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二年の歳月

 ギィン


 甲高い金属音が訓練所に響き渡る。


「『草薙』」


 少女が剣を振るうと、周囲の風が刃となって少年へ襲い掛かる。


「『雷霆槍(ケラノウス)』」


 それに対して少年は手に雷の槍を構えると風の刃に向かって投げつける。


 槍と刃がぶつかり、周囲に衝撃波が巻き起こる。


 だが幼いころと違い、双方とも衝撃波に吹き飛ばされることはなくしっかりと地に足を付けている。


 双方とも視線で会話を交わすと


「『真龍化』」

「『風妃の羽衣』」


 片方は雷を纏い、腕や頬に龍のような鱗が生え、片方は風が体を優しく包み込むと、腕から背中にかけて翡翠の羽衣が現れる。


 そして双方が動き出すと常人の目では影しかつかめなくなる。常に甲高い音が鳴り響き、思わず耳を塞ぎなりそうになり、最後に一際大きい音が響き渡ると先ほどとまったく同じ場所に二人は立っている。


「終了だな」

「そうですね」


 一人はハルバートが消えて紋様に、もう一人は刀を鞘に納めて、模擬戦は終了した。








〔~バアル視点~〕


「ふぅ~」


 激しく動いたため体に籠った熱を逃がす。


「バアル様、どうぞ、リンさんも」

「助かる」

「ありがとうございます」


 訓練場の端にいたノエルが冷えたおしぼりを持ってきてくれた。


「リンさんも」

「ありがとう」


 リンは冷えたおしぼりを首あて、汗をぬぐう。


「セレナ、地面の補修を頼む」

「は~い」


 ノエルのそばにいるセレナに地面を戻すように指示して自室に戻る。


「中等部の準備はお済ですか?」


 椅子に座り、机に乗っている書類を処理しようとすると、リンが日数表を見てそう問いかけてくる。


「ああ、既に必要なものは準備しておいてある」


 現在はネロの誘拐事件から二年が過ぎている


 体には幼いころとは違い確かな筋肉がつき、背もすでに170を超えていた。やや成長しすぎな気もしなくもないが、周囲の人物も同じほどの背丈があるので気にならない。


 リンに関しても俺のように背が急激には伸びたりはしなかったが十分女性にしては高い部類に入る。その体は健康的に育ち、何より第二次性徴の成果をいかんなく発揮していた。リンの姿はかわいいというよりも美人と形容する方が多いだろう。さらに言えば美しい翡翠色の眼、端正な顔立ちと長い黒髪、凛とした立ち姿が非常にマッチしており、一目ぼれする奴も多くいそうだ。


「本当に初等部一年はいろんなことがあったな」

「ですね」


 最初は林間合宿の件で始まり、カルス達のを拾ったこと、ノストニア不法入国、裏オークション、文化祭ダンジョン、呪い騒動、ノストニアへの使節団派遣組の失態、ノストニアとの交渉、誘拐犯の捕縛、ノストニアでの生誕祭、クラリスの婚約、アジニア皇国でのいざこざ、ネロの誘拐事件。


 年に数個でもあればかなり濃い年だというのにこの規模だ。


 それに比べて二年と三年の時には、学園も私生活でも大きな事件とかがあったわけがなく、しいて言えば領内で魔物による群衆暴走(スタンピード)が数回起こった程度だった。


(あ~でも政治闘争はさらに拡大したな)


 この二年で、エルドとイグニアの継承位争いはさらに激化していた。


「まぁこちらとしてはありがたいけどな」


 服を着替えると、机に座り一つの書類を見ながらそうつぶやく。


 そこにはどんどん値が上がっていくグラフが書かれている資料がある。


(ともに食料をかき集めてくれているから助かる)


 なぜ二人が衝突すれば物価が上がるのか、それはひとえに人気取りだ。


 スラム街で炊き出しを行えば民を見捨てないとアピールでき、評価は上がる。他にも困窮している土地に援助を行えば、当然味方になってくれる者が多いだろう。


(なにせ恩に後ろ砂を駆ける馬鹿は、必ずといっていいほど痛い目を見るからな)


 だがそのために、食料、武力などを多く確保しておく必要がある。言ってしまえば困っている場所に必要な分の物資や人手を送り込めば、見返りに支持してくれるというわけだ。


 そしてその最たる物資が食料だ。


「ですが、この場合はグラキエス家との」

「ああ、あの約束が少しだけイグニア派閥が有利になる……………何てことやらせると思うか?」


 グラキエス家の密約で『第二王子の要請は標準的な利益が生じない場合以外要請を断らない』という物がある。


 この密約だけなら作物の需要拡大による値上げもこれで突っぱねられる可能性があるのだが。


 それができない体系もある。


「『オークション』ですか」

「その通り」




『税収分の作物以外を手に入れる権利のオークション』


 オークションという形にしてしまえば標準的利益という物の境界線が曖昧になってしまう。そうなればオークションの値段が標準的利益ってことになり一切の値切りを行わせないようにできる。


