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戦争の経緯

 まず戦争のきっかけは、予想のうちの一つであった獣人誘拐に関係している。


 ルンベルト地方、もっと言えばウェルス山脈とミシェル山脈の真ん中の地域はある程度気候も安定しており森もあることからこの場所に縄張りを持つ獣人もいる。


 だが、この場所はクメニギスとフィルク聖法国の国境近くでもある。となると何が起こるのかが想像できるだろう。当然のように人攫いが発生した。フィルク聖法国は奴隷制度を設けていないが、クメニギスは違う。クメニギスの奴隷商が傭兵などを雇って氏族を襲撃し攫って行くこともあれば、無防備な子供だけを攫って行く場合もある。


 そしてフィルクも奴隷制度は導入していないがクメニギスの奴隷商に話を持ち掛け、小遣い稼ぎをする奴らもいた。


 もちろん獣人側もそれに対抗すべく戦闘を行っていた。


 今まではこの状態で問題なかった、とは言わないが大々的になることはなかった。なにせ魔獣により里が滅ぼされるのは獣人の中では日常で起こりうる出来事の一つだった。人攫いの襲撃と魔獣の襲撃に区別はないので、周囲の氏族以外は静観を決め込んでいたとのこと。これがクメニギスの奴隷狩りを増長させる要因でもあったのだが、獣人は考えもしていなかった。


 だが、ある時とある大氏族の子がその氏族に嫁いでいった。


 まぁここまで言えばある程度予想はできる。人攫いがその子を攫ってしまった。その事実でどう動くと思うか、そう大氏族がその子を取り返すためにクメニギスのある町に襲撃を掛けた。


 このことが街の領主の反感を買い、クメニギスに獣人がどれだけ危険な存在を触れて回った。そうなれば奴隷商と懇意にしている貴族や奴隷の強制労働で儲けている貴族は諸手を上げて参戦を表明。ほかの貴族にも利権をちらつかせて戦争へと発展。


 そしてタイミング悪く、フィルク聖法国のお偉いさんが襲撃された町に来ていて、被害にあった。その件でフィルク聖法国はクメニギスと協力してこの件に対処すること決定。


 こうして二つの国はルンベルト地方への進軍を開始した。













(フィルク聖法国の方はうまく利権に乗っかった感じが強いな)


 どれくらいの地位なのかは知らないが、フィルクは口実が都合よくあったからという色合いが強そうだ。獣人は会話ができないが、クメニギスが自ら領土を広げ、そこに宗教として根付かせればフィルクも勢力が拡大できる。


「で、お前らはどこまでやれば気が済むんだ?」


 理由を聞いた次は落としどころを聞く必要がある。どこまでが許容範囲内で、どこからが許せないラインなのか。戦争では完全に相手に条件を飲ませるなら、国を亡ぼすレベルで勝利しなければいけない。だが、獣人の特性上、最後まで戦争を行うのはまず無理だろう。何より、接近戦しかない獣人では魔法搭の餌食になるのが落ちだ。


「簡単だ、人族が二度と攻め込められないように叩き潰す。それと同胞を解放することだけだ」

「…………それだけか?」


 周囲を見るとアシラと同意見のようだ。


(内容は捕虜並びに現在奴隷の身分にいる獣人の全引き渡しと言ったとところか。だがそれ以外に賠償金や土地の返還とかを求めることはしないのか?…………となればある程度は方針が決まる)


「仮にだ、交渉でどうにかなるとしたらお前らは交渉するか?」

「ん?話し合いで解決するならそれがいいに決まっている」


(とは言ってもここまで大事になったのならまず交渉でどうにかなる事態ではない。それになんかこいつの言う話し合いって交渉とはかけ離れていそうだ)


