奴隷制度
「つまり、魔力は空中にも存在し、細胞が生きている状態であれば外の魔力…この場合は自然魔力とでも呼ぼうか、それを吸収し、自身の魔力へと変換してくれるわけ、か…………うん、考えとしてはしっくりくる。なんだったらもっと詰められそうな研究になったね、あむ」
「ここで、そんな話は野暮じゃないか?」
現在、ロザミアの奢りで高級レストランで食事をしている。今回新しい発見ができたということでお祝いのためにわざわざ予約を取ってもらっていた。
「おいしいですね、リンさん」
「そうですね」
今回は個室で予約していたため、リンもノエルも同じ席で食事をしている。あまりこういった席には座らないノエルは出てきた料理を頬張り、おいしいと感想をする。リンは何度かパーティーに連れ出したりしているため、慣れているがおいしいことに変わりはなく、ゆっくりと料理を噛みしめている。二人ともみっちりとテーブルマナーを習っているため、はた目から見て何も問題はなかった。
「ああ、ついでに言えばこれは後から確かめた実験だけどな」
「後から?」
「グロウス王国がノストニアと交易している話は知っているか?」
「もちろんさ、ポーション関連の研究室がノストニアからの交易品が高いって嘆いたのを覚えている」
「エルフの生態は?」
「人よりも何倍も強い、魔力が見え……カンニング?」
ロザミアも答えにたどり着いたようだ。
「失礼な、先に事実を知ったと言ってほしい」
「納得だよ、どうりで即座に否定したはずだ」
なにせ既に答えを知っている状態だ、なら答えから逆算するのはそう難しくなかった。
「だったらエルフの一人や二人実験に付き合ってもらいたいものだけど」
魔力が見える種族が研究所にいれば飛躍的に研究が捗るだろう。
だが
「この国じゃ無理だろう、奴隷が普通にはやっている時点で来やしないさ」
「だね、もし手に入れようとしたら裏社会に出入りしないといけなくなる、それはあまりにもリスクが高いさ」
今のところ交友があるのはグロウス王国だけ。それもエルフは見目麗しい容姿をしているので、奴隷としてよく標的にされてきた。そのため奴隷制度がある国に行きたがるわけがなかった。
そしてロザミアの言葉に気になる部分があった
「………国で奴隷が認められているのに裏側でもあるのか?」
奴隷制度が一般的に出回っている中で、表も裏も関係ないと思うのだが。
「ああ、あるさ、そうだね、君は奴隷制度についてどこまで知っている?」
「残念ながら奴隷がいることだけだ。奴隷制度については学んでも意味がなかったからな」
グロウス王国の貴族である以上奴隷を所持することはないため、そこら辺の知識は学んでいない。
「じゃあ教えよう」
食事の場としての話題はいささか不適切な気がするが、今回は個室なので遠慮なく教えてもらうことにした。
クメニギス魔法国での奴隷は3種類に分けられる。
一つ目が刑罰による、犯罪奴隷。罪状により刑期が決められ、その間は国から受けた指示を必ず受けなければいけない。ちなみにその指示を無視しようとすれば容赦なく首輪から刃が突き出し死に至る。
二つ目が身売り。これは国民奴隷といい、購入者に衣食住を保証させる奴隷だ。自身で奴隷商に売り込み、その分の金額を貰う、その後に購入者のもとに売られていくというものだ。もちろん彼らにも人権というものが存在し、ひどいことをされれば訴えることもできる。そして働けば、購入者から国が定めた最低賃金をもらうことができる。これが自身が売られた金額と購入された時の金額になれば、奴隷の身分から解放されて、奴隷の身分から解放される。まぁ一種の救済制度と言い換えてもいい。
そして最後が戦益奴隷だ。これは正真正銘のまさに奴隷だ。買われたら最後、死ぬまで付き従わなければいけない。嬲ろうが犯そうが殺そうが罪には問われない、本当の奴隷。主に戦争などで手に入れる。奴隷商の本領はここにあると言っていいらしい。
「奴隷制度はこの三つさ」
「やはり聞いた限りだと、裏社会が出てくるとは思えないんだが?」
グロウス王国みたく表で奴隷が禁止されていないので、表で悠々と奴隷商売ができるはずだ。
「それがあるんだよ、戦益奴隷、これは戦時中の裏切り行為をした軍人や民間人も罪状によっては犯罪奴隷ではなくこれに含まれてしまうんだ」
「……なるほどな」
ロザミアの説明でわかってしまった。
「大きな声じゃ言えないけど、どうしても奴隷に落としたい奴がいたら、でっち上げて無理やり落とすんだよ、ほかにも……ね」
ロザミアが口を噤む。
(どうせ、戦争していない他国からも攫い、戦益奴隷に仕立て上げているんだろうな)
その中にはもちろんグロウス王国の民もいるだろう。
もちろんこのことが知れたら、ただでは済まされない。
なにせ自国民が無理やり奴隷にされているなら黙ってはいられない、なので表では関与がないように裏組織を使うらしい。国としても公にエルフを取り扱ってしまえばノストニアの反感を買うことになる。そのために国の責任が生じない裏組織を使うことによって、表立っての言及されないようにしているとのこと。
「まぁたとえ裏社会にエルフが出品されても研究室に買えるだけの資金なんてないから」
「俺がノストニアにチクるとは思わないのか?」
「その時はその時さ、ある程度国は削れるけど、その分貴重なエルフの戦益奴隷も手に入るだろう」
ロザミアはむしろそうして欲しいという願望すらありそうだった。
「まぁ友好的にできるならそれに越したことないさ」
「そうだな、もしノストニアと全面抗戦になってもグロウス王国は関与しないつもりだからな」
