『天龍』
〔~バアル視点~〕
『おい、時間になったぞ』
「ようやくか」
ハーストの背の上でティタとレオンが『母体』らしき個体に攻撃を仕掛ける場面を見ていると、イピリアの準備が完了したことを告げられる。
「本当にできるのか?」
『なぁに問題ない、なにせリュクディゼムの生み出した雷雲を持ってきたのだ、あんな蟲にやられるとは思えんよ』
「リュクディゼム、のな」
上を見上げれば、先程まで晴天だったのが打って変わって、暗い雲で埋め尽くされている。
『言う通りにせい、そうすれば終わるのじゃから』
「わかったわかつた、エナ、全員を遠ざけろ」
エナにそう言うと魔道具を通して全員に通達してくれる。
「じゃあもう一度確認だ、手順は聞いていた通りでいいんだな?」
『ああ』
大きく深呼吸しながら空を見る。
「『飛雷身』」
雲に向かって飛んでいくと雲と同化する。
そして
「『真龍化』」
イピリアの言う通り、雲の中で『真龍化』を行う。
(イピリアの話通りならおそらく)
バチッ、バチバチッ、バチッバチッバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ
考えを裏付けるように俺を起点にして雲の中の電気がすべて集まってきている。電子が移動しているため、それは雷電となり、けたたましい雷鳴が周囲に響き始める。
『真龍化』は何も大幅のステータス上昇だけではないとイピリアに教えられた。ではほかにどのような能力があるのか。リュクディゼムですら俺と敵対するのをためらう性能を持つことはわかっている。
それは
『『真龍化』の真の特性、それは『雷の完全吸収』じゃ』
天龍のいる墓場での説明だと『真龍化』を使っている状態では周囲の電子を吸収し魔力に変換可能になるとのこと。それも際限なくだ。
いかに強力な電撃を浴びせようとしても『真龍化』の状態であれば、すべてが無意味になる。それゆえにリュクディゼムは俺との敵対を避けた。
そして『真龍化』にはもう一つ大きな力がある。
いや、この場合は再現可能になったというべきだろう。
イピリアが渡してくれた鱗を触ったこと、『真龍化』により膨大な魔力を所有する条件を満たし、再現可能になったその技は
「『天龍顕現』」
視界が開けると体の違和感を感じる。
グゥルウゥゥゥ
軽く息を吐くと唸り声のようなものが聞こえてくる。
(イピリア、できているか?)
『おうよ、今の体はこんな感じじゃぞ』
イピリアの【念話】で今どんな姿か送られてくる。
その姿はまさしく東洋の龍だ。
雲で見え隠れをしているその姿は絵画などである龍そのもの。
金色の胴に鱗を持ち、見えうる限りの雲の所々から腕が見える。時折雲から出てくる顔は二本の長い髭、後ろ向きに生えている枝分かれしている角、長い口に鋭い牙を持ち合わせた龍の面影だった。
感覚も再現されており、本当に龍になった気までがする。
(けど、どこか作り物のようだな)
ただ、それらのすべては生物のようなものではなく精巧に作られた仏像のようにも思える。
『さて、ある程度説明しておくぞ、この体は言わば雷そのものだ。魔力と電気が固まり結晶となっておる。まぁ轟雷結晶に似たようなものじゃな。相手が触れれば当然感電するし、口に魔力を集めれば雷のブレスを放つことができる。あとは空を飛ぼうと思えば飛ぶし、噛み砕こうと思えば噛み砕ける。その体は想像次第で如何様にもなるからな。それとその体は強固な体でも鎧でもあり、魔力の貯蔵庫でもある』
説明を聞き終えると早速、試運転を始める。
(おお、この感じか)
なんとなくやり方は本能に植え付けられているようで自然と体が動く。
口を開けて周囲の電子を取り込み魔力に変換する、そして魔力自体を口に集める。口を開き『王』へと向ける。
「こうか?『天咆雷』」
口に集められた魔力を『天雷』と同じ要領で放つと、龍の口からは胴と同じ太さのレーザーが発射される。
キ―――――――――――
『王』はもはやレーザーと呼べる雷に飲まれて声がかき消される。
(なるほど、確かにこの体自体が貯蔵庫の役割をしているのか)
『天咆雷』の影響で体が少しだけ短くなったのが感覚でわかる。
『おい、生きているぞ』
イピリアの声で見てみると、黒焦げ寸前になっている『王』が地面に潜ろうとしている。
『それじゃあこうしてみぃ』
イピリアに一つの手法が念話で伝えられる。
「了解、『地掻く天爪』」
今度は腕の部分に魔力を送りこむ。魔力が腕に到達すると、腕自体が伸び始めるので、さらに魔力を送り、地上まで届かせる。
ガシッ
ギシャ!?
伸ばした腕は潜れなかった尻尾部分を掴む。
『そのまま引き釣り出してしまえ』
今度は魔力を吸いだすようにし、腕を縮めていく。何とか逃れようと『王』はあがいているが結局、穴から引き釣り出され、そのまま空まで持ち上げられる。
ギャシャアアアアア!!!ギャシャアアア!!!ギャシャ!!!
