解かれた足枷
〔~バアル視点~〕
「序盤は予想通りだな」
眼前ではレオン達が魔法にさらされながら距離を詰めているのが見える。遠距離攻撃を持たない獣人は放火にさらされるが、そこはすでに対策済みだ。
「そうなの~?」
獣人は【獣化】の恩恵には耐久力も含まれる。仮に魔法が飛んできたとしても弱い魔法なら気にせず突っ走れるし、やや威力がある魔法でもその属性に耐性がある人物が庇えば影響はほとんどない。
「(まるで戦車だな)さて、次は本番だな…………」
「ん」
レオネも何かを感じ取ったのか、少し緊張した様子になる。
(うまく機能させろよ……)
獣人の最前線がと少しでぶつかる位置にまで近づく。
「あ!」
レオネが見たのは呻きを上げながら獣人の【獣化】が解けていっている光景だ。
「…………やれ」
聞こえていないはずなのに声を発したタイミングで少し後ろにいた獣人がある物を投げ込む。
投げ込まれた物は人のあいだをすり抜け、軍の中心に沈み、地面に当たり砕ける。
「ほら吼えろ、お前たちを縛る鎖はなくなったぞ」
ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!
特大の咆哮が響き渡ると始まるのは今度はこちら側の蹂躙となる。
「ひっ!?やめ」
「がぁあああああ!!」
あるところでは一人の獣人が兵士の顔面を殴りつけるとまるで果物のように破裂していく。
「ひゃあああああ!!!!!!」
「逃がすか!!!!」
またあるところでは背を向けて走り出した兵士に追いつくと、強引に頭を掴みねじ切る。
「この!!、!?」
「っふ」
剣で攻撃してくるが切っ先を掴み動きが止まった瞬間に爪で首を掻き切る。
戦闘が始まるがほぼすべての場所で優勢、いや、こんな言葉では生ぬるい、もはや人族は憐れな獲物でしかなかった。
「効果的だな」
そんな状況を見ながら手の中にある決定な一撃となったものを見る。
「それが、『ふうまけっかい』ってやつ?」
「ああ、そしてこの戦争の重要なカギでもある」
今、手に持っているのは“封魔結晶”という結晶。これはノストニアのエルフ誘拐の件で使われていた物だ。
効果は魔法を封じる結界を周囲に展開する。そしてその魔法には『獣化解除』も含まれていた。
「これやられたらつらいだろう?」
クメニギスは魔法が発達した国だ、『獣化解除』を使う前でも互角だったのに、魔法を封じられたらどうなるか。眼前の光景が物語っている。
詳しく検証した結果、効果としては結晶を起点に半径50メートル内では体外で魔法を発動させないようにするという物だ。それは奇しくも『獣化解除』と同じ効果範囲で【獣化】が解けた地点、つまりは使えば杖の持ち主と接近戦に持ち込めるようになっていた。
もちろん【身体強化】や技などは何の影響もなく使うことはできる。だが魔法が発達しているクメニギスだ、接近戦を重きを置いている兵士は少ない。これが使われれれば致命的なのは誰が見ても明らかとなる。
あちらはこちらの弱体化だけではなく魔法での攻撃、強化すらもなくなる。それに対して、こちら側は『獣化解除』を発動させないだけでも均衡を保てるのに、さらに弱体化がクメニギスの軍を襲うことになる。
「さて………急いですべての魔法杖を壊せよ、じゃないと振出しに戻ることになることになる」
こちら側にも弱点が存在する。それは封魔結晶が少ないことだ。なにせ、これはエルフの誘拐犯から押収した物とフィアナから購入した物だけしかない。総数は約100個、今回は大奮発で50個を重要な奴らに持たせているが無駄遣いはまずできない。これの量産方法はもちろん、材料すらわかっていないため数を増やすこともできない。
