容赦のない実演
発表会の会場となっている講堂は、普通の講堂というよりもオーディトリアムと呼ぶにふさわしい形容になっている。座席はおそらくは千を超える数あり、壁際には赤いカーテンで仕切られている個室が存在した。
そして俺たちは下の座席ではなく、上の個室の部分にいる。
「へぇ~いい場所だな」
「でしょ、今回はバアルがいるからロー爺に少しだけ優遇してもらったんだ」
つまり俺をダシに使ってこの席を確保したわけだ。こちらとしてもそれだけでいい席を確保できるのなら文句はない。
コンコン
後ろの扉が開くと、やけに扇情的な服装をした女性獣人が入ってきた。
(犬?狼?……いやハイエナか?)
頭の上には三角の耳があり、髪の毛はベースが灰色で所々に黒い斑点のようなものがある。褐色の肌を持ち、長身だ。おそらくは180はあるのではないだろうか。そしてさらに特徴的なのが、分厚い鉱物で出来ている首輪と鎖のない手錠だ。
「それは『隷属具』だね」
興味がある視線を向けるとロザミアが説明してくれる。
『隷属具』とは奴隷につけられる魔道具の一種。これはイドラ商会ほどではないが量産することが可能になっているらしい。
効果に関してだが、主人となる者を設定するとその言葉に逆らえなくする事ともう一つ奴隷の魔力を使用させなくするもの。これにより奴隷は戦闘する方法を基本は持たなくなっているらしい。
もちろん、命令違反や主人に危害を加えようとすると場合によっては魔道具に仕込んである魔法が発動し、首と胴がお別れすることになるとのこと。
「…………」
ハイエナの獣人は何も言わずにお盆を差し出してくる。その上にいくつかのコップがあり、中にはそれぞれ色とりどりの液体が入っていた。
「それはここら辺の部屋限定のドリンクサービスだ、全部ジュースだから好きなのを選べばいいよ」
というので俺は黄色のジュースを、ロザミアは紫色のジュース。
今回はリンとノエルも席についているので二人もそれぞれ緑と灰色のジュースを受け取る。
「うん。おいしい」
同じく飲んでみると、キウイフルーツの味がした。リンとノエルも味に満足しているようで、笑顔になっている。
ジュースを堪能していると講堂の明かりが一部を残して消えていく。
「さて、始まるよ」
ロザミアの声と同時にステージに光が当てられる。
「それではマナレイ学院研究発表会を開催いたします。この度、進行を務めさせていただきます、セルグ・エル・ヴァラフです、どうぞお見知りおきを」
ステージの端では薄緑の髪をした青年が拡声器で始まりの合図を告げる。
「それではまず初めに、『刻印研究室』の発表となります」
幕が上がると、そこには武具やローブ、杖や盾、剣が立てかけられていた。
「こんにちは皆様がた、わたくしは『刻印研究室』の研究員を務めているエイラ・マク・フェルィムと申します」
ステージに出てきたのは淡い金色の髪色をした20代ほどの女性だ。
「まずは感謝を栄えある、マナレイ学院の研究発表者に選ばれたことを誇りに思います」
そういって綺麗な礼を見せる。
「それでは『刻印研究室』の研究成果を発表していきたいと思います」
そういうと同じバッジをつけている生徒が出てきて、装備を前へ運んでいく。
「ご存じの通り、魔物の素材には耐性というものが存在します。火に強い素材、水に強い素材、風化しずらい素材、衝撃に強い素材、雷に強い素材。もちろん、それらの素材を使えば各属性の耐久が上がると言っても過言じゃなりません。ですがその反面、弱点があることもご存じの事と思います」
魔物には苦手とする属性が存在する。
もちろんそれは魔法相関にて決まっているので推測はしやすい。もちろん例外もいるがそれはごく少数だろう。
「例えば火に強い耐性を持つ素材で装備を作ると、水の耐性に難が出ます。ほかにも水の装備ですと雷に、雷の装備ですと土に、土ですと風に、風ですと火のように。なのでこれまでは対処する魔物の属性で装備や武器を変更していました。ですがこの成果は、その心配がなくなります」
