獣の反乱
ガリッ
少年の悲鳴が響くと後ろで何かをかみ砕いた音が聞こえる。
「さて、見ての通りです、獣の部位には高い強靭も存在していることが証明されました」
「***…****」
確かに剣は止まったが衝撃は十分来ていると見える。証拠に少年は悶えていた。
「このように獣人の『獣化』は敵対するなら脅威になりえるでしょう。さて、では本題です、皆様なら獣化した獣人にどう立ち向かいますか?剣で?先ほど見たとおりにあまり意味ありません。では魔法で?魔法も最初に見てもらった通り、種別ですがかなりの耐性を持ちます。それに加えて異常なほどのステータス強化も付属して付けられます。さてもう一度聞きます、皆様ならどうやって立ち向かいますか?」
下で議論の声が始まる。
「もちろん、数人で対応したり、強力な魔法で押しつぶしたり、耐性のない属性を使用したりとしても様々です。ではなぜ我々が頭を悩ませるのか、それは【獣化】という獣人が使う強力なスキルがあるからに他なりません。そこで我々は何とかしてこの獣化に対抗する方法を探し出しました、それがこちらです」
セルロは一つの杖を取り出し、魔法を発動させる。
「これが我々【魔獣研究室】の研究成果、『獣化解呪』です」
杖を床に着けると床に大規模な紋様が描かれる。
「!?***!!!」
紋様が広がり少年の足元まで到達すると、肌から煙を出しながら少年の『獣化』が解けていく。
(あの様子からして力づくで『獣化』解除しているみたいだな)
証拠に今も声を上げて苦しんでいる。
「『獣化阻害』を組み込んだ杖を使用しますと、このように魔法陣が敷かれ、この中に入っているときは『獣化』は使えなくなります。ほかにもこれは多段変化する魔獣にも使えることを確認しました」
そう言うと、同じく檻に入っている魔獣にも使用する。
すると姿が変わり、二回り小さくなった。
「もちろん、これが魔法による『幻影』ではないことを証明いたしましょう」
そう言うと魔法を発動しようと手をかざす。
(殺すつもりか?)
観客もいる中でやりすぎだとは思うのだが、周囲は何も言おうとしない。
「っ」
後ろから舌打ちの音が聞こえてくる。
「『爆炎球』」
(本当に殺すつもりなんだな)
少年を飲み込もうとしている炎の塊が飛んでいく。
(冥福を祈るよ)
少年が炎に飲まれるのを、目をそらさずに見ている。それがここにいる責任だと思ったからだ。
そしてあと少しで炎が少年を飲み込もうとする時
「***!!!」
突如として講堂に響く声が聞こえてくる。
「???」
何の声かわからず困惑しているとステージの上から何かが下りてくる。
「フン!!!」
降りてきた何かが腕を振ると『爆炎球』がかき消されていく。
「なっ!?獣人!?」
降りてきたのは獅子の特徴を持つ青年の獣人だ。
「くっ!『獣化」
ガァア!!
獅子の獣人がすぐさま杖を奪い取り壊す。
「なっ!?お前なに……を…がはっ」
杖を壊すと同時にセルロの胸に腕を突き刺し、心臓を握りつぶす。
「***************!!!!!!!!!!!!!」
獅子の青年は鼓膜が割れそうなほどの声量で何かを叫ぶ。
「「「「「「「「「***************!!!!!!!」」」」」」」」」」
その咆哮に呼応するように会場の至る所から反響する何かの声が聞こえてくる。
「ッチ、ルナのやつ(何が関係ないだ、裏の界隈での動きはどう考えてもこれだろうが)」
発表会前日にルナから報告を受けていたが、ここまで大規模だとは思わなかった。
「ここから逃げ」
るぞ、と言おうとする前にステージに何かが投げ入れられる。
カラン、カラン、フシュー
投げ入れられた無数の筒状の物は灰色の煙を噴出する。
思いのほか煙の勢いが強くすぐさま講堂内に全体に充満していく。
「煙幕か……まぁいい、今すぐここか……ら………」
言葉を紡ぐことができなく、視界が揺らぎ、倒れていくのがわかる。
身体は次第に痺れを増してきて、魔力を操ろうとしても思うように操れない。
(毒か!?だがリンなら)
何とか首を動かして、リンの方に視線を向けるのだが。
「バアル様!!」
ロザミアもノエルも倒れて動けなくなっているが、リンだけは違った。
「『浄化』、なっ!?」
ギィン!!
