ラジャの里
樹海の中、目印も何もないのに三人はただまっすぐ走り続ける。本当にあっているか不安になるなか二日間走り続けるとそろそろ見えてくると言われ、道中にある少し高めの丘へと登る。
「あれがラジャの里だな」
レオンが指示した場所は森の中だ。
「…何も見えないんだが?」
少し高めの丘から樹海を見渡すがそこに里らしき場所は見当たらなかった。ただただ鬱蒼とした森が広がっている光景にしか見えない。
「もう少し近づけば、はっきりと見えるさ」
どうやら獣人の視力は人族よりも断然いいと予想していたのだが。
「いや、この距離はオレらでも無理だからな、レオンだから見えるだけだ」
俺の視線に気づいてエナが補足してくれる。どうやらレオンだから見えているらしい、
「まぁいい、さっさと行くぞ」
そうとだけ言い放つとレオンは駆けだす。
「毎度のこと、勝手だな」
「…行こう、エナ」
「あいよ」
疾走するレオンの後について行く。
アマングルは樹海と呼ぶべき森だ。天井にある無数の葉により、太陽の光は弱弱しく、地面からは太い根が無数に這い出ている。ただでさえ光が少ないというのに一瞬よそ見をしただけで躓き転ぶ羽目になるのは間違いなしだった。
「それにしてもラジャの氏族は大丈夫なのか?」
魔蟲共に耐えられる戦力があるのか不安になる。
「ここは狩場には最適なんだ、だから縄張り争いも絶えない。そんな土地で何年も縄張りを維持しているぐらいには実力はあるさ」
当然ながら最適な地は誰もが望む。前世でも利便性が高い場所は地価や賃貸料金が高いのと同じだ。それと同じように獣人は住みやすい地での縄張り争いは頻繁に起こると言う。となればその長は競争を勝ち抜いた猛者だと言う証明となる。そして当然ながら全員が縄張り争いしているわけでは無く氏族に加わりたい獣人も多くおり、人員は増えていくと言う。数は力であるように多くの獣人がラジャ氏族に集い、こうやって今のラジャ氏族は西での最大規模となっているという。
(確かに食料にはまず困らなそうだな)
奥に進んでいくと理解する。樹海のいたるところに魔獣や実を成す木々が存在しており食料にはまず困らない。木材は言うに及ばず。水も所々に小川が流れているので困ることはない。あとは外敵に対してだが、鬱蒼としすぎて天然の障害物となっているため巨大な獣に対しては地の利を取れるだろう。
「安心しな、ラジャ氏族はテス氏族と同じぐらい強い、特に長とその伴侶が異常でな」
「……ああ、俺なら戦いたくない」
表情が乏しいティタが嫌な表情をする。
「それにアシラも実力者だしな」
レオンが振り返りながら話に加わる。
「アシラ?」
「ああ、ラジャ氏族の長の子でな次期族長候補の一人さ。実力で言えばレオンとタイマンを張れる奴だよ」
いや、そうは言われてもレオンの実力を正確に把握してはいないのだが……
「止まれ」
森の中を走っていると突然どこからか声が聞こえてくる。
「お~、ナーラか」
「って、あれ、レオンさん?」
一瞬警戒するが、レオンの声からして味方らしい。
バサ、ガサ
一つの木の枝から一人の少女が下りてきた。
「何でここにいるの?」
少女はレオンやエナとはまた違う独特の服装をしており、小麦色の肌とオレンジの髪が似合っている。そして特徴的なのが頭の上に見えるフカフカした長い尻尾だ。
(…リス?)
残念ながら耳は髪に隠れてよく見えないが、尻尾で判断できた。
「なんでレオンさんがここに?人族を蹴散らしに行ったはず?」
「まぁ、いろいろあってな、それでアシラはどこだ?」
「今は魔蟲の討伐に行っていますから里には居ませんよ」
「そうか、ではマシラさんに繋ぎを頼みたい」
「それでしたら………ではついてきてください」
一瞬こちらに視線を向けるが問題ないと判断したのかすぐに背を向けられる。
しばらくナーラの後に付いて森を進むとようやくラジャの里が見えてきた。
里は切り開けた場所ではなく森の真ん中に存在していた。
そしてそれが里が見えなかった理由だった。家は枝や大きい葉しか使われておらず、遠目からでは判別しにくい。さらには場所も意図的に目立たないようにされており、遠目からの発見はまず困難だろう。
そして里の中で明らかな違和感が一つだけ存在した。
「………なんで人族の子供がいる?」
走り回っている幼い子供には獣人特有の獣の特徴が見受けられない。俺がクメニギスで見た子供は全て獣の特徴がどこかしらにあったはずだ。
「何を言ってるんだ?どこにも人族の子供なんていないじゃないか?」
レオンは周囲の見渡すが、何言っているんだという表情をする。
「いや、アレは違うのか?」
子供を指さしてみるがレオンは何を言っているかわからない顔をする。
「レオン、人族は鼻が効かないんだよ、だから子供たちの違いも判らないのさ」
エナの言い方だと、あの子供たちは獣人と言うことになる。
「……獣人は子供の頃は人族と何も変わりは無い」
「そうなのか?」
ティタの話だと、獣人は生まれたての姿は人族と何ら変わりないらしい。
「じゃあなんで、レオンやお前みたいに獣の部位を持つことができる?」
レオンのソレやエナやティタの特徴も後天的に出てきたとは考えにくい。
「それは獣の儀を行うからですよ」
ティタとの会話にナーラと呼ばれた先ほどの少女が加わる。
「獣の儀?」
「はい、5歳になると獣の儀と言うものが行われて、この姿になるの」
「(生物学的にどうなんだそれは…………まぁ『獣化』で骨格から変えている時点で今更か)じゃあナーラの親はリスなのか」
五歳という区切りで後天的に身体特徴が変化すると考えればある意味辻褄が合う。
「???違うよ、私のママは鹿、パパは牛よ」
「……はい?」
だがその考えが完全ずれた。
(遺伝子で獣の部位が決まっている訳ではない?)
