使い捨ての駒
〔~バアル視点~〕
高位の傭兵らしいのだが、案外簡単に三人に倒されていた。
(いや、逆か。Bランクにしては善戦できたというべきなのか)
エナ達はそれなりに名が通った獣人の戦士だ。そんな彼女らの強さはクメニギスの軍が手を焼くほど。さらに言えばエナとティタは【獣化】だけではなくユニークスキルも持ち合わせている。強さで言えばエナ達の方が頭一つ分上という感覚でとらえておいた方がいいのだろう。
「ねぇ~、バアル、あれで治してよ~」
レオネは戦闘が終わるとこちらに駆け寄り、傷を訴えてくる。降参しただけで背を向けている時点でまだ甘さが拭いきれていないのがわかる。
(まぁこれ以上はまず戦えないか)
既に戦闘の意志が無くなったのかショートソードの男が膝をついて静かにしている。片腕が完全に壊されており、この状態で戦うとしたら、まず敗北することになる。
「ねぇ~体中が痛いんだけど~~~」
「体中?」
見たところ傷口は右肩の切り傷だけのようだが、それなのにレオネは体中と言い、違和感を覚える。
「ん?ああ、実は今、体中がさ、もうバッキバキでいたいのさ~」
「少し触るぞ」
腕を取り、状態を確かめようとすると。
ピリッ
あと少しで指先が腕に触れようとするタイミングで、弱くない電流が流れてくる。
(静電気?にしてはかなり強めだな)
恐れずに腕を取ると、肉の質が少し硬くなっており、熱がこもっているのがわかった。
「あの状態になっているとこうなるのか?」
「うん、なんか防げないんだよね~」
レオネの話では帯電時は体への影響は強いそうだ。
またその言葉である程度考察できる。
(帯電した電気で筋力や反応速度を速めているとすれば、確かに自身の体に絶縁性を持たせるのは意味がない、か)
雷の性質を使い体に影響を与えているなら、雷を受け付けない絶縁性を得てしまえば影響はなくなる。それは悪い影響はもちろん、良い影響もだ。
「難儀な体だな」
自傷することでしか最大限の力を使えないのならこう表現するしかない。
「まぁね~魔蟲の時もこれを使いすぎて、動けなくなっていたし」
(けが人に混じっていたのはそれが原因か?)
レオネほどの実力者があの怪我の集団にいたことに納得した。
「まぁいい、ただ治すのは少し待て」
「え~なんでよ~」
文句を言うレオネの横を通り、膝をついている傭兵の元に向かう。
「さて、降伏したことでいいのか?」
「ああ、この状態で逃げ切れると思うほど馬鹿ではない」
「状況はよく理解できているようで何よりだ」
傭兵は俺の声に反応して顔を上げるが、俺の表情を見て何も言えなくなる。
「残念ながらお前が生き残る術はもうない」
「……はは、ははは」
こいつを生かしておくことで俺とエナ達の関係が漏れ出る可能性が出てくる。では逆にここで殺しさえしてしまえば、何の心配もなくこの先へ進める。
どちらを選択するかと言われれば後者しかありえない。
「降伏したからな、苦痛なく死なせてやるよ」
「ちょっ!?バアル!?」
バベルを振り上げて脳天を一撃で破壊しようと振り下ろす。
ガシッ
振り下ろす寸前にバベルが掴まれる。
「何のつもりだ、エナ?」
訝し気な視線をエナに向ける。
これが止めたのがレオネならまだわかる。甘さを捨てきれないレオネならここでバベルを掴み無理にでも止めようとしても何もおかしくなかった。
だがエナは違う。既に戦争が起こっていること、殺すことの意味をしっかりと理解しているはずだった。それこそ、エナがレオネを説得して傭兵を殺させるほどにだ。
「同情、じゃないよな?」
「ああ」
本当ならここで理屈を説明してもらわない限りバベルを下ろすつもりは無いのだが、残念ながらエナにはとある力があった。
「匂うのか?」
「ああ、殺すな、こいつからは利の匂いだけだ」
エナと視線がぶつかり合うが、こちらが折れることにした。なにせエナの力は理屈じゃない。討論するだけまず無駄だった。
「ちっ、仕方ない、ティタ」
エナのそばにいるティタを呼ぶ。
「……なんだ?」
「俺にやったように『魔痺毒』と『蝕命毒』をこいつに打ち込め」
「……了解」
ティタが近づくと傭兵はおびえるが、どちらにせよ逆らえば殺されるのを知っているようで動かない。
頭部だけ【獣化】したティタが無事な方の腕にかみつき毒を注入する。
「何をした?」
「なに、少しだけ毒を打ち込ませてもらった。もちろん今すぐには影響はないから安心しろ」
こうして魔力と命を縛り終える。その後はバベルの『慈悲ノ聖光』を使いレオネを癒す。
「なっおった~」
「これは…なんで…」
ただ、余計なのも一匹を癒してしまっているが、その前に縛っているため何も問題ない。
