獣人の扱い
宿に着くと、馬車を預け、部屋へと戻ろうとするが。
「お客さん、ちゃんと奴隷は部屋に居させないと困るよ」
受付を横切ろうとすると苦情を言われる。
「何のことだ?」
「いやね、君の奴隷の内の一人が宿をうろついていて、傭兵連中に見つかってね」
思わず舌打ちしたくなった。
「なんでも傭兵連中は奴隷から殴られたって言っているんだよ」
「それで?」
「俺は途中からしか見てないから詳細はわからないが、君の部屋からあの男の奴隷が出てきて傭兵から殴られていたんだよ。それでね、傭兵連中が、お前さんに謝りに来させろと言い張って仕方ないんだよ」
「ひとまず奴隷の様子を見てくる。話はそれからでいいか?」
「ああ、でも逃げるのはお勧めしないよ。あいつらBランクの傭兵だから恨まれたらどのようなことになるか」
店主の言葉を背中で受け、部屋に戻る。
「っ、バアル!!」
部屋に入るや否や、レオネが胸ぐらを掴んでくる。
「なんでティタがこんなことにならなければいけないの!!!」
レオネの口から唸る音が聞こえてくる。
レオネから視線を外し、ティタに視線を向けると白銀の髪の一部が真っ赤に染まり、腕は折られ、腹部には血が止まっているが、かなりの切り傷がついている。
「なんで!なんでなの!!」
胸ぐらを掴む腕を掴み、レオネ以上の力を出す。
「なんで?何を言っている。俺の言いつけを破り、勝手に部屋の外に出たのはレオネ、お前だろ?」
「な!?」
エナは既にクメルスにて奴隷としての生活を体験しており、獣人の奴隷がどのような扱われ方をするのか理解している。よって無造作に部屋から出ることはまずしない。ティタも同様、となると残りはレオネしかいない。
「なんで!?部屋を出ただけだよ!?それだけで斬られそうになって、ティタは私をかばっても反撃することはなかった!!なんで!?反撃しようとしてもティタはやめろって止めるし!!」
レオネの目に涙が溜まっていく。
「レオネ、バロン達がいた土地では楽しかったか?」
「何を言っている「答えろ」……楽しかったよ、みんな優しかった、いじわるな奴はいたけど、それだけ。悪さをしようとすればみんなが殴ってでも止める。そんな場所だった」
そう言うと、手が服から離れていく。
「でも違った、人族は急に私を斬ろうとしてきた、仲間たちもそれを止めようとはしなかったし、むしろ笑っていた。なんで、なんで私は斬られそうになったの?ティタがこうなったわけはなんなの」
しおらしいレオネはかなり珍しい。常に笑顔を浮かべてベタベタを引っ付いてくる、それがレオネだったはず。だが今はそんな姿は一切ない。ただただ悲しくて涙を流している少女だった。
(エナ)
(自分でどうにかしろ)
視線でレオネを頼むつもりだったが、断りの視線を向けてきた。エナはこの問題に関わる気はないらしい。
ひとまずバベルを取り出し、『慈悲ノ聖光』でティタを癒す。光を浴びるとすべての傷が消え、腕は元の状態に戻り表情が柔らかくなる。
「さて、答えが欲しいか?」
ティタのからレオネに視線を移す。レオネは泣き顔でこちらを睨みつけてくる。
「教えてよ!」
「簡単だ、敵だからだ」
簡潔に教えてやると、レオナがさらに力を入れる。
「なんで!?言葉は通じないけど、仲良くできる相手でしょ!!それに私自身はあいつらに全く見おぼえもないし、怨みを買った覚えもない!!」
「だから?」
「だから!?ふざけないで!互いを食らうわけじゃないのになんで――」
それからはひたすら叫びを続けるが、そのすべてが獣人側からの主張だけだ。
「レオネ、いい加減にしろ」
その様子を見かねてかようやくエナが動き出す。
「なんで!?ティタがこんなになって、エナは耐えられるの!!」
エナは優しくレオネを眺めるが、レオネはエナにすら憎悪の瞳を向けている。
「レオネ」
さすがにレオネの生ぬるい考えにはこちらも耐えきれない。
「バアル」
「いいか、これはお前らの縄張り争いとはわけが違う。クメニギスはお前らを都合のいい奴隷に落とし、土地を奪おうとしている。そしてお前らはそうさせまいとして、抵抗し、同胞を助けようとしている」
「だからって!こうやって殺すの!」
「ああ」
「!?」
冷静に言ってやると、レオネは何も言えなくなる。
「お前らは縄張り争いという戦争ごっこの延長戦に捕らえているだろう。だが実際は憎悪がひしめく本物の戦争だ。それを理解していないのはレオネ、お前だけなんだよ」