そういうと一つのローブを前に出す。
「こちらは風狼の毛を元に作られた装備です。そして風狼は風属性となり火属性が弱いことになります。ですが今回の成果を使いますと」
何かしらのバッジを取り出しローブに止める。
「とくとご覧ください『爆炎球』」
『火球』の上位互換である『爆炎球』をローブに向けて放つ。
何周りも大きい炎の球がローブに当たると、炎はローブを飲み込む。
「さて、ローブが燃えているさなか皆様にお聞きいたしましょう。風狼の素材で作ったローブに火魔法を放ちました、そしたら結果はどうなると思いますか?」
下の階から、燃えるとの声がぽつぽつと聞こえてくる。
「おそらくほとんどの皆様が燃えるなどの御想像をしたと思います、ですが実際はどうでしょうか」
次第に火が消えていくと、多少黒くはなっているが原型をきちんと残しているローブが出てきた。
「この通り、火が弱点であるはずなのに燃えないのです」
(あれが本当に風狼の素材ならな)
「そして皆様方には本当に風狼の素材を使われているのかと、慎重なお客様もいるでしょう、ですので、それを証明したいと思います」
そういうとバッジを取り外し、元の位置に戻る。
「ではもう一度『爆炎球』」
ボウゥオ
今度は耐えることなく即座に燃え尽きた。
「「「「「「「「「おお~~~」」」」」」」」」」
下から称賛の声が聞こえてくる。
「どうでしょうか、この通り灰になってしまいました。さて、ほかの装備でもお試ししてみましょう」
今度は風耐性のない鎧にバッジを取り付ける。その後に風魔法を使用するとほとんど無傷なのだが、バッジを取り外し風魔法を使うと大きな傷跡が出来上がっている。
次に剣を取り出し、用意された案山子に振る。するとただただ切れるだけなのだが、バッジをつけると今度は切ると同時に火が巻き起こり案山子を燃やし尽くす。
またその次は何の変哲もない盾なのだが。今度は相方役やってきて刃のない剣を降り下ろし、それを受け止める。すると普通に受け止めるだけなのだが、バッジをつけると、受け止めた瞬間に風が巻き起こり、相手を吹き飛ばしてしまう。
その後も同じように様々な物にバッジをつけて実践していく。
「長らくお待たせしました、成果の発表します。わたくしたち『刻印研究室』が開発したのは属性付与ができるエレメントバッジというものです」
それからの説明で、このバッジを作成しようとした原点は属性付与と耐性付与の何が違うかに着目したかららしい。
「一言で申しますと、耐性付与も属性付与も原理は基本同じなのです。ただ属性に作用する魔力が広がっているかどうかという点のみでした。なので我々は魔石に特殊な刻印を付与することで、装備に新たな耐性や属性を付与することに成功したのです」
下でどよめきの声が上がる、なにせ耐性を好きに付与できる道具だ。
戦闘職に携わる人からすれば欲しい代物であるのは間違いない。
「ですが、この道具には一つだけ欠点があります。それがあらかじめバッジを組み込む回路を装備に刻印しなければいけないということです。なので既存の装備につけたらすぐさま耐性が付与されるわけではありません」
そういうと落胆の声が聞こえてくる。
「ですが、ご安心ください、すでに我が研究室は既存の装備でも問題なく使えるようにする術を開発中です」
そういうと今度は期待の声が上がる。
「もちろんその発表もしたいのですが、残念ながら、もう少々時間を要するということでこの度の発表は以上となります。次回の研究発表に乞うご期待ください」
そして締めくくりの言葉を述べると幕が下がっていく。
パチ
パチパチパチ
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