すぐさま【浄化】を掛けようとするのだが、そんなリンを邪魔している存在がいる。
「******」
「退け!!!」
「****」
相手にしていたのは腕に灰色と黒い斑点の剛毛を生やした、後ろで控えていたハイエナの獣人だ。
(奴隷……じゃない……あの首輪と腕輪はカモフラージュか)
証拠に獣人の『隷属具』が視界の隅に転がっていた。
「******ティタ*****!!!」
なにかを呼びかける声が聞こえると、体が浮く。
首を動かすと、持ち上げているのは蛇の特徴をもっている青年の獣人だ。
「*****、******」
「****!!*****!!!!!」
なにかの会話が交わされると揺れる。
どうやら連れて行かれているようだ。
(俺を連れて行くメリットなんてこいつらにはないはずだろうに………だめだ気が遠くなっていく)
何とかあらがおうにも、どんどん力が抜けていき、すべてが暗くなっていった。
〔~リン視点~〕
「バアル様!!!!」
バアル様が男に抱えられて連れ出される。
「邪魔!!!!」
「ふ」
対面しているハイエナの獣人は口角を上げて挑発する。
「そう、なら」
全力でユニークスキルを開放する。
「『太刀風』!!」
風の斬撃を放つ。
「ふふ」
「なっ!?」
だが獣人は構わず前に出ると、紙一重で躱す。
風の魔法は見えることはできない。そのため躱すのは至難の業なのだがそれを事もなく行うことに驚く。
「がぁあ!!」
そのまま伸びた爪で切りかかってくるのを防ぐ。
(爪で刀と競り合うなんて)
普通に考えたらあり得ない。
だが爪はしっかりと刀を捕らえ、さらには一切の傷もついていなかった。
ニィィ
「っ!?」
急に力が強くなり、競り負けてしまう。何とか拮抗を保とうとして力を込めた瞬間に急に後ろに引かれて体勢を崩してしまう。
「がはっ!?」
相手はその隙を逃すことなく、蹴りが飛んでくる。
「っ!?」
何とか腕で受け止めるが、背中が壁にぶつかり、肺の中の空気が無くなる。
「かはっ、かはっ」
何とか起き上がり、獣人を見据える。
するとステージの方から一人の獣人がこの席に飛び乗ってくる。
「***!!」
「……*****」
何かしらの会話を交わすと二人ともこの席から飛び降りていく。
「待て!!」
下を見ると、何人もの獣人が集まり、何人かの人物を抱えて外に向かう。
「っ、【浄化】ノエル!!」
「り、リンさん」
「動ける?」
「ご、めん、なさい、うまく、うごけ、ない」
「そうですか、では動けるようになったら寮に戻っていてください」
言い方は悪いですが、現状ではノエルは使い物にならない。なのでいざというときの連絡網として残ってもらう方がいい。
「私はバアル様を追います」
「きを、つけて」
ノエルと楽な体勢にしたら、すぐさま、部屋を出てバアル様を追いかける。
(まだギリギリ間に合う)
『土知りの足具』で多くの振動が一か所に向かっていく。
(だめ、このままじゃ追いつけない)
普通に降りるのでは知覚できる範囲外に逃げられる。
「っごめんなさい『太刀風』!!」
通路に備え付けている窓を破壊し、そこから飛び降りる。
「っ」
着地寸前に下から風を巻き上げ衝撃を緩和する。
「どっち!?」
すぐさま地に足を付け、どちらに集まっているかを調べる。
(……っ二方向に分かれた!?)
一つが魔法塔、もうひとつは外壁の門に向かっている。
「どっち!?」
相手が逃げている現状で長くは悩めない。
(二分の一……逃げるなら外壁の方だけど、魔法塔にはなぜ?)
逃げる時に邪魔にならないように占領するということなら説明が付く。
(普通に拉致するためなら外壁の方だけど、バアル様が獣人に拉致される理由がない。なら魔法塔に連れて行き盾にするため?)