はっきりと言い放つとレオネは崩れ落ちる。
(これで少しは現状を理解するだろう)
正直レオネを連れてくることは反対だった。獣人のほとんどにこう言えるが、非道な部分にはなかなか触れてこなかった弊害か、あまりにも戦争を軽く見すぎている。
(これだったら元奴隷の奴らの方が話をしやすいだろうな)
エナとティタ、レオンと言ったクメニギスに潜入した連中は既にどのような境遇を受けたのかを理解しているため、そこらへんはしっかりしている。だがレオネの様にただのクメニギスを戦争相手と認識しているだけの連中はまず話が通じるとは思えない。
(切り捨てもできないからな)
これがバロンの家族では無ければ、力づくでも追い返すか、いっそ邪魔にならないために殺すのだが。そんなことをこの二人が許すとは思えない。レオネを害そうとしたらすぐさま反抗してくるだろう。せっかく手に入った稀有な能力を捨てるのは惜しい。
(本当に邪魔だな)
少し時間を掛けてでも、一度送り返してからまたクメニギスに入ろうと考えると、レオネが涙を拭き立ち上がる。
「うん、わかった。バアルとあいつらは違う生き物ということだね」
「……はぁ、何もわかっていないな」
既に俺とあいつらを区別している時点でまず間違えている。
「レオネ」
「いや、いいよ。たぶんこの考えも間違っているんでしょ?でも今はこれでいいし、これがいい。また間違えたら、その時に学ぶから」
そう言うと、レオネが詰め寄ってくる。
「だから教えて、今私たちはどんな境遇にいるの?」
そう言ったレオネの瞳はしっかりとした意思を持っていた。
「(ましにはなったか………)じゃあついてこい。そしてしっかりと辺りを見回せ。自分がどんな立ち位置にいるのかをしっかりと理解しておけ」
その後はティタをエナに任せてからレオネを連れて、受付に戻る。
「おいおいおい、なんでそいつを連れてきている。部屋に置いてきた方がいいぞ」
「問題ない。それよりも例の傭兵たちはどこにいる?」
「ああ、奴らは向かいの酒場にいるらしい。夜になったら訪れるって伝言があったんだが、行けるなら今言って話をしてきてくれ。宿に傷を付けられたらかなわん」
話はそれで仕舞いだという風に何かを記帳し始める。
「さて、行くぞ」
レオネを連れて、向かいにある酒場へと向かう。
扉を開けると軽快に木の器が打ち付けられる音と、野太く効いたに笑い声が聞こえ、アルコールの独特の匂いが漂う。
「うっ、なにここ」
レオネは鼻を押さえて嫌そうな顔をする。獣人の嗅覚では少々刺激が強いのだろう。
「それでティタを殺そうとした奴らは?」
「……アレ」
やや中心付近にあるテーブルにそいつらは座っていた。
「四人で全員か?」
「わからない、でも宿であったのはあいつらだけだよ」
一人は厚い剣を持っている大男、一人は弓を背に抱えて腰に矢筒をたれ下げている細い男、一人は杖を持ったひ弱そうな男、一人は足元に立てかけられた盾にショートソードを体験している男だった。
「どうするつもり」
「当然お話をするつもりだ」
無言で開いている一つの席に着く。
「今晩は、野蛮な傭兵の皆さん」
当然ながら彼らは困惑する。だが、オレの後ろに言えるレオネを見て、表情を変える。
「お前が、そいつの飼い主かぁ、おい、仲間の傷の落とし前はどうつけるつもりだ?あ゛ぁ?」
大剣の男が俺の容姿を見て、軽く笑う。どうやらこいつらにはいいカモにでも見えているのだろう。
「まぁまぁ、君、事の経緯を聞いたのならできれば仲間の治療費を払ってくれるかい」
大男の恫喝を押さえて弓を持つ軽薄そうな細男が、話を勧める。
(大男が威圧し、細男が諌める。よくある脅迫の手口だな)
威圧し、委縮しているところに優しさを見せて安心させて騙す。気の弱い人の誘導には最適だろう。
「ほう、いくらになる」
そう返答すると面白いように彼らは笑顔となる。
「そうですな~こちらとしましては治癒士に吹っ掛けられまして金貨4枚ほどとなります」
「へぇ~」
当然ながらそんな治癒士もいないだろうし、そんな高額な治癒代がかかるところなど正規では存在しない。フィルクの近くであるこの町なら神聖魔法という光魔法も使える人材も多くいるのにだ。
だが彼らの要求はそれだけではなかった。
「それと仕事をしている間看病する人材が必要でな、そこの小娘と、宿にいるもう一人の女も置いていけ」
