が与えられる」
この権利があるため、枢機卿達は教皇をないがしろにできない。
(なるほど、教皇はそれぞれの派閥が有する最後の切り札ということか)
自分もろともの自爆、為政者からしたら、十分脅威になるだろう。
「そして、今回の教皇は保守派から選出された人物だ」
「なるほど」
つまり革新派からしたら、現保守派の枢機卿陣に逆らうことはまずできないとのこと。
(思ってた以上に革新派には力がないわけか)
おそらくこれが戦争とは全く関係ない事案だったら保守派に話を持って行った。だが、今回は戦争に関わることだ。
「そうですが、将来はわからないですよね?」
必要なのは迅速に、ルンベルト地方からフィルク聖法国の軍を退かせること。となれば直接軍権を持つ人物に動いてもらう方が早い。
「何が言いたい?」
「ラファールさん、まず私が要求するのは来年の春先までルンベルト地方からフィルク軍を撤退させることです」
「ほぅ、それで対価は?」
ラファールは面白い話を聞いているかのような笑みを作り先を促す。
「それを話してもいいのですが、彼女に聞かれると不都合かもしれませんよ?」
ラファールは革新派だが、リーティーは融和派だ。当然ここでの交渉事も外に漏れ出てしまうことになる。
「はは、そうか、まだまだ私も捨てたもんじゃないな」
だがラファールは答えにならない答えを返す。
『バアル、お主にはわかっておらんようだが、既に周りに風の魔法が使われておるぞ』
(なに?)
ラファールから視線を外し、机の上で様々な書類を整理しているリーティーに視線を向ける。
「なるほど、そう言うことですか」
「気づいた様子だね」
リーティーが動く際に立てていた足音が今は一切ない。また机の周りを動いているだけなので、そこまで足音が立たないのは当然なのだが、リーティーが忍び足で動いているわけではないのに足音が全く聞こえないのは違和感しかない。
「しかし、リーティーに見せてもいい書類なのですか?」
リーティーは遠慮なく机の上にある書類を触り、倒れないように分配している。
「問題ないよ、そこにあるのは全てはもともと公表できるようなものだけだ」
「さようで。では問題ないようですので、と思いましたが、結論よりも先に確認を。ラファール聖騎士長殿は革新派に所属しているのですよね?」
「ああ」
その問いに今更何の意味があるのかとラファールは眉を顰める。
「そして革新派はいくつかの教えを廃して新しいものにしたいとのこと」
「ああ、国としては戦力は絶対に必要だ。なのに大半の国民は戦いのすべてが悪だと決めつけている。これでは国を守るために戦った仲間たちが浮かばれない」
悔しそうな表情をしている。平和な時代の軍は税収から国防費を貰って、何より命を賭けて守るつもりなのに、平和のせいで冷や飯ぐらいと叩かれる。だがフィルクの現状はさらに悪い、しっかりと国防の意味を発揮しているのに、その上で叩かれているのだから。
「ですが、その道が険しい物だと理解していますか?」
「………ああ」
現在、一番力を持っているのは保守派。それも教皇を輩出したとなればその力は疑いようもない物となる。
ではそんな保守派に対して、革新派が教えを変えるために効果的な策は何があるのか。
「ちなみにですが、教皇が強権を振りかざして保守派の上層部を断罪しても結局は次に大頭してきた枢機卿に大半の支持を奪われるでしょう。ではどうやれば、その教えを変えられるとお思いですか?」
「それは…………」
そう、ラファールが答えを出せないのが答えだ。どこまで枢機卿が自己保身が強くても、その力の本質は支持する民衆の数だ。ここを何とかしなければ、結局はどうにもならない。
「一つ、いい案があるのですが、聞きますか?」
「……聴こう」
「それはですね―――」
もはや狂気的とでも呼べる策をラファールに教える。
「っ゛貴様」
「ですが、こうでもしない限り、国のために命を落とした戦士たちは浮かばれませんよ?」
全てを聞き終えたラファールは予想通り激昂する。だが、彼女も頭の中ではこれが効果的であるのは理解していた。
「どうです?こうでもしなければ民衆は理解しませんよ」
(それも宗教という人の思考を操るツールを使っているのなら尚更)
ラファールは俺の出した答えが、民衆から聖騎士団が認められる有力な案だと理解している。だがその反面聖騎士団としては到底飲みにくい案でもあった。
「っ゛だが君の案は実現できなければ結局は空に描いた絵だ」
「おっと、これは失礼いたしました」
余裕の笑みを浮かべながら苦心しているラファール殿を見上げる。
「ここで条件と対価の話に戻ります。条件はお分かりの通り、聖騎士団をルンベルト地方から撤退させてください。期間としては約4か月。名目はクメニギスが攻勢に出る気配はいないので軍の療養や物資の補給など、軍に都合のいい物で構いません」
「………おい、まさかとは思うが」
「そして対価ですが、私は三人の聖女のうちの一人を確保し」