当然ながらこれが尽きれば絶対的なアドバンテージはなくなる、それどころか再び『獣化解除』を使われ、今度こそ敗けるだろう。
(それに時間ネックだ)
もちろん永続性などあるわけもなく、『封魔結界』の制限時間が存在している。その時間はおよそ45分から1時間。それも個々で効果時間が違うため正確な時間は割り出せなかった。またそれに対して『獣化解除』の杖は魔力さえあれば無限に使えてしまうため、最短で攻撃を仕掛けなければいけない。
(杖を最優先で壊せ、そう指示したが………)
時間内に杖を壊しつくす、これは戦争を勝つためには絶対条件となる。果たしてその結果はどうなるやら。
「ん?」
レオネの耳がピクピクと反応する。
「どうした?」
「一つ杖を破壊したって」
「よし」
予想通り、『封魔結界』が使える範囲に持ち主はいた。
時間にしてぶつかり合ってからおよそ2分もかかっていないため、クメニギスが混乱しているのが容易に想像できる。
そしてレオネの耳が再び動く。
「二つ、三つ、四………七まで破壊したって」
レオネの言葉で早速に杖が破壊されていることが確認された。
このまま順調にいけば、何も問題ない。
〔~ロザミア視点~〕
「あちゃ~~こんな手を使ってくるなんてね」
視線の先では散々な目に合っている友軍の姿が見える。
「ロザミア殿!呑気にしている場合ではないですぞ!ここは我らも加勢に」
「魔法が使えなくなるあの戦場に?」
「それは………」
混乱している副隊長を諫める。
私たちは後方にいることで戦況をより詳しく把握できている。本来なら戦線で『獣化解除』を使用するはずなのに獣人には解除された様子はないし、さらには戦線で飛び交う魔法が一切見て取れない。
(やってくれたね)
私たちクメニギスの兵士は基本的に魔法を中心に鍛えていく。もちろんそうでない部隊も存在しているが大半が魔法を基軸にした戦法を取っている。そしてこの部隊も例外でない。
「身体能力だけで勝負をつける世界か、私たちにはぞっとする世界だね」
「………」
私の話を聞いた者は、肯定はしたくないが否定できる要素もなく、苦い顔をしている。
「では、どういたしますか」
「私たちと相性が悪いなら、そうでない勢力をぶつけるしかないね」
視線の先でせわしそうに動いている伝令が目に入る。
(さて、さて、次はどう出るのかな?バアル君)
〔~バアル視点~〕
ピクピク
レオネの頭にある獣耳が不自然に動く。
「バアル、少し不味いかも」
「ん?何がだ?杖を持つ奴らが後退したか?」
なら不味い、『封魔結界』は使い捨てだが杖の方は場所を移せば使えてしまう。
「ううん、違う、なんかこう首筋に少しだけピリピリとくる」
「…………」
気のせいだろ、と一蹴したいがエナのユニークスキルなど説明がつかない予知という物が存在している。もしこれが類似したその力だとしたら無視は危うい。
「どういった危険かわかるか?」
「わかんない、こういったことは私よりもエナ姉ぇの方が詳しいよ」
そうは言うがすでにエナもあの戦地に赴いている。呼び戻すには遠いし、時間が掛かりすぎる。
(相手の変化に合わせて、状況を変えるしかないか)
後手に回ってしまうがこの際それも仕方ないと思い、戦況をつぶさに観察する。
するとクメニギスの軍に動きがあった。
(なんだ、あの鎧の集団?)