「ははは、だろうね、それで、次の実験なんだけど」
それからは魔力についてどんな方針で研究していくのか存分に話し合った。
奴隷の話が出て数日後、面白い話を耳にしたため。それを確かめに出かける。
「へぇ~案外しっかりしているんだな」
ロザミアに連れてきてもらったのは、クメルス一番の奴隷商だった。
用意された広大な広場にはサーカスみたいな特大のテントが張られている。
「しかし、意外だねグロウス王国から来た人たちのほとんどが奴隷を毛嫌いしているって聞いたんだけど」
「俺は場合によってだな、正直犯罪者は殺すよりも奴隷にして死ぬまで強制労働にした方が楽なんだと思っているほどだ」
「たしかにね、とりあえず入るよ」
ロザミアに続いて俺とリンが奴隷商に入っていく。ちなみにノエルは寮でお留守番だ。
テントの中に入ると、まず最初に通路を布で区切っている案内所らしき場所に出る。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件でしょうか?」
簡易的な案内所らしき場所から背を低くしている男性が近づいてくる。
「マナレイ学院のものだけど、少し奴隷を見せてもらいたくてね、これが紹介状だ」
その男にロザミアが学院長であるロー爺に書いてもらった紹介状を見せる。
「なるほど。わかりました、用途は実験用でございましょうか」
俺達がなぜ、ここにきているかというと、お目当てはとある奴隷たちだった。
「ええ、実は獣人を見てみたくてね」
獣人、それは人なのに獣の部分を持つ者たちのことを言う。彼らは蛮国出身で、なぜだか人の形をしているのに部分的に動物の形を取っている不思議な人種だ。
グロウス王国の人間はあまりかかわりがないがクメニギスの人間だとこの名を知らないのはかなりの田舎者だけだ。
「ほぅ、少々凶暴ですが問題ないですか?」
「ああ、新しい研究員が見てみたいというもんだからね」
「ではこちらにどうぞ」
男の案内で何重にもカーテンので仕切られている中を進んでいくと、一番奥の区画へとたどり着く。
「こちらは我が商会でも自慢できる品々となっております」
中に入るといくつのも檻があり、中には様々な獣の部位を持つ人間が入っていた。
「私は戦益奴隷担当のウーゴといいます」
中に入ると担当する商人がこちらに気付いて近づいてきた。
「では私は外で待っているので何かあれば声をおかけください」
さきほど案内してくれた人物はカーテンの外で待機しているようだ。
「それでは細かいご要望をお聞きしたいと思うのですが」
「そうだな~」
ロザミアがこちらを見てくる。
「では、できるだけ獣の部位が大きい者を見せてくれ」
「老若男女問わずで、問題ないでしょうか?」
「ああ」
「では少々お待ちください」
そういうとウーゴが一つの檻に近づき、何かを命令する。
檻の中の全員が立ち上がり、牢のぎりぎりで棒立ちになる。
「まずはこちらが犬に酷似した部位を持つ者たちでございます」
立ち上がったものを見てみると腕の一部や、足の一部が獣になっており、全員が何かしらの動物の耳が生えている。
「腕や足を見せてもらいたいんだが」
「もちろんです『檻の外に手を出せ』」
全員が檻の外に手を出し、そのまま佇む。
「爪は鋭い者もいれば、人の爪の者もいる」
手も見てみると全員が鋭いわけではなく、腕に獣の特徴を持つ者のみだ。
そして足なのだが。
「もしよろしければ台をご用意しましょうか」
「……頼む」
ウーゴが持ってきた空箱に足を乗せてもらい、観察しやすくする。
「獣の形になっている者もいれば、混じっている者、人の足もいるのか」
個体差があるのがとても不思議だ。
耳も立っていたり、垂れていたり、丸くなっていたり、とんがっていたりと様々だ。
「これだけか?」
「いえいえ、蛮国からの奴隷はまだまだいますとも」
獣人は蛮国からの戦益奴隷だと聞く。彼らは蛮国出身でクメニギスの奴隷産業では主軸となっているとのこと。何しろ、獣人は身体能力が高く頑強、つまり労働力には最適な品種だということだ。
「こちらにはネコの特徴を持つ者です」
それからネコの特徴を持つ獣人、クマの特徴を持つ獣人、ウシの特徴を持つ獣人、シカの特徴を持つ獣人、ネズミやウマ、サイ、ウサギなど、様々な獣人がいた。
「どうでしょうか、お眼鏡にかなう人材はいましたでしょうか?」
「ふ~ん、ちなみに一人いくらになる?」
「そうですね、獣の部位によるのですが、大体、成人男性はクメニギス大銀貨7枚、成人女性は金貨2枚、子供に関しましては男の子が大銀貨4枚、女の子は大銀貨6枚といったところです。ああ、もちろん瑕疵などがありましたら値引きをさせてもらいますよ」
(人としての認識をしていないんだな)
奴隷商からしたら売り物だ、それも当たり前といえ当たり前だ。
しかも
「*****!!!!!*******!!!!!!」
「**!?****!!!!!」
「**********、**************」
時折、何かを話しかけてきているのだが、フェウス言語でもなく、聞いたことがない言葉だった。
(言語体系が違うのだろうな……それに声帯も動物のそれとなっているなら人の発音が真似できない者もいそうだ)
そう考えると独自の言語を扱っていてもおかしくない。
「どうするかい?」
「その値段だと、予算が足りないな」
「多少お値引きは考えておりますが」
「残念だが、実験体だ、いくらいても足りない、もう少し予算が下りるようになってからにするよ」
「そうですか」
こうして奴隷商を冷やかすだけの結果になった。