「それでこいつの処遇はどうすればいいと思う?」
「はいは~い、降参したから命は助けてね!」
レオネが無邪気に声を上げるが、その対応に舌打ちしそうになる。
本音を言えば今すぐ、こいつを殺したい。だが、レオネ、と言うよりもエナがこういっている以上、生かす方が有効に使えるらしい。
「はぁ、エナ」
「別にいいだろう、とりあえず損の匂いはしていないし、ましてや死の匂いももうない」
「ならどうする?連れていくか?」
連れて行ったところで、邪魔になるのが、目に見えている。それこそ自爆覚悟でギルドや衛兵にチクられたら跡がめんどくさいことになる。仮にここで解放しても、逆恨みで何かを企む可能性もある。
「まぁ、ないとは言わんが」
「……ではどうする」
「それを考えている。本音を言えば今ここで殺してしまうのが手っ取り早いが」
「だめだよ~、約束は守らなきゃ」
「レオネがこう言うからな」
「………」
レオネの意見を無視しながら考え始める。
監視を付けようとも、俺以外が監視としても街中ではレオネ達は奴隷としての体裁を取らなければいけない。かといって俺は秘密が多くてそれはできない。イピリアに見張らせても夜になれば今度は俺が寝ているときに無防備になってしまう。
(面倒な物を抱え込んだな)
扱いに困る。それこそ、これからの動きはかなりの重要視されるものが多い。そんな中で足手まといを伴って歩くのはごめんだ。
「答えが出ない以上は殺してしまいたいが」
視線をエナに送ると、首を横に振る。
「はぁ、こいつの扱いは保留しておくしかないな」
殺処分するのはもう少し後でもいい。小さい村に滞在すれば最悪は村ごと潰して証拠隠滅もできなくはないだろう。
「本当に獣人と会話できるんだな」
答えが出ない問答を続けているとショートソードの男が声を掛けてきた。
「それがどうした?」
「いや、何でもない……」
しおらしくなっている男を見て処遇を考える。
(本当にどうするか、やっぱりレオネの反感とエナの意見を無視してでも殺すのが吉か?)
そうすれば、後腐れなく行動できる。
「バアル」
「ん?」
「やめてね」
雰囲気から察したのか、レオネは釘をさしてくる。
(めんどくさい奴だな……仕方ない)
「お前、名前は?」
「ライル、ライル・エムニトラ」
「出身、年齢、職業」
「アフラクという地方の町の出身。年齢は23。職業は知っての通り傭兵だ。」
「少しの間アピールの時間をやる、その時間で俺たちがお前を殺さないようにスピーチしてみろ。ただ価値が無いと判断したときは容赦なく殺す」
「ちょ、バア、むがっ!?」
レオネがなにか言おうとするがエナが口を塞ぐ。エナもここが俺の妥協点だと分かっているのだろう。
「俺は傭兵だ。仲間達とも少なからず交流があり情もある。だがそれでも戦争を渡り歩けば死と隣り合わせとなる」
「意図がよく理解できない」
そう言うと、ショートソードの男が考え込み、口に出す。
「命乞いではないが、お前らが何かする際に俺の力を使わないか?」
この状況になって、言い放ったことが雇用しないかどうかの提案だった。
「その価値があると?」
「……確かに実力はそこにいる三人に劣るだろう。だがそれでもBランクの傭兵と言う肩書は使えるはずだ」
確かにこいつの言うことには一理ある。
「お前が裏切らないと言える保証は?」
「毒だけでは足りないか?」
「ああ、自爆覚悟で俺達の事を話す可能性もあるからな」
今は俺が獣人と話せるぐらいしか情報はないだろうが、この先ではどのような情報を得るのか分かったもんじゃない。
さらに言えば俺たちは今はクメニギスに居場所を突き止めっれるわけにはいかない。ここで本来、蛮国にいるはずの俺がクメニギスの国内にいるとなれば何とか捕らえようとしてくるのは必然。もちろん、言い逃れはできるだろうが、そうなれば今度こそ、俺は身動きが取れなくなってしまう。そうなれば戦争を止める行動はとれなくなるだろう。そうなれば今までの行動が完全にご破算となる。
また俺の容姿やエナ達の特徴で特定できなくもない。こいつの口から俺の事が漏れれば、そこから足取りが辿られる可能性がある。そのためここで解放するもの少々危険であった。さらに言えば既に俺がマナレイ学院の関係者だと知っている。そしてそこから奴隷など発注していないことが知れれば確実にたどり着いてしまう。
(今選べるのが殺す、逃がす、連れてく、の三つだが。レオネとエナの言葉で殺すという選択肢が取りにくい。かといって情報漏洩の危険性から逃がすはまずできない。となれば連れていくだが、これは道中に俺たちの秘密に触れる危険性と暴露されるリスクが常に付きまとってしまうため選びたくない……本当に難儀なことだ)