何度も威嚇のような悲鳴のような声を上げ、何とか刺さった爪を抜こうと藻掻くが意味が無い。
(この龍のステータスはどれくらいなのか……)
なにせ『王』の捩りすら、全く手応えを感じず簡単に押さえつけることができていた。
(さて、嬲る趣味もないからさっさと終わらせるとしよう)
他にも何本もの腕を出し、『王』を拘束し動けなくする。
雲のすぐ下まで持ってくるとそのまま龍の首を伸ばし
『天噛み』
牙に魔力を込め、かぶりつく。
ガギン、ググググググ、バゴン。
一度は甲殻にて阻まれたが、少し力を入れただけで風船を割るように壊れる。
ギジュウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!
胴を半分辺りを噛みちぎったのに上半身はまだ元気があった。ただ血などの体液が噛み千切った場所から大量に滴り落ちているため、放っておいても死ぬだろう。
ガジッガジッ!
『王』は何とか爪を振り払おうと手にかみつくが、意味が無い。確かに感覚はするが痛覚自体は機能していないため、いうなればドローンでも攻撃されているようなものだった。
ジュワ
(ん?)
何かが蒸発する音が聞こえたので何が起こっているのか確認すると噛みつかれた手から黒色の煙が上がっている。
(ああ、【鏖毒蟲牙】ってやつか)
噛み付いた牙の先から毒が出ていたのだが、まず無駄だ。その手は肉体ではない雷の固形物とでも呼ぶべきもので肉体に作用する毒は完全に無意味となる。
(まぁ死にそうになれば抗うか)
いたぶる趣味もないのでさっさと殺すことにする。
「『天噛み』」
今度は頭部に嚙みつく。
!?!?!?!?ギジュギジュギジュ!!!!
まるで懇願するかのように泣き喚くが関係なく咢を閉じる。一瞬、堅い感覚がしたが、それも氷みたく砕け散る。頭部を破棄したからか、もう動くことはなくなっていた。
(………このまま放り投げるのもまずいか)
この『天龍顕現』を使っているから小さく見えるが、本来は考えられないほど大きい。それを無造作に投げたらどんなことが起きるのか想像に難くない。
腕を伸ばし、ある程度の高さで死骸を放す。
ドズン!!!
地上でビルが倒れるような音が聞こえる。
(さて……………………どうすればいい?)
ここまであっさりと『王』を葬れるとは思わなかったため、今後の事を考えてはいなかった。
『どうじゃすごいじゃろ?』
(ああ………)
なぜか目の前で威張っているイピリアに多少のイラつきを感じる。
(それで、これはどうやれば解除できる?)
『ん?その力をすべて使いきらないと解除できないぞ?』
(………………もう一度言ってくれ)
『だからその状態はすべての力を出し切らないと解除できないぞ』
(いや、この力をどこに向けろと?)
既に【王】は殺してしまった、あとは【母体】か普通の魔蟲なんだが。
(どう考えても味方にも被害ができるよな………)
『天咆雷』だと確実に森林火災になるだろうし、『地掻く天爪』はどっちにしろ自然破壊、『天噛み』は眼前に敵を持ってくる必要があるが他の魔蟲は小さすぎる。
『じゃあその雲から出て森のすぐ上を浮遊しておればいい、それだけでも魔力は消費されるからの』
(ちなみにどれくらいかかる?)
『その体だと丸三日はかかるな』
(…………)
それはあまりにもかかりすぎる。
(この体は魔力を使っていけばいずれ解けるんだよな?)
『そうじゃ』
(了解)
ということで雷雲から体を出して森の上を飛び始める。
そうすると当然、地上では混乱することになる。
「おい!!おい!!!!!!!!!!」
すると眼前に見覚えのある大きな鷲が現れる。
「意識はあるのか!バアル!!」
『ああ、あるよ』
「!?そうか!それはよかった!!」
【念話】で応答するとハーストは安堵の息を吐く。
なにせこの体で理性がなくなったと考えたらどれほど危険な存在なのかはわかりきっている。
『エナは背にいるか?』
「いるぞ」
ハーストの背にエナの姿が見えた。
『一応聞くが森ごと魔蟲を焼くのはありか?』
「なしに決まってんだろうが、ばか」
予想通りの答えが返ってきた。
『だよな………じゃあ指定した場所に攻撃をしたい、指示をくれないか』
「『王』が居なくなったんだから後はオレ達に任せておけ、って言いたいんだが、今もその体でいることと関係があるのか?」
『ああ』
魔力を使いつくさない限り、元の体に戻れないことを説明する。
「また変な体だな」
『そこは同意する。それでできるだけ魔力を使いたいんだが?』
「そうだな……じゃあ指定する場所に攻撃してくれ、その後は西に進んで砂漠に向かって攻撃でも何でもしてその状態を何とかしろ」
それからはエナの指示通り、戦場の要所要所で『天咆雷』を撃ったり、『地掻く天爪』で攻撃したり、そのまま地面すれすれを飛んで大きな個体に噛みついたりする。
(ゲームとかである無敵覚醒状態だな、これは)
百足の魔蟲は空を飛べないのでまず攻撃してこないし、仮に攻撃したとしても鱗に触れただけで感電死する。蜂に関しても飛んで攻撃はできるのだが近づくだけで雷が羽を焼いて落ちていく。
「おし、ここはもう問題ない」
あらかたの魔蟲の集団を潰すと趨勢は完全に決する。となるとこの体は意味をなさなくなり、むしろ邪魔なだけだった。
「おい、ファルコが砂漠まで案内する、ついて行ってくれ」
『了解だ』
ファルコの先導の元、森を抜け、魔蟲共が通ってくると言う西の砂漠へと向かう。




