不安でいっぱいの新生活
ロザミアと面会を果たした二日後、マナレイ学院に向かう日がやってきた。
「それではバアル様、ご健勝を願っております」
「お前たちも無事に帰還しろ」
「「「「「「「はは!!」」」」」」」
護衛とはオウィラの町でお別れをし、連れてきた多くの馬車が国境に向けて走り出す。
本来ならこれからも騎士たちには護衛を頼みたかったが、下手に戦力を持っていくと反グロウス王国を掲げている勢力に目を付けられかねない。
戦力というのは持ち歩いているだけで神経を逆なでしてしまう。それゆえに事前に提示された二名のみで向かう。
「さて、それじゃあ行こうか」
今度は待機してあったロザミアの馬車に乗り込み、マナレイ学院に向けて出発する。
「それで君はどの研究室に入るつもり?」
馬車の中でロザミアが今後どうするのか聞いてくる。
「『魔力研究室』というところだ」
そう答えるとロザミアは一瞬驚き、すぐに含みのある笑顔になる。
「なんでそこにしようと思ったか聞いてもいいかな?」
「……一つは魔力を知ることで魔道具の幅が広がる可能性があること。俺がイドラ商会を経営しているのは知っているか?」
「ああ、知っているよ、数年前にこっちにも入ってきたね。ほとんどの研究室はイドラ商会の冷風機や暖炉を使用しているね」
ならばあとは道中に魔道具を配置するだけで通信機は使えると思っていいだろう。
「もう一つは技の使用の際には魔力は必須の条件だ。この魔力を調べることでどうやって技がどう発動しているのか解明できるかと思ってな」
「うんうん、なるほどスキルと技に関しての発表をしただけはある」
「あの場にいたのか?」
「いんや、私は伝聞で聞いただけさ。以前同じようなことをしようとした人物がいたんだけど、挫折していたものさ」
ロザミアは何かを思い出すように目をつむる。おそらくはその人物と知己であったのだろう。
「だが君はできた、それだけで君の才能は評価できるよ」
技の発動条件はほとんどが不明。アナウンスもないのでどのタイミングで使えるようになっているかはわからない。【鑑定】ができるとして、スキルレベルは特定できても、どのような条件、ステータスで使えるようになっているかもわからない。
それを調べようとするとどれほど大変なのかは理解できるだろう。
「さて、では『魔力研究』に興味を持つバアル君に質問だ」
ロザミアは備え付けられているソファに背を預けて、急に語り始めた。
「人は魔力をどう感じる?」
(どう感じるだと?)
また突飛な質問をしてくる。
「なんとなく周りに存在しているのが何となくだが理解できる、それこそ見えないが風が吹いているように、ぬるま湯に浸かっているようにだ」
魔力は肌の周りに見えない水が張り付いているように存在する。それも自身から流れているのを感じることができるようにだ。
「まぁ表現は概ね合っている。では第二問、魔力を操作するのはどんな感じ?」
「どんな?………………」
説明がしにくい。
「漏れ出る魔力に勢いをつけて、波を起こし固定する感覚だ」
わかりやすく言うならば、皮膚の表面からとてつもなく細かい棒グラフのように魔力を伸ばし、固めるような感覚だ。
「うん、その表現もあっている。じゃあ三問目、魔法を使う時はどのようにして使っている?」
また変な質問だな。
「魔力を一定の形に形作り、一定の要領で魔力を操作することで魔法は発動する」
魔力を特定の形に固定して、その魔力に向けて別の魔力を流せば魔法が発動する。
イメージとしては空に見えない模型を描くようなものだ。
例を出せば、水の魔法は内側に渦を巻いている形を必ず取る。円錐型の頂点に渦巻くように流せば、水が集まり飛んでいく。これが火の魔法だと、今度は渦巻くようにではなく三角錐や四角錐の底辺の線からの頂点に向けて魔力を走らせ、ぶつけ合うような形になる。そうすることで火球が生み出されて飛んでいく。
もっと具体的に言うのであれば
『火球』なら飛ばす方向を頂点にして三角錐の形を作り、頂点に向かって魔力を流すように。
『水球』なら円錐の頂点に向かうように渦を巻くように動かすこと。
『土球』は魔力をまとめて二重螺旋構造の中に回転させながら通すことでできる。
『小雷』は魔力をジグザグに走らせることで。
『風刃』は円盤を意識して、外側に向かうように回せば行使できる。
『光』に関しては、魔力を一か所に集めて圧縮することで。
『闇』は魔力を指定の場所に集めて、ライトと反対に伸長させるようにすることで発動できる。
そして実は属性により必ず取らなければいけない形というものが存在する。
火魔法は、衝突させること。
水魔法は、円を描きながら収束させること。
土魔法は、固めるような動きを。
風魔法は、円を描きながら広げるように
雷魔法は、ジグザグに動かすこと。
光魔法は、圧縮することで。
闇魔法は、伸張することで。
このように魔力は動きで様々な現象を起こせることができる。
もちろん初級魔法ではこのような単調な形で済むが、中級などになると形成しなければいけない魔力の形はより複雑になっていく。初級と中級、上級などの区切りは形成する形の複雑さで決まる。
そして付け加えるならその形は国や技術形態で様々な形を取る。そしてその幾何学な式を通称魔方式と呼ぶ。
