腹の探り合い
レイン嬢の案内でやってきたのは門の近くの草原だ。城壁には寄り添うように様々な小屋が置いてある。本来なら放牧地に様々な家畜を放つのだろうが、残念ながら今は冬なので、ほとんどの家畜が、小屋へと戻されている。
「こちらです」
レイン嬢はそのうちの最も大きな家畜小屋に向かう。
「こんにちはー店長いますかー?」
中に入るとレイン嬢は大声で誰かを呼ぶ。
「おお~レイン様か、どうしたんですか?」
声に呼応するように奥から一人の男性が出てくる。
「実はこの三人に騎乗体験をさせたくて」
「なるほど、では貴方も貴族様ですか」
「ああ、ゼブルス家のバアルだ」
「ゼブルス……公爵家!?」
俺の正体が理解できるとすぐさま跪く。
「失礼をしました、私はこのリユーラ商会会長、ダクン・リユーラと申します」
「よろしく、今日はレイン嬢の案内で騎乗体験をさせてもらえると聞いたのだが」
「はい、当店では家畜の売買、育成請け負い、貸出など家畜に関して幅広く行っており、騎乗体験はそのうちの一つなのですが……」
「どうしたの?」
ダクンはレインを見てしばしば考え込む。
「わが商店では馬はもちろん、様々な騎獣を執り行っております。ですがもし、レイン様同様に特殊な騎獣に乗りたいとのことなら、やめといたほうがよろしいかと」
「どういうことだ?」
リユーラ商会には馬をはじめとし、大蜥蜴、大駝鳥、猛突犀、穏走竜、輸走亀、大毛象など希少な騎獣を扱っている。
だがこれらは特殊な訓練を受けた者しか乗ることはできなく、訓練してないものが乗れば怪我だけれは済まないことも多々あるらしい。
「ということで、私としては特殊な騎獣を乗るのは控えたほうがいいかと」
「え~~面白いのに」
「それはレイン様だからです!ふつうは何も教えてないのに猛突犀とか乗れるわけないですよ!!!」
最後に敬語が取れるほどにはレインには手を焼いているみたいだ。
「こちらとしてもできれば大怪我とかは避けたい、普通に馬とかを貸してくれないか」
「それを聞いて安心しました」
ということで素直に厩舎の中に案内してくれる。
「ではこの中から選んでください」
案内された場所には50頭ほどの馬がいた。
「この馬は安全なのか?」
「はい、商会で選りすぐった馬たちです。どれも気性は穏やかで人懐っこいですよ」
ダクンが手を伸ばすと馬は頭を擦り付ける。
「ただ、その分馬力は弱いですが、騎乗体験というのならもってこいですよ」
たしかにな。力強い馬は戦場や重労働に適しているが、力が弱い馬はこういった体験などがあっている。
「試しに触れてみてもいいか?」
「どうぞ、どうぞ」
試しに触ろうとすると、馬が自分から体を寄せてきた。
「たしかに人懐っこいな」
これならばそうそう暴れたりはしないだろう。
「じゃあダクン、私はいつもの!!」
「レイン様、今回はバアル様が体験しているんです、少しは自重してください」
「むぅ」
なにやらレインにはすでに愛用している騎獣がいるようだ。
「ダクン、俺は乗らなくていいからどんな騎獣がいるか見せてくれないか」
「あ、はい、わかりました」
馬なら何度かすでに乗っている、今更体験する意味などない。ならばめったに見ない騎獣をこの目で見たほうが有意義だった。
それからダクンの先導の元ある厩舎に入る。
「いいですか、ここから先は下手に行動をしないことをお約束ください。この中にいるのは大変危険な騎獣もおります故」
公爵家嫡男にしつこいぐらいに念を押す。失礼とも取れるが、本当に危険な騎獣だと理解できる。言ってしまえば言質を取っておきたいのだろう。なにせ傲慢な貴族の子弟が言うことを聞かずに怪我をしてしまえばリユーラ商会が責任を取らされる羽目になる。
その後はダクンと離れないことを約束し、中に入る。
ギャアギャア
ブゥルゥウ
シューーー
ホゥオオウォ
厩舎に入ると様々な獣の鳴き声がする。
「うるさいですね」
「ははは、ここはまだいいほうですよ、なにせ雑食か草食動物しかいないのですから」
つまりは肉食の騎獣はまた別の場所にいるらしい。
「雑食を混ぜても平気なのか?」
雑食は草食でもあるが、肉食でもある。場合によっては捕食される可能性があると思うのだが。
「実は雑食は生まれてから草や木の実のみを食べさせると肉を食べなくなるのです」
そのほかにもいろいろな育成方法を取り入れているので肉を食うことはまずないのだとか。
「それでレインがいつも乗っているのってどれだ?」
「……あれです」
ダクンが指さしたのは馬よりも二回りもでかいオオツノジカだ。しかも角がより攻撃的になっており、大きく鋭く広がっている。
「斧角鹿といいまして、あの斧のような角で大木を伐ったりする危険な騎獣なのですが……」
視線の先でレインが斧角鹿に近づいていく。
「さぁ、今日も遊ぶわよ!」
ヒュ~ン
レインが声をかけると、斧角鹿は動き出し、レインが乗りやすい体勢になる。
「……放っておいていいのか?」
「本当はダメなんですが、今までレイン様が攻撃されたことがないので」
視線の先ではレインが檻のカギを外し、そのまま外へ出ていく。
「………」
「それじゃあ、追うとしましょう」
呆然としている中、ダクンに連れられてうっすらと雪が積もっている放牧地に向かう。
「ひゃっほ~~~~~」
ヒューーーーーン
視線の先からレインのはしゃぐ声と共に鹿の鳴き声が聞こえてくる。