思わずティタの方も振り向く。
「……ああ、俺も両親は蛇の獣人じゃないぞ。老人たちは獣の儀を行うと獣の一つが宿ると信じている」
「そうだね~私はこの姿しかなかったからこうなったけどね」
「……俺もだ」
ナーラとティタが通じ合っているが俺には分からない感覚だ。
なにせその話が本当だとしたら遺伝子の働きによるものだと断定できないことになる。
(身体に後天的に変化が現れるのなら確実に生物学の話、もっと言えば遺伝についての学問となるだろう。だが聞いた話では獣の特徴は親からの遺伝とは考えにくくなってしまう。仮に何代にも前の遺伝子を受け継いでいるのなら、ナーラの様に両親と獣の特徴が違うのはごく少数となるはずだ。そうではなく普通に両親と違う獣人は多くいる様子。だとすればなんで身体的特徴に違いが生まれ―――)
思考の渦に飲まれながら里の中を歩くことになった。
しばらく進むとコケや蔦などで覆われた石造りの遺跡らしきところが見えてくる。
「あそこにマシラ様はいるよ」
「おう、ありがとうな」
「ううん、レオンさんも魔蟲に負けないようにね」
そう言うとナーラは来た道を戻っていく。
「それじゃあ行くぞ」
目的地に着いたのでいったん思考を止めて、レオンに続いて石造りの建物に入っていく。
(へぇ~面白いな)
中に入ると様々な壁画の道が存在している。かなりの年月が経っているらしく、下手に衝撃を加えるだけで表面がはがれてしまうだろう。
「おい、さっさと行くぞ」
「少しだけ見せてくれないか?」
「ダメだ、用件を済ましてからならいいがな」
そう言うとレオンは襟掴んで俺を引きずる。
しばらく進むと崩れた天井から日の光が差し込む場所に出る。
「アレがそうなのか?」
「ああ」
たどり着いた場所は祭壇らしき場所で、その中心に枯れ葉のベットで寝ている二人の姿がある。
「誰だ?」
低い女性の声が聞こえてくる。
「マシラさんか、俺だレオンだ」
「レオン~~~?何の用だ?」
枯れ葉のベッドからのっそりと起き上がったのは黒い髪を長く垂らしている背の高い女性だ。
(なんの獣人だ?)
マシラと呼ばれた女性が起き上がるのだが、上半身に獣の特徴が無い。気だるげな普通の女性にしか見えない。
「アシラがどこら辺にいるのかを聞きたくてな」
「あ~アシラか、少し前に負傷者を連れて帰って来ていたな~、う~ん、どこに行くって言っていたか」
そう言って頭に手を当てて唸る。
「アシラなら、グファ氏族の地に赴いている」
横たわっていたもう一つの影も起き上がる。
「昼寝の最中悪いなテンゴさん」
テンゴと呼ばれたゴリラの獣人は、とにかくでかかった。身長は目測だが2メートルを超えて筋肉は異常なほど膨れ上がっている。もしこの世界に代表的なボディービルダーを上げるとしたら真っ先に名が述べられるほどだろう。
そしてなぜゴリラの獣人かわかったかと言うと、特徴的なのが体毛が異常なほど濃いのと……とにかくゴリラ顔だった。
「いや、いい、本当ならアシラやレオンじゃなく俺やバロンが行くべきなんだがな」
「それこそいいぜ、次の世代になれば土地は俺達で守らなければいけない。いつまでも親父たちの力を頼りにはできないさ」
「それにさ、今はどっちの均衡も保てている。テンゴさんたちは最後の切り札だからな、どちらかが劣勢になるまではゆっくりしてくれや」
(やはりそうなのか)
エナの言葉で一つの疑問が氷解した。
事前の説明ではバロンなどの氏族の長が一番強いとのことだった。だがそんな長が自分の縄張りで動かないでいる。こういう時こそ動くべき時なのにだ。
これらとエナの言葉を考えるにバロンやテンゴはどちらかが窮地に陥ったときの最終手段ということになる。
「それでも危険になったらいつでも呼べ、お前たちを守ることも長としては当然のことなのだからな」
そう言うとテンゴは再び横になる
「それで用件はそれだけか?」
「ああ、俺たちは魔蟲共の方に向かう。その時にアシラと合流したくてな」
「ふぅ~ん、そこの人族も連れてか?」
マシラの視線が俺だけを見据える。
「ああ」
「なぜ?それも、人族をだ」
「それは俺も知りたいところだ」
レオンはエナに視線を向ける。その視線には問いかける意味合いがあった。
「ああ~エナの差し金か~」
そう言うとマシラは納得の表情を浮かべる。
「ならいいだろう、エナの鼻がそうしろと言うのであればそうするがいいさ」
そう言うと立ち上がる。
「だがな、人族だろうが関係ない、こいつに魔蟲共と戦える力はあるのか?」
「ある……よな?」
レオンが断言しようとするがここにいる全員が俺の実力がどのくらいか推し量れていない。
「あたしとしても無力な奴を戦場、ましてや魔蟲の奴らと戦わせるのは気が引ける、そこでだ」
コン!!
いつの間にかマシラの手には身の丈ほどの木の棒があり、それで地面を打ち鳴らす。
「すこし確かめさせてもらうよ」