最初は少なかった拍手が徐々に大きくなり、やがて会場の全員が拍手をするようになった。
「どう?面白かった?」
「ああ、これは面白いな」
もちろん製法を明かすことなどせず、有用性だけを見せていった。
(軍人からしたらほしい道具だろう)
あの道具の実用性が広がればどれほどの財になるか。そうでなくても魔物への対策には十分な策となる。
「それに耐性と属性付与は実は同じものか」
火を生み出すことと火に耐えることはイコールではないはずなのだがな、と心の中で思考を始めてしまう。
「何か参考にありそうかい?」
「残念ながら、現段階だと俺達にはあまり意味がない情報だな」
「そうか…次が始まるみたいだな」
ステージに目を向けるとちょうど幕が上がり、いくつもの檻が置かれている。
「では、お次は『魔獣研究室』の発表です」
司会の声と共に、身だしなみを整えた男性が入ってくる。
「僕は『魔獣研究室』のセルロ・マク・ルフィニズといいます」
ここで今更ながらの疑問が出てくる。
「マクとエルの違いはなんだ?」
「ん?ああ、簡単に言うと上位貴族か下位貴族ってだけだよ」
マクが騎士、男爵、子爵に与えられ、エルが伯爵、侯爵、公爵に与えられる名だという。
「それでいうとエルの名前はあまり聞かないな」
学院内ではロザミアとロー爺、そして先ほどの司会でしかその名前は聞いたことがない。
「それより始まるよ」
そうこうしていると発表が始まる。
「我々が注目したのは獣人についてです」
アシスタントらしき研究員が檻の一部を外し、中から幼いイヌの特徴がある獣人を取り出す。
「********!!!********!!」
なにかを喚くが、誰も気にも留めない。すぐさま猿轡を嵌められると、裏から数名が出てきて取り押さえられる。
「まず、我々は着目したのは獣人の【獣化】です。この中には軍事関係の方々もおられると思います、その方々はどのような力か理解はできると思います」
そう言うと、少年に向き合う。
「『獣化しろ』」
「!?!!!!!!!!*******!!!!!!!」
首輪と腕輪が薄く光ると少年はもがきくるしむ。
そして次第に肌の色が変わり、毛深くなり、より獣に近い姿になる。
(さながら狼男だな)
腕すべてが剛毛に覆われ、指の先から鋭く大きい爪が生える。胸から上は獣の特徴を得て、顔も狼の骨格となる。
「このように獣人は獣の姿を取ることができるのです、そしてこのような姿になれば」
少年が鉄鎖で縛られるとその場に立たせられる。
「では行きます、『爆炎球』!!」
「!?******!!!!」
「「はあ!?」」
ノエルとリンが驚くのも無理はない。
なにせアルベールやシルヴァとさほど変わらない少年が炎に包まれて燃えている光景を見ているのだから。
ギチッ
「…ッチ!」
舌打ちをしたのは俺たちの後ろで待機しているハイエナの獣人だ。
(まぁ同胞があんな扱いをされれば腹も立つか)
口の端から血が流れている。悔しくて唇でも噛んだのだろう。
「さて、この通り獣人は種別ではあるのですが獣化すれば、この通り『爆炎球』にも耐える様になります」
ステージでは炎が消えて、肌に焦げ跡が付いている少年がいた。だが獣化した部分には一切の焦げ目がなかった。
「もちろん、子供であるがゆえに耐性の力は大人よりも劣ります。ですが劣っているとしても真正面から『爆炎球』を浴びても平気でいられるのです」
平気とは言っても人の部分にかなりのやけどを負っていた。
(だが確かに獣の部位には不自然なほど火傷がない)
魔法に対しての耐性があるのか、火の耐性があるのか。
「そして、これは火に対してだけではありません」
セルロが何やら裏に視線を向けるとアシスタントの一人が剣を持ってきた。
そして何やら頷きあうと一人が剣を振りかぶり。
容赦なく剣を振り下ろした。
「********!!!!!!!」
鈍い音と幼い悲鳴が響き渡る。