それだったら説明が付く。
「イチかバチか、魔法塔に」
「違う、違う!!」
「え!?」
後ろを見ると、いつの間にかルナがいた。
「はぁ、はぁ、遅かった!?」
「どうしてここに」
「それは走りながら説明するわ」
それからルナの先導で道を進む。
ルナの話だと、実は今朝にとある情報を掴んだらしい。
「それが、今回の襲撃ですか」
「ええ、獣人による解放襲撃というべきね」
獣人による大規模な襲撃。その目的は戦益奴隷として攫われた同胞の救出。
「その手順は大まかに三つ。まずは各奴隷商のと学院の同時襲撃」
「待ってください、奴隷商に関しては理解できますが学院の襲撃はなぜ?」
「それは理由が二つあります。まずは逃げるために必要な人質を確保すること、それともう一つは魔法塔に詳しい人物を拉致することです」
「一つ目は分かりますが、魔法塔についてですか?」
「ええ、外壁に逃げるとなると、まず間違いなく魔法塔から狙われることになります。なので彼らは魔法塔に詳しい人を拉致し、情報を引き出し、魔法塔を無力化するつもりです」
「でもそれなら全部の塔を同時にやらなければ」
私の感知だと向かっている魔法塔は一つだった。
「いえ、逃げるだけなら一つだけでも十分なんですよ」
「どういうことですか?」
「魔法塔は確かに強力です。ですが魔法塔には射程角度という物が存在します」
魔法塔が12本も経っている理由、それは一本では全方位をカバーすることはできないから。
だから裏を返せば、一本でも無力化できたのなら、その塔の範囲は安全地帯へと早変わりする。
「まぁ説明する順序は逆になりましたが、これにより学園から関係者から情報を聞き出し魔法塔の無力化、これが第二段階です」
「だ、第三段階は?」
「それは」
土知りの足具から特大の振動を感知する。
「門の破壊による正面突破です」
「!?、でもまだ魔法塔に仲間がいるんですよね」
「さぁね必要犠牲なんじゃない?詳しい話はわからないけど………私たちの目的はバアル様奪還、ただそれだけよ、従者ならそれだけを考えなさい」
「っ!、はい」
特大の振動を感知したということはすでに門が破壊された証拠。
「私は先に行きます」
「あ、ちょ!?」
風の力を使い飛び、空から俯瞰する。
(見つけた!!!)
今まさに門を通ろうとしている集団を見つけた。
その集団の最後尾に、バアル様を抱えている獣人がいた。
「っ待て!!!」
すぐさま門をくぐろうとする獣人の元に飛ぶ。
「バアル様を返せ!!!!」
刀を抜き男だけを切ろうとするのだが。
ギィン
「っ!?またあなたですか!!!!!!!」
ニィ
刀が講堂でやりあったハイエナの獣人に止められる。
「貴方のせいで!!!!!」
すぐさま刀に魔力を通し【風辻】を発動させる。
ニィ
(っよけられた!?)
斬撃の線上に確かに捉えていたはずなのだが、いつの間にかその線上から離れている。
「【嵐撃】!!!」
すぐさま刀を向けて【嵐撃】を放つ。
「*****」
軽やかにそれすらも避けるとなにかしゃべり、笑い出す。
「何がおかしい!!」
すぐさま刀を構えて、駆け寄るのだが。
獣人は上を指さし、笑う。
その意図はすぐさま理解した。
獣人の門の破壊は乱雑に行われている。
その下である程度大きな戦闘をしたらどうなるだろうか。
ただでさえ不安定な状態なのに下で強風を巻き起こせばバランスを崩し。
門自体が倒壊してしまう。
「っそういうことか、くそっ!!」
何百と言える岩が降り注いでくる。
「『風、ぐっ」
避けるために【風辻】を使おうとすると、横から殴られ岩が降り注いでいる場所に戻される。
「だめ!やめて!」
上から降ってくる瓦礫に次第にバアル様が見えなくなる。
「その方を!!バアル様を連れて行かないで!!!!!!!!」
私の叫び声は、岩が降り注いでくる音にかき消されてしまった。