天の者、地の者
蜻蛉と蠍の『母体』を倒した日の数日後。
「それであの惨状はどういうことだ、地の者共!!」
太陽が昇って間もない中、眠気を憶えながら起きると翼を生やした人の軍勢が空を覆っていた。
「あれは?」
「……あれはヨク氏族の戦士たちだな」
服装はどことなくレオンたちと似通っている。
そしてよく観察すると翼が生えているのではなく腕が翼になっている。天使に近いと持ったが、どちらかと言えばハーピーに似ていた。
そんな彼らがやってきた理由だが、あの件しかない。
「あそこはわれらの湖だぞ、なのになぜあのようになっているのだ?」
声色から激怒しているのが容易にわかる。エナが言う通り、ひと悶着起こってしまった。
「で、どうすんだレオン?」
騒ぎを聞きつけたレオンが空を見上げながらやってくる。
「どうもこうもしない」
この数日で血色の良くなったレオンが前に出る。
「弁明などしない!!あれは魔蟲を屠るために必要だった!!」
「あれほどの破壊を伴ってか!!」
「そうだ!!」
レオンの言葉を聞き、一人だけ地面に降りてきた。
「詳しく話を聞かせてもらおうか」
降りてきた人物を交えていつもの会議場で話し合いをすることになる。
「ではそこの人族の子供がアレをやったということだな?」
降りてきたのは鷲の特徴を持つ獣人。名をハーストといいヨク氏族の族長らしい。
猛禽類の鋭い眼光、腕に生えている羽はまるで精巧にできている鉄のようにも見える。地上に降りたと言ってもレオン達に張り合えるほどの貫禄。だれがどこを見ても長に近い立場の存在だと考えるはずだ。
「まず、今回の蟲共には俺たちも手を焼いているんだ」
レオンが魔蟲の進行と同時に人族の軍勢も攻め入ってきていることを説明する。
「なるほどな。だが、あの破壊の規模はやりすぎだ」
「そうは言ってもな、現状だと何してでも相手の戦力を削がなければ負けるのはこちらだぞ、お前らもそれは望まないだろう?」
「当たり前だ」
ハースト達も魔蟲を忌々しく思っている様子。
そんな最中疑問が湧き出てくるので隣にいるエナに耳打ちする。
「なぁ、なんでヨク氏族は戦いに加わっていない?」
蟲が忌々しいなら手を組んでも何も問題ないはずなのにそうしてない。これには少々違和感がある。
(それに鳥の獣人か………)
今まで獣人は地上での生活をする連中しか見ていため失念していたが、生物の生態を模倣できるとしたら鳥型の獣人も十分にあり得る。
また仮に彼らの力を借りられるなら『王』も『母体』も早くに見つけることができる。
「ん?ああ、それはな」
事情を知っていそうなエナに聞いてみる。
「まずヨク氏族や鳥の姿をしている奴らはウルブント山脈に里がある。そしてそのほとんどがウルブント山脈の向こう側を主な活動地にしているんだ」
つまりはこっちの事情なんて知ったことではないということらしく、基本的に放置しているらしい。
「けどヨク氏族だけは例外的に山の南側に里を築いていてな」
それがキクカ湖のちょうど北側にあるらしい。そしてヨク氏族は南側に位置していることからこういった件については何度か関りがあると言う。
「それで、本題の戦闘に加わらない理由は?」
「ああ、それは」
「簡単だ、地の者と空の者の掟で争いはできるが、手を取り合うことはしてはならないとある」
エナの代わりに、こちらの話を聞いていたハースト自身が答えてくれる。
(???また変な掟だな)
そうは思っても表情には出さない。古くからの風習は時代と共に変な拘束力を持ってしまうためむやみやたらと触れないほうがいい。だがやはり変な掟だと思ってしまう。
「一応確認だが参戦してくれはしないのか?」
「ああ、我らに害が及ぼうとも地の者とは手を取らん」
思わずため息が出そうになった。
だが空からの捜索を行える鳥の獣人の存在はぜひ欲しい。
そして少しだけ考える。
「じゃあ人族である俺とは手を取ってくれるか?」
獣人同士でのやり取りが無理でも、人族のバアルとしてではどうだろうか。やや詭弁に近いがヨク氏族が直接レオン達には協力できなくとも、俺を介して力を貸してもらえれば協力することはできると思う。
「……条件を満たしたら認めよう」
「条件とは?」
条件さえクリアすれば、新たに戦力が加わるという。ならば受けない手はない。
「地の者とは相いれないが空に認められたものならこちらとしても友として認めよう」
「……もう少し具体的に」
空に認められたものと言うのがまず何かわからない。
「ウルブント山脈の一角には常に雷雲が取り巻いている場所がある。そしてその山頂にはなにやら不思議な樹木がそびえたっており、その実は空の加護を与えてくれるらしいのだ」
「で、その実を取ってくればいいと?」
「いかにも、ついでに言えばその実を我々の前で食せば何ら問題ない」
この試練と言える行為を行うと、俺のことを友として認めてくれるという。
そしてその友が助けを求めてくれば手を貸すのは当然という詭弁が成り立ち、力を貸してくれると言う。
「おし、レオン少しの間留守にするぞ」
「了解だ。だが、数名をお前の監視として付けるぞ」
「ああ、頼む」
監視をつけるのはレオン側からすれば当然、では誰を付けるのかという話に入ろうとするのだが
ビシュ!!