レオネは直接出会っていることから知っているだろうが、エナはどこで……と思ったが、宿のオーナーに話を聞いているならもう一人が女性ということも把握していてもおかしくない。
「笑えない冗談だな」
「冗談?おいおい、俺達はBランクの傭兵団『真紅ノ剣』だ。俺たちの資本はこの体、それが傷つけられちゃ食っていくのも苦労するんでな」
ローブの男がそう告げる。
「へぇ~体が資本ね~お前らは自分の腕にそこまでの値を付けると?」
「ああ、渡り歩いた戦場は50を超える。それだけで金貨100枚で俺たちを雇おうとするやつらはいるんだぜぇ、それを金貨4枚と女で満足してやろうっていうんだ」
これは慈悲だ、とでも言いたげに高らかに告げる。
「なるほどなるほど、じゃあ逆に告げよう。お前たちには金貨70枚を払ってもらう」
「「「「はぁ?」」」」
当然、何を言っているんだと全員が顔に示す。
「おい、ガキ、何を言ってんだ」
大剣の男が背中に手を回し、柄を握る。周囲には陽気な雰囲気が漂っていたのだが、この場だけは冷え込み始める。
「やれやれ、これぐらいの事も理解できないのか猿共が」
そう言うと大剣だけではなくほかの全員も臨戦態勢に移り始める。
「では簡単に言ってやろう、この金額はお前らが傷つけた蛇の獣人の治療費と迷惑かけた慰謝料だ」
「ふざけ!」
「てはいないさ、アレはマナレイ学院からの特注の品だ」
そう言うと、四人の動きが止まる。
「マナレイ学院の?」
「ああ、この三匹は替えが効かない特殊な奴隷だ。マナレイ学院はこの三匹にお前らが一生かけても払えないであろう額をつぎ込み、購入した。わかるか?お前らが傷つけたあの蛇の獣人が何かしらの不具合が起きたら価値がなくなる。そしてもう一度言う、こいつらはマナレイ学院の特注の奴隷だ。しかも注文した人達は大半が貴族の出、お前らは今どういった立ち位置にいるか、俺の口からわざわざ教えてやろうか?」
当然ながら貴族と平民という身分の違いはクメニギスでもグロウス王国でも変わらない。そんな貴族の注文品を傷つけた、そうなればいくらBランクの傭兵でも軽視できない、下手すれば首が飛ぶ可能性もあった。
「それと言っておくが、マナレイ学院では既に獣人の言葉を調べている。仮にここでおまえらがごねてもマナレイ学院に行けば、何が起こったかわかることだ」
「っだが、お前が部屋に置いておかなかったのが悪いのだろう!」
他三人の視線も同意の意図を含んでいるが。
「そんなもの関係ない、お前たちから搾り取れそうだからな」
「な!?そんなこ」
「お前らも俺にやろうとしたことだろう?」
話を遮ってそう告げると、四人は何も言えなくなる。
こいつらは俺を見て金を巻き上げる気でいた、なら俺の一存で巻き上げても問題ないことになる。
「てめぇ」
「は、暴力でしか問題を解決できない残念な頭に教えておく。お前がろくに調べずに俺を侮った時点でお前らの負けは決まったんだよ」
四人の表情が消えていく。
「(そろそろ潮時だな)それで?どうする?」
答え御促すと、口を開いては閉じるを何度も繰り返す四人。
何の後ろ盾もない四人とマナレイ学院の名前を使っている俺とでは言葉の重みが違う、それも多くの貴族がかかわっているなら尚更。無視してもいいが、そうなればマナレイ学院に報告された時点で、こいつらの処遇がどうなるか見当がつかない。
「………証拠を見せろ」
ショートソードの男がそういうのでマナレイ学院の学生証を見せてやる。
「ちなみに知り合いの貴族に助けを求めても意味がないぞ、なにせこいつらは戦争終結させるためのカギになるかもしれいない。当然王族すらも少なからず注目しているからな」
俺がマナレイ学院の生徒という証拠と、王族の名前を出したことにより、ようやく四人は折れた。
それぞれの財布から金貨を取り出し、こちら側に差し出してくる。
「これに懲りたら、あんな真似はやめるんだな」
「「「「…………」」」」
四人は何も言わずにこちらを睨みつけてくる。それに笑みを返すと大剣の男の額に青筋が浮かび上がる。
「ああ、もちろん、次に何かを仕掛けてきたらこれぐらいじゃ済まなくなるから気を付けろよ」
そう告げると、そのまま酒場を出る。
【お知らせ】
最初の投稿から10日間は毎日12時と19時の二話投稿となります。
またカクヨムにて先行投稿をしております。もし先に読みたいという方はあらすじの部分にURLを張り付けていますのでそちらかぜひどうぞ。