 エナやムールと言ったある程度の知恵を持っている人はともかく、レオンやアシラ、ルウに交渉事など無理だと判断する。


「なんだなんだ、あたしも話に混ぜてくれよ~」


 そんなことを考え込んでいるとアシラの後ろからマシラがやってきた。


「げっ!?」

「なんだいアシラ、なんか文句でもあるのかい?」

「ないです!」


 先ほどまで存在感を持っていたアシラが小さく見える。


「ったく、今回の魔蟲では活躍できなくて残念だよ、んっんっ、プハ」

「マシラ殿、我々は大事な話をしている絡み酒なら今はやめてもらいたい」


 ノイラがそういうとマシラの眉がピクリと動く。


「へぇ~どんな話だい?」


 宴に参加してからの話を全て伝える。










「あっそ」


 すべてを伝えたのだがマシラの返答はたった三文字だった。


「それでバアルの案はなんだ?なにかあるからこの話を持ち出したんだろう?」

「まぁな」


 そういうと全員の視線がこっちを向く。


「お前たちは国を興す気はあるか?」








 大雑把に獣人が対面している問題点を提起すると


 ・獣人は人族になめられており、一勢力としては見られていない。

 ・獣人に大きなまとまりがない。(今回だけは魔蟲の件があって既にまとまっていた模様)

 ・言語が違うので、言葉が交わせないことからお互いを敵視している。

 ・他国の人攫いに暴力でしか対抗できない。


 大まかに言えばこの四つだ。


 この四つを簡単に解決させるには、国を興すことが一番有効だろう。


 国を起こせば、一定の武力を持っていると知らしめることができ、国の保護を受ける過程で一つにまとまる、さらにはうまく国との交流ができるようになるかもしれないし、奴隷制度については交渉で解決する場合が増えてくるだろう。会話に関しても俺が仲立ちすれば、相互の言語に理解が深まり解消する。


「だが、国といってもそう窮屈な物じゃなくていい、氏族間の同盟という形で何も問題ない。お前たちをより大きく見せるために必要な事だ」

「具体的にはどうするつもりだ?」


 興味が出たのかマシラが食い気味に聞いてくる。


「まずは全氏族を集めて国としての体裁をとらなければいけない」

「あ~すまんが国の部分を詳しく説明してくれないか、あたしらは国とかの実感がなくてな」

「別に変に体制を変えなくていい、そうだな……すべての獣人が所属する大氏族を作るって感覚でいい」


 そういうと全員が何となく理解した風になる。


「有事の際は各氏族から戦力を出して対処するぐらいのつながりでいい」

「今の状態と何が違う?」

「何もかもだ、軍事を除いて今は氏族ごとでしか組織的な動きはしていない、だがこれを全氏族間で運営していく組織とする」

「「「「「???」」」」」


 全員がよくわかっていないようなので実例で説明する。


「仮に一つの氏族が全滅の危険に瀕した場合はどうする?」

「手を貸せるなら手を貸す………仮に無理なら自然の摂理に従っただけだ」

(そう判断するのか)


 こういった場面では原始的な思考をするので話が進みづらい。


「では仮に国がその危機を知り、すぐさま対処した場合はどうなる?この人数でだ」


 どこまでの規模を考えているかわからないが、この人数だったら災害でも起らない限りどんな問題でも対処できるだろう。


「仮に国を作ることができたら、まずは派遣できる勢力、まぁ仮にここだと『獣戦士』とでも呼ぶか。『獣戦士』を一定間隔で集団で配置、周囲から救援を求められたときはその『獣戦士』が援護に向かう。場合によっては別の地区の戦士もだ。そうすれば格段に危機を乗り越えやすくなるだろう?」

「たしかにな」


 アシラはこの例で理解できたようだ。


「もちろんそれだけじゃない、国という勢力を築くことにより他者からの、ここで言えばクメニギスやフィルクから攻め込まれにくくなる。お前らだって弱い獲物なら一人でも十分と考えるだろうけど、一人で無理な獲物ならあきらめるだろう?」


 そういうとようやく全員が納得した。


「じゃあ国を作るか」

「「「「だな」」」」


(……………はぁ)


 ある意味心配になる。


(俺は利益があり協力しているため、特段と騙すつもりはないが、これが悪人だったらこいつらの尻の毛までむしられるぞ)