「正解。ではなんで詠唱は存在するの?」
「それは技の発動と同じような物だろう」
スキルに【魔法】が存在し、なおかつ十分なスキルレベルを持ち合わせているのなら、声に出し、読み上げることで、魔力が勝手に動き詠唱の魔法を勝手に使用してくれる。
もはや一種の技といっていいだろう。
「それも正解、なぜだか魔法スキルを持つ人は詠唱するだけで自身で魔力を操作することなく勝手に魔法が組みあがってくれる」
「……いい加減この問の意味を教えてくれ」
するとロザミアは笑いながら手を広げる。
「君はこれらの問を答えられ、なおかつ疑問を持つことができる、素晴らしい。もし魔力に少しでも面白さ、興味を引かれたのならその研究室の門を叩きたまえ」
そういい、最後まではぐらかされた。
マナレイ学院のあるクメニギスの王都、クメルスは国の中心からやや東寄りのに存在している。そのためオウィラから最速の馬車で、十日ほどしか掛からない。
今回は急ぎの旅でもないため道中では様々な街に寄れるので宿をとり、時には安全な場所で野宿する。
もちろん、その際にはロザミアの雇った護衛がおり、俺たちが火の番をすることなどなく、快適に過ごすことができた。
そしてオウィラの町から16日が経つ頃。
「あれが王都クメルスだ」
ロザミアの指差した先では、広大な平原に楕円形に伸びた城壁が見える。
「あの塔は?」
長い城壁の内側には城のほかに12本の大きな搭が見える。
「あれは『魔法搭』、あの塔が存在している限り、この都市が攻撃されることはまずないさ」
話を聞くとあそこの搭自体が大規模な魔術展開の触媒になっているそうで、容易に戦場を覆せる魔法を発動させることができるらしい。
(攻め落とすなら、包囲して兵糧攻め……だけどあの魔法搭の射程が不明なため包囲網が形成できない可能性がある)
城壁の中に魔法搭は存在しており、外壁を越えなければ搭へとたどり着くことができなく、搭を壊さなければ外壁に近づくことすら困難になる。ある意味では完璧な防衛線ともいえる。
そんなことを考えている間も馬車は街道を進み、クメルスの門にたどり着く。
「私は少し門番と話してくるから、待っていてくれ」
門に近づくとロザミアは外に出ていく。理由は都市に入る列に並ぶことなく貴族の権利で最速で門を通過するためだ。
「…すごいですね」
リンが魔法搭を見ながらつぶやく。城壁がすぐ近くにあると言うのに影に隠れることなく、搭の半分から上が見上げられる。
「そうだな、これがあればこの都市が落ちることはまずないと考えていい」
「ですが、魔力を切らすまで使い続ければ、ただの搭と変わりのないのでは?」
「そう思いたいがな」
魔石を膨大に蓄えているのであれば、生半可な消耗では無力化できないだろう。それこそ、有事の際に備えて何十年も魔石をため込んでいるのなら、下手すれば一年かけても魔力が途切れない可能性すらある。
「お待たせ、それじゃあ学院に向かおうか」
ロザミアが馬車に戻ると門を通り過ぎ、街の中を進んでいく。
クメルスは王城とマナレイ学院を囲む楕円のような形をしている。また城壁から少し進んだところには高くそびえたつ魔法搭が存在しており、存在感を誇示している。
現在は学院と城がつながる大通りがあり、そこを進んでいる。
「面白い都市だな」
都市のいたるところで魔法が使われている。
屋台では火魔法を使い豪快に肉を炙って、伸びすぎた枝を風魔法で切断し、畑では土魔法を使いひとりでに畑が耕されていき、それが終われば水魔法で畑全体に水撒きが行われる。
「ここでは約9割の人が魔法を使えるからね、魔法がいろいろなところで使われているのさ。ほかの町ではもう少し魔法を使える人は少なくなるよ」
「それでも魔法が使える割合が高いな」
魔法が使えるということはそれだけ教養が高いことを意味する。なにせしっかりとした技術の継承が可能となっていることに他ならない。
またグロウス王国でもよくても人口の5割しか魔法を使うことはできないだろう。ネンラールに関してはもっとひどい。とはいえ、グロウス王国もネンラールもそれぞれ独自の特色を持つため、戦力が弱いとはとても言えない。
そんな街の情景を見ながらどんどん人の少ないほうへ進んでいく。
「なんで人が少なくなっているんだ?」
学院らしき場所に近づくほど自然が濃くなっていき建物が少なくなっていく。
「まぁ、危険だからね」
ドォン!!!!!
ロザミアの言葉と共に何やら爆発音が聞こえてくる。
「待って!これは攻撃じゃない!!」
隣を見てみるとリンが刀を抜きかけ、ノエルが短剣を取り出していた。
「じゃあ、あの音はなんだ?」
「少し待って……あ~あそこは火魔法研究所だね、新しく魔法を作ったはいいけど暴発でもしたのかな?」
窓から煙の上がっている方を見て、予想を立てている。
「……一つ聞くが、学院ではあのようなことが日常で起きるのか?」
「まさか、あれはごく一部の攻撃体な研究所が無茶をする時ぐらいだ」
「死人は?」
「死人は出たことがない」
俺も煙が上がっている方を見る。
「どう考えても無事じゃすまない爆発だったが」
「……たとえ死にそうになっても、治せれば死んだことにはならないからね」
ロザミアが不吉な言葉をつぶやき、馬車は学院に向かって進んでいく。
 