視線の先では白銀の鎧を着こんだ軍団が前線に移動している。
体を覆いつくす白銀の鎧に体一つ丸々隠すことができる大きな盾、白い刃の剣をそれぞれが持っている。
それらの正体は容易に判明した。
「フィルク聖法国の聖騎士団か」
それぞれの鎧や盾にはフィルクの紋様が描かれている。彼らはフィルク聖法国の聖騎士団だった。
そして聖騎士団は前線へと移動している。
「(………まずいな)俺も出てくる」
「りょうか~い」
適当な布を取り出し、誰だかわからないように細工すると、すぐさま『飛雷身』でレオンの上空に飛ぶ。
「よっと」
「!?バアル何しに来た!?」
地面に降り立つとレオンが目を白黒させる。
「レオン、手は空いているな?」
「当たり前だ、というか脆すぎてつまらん」
会話をしながら迫ってくる兵士に向かって腕を振る。吹き飛ばされた兵士は何度か痙攣すると最後には動かなくなる。
「なら、ちょうどいい。今迫っている白銀の連中が見えるか?」
「ああ」
「あいつらの相手を用意してもらいたい」
「なぜだ?」
「簡単に言うと、あいつらが前に出てくると俺たちが勝ちにくくなるからだ」
今、最優先で行うのは杖の破壊。手順としては油断しているところに『封魔結界』を張り、混乱している状態を利用し一気に杖持ちのところまでなだれ込み、破壊する段取りだ。
ここで重要なのは相手に退かせる隙を与えないことだ。『封魔結界』が設置型である以上、範囲外に出られたら破壊は難しくなる。そうしないために場を混乱させて兵の足並みを揃えさせなくさせている。仮に有能な指揮官が撤退を指揮したとしても混乱した人混みの中何人が素直に命令を聞くだろうか。
だが戦える援軍が到着してしまえば、兵は冷静さを取り戻して、撤退を判断してしまう。なのでこの状況を維持するためにあの部隊に足止めが必要になる。
「けどそれは突出して敵に囲まれながら白銀共を足止めするということだ。生半可な奴らじゃ送り込んだだけでまず飲み込まれる。だから猛者を集めてあいつらを食い止めてほしい」
「ふむ、それでか」
「ああ、急いで腕利きを編成してくれ」
この状況下でわざわざ接近してくるのだ、ある程度は対策しているとみていいだろう。けど絶対的なアドバンテージはこちらが握っているのは変わらない。白兵戦では魔法を使えないクメニギス・フィルクの軍よりも獣人に軍配が上がるだろうからだ。
そしてあの部隊の目的は杖の破壊の阻止。『封魔結界』の中に入り込み、杖を回収と撤退の補助をするための部隊とみる。
杖の破壊が時間内に片が付けばいいが、片付かない場合は敵軍の中で孤立してしまい、さらには『獣化解除』が再び発動してしまう。
(『封魔結界』中では普通の獣人でも十分圧勝できる。なら少ない実力者だけ集めてフィルクにぶつける方がいい)
そうすれば『封魔結界』内ではさほど殲滅速度を遅くする必要が無くなる。今優勢を保っていられるのは『封魔結界』が発動している間だけ、その間に可能な限り、いや最大限杖を壊さなければいけないため頭数はできるだけ減らしたくなかった。
(本当にない物ねだりだな)
こちらの勝機は“封魔結晶”を使用している最中のも。なら限られた時間内で最低限のことを済ませなければ、それだけで致命的になりかねない。
「バアル!!聞いたぞ!どこに行けばいい!!」
「アシラか」
レオンが手配してくれたのはアシラの部隊だ。数は少ないが耐久力という面では随一を誇る部隊。
「(いい判断だレオン)いいか、アシラ簡潔に説明するからよく聴け」
俺たちがいま取っている行動の目的、相手の出方、そしてアシラが何をすればいいのか、それらをわかりやすく説明する。
「わかった、細かいことはわからんがあいつらをこっちに越させなければいいんだな」
「ああ、それと追加で“封魔結晶”を渡しておく」
アシラと近くにいる獣人にそれぞれの“封魔結晶”計10個を渡す。もし範囲外に出てしまえば『獣化解除』の脅威にさらされてしまうため、アシラ達にも必要だった。
「よっしゃ行くぜ!!!」
アシラはそういうと部隊を引き連れて、『結界内』からフィルクの部隊目指して突撃して行く。
「死ね!!」
「お前がな」
アシラを見送っているとクメニギスの兵士が剣を振るってくるがすぐそばにいた獣人が首をねじ切る。
転がった首は怒りの形相でこちらを睨んできていた。
「はぁ、後味悪いな」
指示を終えたのでレオネの元に戻る。俺は捕虜の身なので、嬉々としてクメニギスと戦うわけにはいかない。