ヒュン、ゴン
言い切る前に緑色の何かが振るわれる。幸い、それが迫っているのが見えたため、取り出したバベルで防ぐ。
「君は言ったな、聖女のうちの一人を確保していると」
「それが何か?」
「ぬかったな、クメニギスでは聖女はアマルクの器を選ぶ者。当然その選ぶ過程で他者による強要が入ってはならない」
「何が言いたいのですか?」
ラファールが大きく息を吸い込むと一気に吐き出す
「聖刑法第17条第二項、聖女は教皇を自由意志で選ぶ必要がある。その過程で脅迫、強要などの第三者の意図の介在が認められた際は、その第三者、およびそれを作画した者全てに死刑とする」
「はは、何とも面白い。それでは聖女を派閥に取り込む行為自体が当てはまるではないですか」
ラファールが法律らしいものを言い放つが穴だらけで思わず笑ってしまった。
「いや、聖女が自ら見聞を広めるために多くの人に考えを聞くのは何もおかしくない」
「詭弁もいい所ですね」
「私もそう思うよ」
そう言うとラファールの手が力を持ち始める。
(にしてもなんだ、この魔法は)
ラファールの手の中にあったのは緑色の光その物だった。
(アークの技に似ているな)
緑色の光は剣の固形物として確かに存在していた。そして普通の剣ではなく、様々な場所が湾曲しており、見方によっては翼や羽と形容できる。
「さて、一応聞いておこう。言いたいことはあるか?」
「はぁ、何やら勘違いしているようなので訂正しておきましょう」
「確保しているのだろう?なら言い逃れはできないぞ」
思わず、お前たちが聖女を擁護するのと何が違う、と言いそうになるが、ひとまずは飲み込む。
「なるほど、まずは訂正を確保と言ってもそれは保護と言う意味合いです」
ラファールは続けろと視線で伝える。
「まず経緯は省きますが、私は彼女の友達を保護しています。もちろんその保護は私はする意味がありませんでした。当初は断ろうとしたのですが、彼女は一度だけ神光教会に意見を通せるように尽力すると条件を付けてきました」
「それを飲んだと?」
「ええ、そしてこの度、ルンベルト地方からフィルク軍の撤退を要求したところ、彼女ではできないとのこと」
「それで尽力できないことで聖女の友人の保護を外すと脅したわけか?」
「脅すなど人聞きが悪い。あくまで私が交渉を付けて、彼女が判を押すだけです。もちろん判を押すのは彼女の意志ですよ」
今度はこちらが力を入れて、光の剣を押し返す。
「彼女は自分の意志で協力しているのです。さて、どこに脅迫、強要の要素があるのでしょうか」
「戯言を」
「戯言?違います。彼女自身がつけてきた条件です。それが彼女以外の意志でなくて何だと言うのでしょうか?」
契約書を持ってきたのは彼女で、俺は同意し判を押しただけ。そして押したからには契約書通りに動かなければならない。もちろんそれに違反すれば相応の代償を支払うことにはなるが。
「さて、話を続けます。現在聖女の一人は私の良き協力者となっております。そして私は彼女に少しの間ラファール殿のそばにいてほしいと伝えるだけでどうでしょうか?」
「つまりは君は私に聖女を与えるというのか?」
「与えるとはお言葉が悪い。少しの間ラファール殿傍で見識を積んでもらうだけですよ」
言ってはなんだが、先ほどの法律では穴だらけでしかない。なにせ彼女が自らの意志で協力しているのなら罰することはできなくなることを意味するのだから。
(いや、わざと穴だらけにしているのか。保守派が思想を植え付けて、それが強要と見なされないために)
わざわざ抜け道を作る、為政者が自ら利益を得るためによくやる手だ。
「(今回は十分に使わせてもらおう)さて、ラファール殿返答を」
「受け渡しはどうやるつもりだ?」
「それは返答の後……いや、お答えしましょう。私は融和派に貴女との顔つなぎを頼みました。そしてその報酬にサルカザを持っていた魔具の返還を約束しました」
「つまり魔具の受け渡しと同時に聖女を寄越すと?」
「はい」
魔具の受け渡しにはかなりの護衛が必要となる。なにせフィルクの宝物庫にあったものだ、厳重にならないほうがおかしい。そしてここで言いたいのが、戦力を用意するなら革新派しかいないと言う点だ。融和派が受け渡しに応じるが、同時に革新派による護衛も必要となる。なら受け渡しの際にソフィアを革新派に引き渡すことは容易だろう。
「もう一度聞きますが、返答は?」
「いいだろう、交渉成立だ」
バベルに掛かる力が消えると、ラファールは身を乗り出し手を伸ばしてきた。
「一応聞くが、君の名前は?」
「申し遅れました。私はバアル・セラ・ゼブルスと言います。今後ともよろしく」
こちらも手を伸ばし、握手し返す。
こうして、秘密裏に聖騎士団長と交渉をすることができた。
【お知らせ】
カクヨムにて先行投稿をしております。もし先に読みたいという方はあらすじの部分にURLを張り付けていますのでそちらかぜひどうぞ。