 こいつらは仲間が助かりやすくなることを理解したらすぐさま賛同するぐらいの警戒心の無さだ。


「で、バアル、どうすればいい?」

「………………まずやるべきことは二つ、全氏族の長を呼び集めること、次に頭脳労働できる人材を呼び集めること」

「「「「「「よし、わかった!」」」」」」


 しぶしぶどういった方針を取ればいいのか教えるとレオン達は即座に動いていく。


「いや……おい、明日にはまたルンベルト地方に向かうよな?」


 予定も何も作っていない状態で動いても意味がない。それに加えて、クメニギスの軍の事もある、悠長にしている時間はまずない。


「そこら辺の調整は私がやってやるよ」


 静かに話を聞いていたマシラが立ち上がる。


「………」

「安心しなよ、これでも氏族長の伴侶をやってんだ、予定ぐらい立てられるさ」


 そういうとマシラも立ち上がる。


「おい、ちょっと待ってくれ、今後の段取りは」

「ない、お前らはこのままテス氏族に向かってくれれば問題ない」


 これはわざと俺に関わらせないようにしているのか、それとも本当に突発的な行動だけで問題なく済むかだ。前者なら問題ないが、後者だと頭痛しか感じない。


「………わかったよ」


 俺はこれからの行動に何も言わないことにした。何よりエナが何も言ってない時点でこの行動が損や死につながる確率は低いのだろう。


 それから宴の日の一晩だけラジャ氏族で過ごした後、すぐさまレオンとレオネのふるさとテス氏族を目指す。













 ラジャ氏族を出て数日後、視線の先ではテス氏族の建物が見えてきた。


「ん?多くないか?」


 遠目からの印象だが、以前見た時よりも人が混んでいるように見えた。


「おうおぅ、どこもかしこも名がある氏族の戦士やないけ~~、フィブ氏族、ガム氏族、ザル氏族ほかにも――」


 レオネは次々に氏族の名前を出すが、俺は名前自体知らないし、何より混乱していた。


「なんでこんな早くに集まることができる?普通はもっといろいろと確認とか準備とかしないのか?」


 なにせ俺とレオネは最短でここまで来たつもりだ。なのに俺たちよりも速くに伝達が済み、なおかつ集合さえしていた。


 長という立場でこんなにも身軽に動けるものなのかと、ある意味感心する。


「そう?親父は好き勝手に動き回るよ?」

「……仕事は?」

「ないない、しいて言えば訓練とか修練とかかな~縄張り争い以外長の役割ってないようなものだし」

「力の象徴でしかないということか」


(うらやましい立ち位置だな)


 書類仕事や雑務をしなくていい、修練とかを欠かさずやればその地位を保てるのだから。父上なら涙を泣いてハンカチでも噛みしめるだろう。


「まぁでも、親父はお母さんたちと一日中イチャイチャしているけどね~」

「………」


(クメニギスに戻ったら男のアレだけ腐り落ちる呪いでも探して、悔しがっている獣人に教えてやろうか?)


 動き回っているこちらとは違い、自分の居城で囲っている女性とただ楽しく暮らしている。聞いているだけでも若干イライラとくるのに、社畜がそれを聞いたら斬りかかること間違いなしだ。


「おい、二人とも何やっている」


 声で振り向いてみると大きな獲物を肩に抱えているテトがいた。


「ただいまお母さん!」

「お帰り、レオネ」


 レオネが抱き着くと、空いている腕でレオネを抱くテト。二人を見えているとまさに親子という感じだった。


(………感情で尻尾が揺れるのか)


 二人ともネコ科特有の尻尾をしているが、それが揺れに揺れてうれしいのが傍目でもわかる。


(だがこの光景に違和感を覚えないのは………俺も毒されてきたか?)


 二人だけに焦点を当てれば、仲のいい親子で済むだろう。だがテトの肩には血だらけの大きな象がいる。しかもそこから大量に血が滴り落ちていて、見る人が見れば卒倒するだろう。傷の断面図など、いまだに蠢いていてグロテスクとしか感想が出てこない。そちらにも焦点を当てるとどれほど異常なのかが浮き彫り出てくる。


「それよりバアル、お前の号令で皆を呼んだのだろう?ならさっさとうちの亭主のところに行きな、もう全員集まっているんだからさ」

「??、了解だ」


 俺の号令というよくわからない部分もあったが、とりあえずはテトに促されて以前バロンにあった場所へと向かう。

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