 形式としては種植えした時点でオークションを行い、秋の収穫の十日前に打ち切る。


 もちろん限度額も用意しているが、今の状況で設定している農家など皆無に等しい。


(際限なく値上がりしていくんだから笑いしか出てこないだろうな)


 春の種植えからオークションに出す土地の範囲を役所に届け出て、それをゼブルス家が管轄し村単位に合わせたり、バラで売ったりするなどして各町や村の役所にて売りに出す。


「当然、オークションの売り上げは2割を税にもらうが、それでも今までよりもよっぽどの利益が舞い込んでくるからな」


 そのためすべての農家は自身たちが食う分以外はオークションに出している。


「当初はサボる者もいたらしいですけどね」

「そんなもの売れるわけがないだろう」


 当然ながら、買う側も馬鹿じゃない、何度か農家や作物の様子を見て買うに値するか判断するに決まっている。


 さらには一つの場所に付き二回だけ入札撤回を許している。サボって、実りがほぼないとわかれば買い手が付くわけがない。となると当然ながら売れなかった分は自身で売らなければいけなくなる。冬を越すのにも出費もかさむので、だれでも高く売りたいと思うはずだ。


 それを考えれば普通に畑を耕して、実りがあるアピールをした方がいい。それだけで例年とは比べ物にならないくらいの大金となるのだから。


「それでしたらユリアは激怒しそうですけどね」

「何を怒る?約束には一切反してないだろう?」


 問題はない。


 なにせ怒る理由が一切ない。もちろん個人的には歯噛みしたいだろうが、契約した内容には反していないので文句を着けられない。


「それにきちんと魔道具の予約なども行わせている、文句を言われる筋合いはないな、さて」


 書類の山から影の騎士団の報告書を抜き取る。


「………財務省がエルド側に着いたか、意外だ」

「なにが意外なの?」


 いつの間にか入ってきたクラリスがソファに寝転びながら聞いてくる。


 クラリスは無防備にソファに寝転がるとリン同様に成長した艶めかしい体がしなやかさを醸し出す。


 そして前世でよく貧乳という特徴を持つエルフだったが、この世界ではそうでもないらしい、現にリンよりも同じほどたわわに育っている。


「いやな、意外な部署がエルドの方に着いたなと思ってな」

「そうなの?」

「ああ、財務省は軍部とつながりが強いんだ、だから宮廷内でもここだけはイグニア寄りもしくは中立を保つと思っていたんだがな」

「そうね、ノストニアでもお金を管理するところは『赤葉』と強固な結びつきがあったわね」


 となると情勢はかなり傾くのだが。


「バアル様、手紙が一つ届きました」

「手紙?」


 セレナが入って来て手紙を手渡ししてくる。


「グラスから?」


 手紙には影の騎士団である合言葉が添えられている。


「………………へぇ~」

「なんて書いてあったの?」

「ん?ああ、王都の鍛冶師ギルドの他に薬師ギルドのギルドマスターがイグニアを支持するらしい」

「何かおかしいの?」

「ああ、鉱山関係で鍛冶師ギルドが支持するのは目に見えていた、だけど薬師ギルトまで支持するとは予想外だな」


 別段、薬師ギルドは協力する理由はないと思うんだが…………いや。


「傷薬とかでつながりがあってもおかしくないか」


 魔法で傷を癒すことはできると言っても、全員が魔法を使えるわけではない。さらには傷が絶えないという点で常備薬関係で利害関係があってもおかしくない。


「総合的にはまだ拮抗言わざるを得ないか」


 いくら財務省がエルドに付いたと言っても、完全に騎士団と関係を断つなんてことはできない。


 ならできるのは多少の嫌がらせ程度、それもかなりのリスクが伴うやつだけだ。その点を踏まえれば均衡はまだ保たれている。


「それにしても人族(ヒューマン)は相変わらず細かいことをやるのね」

「………」


 二年でわかったのだがエルフという人種は結構めんどくさがり屋が多かった。


(交易に関してもある一定以上の利益さえ出ればもうどうでもいいって感じだったからな)


 そこまで富に固執している雰囲気はなかった。


「仕方ない、人は多い分、管理が大変なんだよ」


 規模が大きくなればなるほどすることが多くなるのは当たり前だ。


「そういえば、向こうの家はどうなるの?」


 クラリスの聞いてきた家とは特待生制度を利用した借家のことだ。


「もちろん、中等部からは特待生制度なんてものはない、だからそれぞれが独自で借りなくてはいけないな、自腹で」

「え!?」


 驚きの声を上げたのはとりあえずクラリスのお供に任命したセレナだ。


 ちなみにセレナだが、こいつだけ成長という概念がないのか、外見は何も変わっていなかった。


「まさか解約してないとかじゃないよな?」


 初等部最後の年に担任から報告があったのを聞いてないのかこいつは。


「ァハハハハハ……はい」

「はぁ~多少の損も覚悟しておいたほうがいいぞ」


 相変わらずどこか抜けているセレナである。

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