唯一、危険がなく後腐れがない選択肢がレオネによって封じられた。そのことでこんなに頭を悩ますことになる。
(だが、確かにBランクの傭兵の肩書があれば、信用されやすいのも確かだな)
この部分だけを見れば連れていく余地はあるが、それでもこの男から情報が洩れる可能性を排除できなければ、結局は意味がない。
「お前の家族は?」
「俺は孤児です。生来から家族というものはありません」
血族を人質にとも思ったが、それもできない。
「では、何を差し出せば、信用してもらえますか?」
「何を、か」
先ほども言ったが俺が求めているのはお前が裏切らない保証だ。それがない限り、俺がこいつを信用するわけにはいかない。
(しかし天涯孤独で傭兵稼業、しかも既に魔力と命を縛っている。だが裏切らない材料もないか)
家族がいないなら自身を最優先にしているはず、となれば命を縛っている時点で既に裏切りの可能性は低いと思っていい。傭兵稼業は金さえ積めば簡単に鞍替えするため信用には値しないが、既に戦闘に使う魔力を完全に封じている状態。
だが俺たちへの敵意で死しても情報を流すつもり可能性が、ほんの一パーセントでもあることでまず信用などできない。
『なんじゃ、なんじゃ、意外にも悩んどるのぅ』
考え事をしているとイピリアの念話が聞こえる。
(なんだ、今は考え事をしている、邪魔するな)
そう言って再び、どうするか考え始めると、再びイピリアの念話が響く。
『解決策を授けてやろうというのにつれないのぅ』
(なに?)
イピリアの解決策とやらに耳を傾ける。
『――ということじゃ』
(それなら問題はないが、イピリアの負担が大きいぞ?)
『問題ないわい』
何の意図を持っているのかわからないが、イピリアの案を採用する。
「さて、ライル、お前には特殊な魔法を掛ける」
「どんな?」
「簡単に言えば、俺たちの事を誰かに伝えようとすれば即死ぬ魔法だ」
「そんな魔法あるわけが………」
傭兵だからかある程度魔法には精通しているはず、そのうえでこの言葉が出てきたのだろう。
魔法とは自身から生み出した魔力を一定の形にして作用させることで発動できる。つまりは一過性の効果、つまりは何かしたら死ぬといった具合に条件を設定はできない。もちろん一切ないわけではないが、かなりの規模の準備が必要となる物しかない。それこそ、奴隷の腕輪や首輪の様に作りこまれた道具を用意しなければいけなくなる。それなのに今ここで準備もなく魔法を使うと言っても信じられないのだろう。
「どうする?受け入れなければ死ぬが?」
「…わかった」
命には代えられないと判断し、提案を受け入れる。
「さて、始めるぞ」
俺が形だけの手をライルの額に置く。
もちろん本来はこんな行為には何も意味がない。だがこうしたことで何かを行ったという風に認識させる必要があった。
「よし、これで完了だ」
「これだけか?」
ライルが困惑するのも無理はない。なにせ数秒ほどただ額に手を置いただけなのだから。
「ああ、今ここで俺の名前を出してみろ、もちろん、今回は殺しはしない」
「………バアル、いぐっ!?」
俺の名を出した瞬間ライルが悶え始める。
(うまくいったか?)
『ああ、バッチシじゃ』
イピリアに出された策は一つ起きている間にはずっとイピリアに監視してもらうというものだった。
俺が目を覚ましているときは、イピリアがライルのそばにおり、常に監視する。ただこれだけだ。もちろん裏切りの兆候があればすぐさま殺してもらう。夜の監視に関してはライルの時間を完全に縛ることで対応するつもりだ。夜はエナ達の内の誰かと共に行動させれば問題ない。もしライルに一人で動く必要がある時には決まった刻限までに戻らない場合は即殺すようにする。こうすることでリスクはほとんど減らすことができる。
もちろんその反面として、イピリアの負担や、監視中はイピリアを使うことができないデメリットもあるが、今採れる選択肢としては良策だろう。
「――ということで俺たちの指示にはしっかりと従ってもらう」
「わかった」
制約などを伝えるとライルはうなだれるように同意する。
「さて、これでいいだろう?」
「うん!ありがとね~」
レオネの希望通りになり、死体の処理を終えると騒々しい夜が終わる。
【お知らせ】
最初の投稿から10日間は毎日12時と19時の二話投稿となります。
またカクヨムにて先行投稿をしております。もし先に読みたいという方はあらすじの部分にURLを張り付けていますのでそちらかぜひどうぞ。