「今更だが、レインって実はすごい奴なのか?」
「………判断しかねます、ですが、同じように何種類かの希少な騎獣を乗りこなせるので才能といえば才能かと」
「ユニークスキルとかではない、よな?」
メイドに話しかけてみると首を振り否定される。
「じゃあ、あれを素でやっているのか…………」
突然レインが得体のしれない何かに見えてきた。
「あ~楽しかった~~~」
かなりの距離を走って、レインは楽しそうにしているが、俺たちは少し疲れていた。
「レイン様」
メイドがレインに話しかける。その一言で何かを思い出したのかレイン嬢はこちらに寄ってくる。
「そうだ、バアル様」
「なんだ?」
「父さまにはあそこに行ったのは黙っててもらえませんか?」
「なぜ」
「まぁ~、ほんのちょっと怒られちゃうから」
「レイン様は御当主様に騎乗するのは禁止されているからです」
……つまりは俺たちをダシにして遊びに行ったわけか。
「もちろん、今日のお礼はさせてもらうつもりだよ」
「いいよ、別段、隠すほどの事でもないし」
こちらとしても珍しい騎獣を見れただけでも良かったのだが、黙っているだけで恩を売れるなら好都合だった。
一度宿に戻ると、城からやってきたメイドが晩餐の準備ができたと告げにくる。
それから準備を済ませると護衛の騎士数名を引き連れてキビクア城に入る。
「バアル様ですね」
「ああ」
「ではこちらにお越しください」
城に入るや否や執事が現れて、晩餐の会場に案内される。
「待っておったぞ」
中では長いテーブルに座っているレイフォン様。
「お待たせして申し訳ない」
「問題ない、それよりも乾杯をしよう」
「では、お言葉に甘えましょう」
俺は対面する席に座る。リンとノエルは扉の脇で控えている。
(これがセレナやカルス、カリンなら下手すれば中までは行ってきそうだな)
しばらく席についていると料理が運ばれてくる。
「では、バアル殿の息災を願って」
「私はグロウス王国の栄光を願いましょう」
レイフォンはお酒を、おれはジュースを口に着ける。
晩餐の料理はフランスのフルコースみたく一品ずつ出てくる。
「そういえば」
品を取り換えている最中に話しかけられる。
「どうやらグラキエス家のご令嬢と親しい仲だと聞いたことがあるのだが」
「誤解ですよ、父上がグラキエス家の現当主のアスラ様とお知り合いであるために、その縁で知り合ったにすぎません」
急にこの話をしだしたということは現在のイグニア陣営との距離を測っているのだろう。
「なるほど、ではリチャード殿はアスラ殿と近しい仲だと」
つまりはゼブルス家がイグニアよりなのかと疑っている。
「それはないでしょう」
「その理由は?」
すぐさま否定すると理由を尋ねられる。
「まず父上もアスラ様も第一を陛下と考えております」
もちろん家族云々ではなく、貴族社会の序列の話だ。
「陛下がアスラ様に継承位争いに参加するなと言えばすぐさま中立を保つでしょうし、父上も同様にイグニア殿下の派閥に入れと言われたらそれに従うでしょう」
「だがそれをしていないと?」
「はい、陛下は許容できる範囲での継承位争いを黙認しています。となると父上もアスラ様も自分の益のために動きます。それが」
「リチャード殿は中立であり、アスラ殿は親族の関係でイグニア派閥となったわけか……だがそれは近しくない言い訳にはならないぞ」
「でしょうね、ですが、これが国の問題が関わって来るなら別です」
「……なに?」
上手く話題を反らせた。
「陛下は最初から国内のみで問題を解決しようと考えておられました、ですがエルド殿下とイグニア殿下がクメニギスとネンラールに接触したと報告がありました」
「……続けろ」
興味を惹かれたようで何より。
「当然ながら他国を巻き込んで、自らの利権を奪われたのであればたまったものではありません。なのでゼブルス家が監視に乗り出したのです」
これでゼブルス家とグラキエス家が近づいてもおかしくない理由となった。
「ではグラキエス家の接触は陛下の意思の元ということか」
「そう思ってもらって構いません、そして今、私がレイフォン様に話している意味もお忘れなく」
イグニアも監視しているが、お前たちもしているんだぞと警告する。
「それを留学しに行く貴殿が言うか」
「私に関しましてはグロウス王国発展のための研究をするためにです、既に陛下にもお話したところ快諾してもらいましたので」
「さようか」
それからも食事を続ける。
「そういえば、西部では様々な騎獣を取り扱っているようですね」
「ああ、キビクア家の騎獣兵団はグロウス王国随一の力を持つと自負している」
たしかに魔獣を乗りこなし戦争に仕えるのなら、十分な戦力として使えるだろう。
獣の力が発揮されやすい平原ならなおさら。
「バアル殿は専用の騎獣を持っているのか?」
「いえ、今のところは普通の馬を使っています」
「ふむ、では友好の証として好きな騎獣を一体贈呈したいと思うのだが?」
ここで素直に飛びついてはいけない。
なにせプレゼントを貰ったら、同じようにプレゼントし返さなければいけない。
それに外聞で派閥に入ったと誤解されそうだ。
「それはうれしい限りです、ですが父上が既に用意している可能性もありますので、御心だけで十分です」
「そうか、騎獣で物入りだったら気軽に訪ねてくれ」
「その時はぜひ」
その後もそれぞれの領地の特産などを話し合い、晩餐は終了した。