「はいは~い、私が護衛やるよ~」
窓から何かが入ってくる。
そして
「……重い」
「ありゃ、ごめんね」
急に後ろから圧し掛かられると女性の声が聞こえてくる。その声には聞き覚えがあった。
「おい、今重要な話をしているが?」
「まぁいいじゃない、お兄ぃも参加しているし」
(お兄ぃ?)
誰の事かと思っていると答えが自ら声を上げる。
「おい、レオネ」
「なんすか!お兄ぃ!!」
「そいつを知っているのか?」
レオンの何気ない一言なのだが、なぜだかこの場に緊張が走る。エナとティタは視線をこちらか外し、全く見当違いの方向を向く。ルウは眉間にしわを寄せて、それを何とか指でほぐそうとしていた。
「おうよ!なにせ、一晩明かした仲だぜ!!」
そういい、レオネは親指を立てるが、それとは裏腹に徐々に室温が上がっていくのがわかる。原因はレオンの毛先が揺らめいて炎のようになっていることにあるのだろう。
「バアル、言い訳はあるか?」
なぜだか俺とレオンの間では、死刑囚と問いかける執行人のような雰囲気になっていた。
「言い訳というか、だいぶ大きな思い違いをしているぞ」
用意された寝床に戻ったらいつの間にかいて、いつの間にか引っ付いて、いつの間にか寝ていたことを説明する。
「だから、まぁ、別段特に何もなかった」
「ひっどいな~、家族以外で一緒に寝たのは君が初めてなんだよ~」
そう言って腕を掴みながら頬擦りしてくる。
(やたらとスキンシップが激しいな……)
引きはがそうとする前に再び室内の温度が上がっていく。原因は言うまでもない。
「確かに妹が引っ付いているようだが、君も抵抗しなさすぎじゃないのか?」
(いや、どうしろと)
とりあえず、振りほどこうとするけど、すればするほどレオネの掴む力が強くなっていく。
(あれか、抵抗されればますます構うタイプかこいつは)
極まれにこういうやつがいるのだが、はっきり言って潔くないのでいろいろと手間がかかる存在だった。
「ん、ん゛すまんがそう言うことはよそでやってくれ」
(ごもっとも)
ハーストが呆れるのも無理はない。だがその一言で雰囲気はひとまず収まり、話題が元に戻る。
「さて、話を戻すぞ、湖の件は仕方ないとしよう、だがこれ以上は看過できぬぞ」
「魔蟲共を殺すなら、何度も行うぞ」
「ならば、魔蟲の後は我らとやりあうか」
そう言うと会議室が震えているのがわかる。双方の魔力の波動がぶつかり合っているゆえに起こる現象だ。
(しかしすごいな、ここまではっきりと【威圧】を感じさせるとはな)
ここまでできる人物はグロウス王国にも数えるほどだ。
ここでいがみ合ってもらちが明かないため、二人の間に入り、仲裁を始める。
「それを穏便に解決するためには協力して魔蟲を殲滅することだが」
「地の者とは共闘しない」
ハーストは共闘する姿勢を見せない。
「その理由は?」
「掟だ」
「だが、魔蟲は邪魔なんだよな」
「ああ」
「だが手を取り合うことはしたくないと」
「ああ」
(これは、だいぶ根が深いな)
実利があるのに風習で押せつけられている。このことからどれだけ年月が経った風習なのかが見て取れる。
「ハースト、確認だが、友としてであれば一緒に戦ってくれるんだよな?」
「…ああ」
俺はハーストの表情を見て、何か裏があるのを感じ取った。
(魔蟲が忌々しい、だが地の者、ここでいうレオンたちが戦っていることから掟に則って一緒に戦うことはできない。だがこれ以上キクカ湖のように場所を破壊してもらいたくない。なので苦渋の策として、地の者ではなく部外者の俺と友に戦い、その際に偶然地の者がいたという言い訳で参戦しようというつもりだろう)
詭弁だが、これならば掟を破ったわけではないと言い張ることができる。
「で、その友になるにはなんかの実を採ってくる必要があると」
「ああ、正確に言えば雷雲を超える実力を見せてくれればいい」
正確には実の方ではなく無事に雷雲の中を通り過ぎるのが条件らしい。
「了解だ。それでレオンの方は監視役に何名かつけることになるわけだな」
護衛と言わず監視と言ったこの意味をレオンは正しく理解してくれるだろう。ここで護衛と言ってしまえば、ヨク氏族からは仲間認定されて、俺が部外者だと言う言い訳が使えなくなってしまう。そのため今ここでは俺とレオンが仲間ではないと印象付ける必要があった。
「その通りだ」
ビシ!!
レオンが答えると、とある席の人物が垂直に手を挙げている。
「さて、じゃあ明日にでもその場所に向かいたいんだが」
とりあえずその存在を放置して話を進める。全員が触れるだけ時間が無駄になるのが目に見えていた。
「了解した、ではまた明日に迎えに来るとする」
そう言って今日のところはハーストはヨク氏族の戦士を連れて帰る。
のだが。
「で、お前たちはどういう関係なんだ?」
問題はもう一つ残っていた。